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 2014年3月に「組織罰を考える勉強会」を立ち上げた。

 JR福知山線事故の御遺族の大森重美さんらの熱意に打たれて,事務局を担う形で協力をさせていただいたのがきっかけだ。

 この2年の間に,12回にわたって公開勉強会を行ってきた。
koube1.jpg
(神戸新聞HPより引用 http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201602/0008842953.shtml

 JR福知山線事故だけでなく,笹子トンネル崩落事故の御遺族,福知山花火大会事故の被害者家族の参加も得たほか,福島原発事故の被害者の方や,明石歩道橋事故の御遺族のお話も聞いた。

 また,刑法の専門家,物理学者,元裁判官,元検察官,犯罪被害者支援弁護士など,多くの専門家のお話も聞いた。

 とても贅沢な勉強会だったと思う。と同時に,制度実現までの壁の厚さを痛感したのも事実である。

 今日は,第1回目の講師をお務め下さった同志社大学の川崎友巳先生のお話をお聴きしたが,「一番大きな推進力は被害者が声を上げ、社会が共感すること」とのメッセージをいただいた。

 乗り越えるべき課題は少なくない。
 しかし,大森さんらの思いを支えるべく,引き続いて取り組む所存だ。今後は「組織罰を実現する会」と改組して。

 まずはホームページを立ち上げるべく準備を進める。

■MBSニュース http://www.mbs.jp/news/kansai/20160227/00000026.shtml
■読売テレビニュース http://www.kyt-tv.com/nnn/news88914841.html
■NHKニュース http://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20160227/3225221.html
■関西テレビニュース http://www.ktv.jp/news/index.html#0526712
■神戸新聞 http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201602/0008842953.shtml
■時事通信 http://news.ameba.jp/20160227-695/
■産経新聞 http://www.sankei.com/west/news/160227/wst1602270017-n1.html
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 弁護士会が,いろいろな関係先に,事実調査の照会をすることがあります。

 弁護士法23条の2が根拠規定なので,「23条照会」などと呼称されています。

 法律上の調査だから,照会があったら答えないといけません。
 回答する法律上の義務があるわけです。

 ところが,わけもわからず回答を断る例も少なくないのです。



 昨日(9/29)に,東京高裁(加藤新太郎裁判長)で,画期的な判決が出ました。

 ニュース的には地味かも知れませんが,憲法論にまで言及した,社会正義に資する判決なので,紹介をさせていただきます。


 Aさんは悪徳業者に騙されて,たいへんな被害を被りました。

 Aさんから依頼を受けた,荒井哲朗弁護士は,裁判をして勝訴判決を獲得しました。

 ところが,悪徳業者は,どこかに転居して行方知れずとなりました。

 「逃げ得は許さない」ということで,荒井弁護士は,一生懸命,逃亡先を探しました。

 唯一の手掛かりは,郵便局の転居届です。

 そこで,荒井弁護士は,転居届や転送先について,郵便局に「23条照会」を行いました。

 一縷の望みを,ここに託したのです。

 Aさんの救済は,ここに懸かっていたのです。

 しかし,郵便局は,「通信の秘密」(憲法21条2項)などを理由に,回答を断りました。

 結果として,悪徳業者を隠避することになりましたが,こういうことは許されるのか・・・・。




 この件が争われた結果,
 裁判所は,憲法上の「通信の秘密」には該当しないし,
 郵便法や個人情報保護法の規定よりも,
 弁護士法に基づく回答義務の方が優先する,

と判断したのです(東京高裁平成22年9月29日判決)。


 損害賠償請求(請求額1万円)は,棄却されましたが,
 しかし,原告は,勝負には勝ちました。

 判決文の最後に,「補論」というのがあって,ここがカッコイイ。

 本件の争点に関する判断は以上であるが,本件の性質及び本件訴訟の経過にかんがみ,若干付言する。

 本件は,控訴人(注:被害者Aさん)が確定判決という債務名義を得ながら,執行を免れるために住居所を変えたものと推認される債務者○○につき,
 その新住所地を知りたいと考えた控訴人の代理人弁護士らが,23条照会に一縷の望みを託したにもかかわらず,
 それが叶えられなかったことの法的意味合いを問うものであった。

 被控訴人(注:郵便事業株式会社)は,本件照会に対する報告を拒絶したが,それは通信の秘密を守る役割を有する期間としての責任感に基づくものであった。

 しかし,本件で判断したとおり,本件照会事項①ないし③(注:①転居届の有無,②転居届の提出年月日,③転居届記載の転送先)については23条報告義務があり,
 これを拒絶することには正当な理由がないのである。

 そこで,当裁判所としては,被控訴人(注:郵便事業株式会社)に対し,この判決を契機として,本件照会に改めて応じて報告することを要請したい

 また,さらに,新住所という転居先に記載された情報に関しては,本判決の意のあるところを汲み,23条照会に応ずる態勢を組むことを切に要請したいと考える。


 実にいい判決です。
 加藤新太郎裁判長は,ダジャレ好きでおちゃめな裁判官で,弁護士責任論でも有名です。
 私も,この加藤裁判長の「意のあるところを汲み23条照会を活用する態勢を組むこと」を誓いたいと思います。
 特捜検事が逮捕されました。

 ニュースを見ていて,気付いたことが3点あります。

 ひとつは,あまりにも逮捕が早いこと。
 どんな事件でも,慎重に捜査して,容疑を固めてから強制捜査(逮捕)に及ぶのがセオリーです。
 現行犯でもない。むしろ組織的な背景がポイントになる事件なのに,こんなスピード劇で大丈夫なのかしら。
 単に拙速だけならよいけれども,検察の威信を守るための異例の措置ならば,根っこのところの発想は,逮捕検事と発想は同じではないでしょうか。



 2つめは,個人の問題に矮小化していること。
 今回の事件って,「特捜」という,検察庁の切り札グループの,チーム捜査の中で起きたことでしょ。
 主任検事がやらかしたことなんだから,フツーは組織的な行為が疑われるんじゃないですか。
 「異例だ」「信じ難い」というほど,個人の異常行動であるように演出しているように見えます。
 なんだか,運転士の個人責任に押し込めようとしたJR西の組織の論理を連想させます。



 3つめは,あまりにも「異例だ」と言い過ぎること。
 客観証拠の改ざんだから分かりやすくて,世間ウケというか,インパクトが強いんでしょうけど,
 主観証拠(=供述や証言)であれば,検察ストーリーにこじつけて,ねじ曲げちゃうのって日常茶飯事でしょう。
 ストーリーに合わない証拠を開示しない(≒隠す)のも,当たり前のように行われてます。
 供述や証言だってフロッピーディスクと同じ証拠です。
 今回と同じように,ストーリーにこじつける調書が作成されてたら,正さないといけません。
 というか,裁判官も,弁護士もそうですが,自分の描いたストーリーに沿ってモノを考える癖があります。
 自分の頭の中のストーリーにこじつける法曹の悪癖を一掃しない限り,法律実務家には,「異例だ」という資格はないと思います(なお,ちゃんと謙虚にやっている法曹人の方が多数です。誤解なきよう,念のため。)



 「検察講義案」という,検察官の教科書があります。
 司法研修所で,法曹三者は,みんな勉強をするのです。

 そこには「検察官の心構え」という項があり,こんなことが書いてあります。

 検察官は,国民の常識にかなう適正妥当な検察権行使により,国民が納得する良識ある検察を実現しなければならない。(中略)
 そのためには,検察官は,私行上,他から避難を招くことのないよう,言動を慎むことはもとより,常に,志を高く持ち,視野を広め,識見を高めて自己研さんに努めなければならない。そして,検察官は,国民の素朴な正義感や健全な国民感情を正しくつかみ,国民から厚い信頼を得られるよう,絶えず努力し,かつ,謙虚に反省しなければならない。


 あたりまえのことばかりかも知れませんが,国民の信頼や納得というのが,一つの検察官のミッションなんでしょうね。

 特捜検事の行き過ぎは,「健全な国民感情を正しくつかみ」損ねちゃった,ということでしょうか。
 当時,報道でから騒ぎしてた官僚批判の雰囲気を,国民感情と軽信して,これをゲットしようと躍起になっちゃったんでしょうね。

 あくまでも,つかむべきは「健全な」国民感情でないといけません。
 ノリに流され,そこで検察の威信をゲットしようというのは,「検察官の心構え」にもとることでしょう。
 今朝の神戸新聞の1面トップは,福知山線事故関係である。

 JR西が,平成19年2月1日に開催された,事故調査委員会の意見聴取会に際し,公述人(=意見を言う専門家)となった永瀬和彦氏に,いろいろな働きかけをしたということだ。

 私も,意見聴取会には傍聴に行って,永瀬和彦氏の意見も聞いた。
 この人の意見は,事故調の見解には批判的で,どちらかというとJR寄りの内容だったような印象だが,記事によると,最終的には断ったとはされているが,JR西の強硬な働きかけがあったということだ。

