という質問がいくつも寄せられました。
残念ながら現時点での答えはNoです。
なぜかというと、日本の裁判所では具体的な紛争処理を通じて、法律の違憲性を審査するシステムになっているからです。
もう少し分かりやすく言うと、「具体的な事件」が起きないと、差止めも含め、訴えること自体ができないからです。
つまり「この法律が憲法に反しているかどうかを審理してください」という手続きは用意されていないのです。
ですから、たとえば先般の東京都の日の丸君が代違憲判決も、教員の処分という具体的な事件を前提にして、裁判が展開されていたわけです。
今回の改正教基法についても、裁判所で違憲性が問われるのは、この法律に基づいて具体的な処分がなされたり、事件が起きたとき、ということになります。
それでは、改正教基法は合憲と理解しなければならないのでしょうか。
もちろん、それも違います。
少なくとも、今回の改正の意図は憲法の精神に反するものだし、目指そうとしている方向性は憲法の趣旨とは矛盾していたと言えるでしょう。
また、国内法の上位にある国連子どもの権利条約にも反していることは明らかです。
ただ、出来上がった改正教基法は、単なる文章に過ぎません。
しかも、その法律は、たいへん抽象的で解釈を加えないと、具体的な意味内容が明らかにならない部分がたくさんあります。
そうすると、その解釈の仕方によって、合憲になったり、違憲になったりするわけです。
あるいは、使い方(適用の仕方)によって、合憲か違憲かが分かれてくると言ってもよいでしょう。
だったら、その解釈の方向性、適用のあり方、について検討をしてみたらどうだろうか、というのが今日のテーマです。
少々、難しい専門的な理屈を言いましたが、まとめると次のような感じです。