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 法律ブログランキングを見ていると,同業のみなさん(弁護士)が,結構,ブログを書いています。
 日常の出来事や,日々のお仕事の内容を綴っていたりして,同業者の目から見ても,「へぇ~,他の弁護士ってこんなことしてるんだ~」などとヘンに感心したりします。

 私は,いつの間にか社会派ブログ,政治ブログみたいな感じになっていますが,もともとそういう硬派キャラじゃないんですよね。
 ヤメ蚊さんのように,徹底して頑張っているわけでもないですし。
 だいたい,どういう流れかよく分からないですが,もともと本当は日常の出来事などを気軽に載せるつもりが,危機感を感じるネタが次々にあらわれて,なかなかそういかなくなっただけで,
もし,硬派ブログになっちゃっているとしたら,それは世の中が堅苦しくなった影響ですわ。

 昨日は,「お玉おばさんでもわかる政治の話」で有名な,お玉さんに電話して,ナマではじめて話をしたのですが,
  「僕は,ホントは,こういうノリじゃないんですけどね~,ハハハ」
  「わたしも,ホントにそうなんですよ~,アハハハ」

というヒジョーに軽いノリでやりとりしました。
 楽しかった。
 みんな同じなのかな。
 なお,用件は神戸市北区で6/16日に行われるイベント(→こちらをどうぞ)の件でした。
 またよろしく。

 ・・・・というわけで,唐突ですが,今日は私の日常業務を書き残してみます。

 昨日は,◆法律相談をしたり,◆裁判提出用の書面を2通ほど書いたり,◆不動産の売買の交渉をしたり,◆破産会社の処理の仕方を裁判所と相談したり,◆事件の記録を閲覧・謄写しに行ったりしました。
 弁護士会活動の関係では,◆子どもの権利委員会の関係で研修の手配準備をしたり,◆災害委員会の関係で来月のシンポの準備をしたり,◆弁護士会尼崎支部にテレビ電話会議システムを設置するためにパソコンの設定やら機器の取り付けに行ったりしました。
 事務所の事務としては,◆アルバイト契約の契約書を起案したり,◆財務内容をまとめるレポートを書いたり,◆修習生訪問を受けたりしました。


 本日は,◆朝8時から顧問先と打合せをしてから,◆午前中は神戸の裁判所で証人尋問があります。◆午後は破産管財事件で尼崎の裁判所に行ったり,◆別件管財事件で申立代理人と打ち合わせしたり,◆先物取引被害事件で依頼者と打合せをしたり,◆その他いろいろあります。

 今週は,比較的ヒマだなあと感じていましたが,こうして書き出してみると,やっぱり結構いろいろあるんですねえ。
 毎日,平和で気楽な日記が書けるような世の中になるといいんですが。

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 私にはいくつか不得意分野があります。その一つが著作権をはじめとする知的財産権に関する分野です。

 最近では,森進一が「おふくろさん」の一部を改変して歌ったということで,作詞家と揉めた,というケースがありました。
 これは,法律的に言えば,著作権法20条の「同一性保持権」侵害にあたるかどうか,ということなんですけれども,なんだか感情のもつれあいにしか見えなくって,私にはよく分かりません。


 昨日は,ドラえもんの最終話をめぐって,小学館と藤子プロが,最終話を漫画にして販売した田嶋・T・安恵に通告をするなど法的な措置に及んだ,というニュースが出ていました(→たとえばこちら)。

 ドラえもんの最終回については,ずいぶん前から,好きな人たちの間では,ものすごく盛り上がっていました。

 インターネットでも,いくつかのパターンの最終回を見ることが出来ます。

 マニア系も含めて,熱心な議論が展開されたりして,結構マジに取り組んでいる人もいます。

 私としては,最終回がない作品というのは,ファンの想像力を掻き立てて,いろんなふくらみをもって,名作がさらに名作になる条件ではないかと,
それで,みんなで,続きを考えることで,その作品を我が事のようにして共有できるんですから,それも良いことだと思ってました。
 だから,ドラえもんも,サザエさんも名作なわけで。

 問題になっている田嶋・T・安恵「ドラえもん最終回」も読みましたが,たいへんな感動作です。

 ただ,ある一線を越えてしまうと法律違反になっちゃうんですよね。
 何事も「行きすぎはダメ」というのは当然なんですが,
 この最後のギリギリの一戦を超えるかどうか,というところの勘所が難しいので,著作権の問題というのはよく分からないのです。

doraemon.jpg 法律を振り回して規制が厳格になって,
 その結果,想像力や,活力や,元気が,
 失われるような萎縮的効果が高じなければいいですが。

(ちなみにこれは,私の落書きです。)

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2007.05.29 政治倫理綱領
◆朝日新聞の5月24日付けの社説(→こちらです
◆5月27日の「森田実の時代を斬る」(→こちらです
◆村野瀬玲奈さんの本日付ブログ(→こちらです
で,政治倫理綱領を紹介しています。

政治倫理綱領は,「綱領」のレベルではありますが,法律上も,ちゃんと根拠を持っています。
国会法 第124条の2
 議員は、各議院の議決により定める政治倫理綱領及びこれにのつとり各議院の議決により定める行為規範を遵守しなければならない。
 ここに書いてあるとおりにすればいいわけです。

 規範意識を持つことが強く求められている,というのであれば,まずこの機会に,初心に返って,ここから始めるべきでしょうね。

 この内容が広く知られ,普及することが望まれます。

以下,全文を引用します。
政治倫理綱領 (昭和六十年六月二十五日議決)