 先日,負傷者と家族等の会で,ミーティングをしたときに,今回の一連の漏洩問題について,率直な気持ちを,それぞれ出し合ったところ,
  「怒り」
  「憤慨」
という憤怒系の受け止め方や,
  「裏切られた」
  「落胆した」
という残念系のほか,
  「やっぱりなあ」
  「JRのこれまでと変わらない」
という開き直りの感想に,極めつけは,
  「笑っちゃう」
というものまであった。

 私も,それぞれのお気持ちに,大いに共感したところだ。


 本日の新聞記事のキモになっている,平成19年2月1日の意見聴取会であるjが,傍聴に行ったときの私のブログの記事を読み返してみた(→こちらです。

 すると,このときの感想として,JR西の丸尾副社長の意見について「軽薄で、自己保身的で、抽象的で、聞き苦しい」などと散々こきおろしていますが(~あらためて読むと,私はホントに口が悪いわ。),これを総括して,
  「あきれた」
  「冷笑した」
というコメントをしているのに気付いた。

 事故からまもなく5年。
 何も変わっていないのだなあと思うと,
   「つくづく情けない」
気がしてしまう。
IMAGE_203.jpg 10月9日,負傷者と家族等の会のメンバー数名と,負傷者の小椋聡さんで,国土交通省を訪れました。

 訪問の顛末は,下記引用の記事(神戸新聞10月9日夕刊。写真も。)のとおりです。

 国土交通省の中に入って,お上りさん状態でしたが(写真は,3号館の吹き抜けから,建物の上屋を写したもの),今回の目的である「要望書」を大臣らに渡すという責務はしっかり果たせました。

 前原誠司・国交大臣
 辻元清美・国交副大臣

ともに,計10分の予定を返上して,約30分にわたり,非常に丁寧に話を聞いてくれました。

 私は,「運輸安全委員会の透明性の確保」と,「誰の目線で制度を作り,運用するのか。誰のために設置された組織なのかが,重要だ」ということを話しさせていただきましたが,前原さんも辻元さんも,「同じ関西のことで,自分のことのように思っている」と語っていたので,その言葉を信じたいと思います。

 用向き後,ちょうどそこに通りかかられた,
   美谷島邦子さん (日航機事故の「8・12連絡会」事務局長)
      と
   下村誠治さん (明石歩道橋遺族会代表,TASK)
も,大臣宛に要望書を持参したところでしたので,意気投合して,お昼を一緒にしました。

 やはり長年にわたって,遺族・被害者として,これまで数多くの活動を行ってこられた貫禄といいますか,視野の広さや,物事の精通度合いは,すごいなと思いました。
(美谷島さんからは,渡海雄一弁護士さんの支援活動のことなどをおききして,勉強になりました。)

 辻元清美さんのブログに,それぞれの提出シーンの写真が出てます(→こちらです

 ちょうど今日のこの日の訪問に合わせたのか,前原大臣からは,
   ◇事故調の本件報告書についての検証チームを作ること
   ◇チームのメンバーに遺族・被害者も入ること
が話され,記者発表もありました。
 私は,報告書の見直しが,国交省として,喫緊の課題だと思っていたので,このことは歓迎ですが,根本的には,運輸安全委員会の組織の位置付けと権限の問題だと思うので,ここで終わらせずに,検証の結果を,是非,次につなげてもらいたいと思います。
 それが,今回の要望の趣旨でもあります。

国に事故調査の透明性求める JR事故負傷者ら 

 前原誠司国土交通相が9日午前の会見で、有識者や遺族らによる検証チームを設置する方針を打ち出した尼崎JR脱線事故の調査をめぐる情報漏えい問題。会見後には、事故負傷者ら6人が前原国交相などと面会し、組織の中立性や調査の透明性などを求める要望書を提出した。
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 この日は、事故で次女がけがをした三井ハルコさん(53)らが、「JR福知山線事故・負傷者と家族等の会」でまとめた要望書を辻元清美国交副大臣に手渡した。辻元副大臣は「政権交代直後に発覚した情報漏えい問題に愕然としている。事実を重く受け止め、厳しく改めたい」と話した。

 続いて前原国交相とも面会し、「今回の問題は大変遺憾だ。私たちでないとできないことを通して、今後につなげたい」と要望書を手渡した。前原国交相は検証チームの設置を説明したという。

 要望書は、運輸安全委の中立・公平・独立性の担保▽調査内容などの段階的開示、透明性の確保▽運輸安全委の権限強化▽被害者への配慮-を求めた。同日午後には、運輸安全委の後藤昇弘委員長にも提出する。

 国交省航空・鉄道事故調査委(現・運輸安全委)の意見聴取会で公述した負傷者の小椋聡さん(40)も、不祥事の徹底究明などを要望した。(山崎史記子、三島大一郎、高田康夫)

10月9日に,国土交通省まで出向いて,
   国土交通大臣
   運輸安全委員会
に対して,「JR福知山線事故調査 情報漏えい問題に関する要望書」を提出します。

「JR福知山線事故・負傷者と家族等の会」として,表向きに行うアクションとしては,大きいことだと思います。

以下に引用するのは,会のメンバーのそれぞれの意見を出し合ってまとめた「要望書」です。

改善に向けて何らかの影響につながれば,と思います。

                                         平成21年10月9日

国土交通大臣  前 原 誠 司 様

                              JR福知山線事故・負傷者と家族等の会

JR福知山線事故調査 情報漏えい問題に関する要望書

私たち「JR福知山線事故・負傷者と家族等の会」は、平成17年4月25日に起きたJR福知山線事故で「からだ」「こころ」に傷を受けた負傷者や、彼らに寄り添い支えてきた家族、支援者らがメンバーとなって設立した会です。当会の設立趣旨は、別紙を添えさせていただきますが、安全で安心できる公共交通機関の実現を求めていくことは、当会の重要な目的の一つです。

今般の航空・鉄道事故調査委員会の元委員の山口浩一氏が、事故調査報告書を公表前にJR西日本の山崎正夫前社長に提供したという事実、また、単なる情報漏えいにとどまらず、山口氏がJR西日本から飲食・物品提供等の接待を受けた上に、事故調査委員会の会議において、JR西日本に有利になるようATS-Pに関する記述の修正を求めたとの事実、さらに、元鉄道部会長の佐藤泰生氏が、JR西日本の社員と多数回にわたって飲食を共にしたという事実などに対して、被害者のみならず市民感覚からも外れた、良識を欠いた事態であると、私たちは憤りや失望・落胆を禁じえません。
また、委員構成が旧国鉄出身者に偏り、その職場同僚関係が利用されていた問題についても、「科学的かつ公正な判断を行うことができると認められる者」を委員として選定すべきである国土交通省の人選のあり方そのものにも疑念を感じています。

そもそも事故調査は、真の事故原因を究明し、事故の再発防止と事故が発生した際の被害の軽減を目的として行われるものであり、責任の所在を解明、追求するために行われるものでないことは、運輸安全委員会設置法にも示されている通りです。事故調査においては、中立、公正な判断が求められることから、事故当事者である運輸機関はもちろんのこと、その監督官庁、また責任追及のための犯罪捜査や刑事裁判を含め、あらゆるものから独立して行われることが必要です。このため、責任追及のための司法上、行政上の手続きについては、本来、事故調査と厳密に切り離して行われる必要があります。
さらに、事故の原因や真相を知ることが事故被害者の立ち直りに不可欠であることから、事故調査には被害者支援の意味合いがあることも認識されるべきです。

私たちは、「このような凄惨で、辛く悲しい事故は、もう二度と起きないでほしい」「そのためにも事故の原因・真相が何であったのかを知りたい」という強い願いを持ち、その調査は上記のような趣旨で行われるものと信頼を託し、大きな期待を寄せていました。また、この調査には膨大な時間と労力、国民の税金からなる多大な公的資金が投じられています。それだけに、今般発覚した問題は、事故によって無念な死をとげた多くの亡くなられた方々、大事な家族や友人などと突然の別れを強いられた遺族、乗車していて「こころ」や「からだ」に大きな傷を負った被害者やその被害者を支え続けてきた家族・友人だけでなく、日々公共交通機関を利用する国民全体の信頼を大きく損ねた言語道断の背信行為であると言わざるを得ません。そして、その結果、既に提出されている事故調査報告書への信頼も失われてしまいました。

私たち負傷者の「からだ」と「こころ」の傷はたいへん深く、四年以上が過ぎた今も、その苦痛に苦しんだり、将来に不安を抱えたりするものも少なくありません。また、負傷者だけでなく負傷者を支え続けてきた家族や友人なども、PTSDの症状を抱えて体調を崩し、生活がままならないものもあります。この事実から、事故の被害者が、乗車していた人たちだけでなく、その家族や友人も、まぎれもない被害者なのだということが分かります。私たちが、この状況から立ち直るには、事故原因の究明を経て、真の安全が確保され、心から安心できること、「安寧」が何よりも重要なのです。

