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 憲法の第2ラウンド(2廻り目)が始まった。

 私の持ちネタは「ボクの誕生日は憲法記念日」という,ややマンネリ化した因縁ネタである。
 ただ,今年の憲法記念日は,昨年に比べると,落ち着いた気分で迎えることができた。
 ホッとした気分で家族と共にこの日を祝うことができる。

 各紙社説でも,安倍内閣時の狂乱的な改憲騒ぎがウソのようだと論じている。
 …同感だ。

 ただ,
   憲法がちゃんと護られているかというと,そうではないし,
   憲法がしっかり実現されているかというと,全くそうではない。


 やはり,私たちの憲法は,高~いところに飾ってある置き物インテリアみたいなもので,これを支える土台がシロアリに巣喰われるように空洞化されつつあるのを,率直に認めなければならない。

kenpogenbun.jpg では,どうすべきだろうか。
 これまでは,憲法は「平和の象徴」という存在であり,その側面が強すぎたきらいがある。
 しかし,我が国が成熟期を迎えた第2世代に突入している以上,憲法の使い方を,平和オンリーだけでなく,もっと広く使われるべき道具であると認識をあらためる必要があると思う。
 つまり,憲法は生活を支える基本法,という役割をしっかりと果たさせる必要がある。

 たとえば,
◆ワーキングプアや貧困層を救うための,生存権
◆子どもをちゃんと育てていくための,教育権
◆中小企業を見捨てずまもるための,経済的自由
◆自由にものが言えるようにするための,表現の自由

などなど,せっかくの伝家の宝刀を,すっかり錆び付かせている場面がいっぱいある。


 新聞各紙の改憲に関するアンケートは,改憲反対派が軒並み増加しているようで何よりである。

 しかし,そのアンケート項目自体が,憲法を身近に感じさせる質問になっていない。

 決して「憲法が現実離れしている」のではなく,「憲法の描いたとおりの現実」から,次第に「市民の生活・社会が離れて行っている」という現実を,生活レベルから感得してもらうのが先である。
 私は,「憲法が生活にどれだけ役立つか」という観点から,日本国憲法のこれからの第2ラウンドにチャレンジしてもらいたいと考えている。
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