 政治倫理の確立は、議会政治の根幹である。
 われわれは、主権者たる国民から国政に関する権能を信託された代表であることを自覚し、政治家の良心と責任感をもって政治活動を行い、いやしくも国民の信頼にもとることがないよう努めなければならない。
 ここに、国会の権威と名誉を守り、議会制民主主義の健全な発展に資するため、政治倫理綱領を定めるものである。

一、われわれは、国民の信頼に値するより高い倫理的義務に徹し、政治不信を招く公私混淆を断ち、清廉を持し、かりそめにも国民の非難を受けないよう政治腐敗の根絶と政治倫理の向上に努めなければならない。

一、われわれは、主権者である国民に責任を負い、その政治活動においては全力をあげかつ不断に任務を果たす義務を有するとともに、われわれの言動のすべてが常に国民の注視の下にあることを銘記しなければならない。

一、われわれは、全国民の代表として、全体の利益の実現をめざして行動することを本旨とし、特定の利益の実現を求めて公共の利益をそこなうことがないよう努めなければならない。

一、われわれは、政治倫理に反する事実があるとの疑惑をもたれた場合にはみずから真摯な態度をもって疑惑を解明し、その責任を明らかにするよう努めなければならない。

一、われわれは、議員本来の使命と任務の達成のため積極的に活動するとともに、より明るい明日の生活を願う国民のために、その代表としてふさわしい高い識見を養わなければならない。


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 松岡農水大臣が自殺した。ご冥福をお祈りする。

 ただ,「死ねば済む」とか,「死んで詫びる」とか,「死で責任を取る」というのは,絶対に間違いである。

 したがって,「大臣」のように社会的影響力が強く,社会や子どもの範となるべき立場の人が,こういう所為に及ぶのは,私の感性としては許し難いことである。

 「物事を済ませる」「心より詫びる」「責任を取る」という行為は,あくまでも,
   ◆事実をはっきりさせて
   ◆問題点をきちんと整理して
   ◆十分な説明をする
というプロセスを踏むところに本質がある。


 人間は弱いので,そういうことに正面から取り組めないのは,現実問題としては分かる。

 しかし,それを「死ぬことによって逃げる」というのも,これまた間違いであるし,

 そういう愚行を,助長することがあってはならない。



 どうしてこういうことになったのかは,私はよく知らないけれども,安倍首相が伊藤一長長崎市長が銃撃された際に「真相が究明されることを望む」とコメントしたが,本件のようなケースでこそ,このコメントが当てはまると思う。

 それから,よく知られているように,日本は,先進諸国でダントツに自殺率が高いが,
    自殺文化
のように,こういう行為が,当たり前のことにならないように呼び掛けたいと思う。

・松岡大臣が師と仰ぐ、中川一郎元農水相も自殺した。自殺の連鎖はダメである。

・ある弔問に来た議員は「松岡は最後までサムライだった」などと言っていた。自殺の美化は、絶対に許されない。

 ただでさえ苦しんでいる現代の子どもたちに,こんなことをどうやって説明するのか!

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「自衛隊は,日本国民に銃口を向けるのか!」ということで,大きな問題になっている沖縄の辺野古問題ですが,どういうわけか,あまり大きく報道されません。

tyura.jpg

 とっても大問題だと思うのですがね。

 とにかく,まずは,事態の内容を把握しましょう。
 末尾に西日本新聞の情報を引用しておきますので,ご参照下さい。

 それから,地元の市民運動をしているみなさんを応援しましょう。


 ところで,この機会に,自衛隊の位置づけを,国民がよく理解をしておかないといけません。

自衛隊は国民の命や財産を守るものではありません。

そこを勘違いしている人が多すぎます。

 まずは「自衛隊法」を見てみましょう。
第3条 自衛隊は、我が国の平和と独立を守り国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。
 法律に書いてあるとおり,「国家の平和」「国家の独立」「国家の安全」「公共の秩序」というものを守るのが自衛隊の本来任務です。
 「国民の生命」「国民の財産」「国民の幸福」というのは,直接的に守るべき対象ではなく,間接的・反射的な利益に過ぎない,という位置づけなのです。

 自衛隊OBで,防衛問題・軍事問題の専門家の潮匡人さんの著書,
   「常識としての軍事学」(中央公論新書)
には,次のような記述があります。
「端的に,自衛隊は何を守るのか」
「それは国民の生命・財産に決まっているではないか。そう考える人もいるでしょう」
「その答えは国民の生命・財産ではありません。それらを守るのは警察や消防の仕事であって,軍隊の「本来任務」ではないのです」
「ならば,軍隊が守るものとは何なのか。それは「国家目標」の上位にあるもの」「国家にとって至上価値と言い換えてもよいでしょう」


ですから,国家の至上価値に反する行動を取る国民がいた場合,たとえ自国の国民であっても,銃口を向けて良い,という論理になるわけです。

おそらく,私たちが抱いている自衛隊のイメージとは懸け離れているでしょうね。
また,多くの現場の自衛隊員の意識とも違っているでしょうね。
(まさに「俺は,君のために死にに行く」っていうイメージが,多くの人々が抱いている自衛隊のイメージじゃないですかね?)