私たちは、今後、決してこのような事故が起こらないこと、そして、この事故が真に安全安心な公共交通機関実現のための「礎(いしずえ)」となることを誰よりも強く願っております。私たちが新たな一歩を踏み出していくためにも、また、国民への説明責任を果たすためにも、今回の一連の情報漏えい問題について、JR西日本のみならず、国(国土交通省)と運輸安全委員会に、自ら徹底した調査を行っていただきたい、そして、その結果を私たちや国民全体に説明するとともに、しかるべき対策を講じていただきたい、そう、心から願っております。そのことが、運輸安全委員会の信頼回復への第一歩に不可欠だと考えます。

おりしも、政権党も変わるなど、今の日本は大変革期の真只中にあり、今まで慣例的に継承されてきた事案についても一から見直す絶好の機会だと考えます。市民感覚に則り、各分野の英知・創意工夫、被害者の貴重な意見を勘案して、海外での先行事例に一歩、二歩も先んじる制度設計や機関設立を望んでやみません。その上で、今回、当会から、以下の四点を要望いたします。是非、これら要望事項を速やかに実現していただきますよう、どうかよろしくお願い申しあげます。


【要望事項】

1)【組織の中立性・公正性・独立性の担保】
・運輸安全委員会の中立性・公正性を確保するため、独立性の高い第三者機関としての組織づくりをすること。
・委員選定に際して、事故当事者と利害関係のある委員が参加したり、鉄道事故に関して旧国鉄出身者に偏ったりすることのないよう、事故ごとに柔軟な人選が可能な仕組みに見直すこと。

2)【調査内容や審議会議録などの段階的な開示・透明性の確保】
・運輸安全委員会の調査、審議内容については開示性、透明性を高め、漏えい問題の背景にある密室性を排して、被害者はもちろんのこと、広く国民に対して、審議過程の資料や議事録を原則公開とすること。

3)【運輸安全委員会の権限の強化】
・「事故原因と被害原因の究明」や「事故防止と被害軽減」を目的とした十分な調査ができるよう、調査対象機関から重要資料が提出されなかった場合には、捜査機関の捜索差押のような実効性のある権限を与えるなど、委員会の権限強化を検討すること。
・事故調査と犯罪捜査が競合する場合には、事故調査の趣旨を尊重する形で対応を行うこと。
・事故調査の結果を刑事裁判の証拠として採用するなど、本来の目的外で使用することを禁止すること。

4)【遺族・負傷者・その家族など被害者への配慮】
・事故調査が遺族、負傷者及びその家族など被害者の立ち直りを支援するために不可欠であることを認識し、被害者の視点に立った調査が行われるよう運輸安全委員会の設置目的を見直すこと。
・これらの対応を策定するにあたって、事故遺族や事故生存者である負傷者(当事者)のみならず、その家族も被害者と含め、ヒアリングをするなどして、被害者への配慮を充分に行うこと。

                                   以 上


(別紙)

被害者(負傷者やその家族)の現況や思いの一例

事故にあってから、未だ、電車の揺れで怖くなることがあります。特急電車が通過する時などは、電車がまともに見られなくなるぐらい、心臓がドキドキしたりします。あの事故がなければ痛みも気にせずに生活を送れていたのではないかとも時々思います。命の大切さというものが、どれだけ大きいものか、決して忘れてはいけないことだと思うので、心の隅に残し、日々生活していきたいと思います。  (20代女性)


現在、私は(事故後に失職し、その後紹介を受けて再就職した)JRグループ会社での一件があってから休職中です。また、事故後の後遺症もあり、体が十分回復していない為に、寝て過ごすことも多いです。ですが、また仕事をしたいという気持がありますので、コンピューター関係の専門学校へ通っています。      (30代女性)


つり革を持って立っていた時に事故にあったせいでしょうか。立って電車に乗る事が出来ません。揺れが怖くて停車してからでないと席を立つことが出来ず、普通は止まる直前に出口に向かう人が多く、降り遅れそうになります。練習しようと思うのですが足がすくみます。それでも月2回の整体と針治療に通院しながら日常生活を取り戻しつつあります。事故に遭って得た事も多くあり、事故に負けず前向きに生きたいと思っています。                          (40代女性)


事故の理由を明確につかみ、(JR西日本には)本質にせまる誠の謝罪をしてほしい。事故前の生活が取り戻すことができていない本人だけでなく、(事故後は)家族全員が「ハンディ」を負って生きている。また、今後も「事故に遭ったハンディ」を背負う生活を強いられていく。事故が、何故起き、誰が責任者かを正していただきたい。(JR西日本は)どうか責任を全うしていただきたい。             (50代家族)



尼崎脱線事故をめぐる事故調査委員会の情報漏洩事件に関して,
事態の収拾にむけて,いろいろな動きが出ている。

前原国土交通大臣は,JR西に対する漏洩問題調査と再発防止策の策定を命じ,
JR西は,これを実行するための「コンプライアンス特別委員会」を設置し,
被害者に対しては,おわびと説明の会を設けるという。

なんとなく,ちゃんとやっているように見える。
しかし,なにか引っかかる。

 まず,秘密漏洩問題について,第1次的な責任があるのは,何を置いても事故調査委員会そのものである
中立性や公正さを求められ,秘密漏洩が禁止されているのは,事故調なのだから。
秘密漏洩問題の調査と,再発防止策を,まず進んでやるべきは,事故調(=国交省)であるはずだ。
「ナントカ委員会」を設置するのは,国交省/運輸安全委員会の方であろう


 また,今回の件で,最も信頼が失墜したのは「事故調査報告書」そのものである。
JR西は,もともと信頼が地に落ちているのだから,いわば不信の上塗りをしただけだ。
(=要は,JR西については,「ああ,やっぱりそうだったのか」と,情けなくも,理解できることだった)
信頼回復をすべきは,あれだけ時間と労力を掛けて完成させた「事故調査報告書」である。
名目はナンデモ良いので,直ちに,再調査に着手し,JR西が,(おそらく故意に)提出しなかった重要資料を再検討して,補充の報告書を提出すべきだ。


 そもそも論になるが,事故調査委員会(運輸安全委員会)の調査のあり方も再検討すべきだ。
調査の進め方を秘密重視にするから,JR西も,ヨコシマな覗き心を起こすわけだし,
オープンでないから,被害者も,世間も,JR西の「事故調査委員会に全面的に協力する」という能書きを信じるしかなかったのである。
国政や地方自治でも「情報開示」は,最も効果的な切り札である。
責任追及をする機関ではないのだから,もっと関係者,被害者,社会に広くオープンな形で,調査を行う体制に見直すべきではないか。


 そして,JR西は,「今回の漏洩問題」に限定した調査を行うようだが,意味がない。
今回の漏洩問題は,企業全体に染み着いている「自己中心主義」の,一つのあらわれに過ぎない。
今回のような事態に陥った原因は,
脱線事故の原因について,自らきちんと調査と究明と説明をしようとしなかったからである。
「自ら調査をしません!」などというつまらない建前を貫いたため,陰でコソコソと非違行為をやらざるを得なかったのだ。
今やるべきことは,「漏洩問題の調査」ではなく,「事故そのもの」の原因を自ら徹底調査することである。
それが,真の「コンプライアンス」(=現下の社会的要請に応えること)(≠単なる法令遵守)になるはずだ。


 JR西は,被害者に対して,「おわびと説明」をするという。
当然やるべき儀式かも知れないが,それ以上に何か意味があるのか。
これまで,JR西は,何度も何度もお詫びの機会を重ねている。
事故そのもの,役員天下り,不適切対応,二次被害,そして秘密漏洩・・・・・
キリがない。
おそらく,被害者の方々は,むなしさや疲れを深めるばかりなのではなかろうか。
被害者に対して行うべきことは,実のある「救済」であろう。
表向きは謝罪のパフォーマンスを行っているが,個々の被害者に対する賠償交渉等では,被害者の立場に立った十分な救済を行っているとは思えない場面が多々見られる。
今求められる被害者に対する対応は,「形や儀式」よりも,内容と意味のある「実行」であるはずだ。


 JR西は,山崎前社長の刑事裁判が,喉元に引っかかっていて,本音が言えないという面もあるだろう。
しかし,事故後における,JR西の最大の過ちは,自分に都合良く問題をゆがめてしまったことだ。
◆事故原因の問題は,自らきちんと対処するべきこと(←表では事故調まかせにするといいながら,裏では事故調に不当な働きかけをした)
◆事故の責任の問題は,潔く,司法に身を委ねること(←表では捜査中だからといって口をつぐみ,裏では責任を免れようとして資料の工作をしていた)
◆被害者対応の問題は,被害者の立場に立って対応すること(←表では誠心誠意などといいながら,実際には被害者の建言に耳を貸さず,裏ではJRが自分で勝手に立てた基準を押し付けている)

この,事故原因と責任の問題を混同し,被害者に向き合わず,保身に走った結果が今日である。
今やることは,シンプルに基本に戻って,やるべきことをやり,あるべきとおりにあるということではないか。
 JR西日本に対する批判は各方面から出ているとおりで,私も同感である。

 遺族,負傷者をはじめ,被害者の方々にあっては,つい先日(2009年8月22日と23日)に行われたJRの説明会をきっかけにして,
JR西の姿勢に,一定の評価を寄せつつあったところだけに,
「裏切られた」という思いは,ひときわ強いに違いない。
jrroueiyamazaki.jpg
 なさけないというか,あきれるばかりである。

