JR福知山線尼崎脱線転覆事故の遺族が中心となっている「4・25ネットワーク」では,この事故の原因が何であるか,言い換えれば「どうして最愛の家族の命が喪われたのか」を知りたいという思いを,集った方々が共有している。

 その中には,全く未知の「鉄道」の分野の真実を知るために,専門性の厚い壁を乗り越えて,取り組んでいる方々がある。
 3年間にわたって突き詰めてきた「なぜ」を,整理して,
   「JR西日本に対する公開質問状」
を完成させ,3年目を直前に控えた平成20年4月23日,この質問状をJRに手渡した。

 この公開質問状のPDFファイルをアップすると共に(→こちらです),本文部分を末尾に引用しておく。

 その内容は,とても素人がまとめたものとは思えない。
 被害者が,事件に真正面から向き合って,真相を知るために精力を尽くし得る存在であることがよく分かる成果だと言えるのではないか。

 JR西日本にとって,「分からない」項目はないだろうが,「答えられない」項目は多いかも知れない。
 どれだけ正面から回答に応じるか,というところで加害企業の姿勢が浮き彫りになるだろう。

以下は神戸新聞の平成20年4月24日の記事の引用である。
独自調査3年、JR西に質問状 4・25ネットワーク

 尼崎JR脱線事故の遺族らでつくる「4・25ネットワーク」は二十三日夜、独自の調査に基づき事故原因などを問う「公開質問状」を、JR西日本に提出した。遺族らは内部資料を入手し、私鉄各社にも聞き取りを重ねるなどし、「事故は予見できなかった」とする同社への疑問を整理した。その中心となった三田市の木下廣史さん(49)は「犠牲者に代わり、私たち遺族が疑問をただしたい」と語った。
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 公開質問状は、カーブの危険性をめぐるJR西の事故前の認識▽安全管理体制-などについて、質問、要求を百四十四項目にわたり列挙した。

 特に、JR西自らが「設置されていれば事故は防げた」と認めている新型自動列車停止装置(ATS-P)については、同社の過去の取締役会資料などに基づき、宝塚線では導入がないままスピードアップが続けられた経緯を指摘。当時の安全に対する認識について見解を求めた。五月末までの回答を求めている。

 JR西に説明責任を果たすよう求め続けてきた木下さんは、事故で長男和哉さん=当時(22)=を失った。事故後もJR宝塚線で通勤し、一両目の運転席の背後から速度計をチェック。ゆとりを持たせたという各駅の停車時間を腕時計の秒針で確認するのを日課とした。

 同時に、独自にJR西の資料を集め私鉄各社に聞き取り。鉄道事故の専門家を訪ね、意見を求めた。行き着いたのは「安全についてのJR西の経営判断は適正だったのか」との疑問だった。国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(事故調委)の最終報告書でも、疑問は晴れなかった。

 質問状は昨秋からとりまとめ作業にかかり、半年かがりで仕上げた。多忙な仕事の合間を縫って、深夜の帰宅後や、出張時の移動中にパソコンを開き、質問を練った。

 遺族六人とともにJR西本社を訪れ、質問状を手渡した木下さんは「息子にはもう何もしてやれないから、こうやってがんばっている。これからが始まり」と話した。(森本尚樹、安田英樹)