ですが,法律的にも,本質的にも,結論は明らかなのです。
この結論を,政府の要人も,自衛隊の上層幹部も,よく知っています。

ちょっとこわいですね。 

西日本新聞 2007年5月19日より引用
普天間移設調査 「なぜ自衛隊動かす」
 反対派反発 識者「法的根拠ない」


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tawa.jpg 慶応義塾大学の教授になった片山善博さん(鳥取県知事)に会いに行ってきました(用事の内容は,あらためてご報告しましょう)。
  
1 東京の「三田」というところに初めて足を運びました。
東京タワーがよく見えるんですね。
  思わず横断歩道の真ん中から携帯でパシャッとやってしまいました。
  やはりしょせん私もお上りさん。

2 慶応大学のキャンパスは,きれいですねえ。
20070522143225.jpg 驚いたのは,学生さんがわんさといたことです。
 私が通っていた神戸大学では(といってもサボってばかりでしたが),大学というと,閑散とした雰囲気の印象が強いです。

 ナマの慶応BOY,慶応GIRLを見て,活気を吸い取って参りました。

 後で考えると,ハシカに気を付けなければならなかったのかしら。
 早稲田大学だけ流行して,慶応大学は大丈夫ってことはないでしょうし(どうなんでしょ?)

20070522144046.jpg
3 もちろん,出掛けた以上,当然,使命を果たさなければなりません。
  学生食堂に行って,ラーメンを食べてきました。
  慶応大学野球部のスラッガー「佐藤翔」選手にちなんで,
  「佐藤翔(しょう)しょうゆラーメン」
  というのがありましたので,名物ラーメンかと思って食べました。
  ただし,普通の醤油ラーメンでした。
  

4 学生新聞をもらってきました。
  「慶応 塾生新聞」っていうんですね。
keiou.jpg

 どうやら,慶応のみなさんは「学生」ではなく,自らを「塾生」と呼ぶらしいです。
 そんなところにプライドを感じちゃったりします。

 この新聞の一面トップは,就職活動情報。
 天下の慶応大学生であっても,就職活動は大変みたいで,とても厳しいリアリティに直面しているんだなあと感じました。
 慶応大学でも大変だとすると,ほんとにどうなんでしょう?このご時世。

 また,右下のところを見ると
   「五月病撃退号」
なんて書いてある。
 若い塾生さんたちは,はつらつとして明るく楽しげな雰囲気でしたが,やっぱり鬱々とするところもあるんですかね。


ということで,物見遊山の一日でした。

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 今朝「国立大85%が減額交付に 競争型導入で財務省試算」という記事が出ていました
(→共同通信はこちら読売新聞はこちら

junni.jpg

 この記事には出ていませんが,神戸新聞には,次のような表が出ていました。

 これを見てびっくり。

 減額されるのは,
     「教育大学」
ばっかりではありませんか。

(※教育基本法改正の最右翼の梶田叡一氏が学長を務めている兵庫教育大学などは9割カットなのだそうです。皮肉なものです。)

 教育大学というのは,先生の養成をするだけではなく,教育のあり方について研究をするところでもありますが,国は,
   「教育再生」
などといいながら,教育をリストラしてどうするんだ!
と思います。

私は,一貫して,「教育に金をかけよう!」ということを言い続けています。
ところが,現在のところ,国は「教育にかける金をケチろう!」という姿勢で一貫しています。


もともと,旧教育基本法では,国には教育環境の整備をする義務があるとされていました。
つまり,「国の義務は金を出すこと」だったわけです。
しかし,教育基本法を改正したので,この義務は「国は声をあげること」に変わり,国はとってもラクになりました。

給食費を払わない親を非難する声がありますが,
払うべき教育費を払わずルール自体を変えてしまうのも,
大きな目で見れば,全く同じでしょう。


しかし,教育にリストラ原理〔再(Re)構築(structuring)〕を持ち込むというのは,とても深刻なことです。
 「競争」「能力主義」「経費節減」「効率分配」
というのは,リストラのお決まり文句ですが,
リストラした結果,淘汰が進み,競争力のある企業は勝ち組となり,中小企業や,労働者の多くは,破綻・破産などに進みました。

うちの事務所に訪れる多重債務を抱えた方,中小企業の倒産の相談の方で,社会のリストラの影響を受けていない方は少ないです。

教育もリストラすれば,
  ▼破綻する学校
  ▼疲弊する教員
  ▼病んだ子ども
が量産されることになるでしょう。


誰が何とかするんでしょうね?

経済破綻なら,弁護士が法的措置を講じますが,
精神的破綻,文化破綻,人間破綻の受け皿はありませんよ。

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 最近,わが阪神地域に,京都風ラーメン屋のチェーン店の進出が目立っています。

 宝塚と川西に次々にオープンした「ラーメン魁力屋」に行ってきました。

20070522075934.gif20070518224056.jpg


  ◆たっぷり背脂
  ◆醤油の味の効いた鶏ガラスープ
  ◆ストレートの細麺
  ◆薄切りのチャーシュー
  ◆麺固さ,ネギ多さ,背脂多さなどが選べる
といったところが,京都チェーン店の特徴なんでしょうか?