(※これは,JRのHPに掲載されている山崎元社長の謝罪文→こちら

 今回の問題は,9月25日に前原国交大臣が記者発表したことにより発覚した。

 漏洩の疑いについては,神戸地検が山崎社長を起訴した2009年7月8日の時点で,
 関係筋は,おそらくある程度は,分かっていたのではないか。

 問題となった,平成9年1月のJRの総合安全推進委員会の資料(=函館線の脱線事故とATSの関係について記載されている)が,事故調の報告書で漏れていることは,検察庁の操作を通じて,運輸安全委員会も分かっていたと思われる。
 少なくとも,調査委員の山口浩一氏は,事情聴取を受けていたはずだ。

 にもかかわらず,これまで公表されなかったのは,
 JR組織に脈々と受け継がれているのと同質の,
 官僚の隠蔽体質の影響があったとも考えられる。

 読売新聞には,検察庁が,この週明けにも,捜査資料を被害者に対して開示することになることから,
 捜査資料を通じて,今回の漏洩問題が発覚するのに先んじて発表することにした
 という深読みの推測記事も出ているが,
 そういうこともあるのかも知れない。

 いずれにしても,今回の発表が,政権交代に伴う姿勢の転換によるものであるならば,
 やはり,一つ大きな意義があったと思う。
 当たり前のことを,当たり前にやっていただく政治を,今後も期待する。


 JR福知山線事故については,
   刑事事件としては,新しい場面を迎え,
   民事賠償の問題もいよいよ本格化する,
という新しいステージを迎えている。

 今回の問題の大きさは,先月末に行ったJR西の総括的な意見発表で,この問題を終わらせてはならない,ということを示していると思う。

 おそらくは,
   「もう一度,事故原因の究明に向き合え」
というタイミングを啓示する事件だったのだと思う。

 遺族らが
   「なぜ事故が起きたのか,JRが原因を自ら調査して説明して欲しい」
と,延々と訴え続けてきたことを想起し直すべきである。

 もし,もっと早くから,JR西が自ら行う事故原因の究明に乗り出していれば,今回のような,裏工作などは全く不要だったはず。
 JRは,「事故調査委員会に全面的に協力する」などと言い続けて,自らの究明作業を怠っていたので,「協力したのだから,ちょっとぐらい教えてよ」という,赤ちょうちんのギブ・アンド・テイクな安直行為に陥ったのだ。

 遺族らが求めている「事故検証委員会」の発足が急がれる。
 JR福知山線脱線事故において,航空・鉄道事故調査委員会がまとめた
   「鉄道事故調査報告書」
は,膨大な報告書である。
 そこには,冒頭,次のような宣言が記載されている。
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 本報告書の調査は、本件鉄道事故に関し、航空・鉄道事故調査委員会設置法に基づき、航空・鉄道事故調査委員会により、鉄道事故の原因を究明し、事故の防止に寄与することを目的として行われたものであり、事故の責任を問うために行われたものではない

航空・鉄道事故調査委員会 委員長 後藤昇弘

 今回,事故調査委員の一人である山口浩一氏が,JR西日本の山崎社長に報告書の内容を漏らし,事故原因の枢要の一つであるATSについて,内容の修正を働きかけたことが分かった。

 もとより言語道断なのであるが,
とりわけ,事故調査報告書の冒頭のミッションに反していることは許しがたい。

 この調査は,
   「鉄道事故の原因を究明し、事故の防止に寄与する」
という目的があるからこそ,被害者をはじめとする関係者,ひいては社会全体の信頼性が担保されていたのである。

 しかるに,国鉄出身者である山口浩一氏のコメントは,
   「安全対策に必死で取り組んでいた彼(前社長)を助けたい一心だった」
というものであった。
 つまり,「事故の原因の究明」ではなく,
   「知人であるJR社長の山崎さんを,個人的に助けたい」
ということであって,
   客観性を捨て,主観的感情を優先する
という発想で臨んだというのである。

 人を裁いたり,責任を問うたりするときは,「情」の介入も許されるであろう。
 しかし,鉄道事故調査委員会には,
   「事故の責任を問うためには行わない」
という約束がある。
 したがって,委員は,このような人間的な「情の縛り」から解放されているのである。
 にもかかわらず,
    知 < 情
とした山口委員の感覚の中に,専門家としてのミッション(=誰のために,何のために行うのか,という命題)が欠如していることが情けない。

航空・鉄道事故調査委員会設置法は,次のように規定していた。
(目的)第1条
  この法律は、航空事故及び鉄道事故の原因を究明するための調査を適確に行わせるとともに、これらの事故の兆候について必要な調査を行わせるため航空・鉄道事故調査委員会を設置し、もつて航空事故及び鉄道事故の防止に寄与することを目的とする。

 そして,委員については,次のように規定する。
(委員長及び委員の任命)第6条
委員長及び委員は、委員会の所掌事務の遂行につき科学的かつ公正な判断を行うことができると認められる者のうちから、両議院の同意を得て、国土交通大臣が任命する。

 もちろん,当たり前のこととして,次のような規定もある。
(服務) 第10条
委員長及び委員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職務を退いた後も、同様とする。


 現在,この法律は,運輸安全委員会設置法に改正されているが、内容はほぼ同じである。

 報道によると,規制に罰則がない等と指摘し,あたかも委員に対する規制を強めるような見直しも考えるべきとの意見もあるように見受けられる。

 私は,法規制が不十分だとは思わない。

 ヘンに,委員の調査活動を法律でがんじがらめにすると,せっかく被害者や社会や開かれた方向性に向かっているのに,これに逆行するおそれもある。

 悪いのは法の規制ではなく,
 この山口委員のように,
   そもそも,基本的なミッションを分かっていない
のが問題なのである。

 鉄道事故調査委員会は,誰のために,何のために,存在しているのかをあらためて肝に銘じていただきたい。

 「専門性」というメッキ(≒御用学者)にごまかされることなく,
 「科学性」(=御用学者の対極にある,因習にしばられない客観的視点の持ち主)
を重視した委員の選任を行っていただきたい。
 航空・鉄道事故調査委員会が,JR福知山線脱線事故の鉄道事故調査報告書(最終報告書)をまとめたのが,平成19年6月28日である。
 既に2年の月日が経過しているが,今回の一連の不祥事(委員による秘密漏洩問題)で,大きな問題が判明した。

 新聞報道(神戸新聞2009年9月26日付夕刊より)によると,以下のとおりである(→こちらより)
 JR西が事故調に提出した会議資料は7枚だったが、地検が今年5月、本社などを捜索した際、実際には9枚あることが分かり、2枚が未提出だったことを確認したという。
 関係者によると、2枚は、会議の参考資料でATSの性能や函館線の事故の説明が含まれていた
 この点は,まさに地検が山崎社長を起訴する判断に踏み切った枢要部分である。

 情報漏洩をした山口委員が,山崎社長の求めに応じて,事故調査報告書の記載に手を加えようとしたと思われる部分は,おそらく,以下の部分だろう。
 事故調査報告書の230ページの記載である。
 事故現場の右曲線については、現在の線形となったのが2.8.1 に記述したように平成8年12月であり、また2.21.6 に記述したように簡略な計算式により試算した転覆限界速度(本件列車1両目定員150名乗車時)104km/h をその手前の区間の最高速度120km/h が大きく超えていたことから、同曲線への曲線速照機能の整備は優先的に行うべきであったものと考えられる。
 また、もしP曲線速照機能が使用開始されていれば、本件列車のように本件曲線に制限速度を大幅に上回る速度で進入しそうな場合には、本件曲線の手前で最大Bが作動し、本事故の発生は回避できたものと推定される。


 しかし,この点に関するJR西日本の認識について,事故調査報告書は,次のように記載している。
 すなわち,229ページの記載は次のとおり。
平成15年9月9日の鉄道本部会議の資料、2.5.7.1 に記述した運転法規の補助教材の記述等から、同社には曲線区間における速度超過による事故の危険性の認識があった可能性が考えられる。
 しかし、2.20.2.1 に記述したように、同社が発足した昭和62年4月以降の曲線区間における速度超過による列車脱線事故等はJR貨物函館線の下り勾配区間における2件の死傷者のない列車脱線事故のみであったことから、安全推進部長が曲線区間における速度超過による脱線を具体的な危険要素とは認識していなかった旨口述している(2.13.8.4 参照)ように、同社がその危険性を曲線速照機能の整備を急ぐことが必要な緊急性のあるものと認識することは必ずしも容易ではなかったものと考えられる。
 つまり,曲線における脱線とATSの関係について,JRの社内資料があるのは,平成15年9月9日の分しかないと,いうのが一根拠とされている。
 しかし,実際には,平成8年12月に発生した函館線の脱線事故については,平成9年1月の社内会議資料で報告されており,ATSとの関連についても言及されていたのである。

