東日本大震災復興構想会議(設置根拠;東日本大震災復興基本法第18条,座長;五百旗頭真)は,全12回の審議を経た上で,平成23年6月25日,審議結果を取りまとめた「復興への提言~悲惨の中の希望~」を公表した(以下「本提言」という。)。

 本提言は,言うまでもなく東日本大震災の復興方針を示した基幹的な公的指針である。
 したがって,今後,国の復興施策この指針を無視するわけにはいかないし,各被災地自治体等で策定される復興計画等に少なからぬ影響を与えることとなるだろう。

 したがって,本提言の意味するところを的確に把握し,評価できる点については更なる議論の深化を促し,他方,問題点については見過ごすことなく批判し改善を求めていく必要がある。


 ざっと概観してみると,かねて議論されてきた災害復興に関する知見や教訓を広く取り入れ,幅広い分野にわたって様々な施策を提示していると言える。
 阪神淡路大震災の後の無味乾燥で中身の薄かった国の復興方針と比べると,進歩した点も見られる。

 たとえば,①自然災害を防災で封じるには限界があり減災を志向すべきことは賢明な選択である。
 ②復興事業は,国主導ではなく,市町村が主となって行うべきものであることも,当然のこととは言え,明言したことには意味がある。
 ③また,既存の復興関係事業の改良や,新たな法的な仕組みの整備を示唆している点も,既存の法制度の枠内に無理に押し込めてきた,これまでの事業のやり方からの解放を期待させるものがある。
 ④財源問題について,基幹税増税に踏み込んで論及したことも,今後予想される大災害への対応に先鞭をつけるものといえる。
 ⑤提言書の各所に,人々のつながり,地域包括ケア,新しい公共,文化といった言葉も登場しており,こうした本提言中のキーワードに接すると,この十数年間の復興研究の進展を感じることができる。

 こうした点は評価できるものの,直ちに実現できるものではなく,今後の取り組みの中ではじめて生かされるものばかりである。さらに深め,進め,展開していく必要がある。


 一方,批判すべき点は多数にのぼる。
 一読しただけでは気付かなかった問題点も,2度,3度と読み進めるごとに,問題点が浮き上がってくる。
 もともと,災害復興の問題は,多岐にわたって複雑な上,社会観や価値観の相違に収斂される点もある。
 しかし,それをさて置いても,見過ごせない問題が多いのである。

 言いだすと切りがないが,私は,人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の職にあるので,こうした立場から問題点を整理してみる。


(1) まず,中身について言及する以前の問題がある。

 ひとつ目は,構想会議本体にも,検討部会にも,被災者の立場を代表する者が入っていないということである。
 岩手,宮城,福島の各県知事は被災地の代表ではあっても,被災者の立場を必ずしも代弁するものではない。

 2つ目は,市民代表をオミットするときには諮問機関として専門性を重視したと説明されることが多いが,委員らの中に著名人は多いが,災害復興の専門家は少ない。
 私の知る限り,少なくとも多くの災害現場を知る専門家の名はわずかである。
 肩書を並べてみると,各分野の利益代表を揃えたようにしか見えず,これで専門性を重視したと言えるのか。

 3つ目は,審議の進め方である。まず被災地の現場から始めるべきではなかったか。
 まず東京での会議が先行し,ヒアリングした関係者は経済三団体であり,現地視察はその後である。
 そこで初めて被災者の生の声に接したに過ぎない。
 しかも,現地視察を終えた僅か3日後に「復興構想7原則」を決定している。
 これでは被災者の声を十分に汲み取り,咀嚼した上で出された原則かどうか疑わしく,単なるポーズとの誹りも免れないだろう。


(2) 本提言の最大の問題は,「人間の復興」の視点が欠けているということである。

 災害復興で最も重要なのは,絶望の淵に立つ被災者に少しでも希望を与えることであり,これを言い換えれば,危機に瀕した被災者の人権を回復することである。
 ところが,本提言は「被災者」についてほとんど触れられていない。
 言及されている部分も「客体」として挙げられるに過ぎず,「主体」として位置付けられていない。
 驚くことに,「人権」という言葉については,記載さえない。
 一人ひとりの人間を尊重すべきことは国政において最も重要であり(憲法第13条),生存の危機を救うことが国家の責務である(同第25条)。しかるに,これを欠落しているのは決定的問題である。