 西宮,塚口,伊丹,武庫之荘・・・と,先陣を切っていた「来来亭」にそっくりではありませんか。
rairaitei.jpg
 これは,「来来亭」でもらった団扇(うちわ)です。
 私のご愛用のうちわですが,こちらも,特徴はほとんどいっしょです。

 私の注文は,
  「麺かため,ネギ多め,醤油濃いめ,背脂多め,チャーシュー脂身」
と決まっており,注文した後に必ず「不健康だ~」と少々後悔するのが常です。

この京都ラーメンの進出攻撃はまだまだ続くようです。
「神戸のラーメン!」というウリがないので,阪神地区は,植民地状態なのです。

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過日,万博記念公園に行ってきました。
そこには,通天閣,大阪城とならぶ,大阪のシンボル「太陽の塔」がそびえたっています。

20070520144347.jpg20070520144133.jpg

私もよく知らなかったのですが,
   てっぺんの黄金の丸いのが「未来の太陽」
   正面の真ん中のお顔が「現在の太陽」
   裏の青黒いお顔が「過去の太陽」

なのだそうです。
 表の2つの顔は見慣れた感じですが,
 なんか,裏側の「過去の太陽」というのが意味深げな感じを彷彿とさせます。

1970年の「EXPO’70」のテーマは,
   人類の進歩と調和
ということでした。

 ◇科学がめざましい進歩を遂げ,他方で,環境破壊などが問題となってきていた時期でした。
 ◇また,世界では,ベトナム戦争が長引いている中,冷戦構造が,米・ソの対話により一時的に緩和しつつある方向に向きだしたころでした。
 ◇国内では,高度経済成長による活気と,70年安保闘争が盛んなころでした。

まさに「人類の進歩と調和」を謳うのに,ふさわしい世の中だったんですね。

 まもなく40年経とうとしていますが,このとき掲げた,
    人類の進歩と調和
はどうなってますかね。

 太陽の塔の眼前に位置するエキスポランドでは,「人間の怠慢」と「営利と安全の調和の崩れ」によって,悲しい事故が起きたばかりです。
 初心を忘れた末の悲劇です。

 ちょうど40年目に国民投票法が施行されます。最近のこの閉塞感の強い世の中のことを思うと,「人類の停滞と緊張」になっちゃったり,この太陽の塔の表と裏が入れ替わったりしないといいですね。


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 私なりに恥ずかしいので,ちょっとだけスクロールした画面を貼り付けましたが,足元をちょっと見ただけで分かるブロガーの方も多いでしょう。
 「村野瀬玲奈の秘書課広報室」の紹介です。

muranose.jpg


 ところで・・・・
 だいたい,人というものは,自分のことは分かっているつもりで全然分かっていないことが多いです。
 人からどう見られているのか分からずに,恥ずかしい言動をしている人は,たいへんみっともない。
 自分では平静を保っているつもりでも,焦ったり,イライラしている様子は,周囲の人の方がよく分かってたりします。

 同じように,
 その国が,どんなふうになっているのか,自国では分かっておらず,他国から見ると,よく分かったりすることがあります。

 私などは,北朝鮮の様子がTVに出てくると,滑稽で笑っちゃったりすることが多いです。
 アメリカの行動は,こちらから見ると傲慢以外の何ものでもありません。
 きっと,自分たちでは分かってないんでしょうね。

 さて,それでは日本の行動はどう思われているのか?
 それはやはり,他国から見るのが一番です。

 フランス語に通じている村野瀬さんが,国民投票法の成立を報じたフランスの雑誌を翻訳してくれました。
 へぇ~,なるほど~,と思ったので,紹介します。
『日本:翼に鉛を仕込んだ鳩』 2007年5月15日 Skander Houidi記者

 日本の憲法改定に関する近々の国民投票を施行するための法律を可決した議会は、日本を再軍備化する主張を確認し、第二次世界大戦終了から受け継いでいる制度上の平和主義を後に葬ることになる。

 やった。あるいは、あと一息だ。1ヶ月前の衆議院採決の後、今度は5月14日に参議院が、国民投票の実施に関する「日本国憲法の改正手続に関する法律」を可決した。

 この採決は大部分の観察者から歴史的と評されている。なぜなら、日本の与党である自民党の自由主義保守派の精神の中では、第二次世界大戦終戦から受け継いだ制度的平和主義を日本から除去することが重要だからである。現在の首相は、日本国憲法は「見直さなければならない。なぜなら、その基本構成は行政システム、中央政府と地方自治体の間の関係、外交政策、防衛政策に起こった重要な変化にもはや対応していないからである」と述べる。
 ここまで、1947年憲法の神聖不可侵の第9条は、日本国民は「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と規定している。
 この条項を厳格さをゆるめて解釈したおかげで、すでに、前総理大臣の小泉純一郎は、米軍に付き添って自衛隊員600名をイラクに送ることができた。兵站または人道的業務のみのため、というのは本当であろう。それでも、これらの違反は他の違反を呼んでいるということに変わりはない。

(2005年のインドネシアの津波の後、インドネシアに送られた自衛隊の写真(AFP)が挿入されている)

 日本はその軍事能力の通常化という新しい主義主張を通じて、国際舞台で態度を明確にする意思をはっきりと示した。
 日本は数年前から軍備競争を始めていた。これは、北朝鮮の原子力タービンや中期的な中国の国力上昇という、アジア太平洋地域での新しい戦略事象に対抗するためである。
 たとえば、日本は世界で上位4、5カ国に入る軍事予算(300億ドル以上)を使っている。これは、昨12月に、1945年以降で初めて防衛省が設立されたことからも裏付けられる。
 さらに悪いことに、最近、首相安倍晋三の自民党の国家主義派が核武装の選択肢を検討することを提案しており、これは日出ずる国の絶対的タブーを破ることになった

 このように、憲法公布から60年後の今、保守派が多数を占める日本の衆議院は日本の平和主義を葬り去ることを決意した。しかし、保守派がこのゲームに勝利したとはまだ言えない。
 実際、国民投票法(「日本国憲法の改正手続に関する法律」)は3年後にならないと発効せず、国民投票の実施は最速でも2010年に先送りされているからである。国民投票にはかっても、権力側が勝利するとは限らない。なぜなら、いくつかの世論調査によると、日本国民は、たとえ多数派が改革に賛成していても、第9条にはとても愛着を示しているからである。
 さらに、国民側からの承認の前には、自民党は議会の他の政党とともに、衆参両議院の議席の3分の2を集結させた多数派を形成しなければならない。
 さらには、日本のこの企てについて韓国と中国からの激しい苛立ちが沸き起こるだろうということも忘れるわけにはいかない。