 事故調査報告書の,最も重要と思われる部分について,肝心要の資料が,抜き取られていたのであるから,事故調査委員会の目的である「鉄道事故の原因を究明し、事故の防止に寄与すること」を真摯に追い求めようとするのであれば,少なくともこの点に限定してでもよいし,結論に影響を及ぼさないとしても,報告内容の見直しの作業を行うべきではなかろうか。

 それが,疑念や汚名が着せられつつある最終報告書の信頼性を回復する,有効な方法だと考える。
 JR西日本の福知山線脱線事故について,本日,遺族35名が検察審査会に,歴代社長3人(井手氏,南谷氏,垣内氏)の不起訴処分の見直しを求めて,検察審査会に申立てを行いました。

 この件では,当時の鉄道本部長の山崎正夫氏だけが起訴されていますが,
 会社の組織的・構造的な問題が引き起こした事故であるというのが社会的な評価として定説となりつつあるのに,
 その組織的・構造的な問題を作り出した社長・会長らが,法的に免責されるというのはおかしいのではないか,
 という素朴な視点で捉えることができるでしょう。

 山崎氏が問われている過失は,
    急カーブに付け替えたのにATSを設置しなかった
というものです。

 しかし,ATSのない急カーブであっても,スピード違反がなければ事故は起きないというのが,一貫したJR西の反論でした。
 そうであるならば,
     ATS等の安全措置を講じないで速達化(スピードアップ)を行った
という行為も,山崎氏の過失とウラオモテの関係で,過失責任が問えるはず。
 それが,当時のトップである社長・会長らの責任だということです。

 検察庁が山崎氏ひとりに起訴を絞ったのは,山崎氏ひとりが安全に関する実質的権限を有していたからです。
 しかし,JR西の組織は,当時,社長・会長が絶大な権限を持っていました。
 安全に関する権限だけ切り離し,全て部下に丸投げするなどということは考えられないし,公共交通機関として許されることでもありません。
 (実際,JR西日本の「総合安全推進委員会」の委員長は社長です。)

 検察審査会の今後の検討に注目です。
  
 まさか地元が国内感染の震源地になるとは思ってなかった。
 昨日から,神戸市を中心に,新型インフルエンザで大騒ぎだ。
 週明けから,弁護士会としても,早急な対応が必要である。

 しかし,まずもって申し上げたいことは,神戸高校,兵庫高校をはじめとする高校生の患者のみなさまに,
    「お大事に。早くよくなって下さいね。」
のお見舞いの言葉である。

 さて,さて,こういう当たり前のお見舞いの言葉が,どういうわけかあんまり聞かれない。

 マスコミのニュースを見ていても,テレビのニュースを見ていても,お見舞いの言葉は聞こえてこない。
 ちょっと検索をしてみたけれども,報道も,行政も,政府も,患者さんへのお見舞いはすっかり忘れているようだ。

 今回の感染騒ぎで,一番ショックを受けているのは,ほかならぬ患者さんご自身のはずだろう。

 それを,なんだか知らないけれど,
    事件の客体
のような扱いをしている。

 さすがにダイレクトに人権侵害するような表現は見られないが,「感染源」として扱っているだけで,「人」として尊重しているのかどうか疑問に感じるところもある。

 以前に,
  「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」
のことをちょっと紹介したけれど,あの法律を作った背景の一つには,伝染病の患者さんに対する人権侵害を行ってきたわたしたち社会全体の反省もある。

 患者さんの身になって考えてこそ,はじめて「我が事」として考えられるのではないか。


 「感染予防は,非感染者にとっての関心事であろうが,

 「感染対策は,感染した人の状況を具体的かつ真剣に考えてみないと意味がない。

 いつまで経っても「感染予防」ばっかり声高に叫んでいるようでは,「感染対策」は全く進化しないし,放っておくと,人の道を外れてしまう危険もある。
 魔女裁判や,犯人捜しのような発想は,もってのほかの愚行である。

 新型インフルエンザの患者さんたちは,今,あらゆる機会から隔離され,我が身を案じている。
 まず,私たちは,人の道として,患者さんとご家族の方々にお見舞いの気持ちを持ち,平癒を祈り,その上で感染予防に努めよう

 危険やリスクばっかり言いふらす片面的な報道・政府・行政対応では,真の「感染対策」は期待できない。
 ブログの紹介です。

 うちの事務所の徳岡さんも弁護団に入っている原爆症訴訟近畿弁護団が,手作りで立ち上げた
    「原爆症認定訴訟 近畿弁護団通信」
というブログがあります。

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 最近,原爆症訴訟団は現在9連勝中とのことですが,来週15日には高裁第2弾の判決が控えていて,たいへん活気のある弁護団です。

 最新のログでは,
   「被爆者の共通の思いは核兵器廃絶です。」
とありますが,被爆者のみならず,国を挙げてやらんといかん課題ですよね。

 原爆加害国である米国は,オバマ大統領の,4月5日のプラハ演説で,
  「核を使用した唯一の保有国としての道義的責任」
    として,
  「核のない、平和で安全な世界を米国が追求していくことを明確に宣言する」
と言い切りました。
 こういうことであればアメリカ追従でもよいので,・・・というよりも,日本がアメリカをリードすべきなのでしょう。
 この訴訟を通じて得られたパワーを,さらに外に向けて発信してもらいたいものだと思います。

 今日,国会でも,民主党を中心に
    「核廃絶・軍縮・不拡散に向けた努力を一層強化すべきだ」
などとする決議案文を策定したらしいです。

 河野洋平議長も,すかさず
    「プラハ演説直後に日本も『その通りだ』と言うべきだった。非核保有国が機運を作らなければいけない」
と発言したそうです。

 ホントそのとおりですね。

(ところが,同じ今日,麻生首相は「核の抑止力は日本にとって大きな要素を持っている」と国会答弁で話したそうです。世界的KYだなあと思いませんか。)
2009年4月25日午後1時30分~午後5時30分まで,
   「追悼と安全のつどい 2009」
が開催されました。

 これが4回目の“つどい”です。

 振り返ってみると,その年ごとに様々なテーマや特色がありました。

 1年目が追悼の思いが中心であり,
 2,3年目が悲痛や苦悩が中心であったことを思い返してますと,
 4年目の今年は,
     「安全への具体的な祈り・願い」
が前面に出た“つどい”であったと思います。

 600名もの多数の参加を得て,一定の社会への発信ができたのではないかと思われます。

 4人の方々にお話をいただいたのですが,それぞれの方が本当に「実にためになる」話をして下さいました。

 参加した私の感想は,以下のとおりです。
 つながりカフェというのは,文字通り「つながり」を目的とするつどいです。
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 NPO法人市民事務局かわにしが主催しているのですが,毎月,開催されています。

 しかし,毎年4月25日にはJR福知山線事故とのかかわりをテーマにして,参加者が一人ひとこと何かを話すのを例にしています。

 今年は40人もの参加を得て,一番多かったんじゃないかなと思います。

 「他人事とは思えない」,
 「親しい友人が遺族となって関わり方に悩んできた」,
 「社会のあり方に疑問を感じる」,
 「自分自身のこの1年間と重ね合わせてみた」,
 「風化させてはいけない」等々,
本当に多くの方々のいろんな意見に触れることが出来て,毎年のことながら,実に有益な機会だと感じました。
2009.04.24 空色の栞
IMAGE_062.jpg 私も1メンバーである「負傷者と家族等の会」
    空色の栞
を作って配ることになりました。


 図柄も手作り,
 裏面にある文章もみんなの手作り,
 空色の紐を結わえたのも手作業でやりました。
 (私が結わえた紐は,不器用なので,不格好です・・・。)

 そしてその配布も,メンバーが福知山線の各駅などで,手渡しする形でやることになりました。
 (ニュースはこちらです。

 なかなか素敵なものができました。
 部数限定3000枚(・・・というか,それ以上は,よー作らんかった)。

 裏面のメッセージは以下のとおりです。
    栞
    あなたの道しるべ

 あの日,あの列車には,様々な思いを抱えた

 多くの乗客が乗っていました。

 辿り着きたかった場所へ行けないまま

 逝ってしまった,たくさんのいのち。

 そして,一瞬にして奪われた日常・・・。

 あの朝,空が真っ青に澄み渡っていたのを

 覚えていますか?

