柳沢伯夫氏が,厚生労働大臣として不適任であるということは,「女性は産む機械」発言よりも,むしろ,その後の釈明会見における発言から考えた方が分かりやすいのではないか。

 柳沢氏は,釈明会見で,次のように弁明した。
「私、日ごろ、経済問題を考えてる人間ですので、ついつい経済との類似性ということで説明しようと思った」

 これは「私は経済通なので,許してちょうだい」という趣旨であろう。
 血の通った「人」を,自由に操れる「機械」に例えることは,経済チャート的な説明としては,確かに分かりやすいかも知れない。
 しかし,この発言によって,柳沢氏は,厚生労働行政を行うにあたって,尊厳ある人間を「人」ではなく,「経済の構成要素」や「モノ」という観点でしか見ていなかったということを露呈した。

 言うまでもなく厚生労働省というのは,憲法25条をはじめとする福祉国家行政の先頭に立つ役割を果たしている。
 厳しい国家財政の中で,社会福祉,社会保障という「弱者のためにお金を使う」ことについて大義名分を与えられている。
 すなわち,厚生労働省は,「人間の尊厳」を実質的に確保・保障することを目的とする府である。

 厚生労働省設置法では,
「社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進並びに労働条件その他の労働者の働く環境の整備及び職業の確保を図ること」を目的と定め,歳出を絞ろうとする財務省等との間で厳しい交渉を行い,福祉的支出を確保する役割が期待されている。

 したがって,厚生労働省の長というのは,国家の経済・財務部門と,対立・緊張の関係を余儀なくされるポストである。

 しかるに,柳沢氏は,筋金入りの大蔵官僚である(→経歴はこちらhttp://www.mhlw.go.jp/general/sosiki/profile/daijin.html)。
 大蔵省出身,国土庁長官,金融再生担当大臣,党税制調査会長などを経ている。

 社会保障部門については,党の年金制度調査会,社会保障制度調査会や,社会保障制度改革に関する両院合同会議幹事などを歴任したこともあるが,これは,
  「保障内容の合理化」≒「社会的弱者に対する削減・冷遇」
を目指していたものであり,厚生労働行政の目的を後退させるベクトルの政策形成をリードしてきた一員であった。

 このような人物が,l厚生労働大臣に就任したのだから,その後の厚生労働行政が,趣旨目的から後ろ向きの,反対・逆コースに進んでいくことも,当然であったと言えよう。