 要するに、世界の中での日本のイメージを決定的に変えてしまう危険のある法律の取り柄を褒めそやすには、3年は長いとは言えないのである。
(以上、翻訳終了)


 いやあ,フランスのメディアの方が,よく見てますね。
 そのとおりですわ。本当。

 台風の目の中にいると,何ともないように思えますが,ちょっと離れてみると,危険のまっただ中にいるんだよ,ってことが言えそうです。

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 私は,平成17年4月25日のJR西日本福知山線列車事故の遺族・負傷者の方々と接する機会を持っています。
 4・25ネットワーク(→HPはこちら)の活動支援も,その延長線上にあります。

 4・25ネットワークに参加している被害者の方々のうちの一部は,
   退任して天下りした役員と会って話を聞きたい
という強い願いを訴えていて,どうしたらよいだろうか,などを分科会で話し合ったりしていました。

 そんな中,昨日,突然に以下のようなニュースに接しました。
 天下り役員や,事故当時の社長,会長が,辞任するというのです。

 まさに青天の霹靂でした。

 これまで,あれほど頑なに拒んでいた態度は何だったのでしょうか?

 ところで,退任は当然としても,遺族の方々の願いは「辞めてくれ」ということではなく,一貫して,
   「どうして最愛の人が亡くなったのか説明して欲しい」
   「根本的な原因はどこにあったのか答えて欲しい」

というものでした。

 ですから,今回の退任人事は,遺族の方々が求めていた事柄から,ちょっとズレているのです。

 そして,
  「原因を説明して欲しい」
  「被害者と向き合って欲しい」

という願いに対しては,未だに正面から応対していません。

 なんかずれている。

 コンプライアンスセンターの郷原信郎先生は(→こちら),
   コンプライアンスは社会要請に的確に応えること
   (≠法令をただ守るだけ←これだと日本が滅びてしまう)

とおっしゃっています。

JR西日本は,コンプライアンスが欠如しているのかも知れません。
退任するよりも,もっと端的に,簡単に,ケジメをつける方法はあるだろうに。


(2007/05/19 神戸新聞より→こちら
元3役員退任へ 元会長・南谷相談役も JR西日本

20070519113026.jpg
 写真/JR西日本の役員人事発表を受け、会見する遺族の浅野弥三一さん=尼崎市内(撮影・山崎 竜)


 JR西日本は十八日午後、尼崎脱線事故当時の社長だった垣内剛取締役(63)と会長だった南谷昌二郎相談役(65)の退任を発表した。六月二十二日の株主総会を経て正式に決まる。また、事故の責任を取って辞任した後にグループ会社に“天下り”した坂田正行・専務総合企画本部長(57)、徳岡研三・専務鉄道本部長(60)、橋本光人・執行役員大阪支社長(53)=肩書はいずれも当時=の三人も退任する。

 会見した山崎正夫社長は「ご遺族から批判を受けるなど被害者対応にいくつかの懸案があり、一定のけじめをつける必要があると判断した」と今回の人事の意図を説明。三人の“天下り”については「ご遺族などへの配慮が足りなかったことを率直に認める。(退任という区切りが)ここまで長引いたこともおわびしたい」と陳謝した。

 現在、事故被害者対応を担当している垣内、南谷の両氏は退任後、顧問として引き続き、被害者対応にあたる。垣内氏への退職慰労金支給は凍結する方針という。また、グループ会社に再就職していた三人のうち、坂田氏は本社の嘱託として被害者対応を担当する。

 “天下り”は昨年七月に発覚し、遺族らが強く反発していた。この日、坂田氏ら三人は「人事をめぐるご批判などを重く受け止め、一定の区切りをつけるべきとの考えに至った」などとのコメントを発表。その中で、徳岡、橋本の両氏はJR西グループを離れ、個人として被害者対応にあたる考えを表明した。(小森準平)


■脱線事故遺族ら天下り「解消当然」
 尼崎JR脱線事故で引責辞任したJR西日本の元役員三人が、関連会社社長などに就任した人事は十八日、遺族らの強い反発のため約一年で解消されることになった。三人との面会を求めてきた遺族らは「被害者の感情をないがしろにした人事で、解消は当然」とする一方、発覚後、遺族への直接の釈明を最後まで拒んだ元役員の姿勢に、不満の声が漏れた。

 長女を亡くした藤崎光子さん(67)=大阪市=は「天下りはJR西の傲(ごう)慢(まん)な体質を表している。事故を反省しているならすぐに退任すべきだった」とし、今回の決定を「遅すぎた」と批判した。

 長男を失った大前清人さん(65)=伊丹市=は「退任という結論ではなく、事故の責任にどう向き合っていくのかを直接聞きたかった。けじめをつける前に、遺族に真正面から対応してほしかった」と訴えた。

 大学生の二男を亡くした神戸市北区の上田弘志さん(52)も「今まで面会を求めていた元役員らが、何ら説明責任も果たさず、退任することに強い憤りを感じる」と話し「今後も、遺族にきちんと釈明するよう求める」と語気を強めた。