 その空色の栞(しおり)に

 私たちの思いを託しました。

 あの日を決して繰り返さない,

 安全で安心な社会をみんなで育んでいきたい。

 それが,私たちの願いです。


 JR福知山線事故・負傷者と家族等の会
 思いをつなぐ連絡会2009

SMAPの草剛さんの逮捕劇は,いろんな見方があるでしょうけれども,
私からするとかわいそうで仕方がありません。

マスコミであれだけ騒がれるのは,人気タレントの宿命なので仕方がないことだとしても,
警察の捜査のやり方は,ちょっと行き過ぎじゃあないかしら。

強制捜査の一般的なメニューとしては,
   「逮捕」「留置」「家宅捜索」「送検」「勾留」・・・
という流れが一般的ですけれども,
クダを巻いている酔っぱらいに対する対応としては,
単に口頭注意にとどめる場合もあれば,
  「署へ連行」「説教&帰宅」
という保護的な流れもあったでしょう。

 すなわち,強制捜査をしなければならないほどの状況にあったのかどうかです。


 警察の活動は,
  「司法警察活動」(~強制捜査はこの一部)
       と
  「行政警察活動」(~町のお巡りさんのパトロールなど)
があるわけですが,今回の件では,行政警察活動を行うことなく,直ちに司法警察活動に及んだということになります。

 マスコミ情報だと,近隣の方がどれぐらい迷惑を被ったのか,周囲にどれぐらい公衆がいたのか分かりませんけど,仮に当時の状況からして「現行犯逮捕」が避けられなかったとしても,それに続いて,
裁判所の令状まで取る必要がある強制捜査である
   「家宅捜索」
までも直ちに行う必要があったかどうかは疑問です。


 単に「行動・性癖を調べる」というだけで強制捜査が許されるとしたら,それは行き過ぎではないかとも思われます。
 薬物反応も出ていないのに・・・・・

 結果として今回の一連の捜査が適法なものとして許容されることがあったとしても,こういう強制捜査が当たり前のように行われることが許されるとしたら,かなりコワイことです。

 TVで,「家宅捜索」するのを,まるで当然の捜査の流れのように報道しているのを聞いて,ちょっとおかしいぞと思います。
 報道で,警察の捜査に対する批判的コメントがないことに,ちょっとした危険さえ感じます。

 もしも私が草さんの弁護人だったら(・・・ありえないけど),
   単にかわいそうだし反省しているのから許してあげようよ~,
ということだけでなく,
   警察の捜査は興味本位の濫用ではなかったか!
ということを言いたいところです。
 「実情に合った賠償を」
という見出しで,JR脱線事故に関する負傷者の賠償交渉に関するインタビュー記事が掲載されました。

考えがまとまらずにブツブツと独り言みたいに話したことを,要領よくまとめていただいて,さすが記者さんはプロだと感じました。

 この記事中に
米国では、加害者への社会的制裁の意味をこめて高額な賠償を命じる「懲罰的賠償」が一般的ですが、この考え方を日本でもっと取り入れるべきです。
という部分があります。

この部分を,どのように書いていただくかということで,記者さんと少々打ち合わせをしました。
ちょっと悩ましい部分だったからです。

 「懲罰的賠償」には,立法論として,積極論と消極論があります。
どのように取り扱うかは難しい問題です。

しかし,すでに我が国でも,名誉毀損事件における慰謝料などでは,
少額の賠償額よりも,多額の販売益を目論んで,出版を強行する例があることから,
制裁的に高額の賠償を認める判決の傾向があります。

つまり,すでに懲罰的賠償のような考え方が広がりつつあるということです。

 私としては,そういう経済的な分野よりも,
まずは,「命」や「身体」にかかわる分野が先だろうと思うのです。

こういう取り返しの付かない「命」や「健康」にこそ,制裁的な賠償を取り入れることが,
    「社会の安全」
の構築に有効だと思うのですが,いかがなものでしょうか?

だいたい安全軽視の例のほとんどが,やはり経済性を重視する(=安く押さえようとする)からで,
名誉毀損を犯す違法な出版者と,論理は変わらないでしょう。

4月22日の朝日新聞の地方版から,記事の全文と写真を引用させていただきます。
 平成21年4月14日最高裁判所の痴漢冤罪判決は,裁判員制度を直前に控えたこの時期に,刑事裁判のあり方について,
   「基本に戻って,司法の初心を忘れるな!」
ということを,スパッと言い切った,たいへん意義深い判決です。

 最高裁の判決文の全文は,こちらにあります。(最高裁HPはこちら
 本文の部分は,もちろん重要ですけれども,
   那須弘平裁判官(弁護士出身)
      と
   近藤崇晴裁判官(裁判官出身)
の補足意見は,

   ◇刑事裁判はいかにあるべきか

   ◇冤罪を防ぐために求められる慎重さとは何か

   ◇合理的な疑いを超えた証明とは何か

   ◇裁判官は独善で偏見を持っていないか


といった,刑事裁判の本質をズバッと言い当てた,唸らせるようなコメントにあふれています。

 司法関係者ではなく,むしろ裁判員になろうとする市民の方々にこそ,この那須意見&近藤意見をご一読いただきたいと思います。

 この最高裁判決は,3つのメッセージを含んでいると感じました。

1 裁判官は,曇りのない目で,職業的な経験則にとらわれない審理を行え!
「被害者の供述するところはたやすくこれを信用し,被告人の供述するところは頭から疑ってかかるというようなことがないよう,厳に自戒する必要がある。」(近藤補足意見より)
「文献等に例示される典型的な論理則や経験則に限ることなく,我々が社会生活の中で体得する広い意味での経験則ないし一般的なものの見方も「論理則,経験則等」に含まれると解するのが相当である。」(那須補足意見より)


2 捜査機関は,供述に頼らず,物証などの客観的な証拠を重視せよ!
「物的証拠等の客観的証拠は存しない(被告人の手指に付着していた繊維の鑑定が行われたが,Aの下着に由来するものであるかどうかは不明であった。)・・・・したがって,Aの供述の信用性判断は特に慎重に行う必要がある」(判決本文より)


3 裁判員は,「合理的な疑いを超えた証明」の原理に基づき,慎重に審理をせよ!
「合議体による裁判の評議においては,このように,意見が二つ又はそれ以上に分かれて調整がつかない事態も生じうるところであって,その相違は各裁判官の歩んできた人生体験の中で培ってきたものの見方,考え方,価値観に由来する部分が多いのであるから,これを解消することも容易ではない。そこで,問題はこの相違をどう結論に結びつけるかであるが,私は,個人の裁判官における有罪の心証形成の場合と同様に,「合理的な疑いを超えた証明」の基準(及び「疑わしきは被告人の利益に」の原則)に十分配慮する必要があり,少なくとも本件のように合議体における複数の裁判官がAの供述の信用性に疑いをもち,しかもその疑いが単なる直感や感想を超えて論理的に筋の通った明確な言葉によって表示されている場合には,有罪に必要な「合理的な疑いを超えた証明」はなおなされていないものとして処理されることが望ましいと考える(これは,「疑わしきは被告人の利益に」の原則にも適合する。)。」(那須補足意見より)

 ちなみに,最高裁の第二小法廷でも,民事事件ですが,痴漢冤罪による損害賠償請求事件で,証言の信用性について慎重に判断せよ,という判決が出たばかりです(最高裁平成20年11月7日判決)。
 この流れは,裁判員制度を迎えるに当たって,司法の基本を再認識しようとする,一貫した流れに違いありません。
4・25ネットワークが,2005年に起きたJR福知山線事故から4回目の4月25日を目前に控えて,
    「尼崎脱線事故検証委員会」
を設置するよう,申入れを行った。

 ニュースなどでも取り上げられているので,参考にどうぞ(→たとえば神戸新聞の中島摩子さんのこちらの記事など

 今回の申入れのポイントを3点あげるとしたら,次のとおりである。

 ひとつは,JR西日本が,いつまで経っても今回の事故について,自らの手で原因を究明・検討しようとしないことから,今回の申入れに至ったという点である。

 被害者が事の真相を明らかにしたいと思うのは当然かつ自然な思いであるにもかかわらず,JRが固く口を閉ざしたままであるため,4年経ってもなおその目途がついていないというところが異常である。


 2つめは,事故の原因をあくまでも「科学的に分析し,組織的・構造的問題の所在と課題を明らかにする」としている点である。

 世間の人々は,被害者は感情的に流れるのではないかと先入観を持っているだろうが,今回の申入れは,「科学性」と「社会性」に軸足を置きながら,「謙虚に」かつ「客観的に」検討を進めようということを,被害者自身が言い切っている。そこは尊重されるべきである。


 3つめは,加害者・被害者・第三者の3つの立場が同じテーブルに就いて検討を進めようということを,被害者の方から申し出ている点である。

 第三者だけで進められた事故調査委員会が必ずしも支持されなかったのは,加害者が全面的に関与せず,また,被害者の声が十分に届かなかったからであろう。三者が,協働して検討し,教訓を紡ぎ出すという動きは,新しく・画期的とも言える。


 以下,4・25ネットワークがJR西日本に提出した申入書を引用する。
 遺言を書く人がずいぶん増えているそうです。
 たいへん結構なことだと思います。

 遺言は,その人にとって最後の財産処分行為なのですが,法律的には,
    ■原則は法定相続で,遺言はこれを修正する特則だという考え方と,
    ■原則は遺言であり,遺言がないときに法定相続を使うという考え方,
があって,それぞれ議論があるようですけれども,難しいことは置いておきます。

 私は,誰もがちゃんと遺言を書くべきだと思います。

 なぜなら,自分自身の財産なのだから,きちんと財産の処分方法を示しておくのが,責任ある態度だと考えるからです。

 遺された相続人たち相続紛争などは,誰が悪いかって,私は,亡くなった御本人がきちんとしておかないから悪いのであって,恨むなら故人を恨むべきで,生きている人同士で傷つけ合うのは道理に合わないと思うのです。

