政府が民主主義の正論を,公式に解説したことがあります。

文部省が発行した教科書『民主主義』です。

1948(昭和23)年~1949(昭和24)年に刊行され,
1953(昭和28)年まで,中高生の社会科の教科書として使用されました。

20070703074720.jpg 現在,復刻版が径書房(こみちしょぼう)から発売されています(→こちら

この書は,さきさん(blog「内申書制度の廃止を求めます」)から教えていただいたのですが,実にまっとうなことが書いてあります。

 今回の国会では,強行採決17本という異例の事態となり,最終的には,「何が民主主義なのか」ということが,議論となりました。

 与党は「民主主義のルールに則った当然の帰結だ」と言い,
 野党は「数の横暴で民主主義が破壊された」と言っていました。

 こうしてみると,
 「多数決」=「民主主義」ではない
ということが理解されていないなあ,とつくづく思いました。

 本書の一部を紹介しましょう。
 民主主義の反対は独裁主義である。独裁主義は権威主義ともよばれる。
 なぜならば、独裁主義の下では、上に立っている者が権威を独占して、下にある人々を思うがままに動かすからである。
 国王や、独裁者や、支配者たちは、あるいは公然と、あるいは隠れて、事を決し、政策を定め、法律を作る。そうして一般の人々は、ことのよしあしにかかわらずそれに従う。(中略)

 戦争は最も悲惨な敗北に終り、国民のすべてが独裁政治によってもたらされた塗炭の苦しみを骨身にしみて味わった。
 これからの日本では、そういうことは二度と再び起らないと思うかもしれない。
 しかし、そう言って安心していることはできない。
 
独裁主義は、民主化されたはずの今後の日本にも、いつ、どこから忍びこんで来るかわからないのである。
 独裁政治を利用しようとする者は、今度はまたやり方を変えて、もっとじょうずになるだろう。


 今度は、だれもが反対できない民主主義という一番美しい名まえを借りて、こうするのがみんなのためだと言って、人々をあやつろうとするだろう。
 弁舌でおだてたり、金力で誘惑したり、世の中をわざと混乱におとしいれ、その混乱に乗じてじょうずに宣伝したり、手を変え、品を変えて、自分たちの野望をなんとか物にしようとする者が出て来ないとは限らない。
 そういう野望を打ち破るにはどうしたらいいであろうか。

 それを打ち破る方法は、ただ一つある。
 それは、国民のみんなが政治的に賢明になることである。
 人に言われて、その通りに動くのではなく、自分の判断で、正しいものと、正しくないものとをかみ分けることができるようになることである。
 民主主義は、「国民のための政治」であるが、何が、「国民のための政治」であるかを自分で判断できないようでは民主国家の国民とはいわれない。
 一昨年の9・11選挙は,まさにこの本の予言どおりの結果になってしまいました。
 確かに投票率は高かったですが,民主主義の中核が損なわれた瞬間でした。

 今回はどうなるのでしょうか。
 この国に,民主主義が生きているのかどうかを見定めたいと思います。

 この本には,他にもいいことが,いっぱい書いてあります。
 また折に触れて,紹介させていただきます。

***ランキング参加中***応援クリックお願いします応援クリックお願いします応援クリックお願いします