 妻と妹を失った浅野弥三一さん(65)=宝塚市=は「天下り問題を早く片づけて、賠償交渉を進めようという本音も見える。(遺族が)JR西に説明責任を求める姿勢は変わらない」と強調した。

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ほとんど報道されておらず,注目されて来なかったが,少年法の改正がなされる見込みだ。

現在参議院で審理中で,5月23日に本会議で可決される見通しのようである。

須磨少年事件すなわち「酒鬼薔薇聖斗」事件で,土師淳君が殺害された日が,10年前の5月24日である。 
偶然なのか,あえてこの日を選んでスケジューリングしているのかどうかは,よく分からない。

ただ,現在のところ,5月15日に起きた,会津若松市の母親殺害事件の少年の件も注目されているところであるし(→記事はこちら),

逆に,同じ5月15日には,地裁所長襲撃事件で,少年への自白誘導が問題となって,逆転無罪判決が出たばかりである(→記事はこちら

いずれにしても,ある程度,大きな話題になるだろうし,少年法のあり方について考える機会になるはずだ。
(→サンテレビのニュースシグナル(=こちらhttp://www.sun-tv.co.jp/signal/index.html)でも,西片弁護士がこの問題についてコメントする予定。)

今回の少年法改正の目玉(問題点)は,いろいろあるが次の2点が特に問題だ。
  1) 小学生でも少年院に入れられるようにする
  2) 家庭裁判所の調査手続きに,捜査官(警察官)も介入できるようにする。


1)については,長崎佐世保小6少女殺害事件を受けて改正されるものだが,実は,少年法は平成12年にも改正され,従前の16歳→14歳に引き下げられたばかりである(なお,これは酒鬼薔薇聖斗事件がきっかけである。)。 
 それから,まだ5年しか経っておらず,改正の効果の検証は未了だ。

 今回の改正は「凶悪犯罪の低年齢化」が理由といわれている。
 しかし,実際のところは,そうではない。
 この前回改正後の5年間に,16歳未満で検察官送致された凶悪事件は2件しかない(最高裁事務総局家庭局「平成12年改正少年法の運用の概況」より)。

 また,少年事件の検挙数も昭和31年以降,減少の一途を辿っている。
 少年事件を減らすために少年法を改正しようという理屈は通らない。

 「凶悪化」といわれる。
 しかし,少年犯罪のうち,窃盗・自転車盗などで8割を占めており,「強盗・殺人」といった罪名の件数も減っている(万引きした後に店員を突き倒したり,ひったくりの際に被害者が転倒する場合も「強盗」になるが,おそらく世間で言う「凶悪犯」の範疇とは違うだろう。)。
 ニュースや週刊誌等での取り上げ方が「凶悪化」していることは間違いないが,「凶悪化」の傾向というのは,マユツバものである。

 本当は,今回の改正には,改正を裏付ける立法事実が不足している。


2)については,警察は捜査に止まらず,さらに家庭裁判所における調査の手続きまで,職域を拡大させるわけだ。 
ただ,警察官は捜査権を持っているので,さらに権限を拡大させて,家裁の手続きにまでしゃしゃり出てくる理由がほとんどなく,首をかしげざるを得ない。


「少年法を厳罰化しよう!」という声は以前から根強く,
法務省は,「体感治安が悪化している」と,よく言う。
このムードが改正の一番の理由だ。
ただ,どうしても,世論のムードと現場感覚のズレを感じざるを得ない。

なお,犯罪被害者保護の観点からしても,今回の改正については,残念ながらほとんど見るべきものはない。

また,少年犯罪が「凶悪化」は疑問だけれども,少年犯罪が「異常化」している傾向は,あるかも知れない。
しかし,「異常化」しているのであれば,なおさら,お決まりの「厳罰化」では効果薄である。
「異常化」する,根本原因に目を向けるのが先決である。


実際に大きな事件を起こす少年の多くは,厳罰を科したからといって更生するような単純なものではない。
厳罰化して,かえって悪くなってしまったケースもゴマンとある。
多くのケースは,家庭・社会・大人の都合など,根深いところに原因がある。
そこを,ちょっと改善するだけで,ウソみたいにピタッと更生したりする。
そのあたりの措置については,一向に改善の法制化もされないし,放置されたままである。
現場の認識と,今回の法制化議論の乖離は,非常に大きい。



兵庫県弁護士会の会長声明が,17日の常議員会で承認された。
私も,声明案の起案に一部関わった。
それで,昨日(18日)には,数社の報道局から問い合わせがあった。それなりの関心があるようだ。
きちんと理解し,正面から取り上げていただければ何よりと思う。
少年法「改正」法案の参議院における修正を求める会長声明
 教育関連三法案(学校教育法,地方教育行政法,教育職員免許法)について,昨日,委員会で決議され,本日,衆議院で可決される予定です。

<1>
 物事の進み方というのは,山に登るのに似ています。
yamamiti.jpg

 上に上がっていくときは,とても苦しいですし,歩みも一歩一歩で少しずつになります。しかし,上がっていこうという「志」があるので,明るく頑張る気になります。
 これに対し,ちょっとつまづいて,下に転げ落ちていくときは,何も考える必要はありません。よほどふんばらないと止まりません。下に落ちれば落ちるほどスピードが速まります。気付いたときには傷だらけです。