 私的に遺言の心得を3つ挙げるとしたら,

  1 元気なうちに書きましょう

  2 大金持ちにならないうちに書きましょう

  3 弁護士にしっかり相談しましょう


ということです。

 イメージとしては,遺言なんて,よほど高齢になって,能力も乏しくなってから書くのがパターンのように思われがちですが,もうヨボヨボになって判断力も乏しくなってからでは,本当に自分の意思と言えるのかどうか誰が見ても不安です。
 次代に遺せるだけの財産を築いたと考えたその時点で,しっかり次代のことまで見据えて道筋を付けてこそ,意味があるとは思いませんか。


 大金持ちになってしまうと,渡す方も,もらう方も,いろいろ思惑が出てきて,シンプルな考えが持てなくなります。
 ですが,「誰のために,何のために」財産を遺すのか,という基本方針はシンプルなはずです。シンプルな基本方針を持てるうちに,自宅だとか,家業だとか,重要な基本部分の帰趨を決めておくべきだと思います。
 預金だとか,株や証券だとか,伸び縮みする財産は,あとで調整できます。


 ヘンテコな遺言書が出来てしまって,あとでトラブルになるのは,だいたい御本人の素人判断で作った場合か,ご家族の思惑がゴチャゴチャと入り乱れている場合か,大事な基本方針を忘れて節税だけを考えて作った場合か,どれかです。
 「きちんと」「第三者に」「基本方針」を見てもらうとしたら,やっぱり弁護士に相談するのが一番だと思います。


 宣伝みたいになってしまいましたが,普段から思っていることですのでご容赦をば。

 JR福知山線脱線事故から4回目の4月25日を迎えます。

 遺族の方々を中心とする「追悼と安全のつどい2009実行委員会」が,シンポジウムを企画しています。

 今年は土曜日ですので,多くの方にご参集いただければと思います。
  (私も一応の司会役ですので,お目にかかれれば幸いです・・・)

090425tudoi.jpg
 ~鉄道事業者の社会的責任を考える~
   JR福知山線尼崎脱線事故 
   『追悼と安全のつどい2009』


   主 催:追悼と安全のつどい2009実行委員会
   後 援:尼崎市
        思いをつなぐ連絡会(4月25日を忘れない)
        鉄道安全推進会議(TASK)
        4.25 支援弁護士グループ
   事務局:4.25 ネットワーク

13:30 開会

13:40 ~ 14:00 JR福知山線脱線転覆事故から5年目を迎え
           「鉄道事業者であるJR西日本の社会的責任を考える」
           4・25ネットワーク世話人 淺野弥三一氏

14:00 ~ 15:20 「安全な社会への新しい潮流 ~被害者の視点の意義~」
           ノンフィクション作家 柳田 邦男氏

15:40 ~ 17:00 「失敗学から危険学へ」
           工学院大学教授・東京大学名誉教授 畑村 洋太郎氏

17:00 ~ 17:20 「これまでの被害者支援の動きと今後」
           鉄道安全推進会議 事務局長 佐藤 健宗氏
NADA-F.jpg 日航機墜落事故のある遺族の方から,バッヂをいただきました。

 このバッヂは,米国の財団法人
    全米航空惨事被災者同盟(NADA)
で最高賞である
    「航空安全賞」
を日航機墜落事故の遺族の有志でつくる「航空安全国際ラリー組織委員会」の方々が受賞したのを祝って,作ったバッヂだそうです。

 そもそもこの財団法人は,「死因の科学的な分析を行い、次の悲劇を生まないよう役立てること」を目的としているそうで,この目的に照らして,遺族らのグループの活動が,国際的な空の安全に貢献したとして受賞されたのですから,
    被害者の存在と活動こそが,真の安全に寄与している
ということを証左するものとなっています。

 こと事故調査に関しては,アメリカの着眼点は思い切っているし,正しいな,と思いました。

(※毎日新聞の2009年3月11日記事は→こちらです。) 
 先物取引被害全国研究会のメンバーは約500人にのぼるが,実力,実績,人柄ともに一級品で,リーダー格として牽引役をしているのが荒井哲朗さんである。
 朝日新聞の平成21年3月26日の朝刊17面「私の視点ワイド」に,荒井さんの記事が出ていた。

 私も,心底賛同し「よく言った!」と思ったので,是非とも紹介をしておきたい。
 テーマは「金融被害」で,題目は,
  投資なんか,しなくていい
 結論ズバリ!

 内容も,ハッとさせられたり,うなずいたりしてしまう。
 ぜひ,紹介したい。
 近年,「貯蓄から投資へ」というスローガンが当たり前のように喧伝されている。
 世情に「投資をしなければならない」という雰囲気が蔓延し,一般市民が強迫観念や不安感さえ感じる傾向にある。
 「賢い投資をしよう」などと言って,子どもには投資教育が勧められる。
 超低金利などを強調して,年寄りには老後資金を投資に向けるように誘導される。

 しかし,本当に,誰もかれもが投資をすることが必要なのか。

 日本における投資の実態を見る限り,それは誤りである。
 一人ひとりの消費者にとって,投資をしない方が,「健全」だし,「安全」だし,多くの場合は「経済的にも有利」である。
 「少しでも良い投資をしたい」という考えに付け込むのが,詐欺的商法の常套手段だ。
 中学生に必要なのは,株式投資教育より,愛と夢を語り学ぶのが先決だ。

 荒井さんは言う。
 「誰も声を大にして言わないので,私が言おう。『投資なんか,しなくていい』」


 私も,小さい声の一つに過ぎないが,荒井さんに追随したい。


 憲法は,一人ひとりの幸せを実現することを目的としている。
 しかし,現実の社会では,何度も投資経済の失敗を繰り返し,その最終的なしわ寄せは個人に及び,一人ひとりの生活の「安全」がおびやかされてばかりである。
 今,個人(アマチュア)にとって,投資なんかいらない!
 神戸では,「偽装ラブホテル」問題が,熱いです。

 「偽装ラブホテル」というのは,なんでしょう?
 単なる「ラブホテル」とはどう違うのでしょう?

 これは,建築確認の申請をする際や,営業許可の申請をする時には,「リゾートホテル」とか「ビジネスホテル」として届け出て,許可を得て建てて置きながら,スタートしてからは「ラブホテル」として営業しているホテルをいいます。

 典型的な法の抜け穴くぐりですね。

 神戸の魚崎地区の住民の方々を中心に,「全国偽装ラブホテルをなくす会」が立ち上がり,元気に活動中です。

lovehotle.jpg この活動に刺激されて,兵庫県内では,違法ラブホ業者の摘発が立て続いています。

 それでも・・・・・,偽装ラブホテルを建てようとする業者は後を絶ちません。

 この問題は,実は,歴史の古い問題です。

 判例なんかを探してみると,昭和55年の旅館業法違反事件なんかは,「モーテル類似旅館」の適法性について,侃々諤々議論をしています。
 この「モーテル類似旅館」が,現代的に言うと,「偽装ラブホテル」なんですね。

 これら議論や社会問題を踏まえて,現在の新・風営法の規制が出来ています。

 しかし,時代の変化のスピードは急で,この規制の網は完全に破られています。

 たとえば,大阪府内で,ラブホテルとして覚知されているホテルが700軒ほどあるそうですが,風営法の届出を受けて営業しているのは,わずか98軒だけとのこと。
 7軒に6軒は偽装ラブホということです。
 兵庫県でも,172軒のうち正規のラブホテルは61軒だけ。3軒に2軒は偽装ラブホテル。

 法律の「外枠」だけで行政が行われ,
 法律の「趣旨」がないがしろにされている,

という我が国の法感覚の傾向が,こんなところに顕著にあらわれていると思います。
 私が,イソ弁時代に,ボスと一緒に担当した震災事件がある。
 淡路島の,小さな家で起きた,悲しい事件である。

 震災のあった1月17日の当日,
 その日は,大きな難を逃れ,家族一同ホッとし,
 団らんしていた最中,
 地下に埋設されたガス管が破断していたため,
 そこからガス漏れが発生し,
 17日から18日にかけての晩に,
 5人家族のうち4人が一酸化炭素中毒で死亡したという事件である。

 一人生き残った中学生の女の子(と祖父母)が原告となって,ガス会社に土地工作物責任を問うて裁判をした。
 この事件は,所期の目的を達して終了した。
 しかし,一人遺された彼女のことは,ずっと気になっていた。

 一昨年の新聞で,彼女が頑張っている姿を目にした。
 <→こちらの記事です

 幸せを探す場面に少しでも立ち会えたのではないか,と10年越しで安堵感を味えた一事であった。
2008.11.16 17歳の出発
 このブログの冒頭紹介文には「人生の転機や幸せを探す場面に立ち会うところに弁護士の生きがいがあります。」などと書いていますが,なかなかそんな場面に立ち会ったり,その実感をストレートに感じることができる機会はありません。

 しかし,今朝は,素直にじーんとくる旅立ちのシーンに立ち会うことが出来ました。

 内容や詳細については,書くことが出来ませんが,
    今朝,
    ある17歳の男の子が,
    数々の苦難や悲しさを乗り越えて,
    暖かく彼を育んできた方々のもとから,
    血の通った新しい環境のもとへ,
    不安と期待を入り交じらせながら,
    出発する,
という場に立ち会いました(うーむ,何とも抽象的な表現ですが,これが限界!)。

