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 原爆症近畿訴訟で,原告9人全員が勝訴したのが,2006年5月12日です。
 (詳しくは,京都原爆訴訟支援ネットのHPをどうぞ)
20070807073951.gif
 画期的な判決を得た日から,既に1年余りが経過しました。
 この1年余の間に,この9人のうち既に2人が亡くなっています。

 その後に言い渡されたものも含め全国で言い渡された6つの判決は,全て原爆症認定のあり方を批判し,国が敗訴しています。

 そうした中で,今年の原爆の日を迎えました。

 この期に及んで,ようやく,政府は重い腰を上げ,安倍首相が,原爆症の認定制度の見直しを指示しました。

 政府に危機管理能力が欠けているということは,もはや周知の事実ですが,それにしても遅すぎました。

 支持率回復のための人気取りなのか,惨敗を反省して目が覚めたのか何なのか動機は不明ですが,いずれにしても見直しに着手したことは歓迎すべきことです。


 ただ,首相は,
 「原爆症の認定のあり方について、専門家のもとで見直しの検討を行うよう指示した」
と述べ,専門家らに作業を委ねる意向も明らかにしました。

 しかし,専門家に任せよう,という発想には大きな問題があります。

 もともと原爆症認定の実務は,
     原子爆弾被爆者医療分科会
という政府の下の専門家による審査が牛耳っていたものですし,認定基準になっているDS86という推定式も,
     放射線影響研究所
という日米のお抱えの専門研究所が作り出したものでした。

 専門家というのは,しょせん「道具」に過ぎません(弁護士も同様ですが)。
 ですから,誰が専門家を使うのかということで,専門家は,有効な武器にもなれば,危険な凶器にもなります。

 「専門家」という言葉に惑わされてはいけません。


 一連の判決のポイントは,
“原因確率に重きを置く「審査の方針」を一応の参考資料として評価するのにとどめ、被爆状況、被爆後の行動、急性症状などやその後の生活状況等を全体的、総合的に考慮すべきである”
としたところにあります。

 もう少し簡単に言い換えれば,

   ◇専門家による判断は参考資料に過ぎず,

   ◇被爆者自身の訴えに耳を傾け,一人ひとりの実態に迫り

   ◇画一的に考えるのではなく,常識に照らして総合的に判断すべきだ,


と言ったわけです。

 つまり,
 「専門家だけに任せず,当事者の声をちゃんと聞きなさい」
と命じたのです。

 それなのに,首相は,頑迷に「専門家の意見に委ねる」と言い放ったわけです。
 首相は,一連の判決のミッションを全く履き違えた方針を指示したわけです。


 昨日は,広島の原爆の日でした。

  秋葉忠利広島市長は,首相の目の前で平和宣言を読み上げました。
  (全文を後掲します。)

 その中で,市長は次のように言いました。
◇日本国政府には、まず謙虚に被爆の実相被爆者の哲学を学び、
被爆者の実態に即した温かい援護策の充実を求めます
 被爆者自身を直視せよ!というメッセージです。
 一連の判決に通じるものがあります。
 これを首相はどう受け止めたでしょうか。

 また,原爆症近畿訴訟の弁護団の豊島弁護士は,昨日のNHKニュースで,
「今の認定基準は専門家が科学的な見地で作ったもので、裁判所は、そうした科学的な観点だけでは原爆症は解明できないと判断している。今、必要なのは被爆者から直接、話を聴く事であり、今後も専門家から聴いた話だけで認定基準を見直すのであれば、何も変わらないのではないか」
とコメントしました。
 今日の私の記事で,言いたいことは,このコメントに凝縮されています。


 今回の機会で首相がコメントすべきことは,
 「原爆症の認定のあり方について、専門家のみに偏らず,一人ひとりの被爆者の声を反映できるよう,一刻も早く見直すよう指示した」
というものであるべきだったと思います。

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