 昨年末の教育基本法の改悪に続いて,
昨日の教育関連三法案の委員会可決の報に接し,
その拙速性に驚くとともに,転落一途だなあとつくづく感じました。


<2>
 5月8日には,当の衆議院の教育再生特別委で,参考人招致が行われました。
 そこで参考人として呼ばれた教育学会の大物である藤田英典先生(元東京大学教授,東大教育学部長で,政府の教育改革国民会議や中央教育審議会委員なども務めた方)は,次のようなことを言いました。(→衆議院の会議録より
「現在行われている改革は、1980年代から四半世紀続いてきたものであります。そういう四半世紀も続けてきた改革の中で、教育の安定性、学校の日常性が揺るがされ、教職員の多忙化や教育のゆがみがそこを促進することになっていないか。」
「そして、教育の管理主義的、成果主義的、市場原理主義的な評価、統制の拡大と強化は、教育の総合性とバランスをゆがめ、短期的成果を優先し、教育現場とその日常的実践を息苦しいものにし、ゆとりとおおらかさを奪うことにならないか。」
「これらの弊害が大きいものになったとき、取り返しのつかないようなものになったとき、一体だれが責任をとるのか。私は為政者がとるべきであると思いますが、そのときには、もしかしたらここにいらっしゃる多くの方は既に議員でなくなっているかもしれない。しかし、それでも皆さんがとらなければいけないんです。
 きっと,その場にいた国会議員の多くは,自分が責任を取らなければならない,などという意識は持ってないでしょうね。
 とりわけ,法案に賛成した与党議員は,「党議拘束があるから仕方ない。与党政党の一員として賛成しただけで,個人としては何とも言いようがない」というのが本音でしょう。

 本当に責任を取るべき方々は無責任ですが,その場の雰囲気に乗じて適当な「制度いじり」をした結果として,具体的に苦しむ人々はたくさん生まれます。
 きっと,今回の法律改正によって,
   ◆多くの子どもは,大事なことを何も学べず,心を毒され
   ◆多くの教師は,不必要なストレスを抱えて,心身を病み
   ◆地方の教育委員会は,いわれなき責任を取らされる

ということになるでしょう。
 こういう事態を「教育の荒廃」というのであって,荒廃させた責任者は,自らの愚行に気付かないまま,善人ぶって空疎に世を憂うのでしょう。
 参考人の声にさえ耳を傾けることができない立場のエライ方々にこそ,まず基本的な教育改革が必要だと思います。

<3>
 今回の法案は,何を変えるのか。
 大きな柱は3つあります。
kyousyokuin.jpg
 一つ目は,教員の統制です。「教育免許更新制」「ダメ教員の追放」といわれている問題です。
 これについては,神戸新聞の記事(→こちらです)にもあるようで,たとえば兵庫県内だけでも
「約3万人の教職員のうち、02年度の精神疾患による休職者は21人。その後、03年度=39人,04年度=64人 05年度=78人と増加傾向にある。同課は休職に至らないまでも、潜在的に心の病を抱える教職員が少なくないとみている。」
とあるように,教員が徹底的に病んでいます。
 教員の生の声を聞く限り,その原因は,社会よりも,制度にあると言えます。これ以上,教員を病ませてどうするのでしょうか?

 2つ目の柱は,教育への国家介入権の拡大。「地方教育委員会への文科大臣の是正・指導権限の創設」です。
 これが,全体主義教育につながることは,賢明な方であれば,すぐに気付く事でしょう。
 この点については,過去のエントリー「生徒指導にゼロ・トレランス方式」をご参照下さい。
 全体主義教育を行うと,どんな風になるんでしょうか?想像力を働かせるまでもなく,好例がいくつも転がっています。
 戦前日本はもとより,お近くの北朝鮮などは,よく全体主義が行き届いています。ああいうふうにはなりたくないですね。
 アメリカ(ゼロ・トレランス方式のお膝元)でも,公教育現場では,星条旗への敬礼が義務づけられ,その結果,多くの兵士を増産できるようなシステムができています。
 決して論理の飛躍ではないでしょう。要は,どれだけ現実的に物事を想定できるかという問題です。

 第3の柱は,「学校教育法上の徳目事項の法文化」です。
 道徳を法律化する,などという発想自体,法律家の私にはナンセンスです。
 これは,「愛国心」の教育基本法の延長線上にありますが,教育勅語が生まれたときの経過とよく似ています。
 こちらの歴史情報をご覧下さい(→こちらより引用
「『勅語』を作成するきっかけは、地方長官会議の決議(『徳育涵養ノ義ニ付建議』)である。彼ら地方長官にとって一番恐れていたのは 「国会開設が目前に迫ったがゆえに一層拍車のかかった、自由民権運動に対する危機感だったといえる。」。津波のように次々おしよせて来る『民権運動の波』を如何にして避けるか。これが 最重要課題だったろう。それほど 『民権運動』は おおきな衝動を政府に与えたのである。」
 「まず国づくりは教育から」という思いは,誰でも考えつくことです。
 問題は,政府が躍起になって教育問題に手を出すというところに,何か意図があるということです。
 「道徳」を語る人には,その人自身に尊敬に値する「道徳」が備わっていなければなりません。「反面教師」ならいざ知らず,道徳を語るべき資格のない人が,「徳目」を語るときは,根源にウソがあると考えるのが,自然でしょう。

<4>
 ところで,今回の議案にも,付帯決議が付いています。

 国民投票法にも,18項もの付帯決議が付きましたが,付帯決議が付くというのは,本来,おかしいのです。
 付帯決議の必要がないように,ちゃんと議論をするのが本筋です。
 ちゃんと,原則どおりの議会運営ができないのに,土俵外の教育現場に一方的な原理を押し付けるのか。

