日弁連で,「靖国 YASUKUNI」 の上映会を行うことになった。
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 日時は,4月23日(水)12時~16時,場所は日弁連会館である。

 映画のことを論じると,よく「まず,ちゃんと見てから批評しろ」というお叱りコメントをいただくことがあるが,この件についてあれこれ批判する人に,その言葉を,そっくりそのままお返しし,是非,見に行っていただきたいと思う。

 私は,この映画を見たことはないが,その中身もさることながら,今回のシンポのサブタイトル,
   「今,表現の自由民主主義の意義が問われています」
というところに,思いっきり共感する。

 だいたい,「表現の自由」とか,「民主主義」という概念は,目に見えるモノではないし,当たり前のように存在しているときは,空気みたいなもので,ありがたみを感じる機会さえない。
 むしろ,「表現の自由の濫用によって傷付けられた」などというケースの方が大きく取り沙汰され,本来の効能よりも,副作用の方にばかり目が行くことが多い( いわばミニ「表現の自由」バッシングである。)。
 この数年前までは,そんな雰囲気だったと思う。

 しかし,空気と同じように,それが無くなってくると息苦しくなり,やがて「社会」という生き物は窒息死してしまう。
 このような息苦しさを実感しつつある今こそ,「表現の自由」とか「民主主義」の存在を,強く感じておかなければならない。

 ヘンな喩えかも知れないが,心肺機能を高めるには,水泳などで息を止めたり,空気の薄い高地でのトレーニングが役立つ。
 それと同じように,「表現の自由」という空気のセンサー機能を高めるためには,多少,息苦しい状況を体験した方がよい。
 なので,逆説的で,いかにも皮肉に聞こえるかも知れないが,有村議員や稲田議員の働きには感謝しなければならない。

 今回の映画「靖国」に,ここまで大きな社会的価値を付与してくれたのは,彼女らが,私たちにリアルな息苦しさを提供してくれたからである。
 彼女らご自身が意図していなかっただろうが,私たちに対し,空気のような「表現の自由」の大切さを感じさせてくれ,結果として映画「靖国」の中に,表現の自由と民主主義の意義を吹き込んでくれた
 実際,彼女らのお陰で,日弁連も立ち上がったし,映画配給者や,全国の良心的な映画館主らは,自分たちの社会的役割に目覚めたわけであるし,おそらく彼女らの働きがなければ,かくも多くの映画館で上映されることにはならなかっただろう。
 立憲民主主義信奉者としては,彼女らに,ひとまず礼を言いたい気分である。

 以下は,この件についての日弁連会長談話である。
映画「靖国」上映中止に関する会長談話

 今般、靖国神社を取材したドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」について、本年4月12日から上映を決めていた映画館5館が、相次いで上映を中止するという異例な事態が発生した。

 これらの映画館が上映を中止した理由については、街宣車などによる上映の中止を求める抗議の行動や電話などが一部にあり、近隣の住民や観客に迷惑が掛かることを配慮したためであると報じられている。

 映画という表現の手段が、憲法21条の保障する言論及び表現の自由に含まれることは言うまでもない。
 主権者である国民が自らの政治的意見などを形成するにあたって、多様な意見が社会に提供されることは必要不可欠なものであり、その点からも上映は最大限に保障されるべきである。

 今回の事態が、国会議員からの要請による試写会の実施をひとつの契機として発生したことは否めず、結果として上映の中止という事態に至ったことに鑑みれば、政治権力に携わる国会議員としては、慎重な配慮に欠けるところがあったものと言わざるを得ない。

 また、これらの映画館が上映を中止するに至ったのは、一部の者による抗議の行動などによると報じられている。
 このような不当な圧力によって、ドキュメンタリー映画として上映されるべき映画の公開が大きく制約されるとすれば、民主主義を支える表現の自由と国民の知る権利が侵害されるのは明らかであり、こうした事態が拡がることになれば、市民にとって重大な意味をもつ自由・人権が深刻な危機にさらされることとなる。

 よって、当連合会は、今後、二度とこのような事態が生じないよう、関係機関に対し、表現の自由を最大限尊重するよう求めるとともに、映画関係者に対し、表現の自由に対する不当な圧力に決して萎縮することなく、毅然とした態度で臨まれるよう要請する。
 また、当連合会は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする立場から、表現の自由を守るべく、最大限の努力をする決意をあらためて表明するものである。

2008(平成20)年4月4日

日本弁護士連合会
                               会長 宮 誠