 本提言が被災者の目線で検討されていないことを示している。
 被災地を上から眺めるような目線で貫かれているのである。

 岩手県が公表した「岩手県東日本大震災津波復興基本計画案」(平成23年6月現在はパブリックコメント募集中である。)では,冒頭に掲げた復興のめざす姿の中で「被災者一人ひとりに寄り添う人間本位の復興を実現する」と言及している。
 どうして,本提言は,こうした人間的な目線が欠けてしまったのだろうか。


(3) 本提言には,暮らしやなりわいについて,一人ひとりの被災者を支援しようという視点が欠けている。

 本提言は,国の経済社会の可能性や新たな産業価値を重視する傾向が目立つ。
 こうした姿勢を推し進めると,従来の零細中小事業者の切り捨てにもつながりかねない。

 本提言は,農業についえては集約化や低コスト化や高付加価値化を強調している。
 かねて受け継がれてきたやり方は,集約の対象とされる危険がある。水産業については,特区化が提案されている。
 既に,宮城県では,特区を提唱した県知事と,地元漁業組合が,激しい衝突を起こしている。
 誰のための復興なのかが問われている。
 企業活動についても,立地促進やイノベーションが強調され,被災地外資本の招来を期待しているようにも見える。
 まず地元企業の再建が優先されるべきではないか。

 本提言は,「日本経済」という,被災地と直接かかわりのない大きな課題を目標に据えている。
 しかし,災害の復興を語るならば,日本経済の再生の前に,まず被災地の経済復興である。
 被災地経済は,被災者の生活再建,被災事業者の事業再建があってこそ存在する。
 被災前から連綿と続いてきた被災者一人ひとりの生活や生業の再生こそ重視されるべきであり,これをおろそかにして,日本経済再生を語るべきではない。

 また,被災債務の問題(いわゆる二重債務問題)は,中小企業支援の項で触れられている。
 二重債務問題は,個人の悩みであり,農漁業者の抱える難題であり,中小企業者だけの問題ではない。
 ここで語られているのは,二重債務問題を,新規融資の問題と捉えているからである。
 新たな資金調達や産業再生の観点を強調すると,再生可能性のない者は切り捨てられる。
 過酷な被災状況にある者ほど救われない,というスキームは不合理ではないか。
 個人や零細事業者がマイナスではなくゼロからスタートできるようにすることを基本とすべきである。


(4) また,本提言は,原子力災害からの復興についても,被災者,避難者の視点が欠けている。

 本提言は,原発事故の原因究明等の徹底検証の目的は「国際的信認」のためとしている。
 これは明らかな誤りである。
 原発事故の原因究明は,多大な被害をこうむった原発地域の住民を中心に,数多くの原発を抱えてしまった我が国の国民全体に対する説明責任を果たすために徹底されるべきことである。
 住民や国民への責務を果たすことなくして国際的信認などあり得ない。

 また,被災者への支援については,迅速・公平・適切な賠償に言及するにとどまるが,複合的被害を受けた被災者,避難者には,賠償にとどまらない手厚い支援が不可欠であり,こうした支援がなければ復興を構想することさえできない。

(5) その他にも,批判すべき点は多々ある。

 たとえば,冒頭に掲げた復興構想のうち,最初に掲げている原則1は誰のための原則であろうか。
 「いのち」の重要性は確かに大事だが,生き残って復興に直面する被災者の支援こそ,第一に掲げられるべきで,モニュメントや学術関係者の分析,次世代・国内外への発信は,優先順位は劣位であるはずだ。
 これを最優先に掲げたところに,本提言が,被災者の視線ではなく,自分たちの視線で貫かれていることを示している。

 他にもあるので,また時間をおいて,あらためて追記したいと思うが,今後,国及び各地方公共団体等において具体的な施策を構築するにあたっては,個々の権利関係の尊重と,被災者の生活支援の視点を忘れず,これらを実現する方向で検討されることを願う。

以上