kobe1222.jpg (沖縄を除く)全国の12/22付の新聞で,神戸新聞と北海道新聞の2紙だけが,朝刊1面トップで,
    沖縄戦 集団自決 教科書問題
    「軍強制」記述認めず
    検定審小委 訂正申請で一転

という記事を掲載した。

 ご立派だ!

 これは共同通信が配信した記事のようだが,このようなニュースは,どういうわけか無料新聞サイトにも掲載されない(その点,沖縄タイムスは,さすがだ。→こちらです)。
 神戸新聞・北海道新聞掲載の共同通信の記事は,後に引用しておくのでご覧いただきたい。

 さて,参議院選ショックの熱さが喉元を過ぎたせいか,薬害肝炎対応,原爆症認定見直し,生活保護基準など,すっかり中央官僚筋の人々は,ケロッと元の悪癖を取り戻している。

 この教科書検定の問題も,ひどい話である。

 記事によれば,渡海文部科学大臣が調整を付けようとしていたが,
    教科用図書検定調査審議会・日本史小委員会
が再び「軍強制」の言葉を排除しようと暗躍しているようである。

 この種の審議会の委員には,「専門性」が要求されるので,一般的には大学教授などが選ばれるわけだが,専門家だからといって,必ずしも「中立」「公正」ではない,というところに注意しなければならない。
    専門性 = 知識経験が豊富
ということに過ぎないのであって,
    専門性 ≠ 中立性
    専門性 ≠ 公正性

というところに,誤解をしないようにしなければならない。
 もちろん委員になった後は,中立で公正でなければならない。
 ただ,専門家だから当然に中立で公正な人である,とは限らないということである。

 したがって,政治家が,審議会の中立性を過度に期待するのも誤りだし,言いなりになるのも誤りであり,時には民主的判断を優先させる勇気を持つことも大切である。

 今回の騒動の中心にいる「教科用図書検定調査審議会・日本史小委員会」のメンバーの氏名は,きちんと公表されていないのではっきりしないが,後に引用する国会審議の内容からすると,
   ◆広瀬順晧氏(駿河台大学教授)
   ◆有馬学氏(九州大学大学院教授)
   ◇上山和雄氏(国学院大学教授)
   ◇波多野澄雄氏(筑波大学教授)

の4人ということである。

 この4人に,これほど大きな社会問題となっている事柄を決定できる権限が与えられているわけではない。
 しかし,政府が大きく振り回されているのも事実である。

 4人のうち,広瀬順晧氏と有馬学氏が,「新しい歴史教科書をつくる会」の一派と関わりを持っていることは,既にいろいろなところで明らかになっている。
 (→たとえば,「恒久平和のために」さんとか,「なごなぐ雑記」さんを参照のこと)

 学問的な知識・経験が豊富であることは間違いないが,少なくとも主義主張の点において,中立性が疑問視される立場にあることは否定できないだろう。

 たとえば,有馬学氏の著作として「帝国の昭和」という本がある。
 私もこの本を手にとって読んだわけではなく,Amazonに出ていた他人の書評の又聞きに過ぎないので,少なからず誤解があるかも知れないが,次のようなスタンスで記述がなされているらしい。
■太平洋戦争のような愚挙に及んだのは,当時,誰も戦争が愚かだとも悪だとも思っていなかったからである。
■総動員体制が支持されたのは,当時,日本社会を一気に高く引き上げる策だと考えていたからである。
■開戦は,各政治勢力がその時その時の最悪の選択を避けようとして行った決定の積み重ね
■誰が主導者であったかより、どのように開戦という選択に結びついたかが大切である
 確かに,そのような捉え方は,客観的で正鵠を射ているようにも聞こえる。
 しかし,このような歴史把握の手法は,中立的なのだろうか。
 否である。
 上記のような考察の姿勢は,見方を変えれば,
   「(自国の)責任問題を避けて通る」
   「(現代から振り返ることなく)当時の視点で正当化する」
   「(反省するより)現状を肯定していく」

という姿勢とも受け取れる。
 これは,沖縄戦だけでなく,まさに慰安婦問題,南京事件,原爆正当化など,問題となっている歴史問題のベース(根幹)にある歴史観ではないか!

 その妥当性について,善し悪しを言うつもりはない。
 しかし,議論のある歴史観を,いくら「専門性」があるからと言って,中立性・公平性が要求される審議会の場で,通すことは正しいことなのだろうか。

 民主主義が,「専門性」の名の下に,骨抜きにならないよう注意を喚起したい。

以下,今日の記事の元ネタとなった,国会議事録の一部と,新聞記事を引用しておく。