 裁判や弁護士業という形でのかかわりが,事態を良い方向に導いたのではないかなあ,という実感が,その場にいた方々の涙腺のゆるみ(私も含む)の中に感じ取ることが出来ました。

 彼は17歳という若年ながら,「人生の転機や幸せ探し」を続けてきたのでしょう。
 がんばってもらいたいと思います。
2008.11.04 詐欺罪とは
 たまには法律のことも書いてみよう。

 今日の新聞は,小室哲哉が詐欺罪で逮捕予定の記事でいっぱいだ。
 この「詐欺」というのが,分かったようで,よく分からない言葉である。

 法律的な「詐欺」というのは,単に「ダマした」というだけではダメである。
 逆に,被害にあった立場から「ダマされた!」と確信できる場合でも,ダメな場合がある。

 法律的に「詐欺」と言えるためには,
   1 加害者の欺罔行為(=ダマす言動を行うこと)
   2 被害者の錯誤(=ダマされちゃうこと)
   3 欺罔と錯誤の因果関係(=ダマしたためにダマされること)
   4 詐欺の故意(=ダマそうと企んでいること)
が必要とされている。
 細かい要件はほかにもいろいろあるけれど,大きな要件は,刑事も民事も,だいたい同じだ。

 だから・・・・,

  1 器械を不正操作して現金を引き出しても,欺罔がないから詐欺じゃないし(窃盗だけど),

  2 ニセ物であることを分かって買い受けたら,錯誤がないから詐欺じゃないし(分かってるんだからね),

  3 ダマされたことに気づいた後,かわいそうに思ってお金をあげたら,未遂だし(まあしゃあないか),

  4 返すつもりでお金を借りたが,結局,返せなくなっちゃった場合は詐欺じゃない(被害者にとっては同じだけど)

ということになる。

 よく争われるのは「故意」の有無である。
 「だますつもりはなかった!」というヤツである。
 ここは,何とも言えないところだ。
 よく,多重債務者に対して,債権者から「詐欺じゃないか!」と追及を受けるが,返すつもりで借りたのであれば,故意がないから詐欺とは言えない。

 たとえば,自分に著作権が無かったとしても,後日,著作権を取り戻し,その上で,あらためて譲渡しようと考えていたのだ,という言い訳があるとしたら,それは「故意」を否認していることになる。

 なかなか,詐欺の成立は難しいのだ。

 しかし,「詐欺商法」,と言われる消費者被害に対し,なかなか検挙が及ばない現実もある。
 こういう輩に対しては,むしろ果敢に取り組んでもらいたいものだ。

 海外の先物関係では,実際に海外の市場に繋いでいないのに,あたかも繋いでいるかのようにして営業している会社がある。
 こんなのは,組織的詐欺にほかならない。

 また,国内の先物関係であっても,顧客が先物の仕組みが分かっていないのにつけ込んで,ことさら必要のない証拠金を出させて,それを相場取引を装って自分たちの手数料に転化させてしまう。
 こんな企みを意図して実行すれば,1~4の要件が全部揃っていると思うので,やはり詐欺だと思うのだが,いかがだろう。
 最高裁判所の判事というのは,司法に対し,国民の意思を反映させることができる唯一のポストである。
 すなわち,
  (1)内閣が任命することになっており(憲法79条1項)
  (2)選挙の際に国民審査に付されることになっている(同2項)
からである。

 つまり,最高裁判事は,それだけ民主的な正当性を持ち,他方,政治的な存在である,ということである。

 ここ最近,2つの人事があった。
 なんとなく政治的なキナ臭さを感じる人事だった。

 一つは,横尾和子裁判官の依願退官である(2008年9月10日付)
 横尾判事は,女性官僚として華々しい経歴を持っていたが,その中でも,社会保険庁長官を勤め,基礎年金制度の導入を行ったという実績がある。
 この社保庁長官の経歴を,ネットや新聞で叩かれ,依願退官につながったようである。
 批判に耐えることも裁判官の重要な宿命であり,それが裁判官の独立のスピリッツでもあるはずだ。
 しかし,福田総理が辞任表明をした直後の退官劇で,タイミング的に,なんとなく政治的なキナ臭さを感じる。

 もう一つは,つい先日(2008年10月21日)に任命された,竹内行夫裁判官である。
 竹内氏は,元外務事務次官である。
 それだけでも政治色プンプンであるが,小泉政権下でイラク派兵を進め,イラク戦争支持の日本政府に抗議した天木直人元レバノン大使をクビにした張本人とのことである。
 これは,名古屋高裁違憲判決に対する,政治的なアテツケと見られても仕方ないだろう。
 竹内氏については,イラク派兵違憲訴訟の弁護団の方から,国民審査で罷免を求めるメールが届いているので,参考までに後掲引用しておく。

 そんな中で,最高裁長官の候補として,竹崎博允判事が,推挙されることとなった。
 新聞記事によると,いきなり長官に抜擢されるのは異例なのだそうだ。
 司法行政の経験が長い典型的なエリート裁判官のようであり,裁判員制度の設計の中心を担ったことから,5月以降の新制度に向けてテコ入れする趣旨であると評価されている。
 そういう意味で,純然たる司法界のエースということであれば,どうか,最近の人事の政治的なキナ臭さを消し去って,信頼できる最高裁判所を運営していって欲しいものである。

 竹崎判事は,若い頃に,鹿児島地裁名瀬支部の裁判官を務めている。
 これは,まさにNHKドラマ『ジャッジ』の赴任地である。
 Drコトーの裁判官版よろしく,人情味を忘れないで欲しい。

 判例検索によると,東京地裁裁判長時代の無罪判決(H7.9.29判決)や認定落ち判決(H8.2.7),東京高裁時代の無罪判決(H6.3.15)や,被告人の裁判出頭権確保決定(H6.2.10)など,勇気ある判決もいくつか出している。
 どんなお人柄なのか,現時点ではよく知らないが,とりあえずは期待を寄せたい。
 東京での転院受け入れ拒否による妊婦死亡事件は,本当に悲痛な事件である。
 亡くなった方と,ご遺族には,ご冥福をお祈りしたい。

 この件では,早速,「医師不足」が原因だ!と大声で叫ばれているが,本当にそうなのだろうか。
 もちろん,原因の一つであることは間違いないだろう。
 「緊急搬送システム」が不十分だった,という指摘もある。
 確かに,それも原因の一つに違いなかろう。

 しかし,むしろ大きな原因は,安直に「責任追及」に走る傾向にこそあると思う。

 受け入れを拒否した病院として,最終的に受け入れをした都立墨東病院ばかりが取り沙汰されているけれども,他の7病院は,「慶応大病院」,「日赤医療センター」,「順天堂医院」,「東京慈恵会医大病院」,「東京慈恵会医大青戸病院」。「日大板橋病院」,「東京女子医大東医療センター」
 どこも名だたる大病院ばかりではないか。
 しかも,しかも・・・
 今回の事件が起きた場所は,日本中でずば抜けて医師数が多い「東京」での出来事である。

 事故後,世間の目は,早くも「責任追及」モードに走っている。
 かかりつけの病院の記者会見が行われた。
 この会見には,私の同期同クラスの弁護士も立ち会っていた。
 彼は医療事件の専門家である。
 つまり,病院では,すでに医療過誤の責任の問題を強く意識しているのである。
 これに対し,墨東病院も,石原都知事を先頭に,責任問題について必死の弁明をしている。
 (今流行の「リスク管理」の姿勢からすれば,当然の対応であろう。うちの事務所も,医療事件については,病院側の立場で仕事をしているので,その状況はよく分かる。)

 しかし,責任追及や訴訟などは,被害者の救済や医療過誤の防止にはあまり役立たない。
 Defensive Medicineという言葉がある。
 Defensive Medicineというのは,「主に医療過誤の賠償責任にさらされる危険を減ずるための医師の対応。あるいは,医療過誤の賠償責任にさらされる危険を減ずるためにリスクの高い患者の診療を忌避すること」と定義されている(『アメリカ医療の光と影』李啓充医師著より)

 日本でも,まさにDefensive Medicineが,蔓延しているのだろう。
 ほとんど全ての医師は,「人の命を助けたい」「人の役に立ちたい」と思って,医師の職を選んでいるのである。
 その医師を,単なるサービス業のように軽く取り扱い,責任ばかりを追及をしてきたところにこそ,原因があるのではないだろうか。
 安直に人数を増やせばいいとか,施設を増やせばよいとか,コンピュータシステムを作ればよい,といった対策や提言は,「医師」そのものの職業人格的存在を軽視しているのではないか。


 今,必要なのは,やみくもに医師の責任を追及する前に,職業人として頑張っている医師を尊重することだと思う。
 このような土台があってこそ,積極的かつ果敢に命を救おうとする医療行為が期待できるのであり,自ら進んで事故の原因を突き詰める医師倫理が期待できるのだと思う。
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