10月6日に同志社大学で「JR福知山線事故の本質」と題するシンポジウムが開催された。
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 この写真は、シンポの壇上で自らの経験を語った同志社大学4年生の林浩輝さん。
 10月7日の神戸新聞朝刊の記事からの引用である。
 この事故による負傷で両足を失った彼は、
「語ることは生き残った僕の使命。あんな事故を繰り返してほしくない。生涯かけて、そう訴えていきたい。」
と訴えている。
 「事故を風化させたくない」という思いで、自ら語ることを決意したそうだ。

 彼は、事故のことを語るのは被害者の使命だという。
 確かにそうかも知れない。
 しかし、事故の記憶が風化したとしても、その責任を被害者が負うものではない。
 「風化」のキャスティングボードを握っているのは、言うまでもなく、私たち一人ひとりの市民の意識や姿勢である。

 鉄道の安全をしっかりと実現するには、市民がこの事故を他人事として眺めていては駄目で、我が事として捉える必要がある。
 興味本位で、いろいろな物事を眺めている限り、本当の意味での「社会の教訓」を得ることはできないはずだ。

20070715181858.jpg 今回のシンポのメインは、
   「JR福知山線事故の本質
     - 企業の社会的責任を科学から捉える」

を出版した山口栄一・同大大学院教授の講演である。

 この点をきちんと報道したものが少なかったが、この本で訴えている内容も、論旨明快であり、事故調査委員会の報告書がそうであったように、物事をあえて難しく捉える愚を犯していない。
 毎日新聞の記事を一部引用しよう。

 山口教授が「事故の科学的分析」と題し、
 ◆現場カーブを急にした線路設計の誤りが本質的原因
 ◆転覆限界速度を運転士に知らせなかったJR西日本は科学的思考能力が欠如していた
--などと指摘。
「事故は予見可能であり、JRの社会的責任は通常の事故とは比べものにならないほど重い」
と痛烈に批判した。


 ここで、山口教授は、すごく大事なことを言っている。

 今回の事故の原因は、現場の急カーブに、限界を超えた速度で進入した点にある
           |
         ということは
           ↓
 転覆限界速度で進入すれば必ず転覆が起きる[=予見可能性]
           |
         したがって
           ↓
 転覆限界速度を運転士に知らせておく必要がある[=回避措置義務]
           |
         しかしながら
           ↓
 JR西は、転覆を軽視し、運転士への教示も怠った[=法的責任]


ということである。
 とても単純で、明快で、分かりやすい論理ではないか。
 「科学的考察」とおっしゃるが,法的に見ても筋が通っている。

こういった、科学的な考察や、科学的な原理を全く度外視して、
やみくもに「速度遵守」のみを叫び、
事故が起こると「違反を犯した運転手の責任だ」と主張する姿勢は、


法律が制定された背景や社会的な要請を無視して、
やみくもに「法令遵守」ばかりを叫び、
事件が起こると「法律違反だ」とばかり言い立てる現代社会の姿勢に似ている。