 ただ,以下に引用するように,今回の付帯決議内容については,法律の上塗りをするような無意味なものが多いです。

 もっとも唯一見るべきことがらとして
 「学校教育を振興するため、教職員定数と教育予算の一層の拡充に努めること」
 というのがあります。
 教育の充実のために金を用意し,環境整備する,
というのが,唯一最大の政府の責務です
 それを,付帯決議なんかに追いやって,ちゃんと法制化できない無力さ,非力さには,これまた情けない限りです。
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 被災者生活再建支援法という法律があります(→全文はこちら

 この法律は,阪神・淡路大震災をきっかけにして,生活基盤を失ってしまった被災者に対する公的な支援を行うために作られた法律です。
 当時の「自然災害について,個人補償はできない」という政府の消極的な姿勢に対し,「それはおかしいぞ!」と人々が立ち上がった結果,大きな市民運動,地元自治体の活動,一部国会議員の活動などの展開につながり,平成10年にようやく成立に漕ぎ着けた,たいへん意義のある法律です。
(なお,政府が「個人補償」という言葉を好んで使っていたのは,お金を支出したくないための言葉のマヤカシです。「被災者支援」「災害弱者への社会保障」は,言うまでもなく公の義務です。JRが「賠償」と言わず「補償」という言葉をあえて使っているのに似ています。)

 この法律を見直すために,
    被災者生活再建支援制度に関する検討会
という有識者会議が開かれています。(→詳しくはこちら
 第2回目までが終わりました。(→第1回議事録はこちら第2回はこちら
 第3回目は,5月28日に開催されます。(→案内はこちら
 第3回目には関係者のヒアリングが予定されていて,4人のうちのひとりが,永松伸吾さんです。

 永松伸吾さんは,人と防災未来センターの専任研究員でしたが,この4月に,防災科学技術研究所に移籍されました。
 この「防災」という分野は,理系の研究員ばかりの世界でしたが,永松さんは文系出身(法学部)で,それだけでも貴重な存在です。特に,専門とされている,
    被災地の経済復興
の分野についての切り口は,たいへん見事です。きっと実践が伴っているから,論にも説得力があるのでしょう。(→HPはこちら

nagamatu.jpg 神戸新聞にも,ちょこちょこエッセイを書かれていて,そちらの方もなかなか面白いので,実は私は隠れファンです。
 なんかの折りに,永松さんからこのブログへの包括的な転載許可をいただいているので(そうですよね,永松さん/笑),機会があればご紹介します。
(こちらは永松さんのHPです)

 次回の検討会での,永松さんの発言に期待を込めてエールを送らせていただきたいと思います。


 さて,ところで,この「被災者生活再建支援制度に関する検討会」には,当初から有識者・関係者からのヒアリングが予定されていたのですが,当初に発出された「検討会の進め方(案)」という文章を見ると,ヒアリング対象者の中には,
    「法曹関係者」
という記載もありました。
 これは,「日弁連関係者ではないか?」と目されていた点もあったのですが,どうやらボツになってしまっているようです。

 そうすると,検討会の関係者は,今回の法改正では「もはや法律理論の障害はない」という考えに至っているんでしょうね。
 つまり,制度の法理論的な問題は克服されたので,もう法曹関係者から意見を聞く必要はない。あとは「政府にやる気があるかないか」だけの問題だ,ということなんでしょう。

 そうだとすると,法理論を盾に制度改善を先送りすることは許されません。しっかりと被災地の意見に耳を傾けて,
   「悪いところは直す」 
   「不十分なところは拡充する」
という,当たり前の法改正の作業を期待します。


 なお,以下,これまでの検討会で,出ている意見を,私の備忘録代わりに列挙しておきます。
 阪神・淡路まちづくり支援機構のホームページの管理をしていますが,なかなか,ちゃんとしたページを作る事ができませんでした。
 長年もどかしく思っていましたが,「ブログを使えば簡単じゃないか」ということに最近気付きました。
 hasienkiko.jpg

 それで,先日のGWの合間を利用しまして,このとおり,新しいページを作ることができました。
 昨日,ようやく中身(コンテンツ)も入れました。
 これで,ようやく,一安心というところです。お見知りおきの程よろしくお願いします。
 →http://sienkiko.blog103.fc2.com/
 ある出来事を,歴史的に評価するためには,少なくとも60年の年月が必要だと言われる。
 ちょうど60年で一回り、という経験則があるのだろう。
 人間という生物の「心」や「考え」の賞味期間,あるいは「記憶」の限界が、それぐらいの期間、ということなのかも知れない。

 「不変の憲法」の時代は、昨日の国民投票法の成立で、一つの節目を迎えることになった。
 現在の「日本国憲法」は、放っておけば、無くなってしまう。

 もし、このままの形で置いておこうとするなら、これまでのように、ただボォーっとしているだけではダメである。
 積極的に、能動的に、これを支えていく動きが必要である。
 この国に,本当に民主主義が生きているのかどうか、私たち自身が試されているということだろう。

 2つ前の歴史のクールの流れを振り返ってみよう。
1 第一次世界大戦による好景気で成金者が増える
  【好景気】
        ↓
2 しかし、大戦直後から過剰設備投資等の影響で、景気が悪化
  【景気後退】
        ↓
3 大正デモクラシーの高揚=護憲運動(憲政擁護運動)が高まる
  【目覚めの兆し】
        ↓
4 関東大震災と朝鮮人等大虐殺で価値観の転換
  【反動の契機】
        ↓
5 深刻な恐慌、スラムの形成、労働争議の激化などが起きる
  【社会の貧困】
        ↓
6 ヒステリックな国民感情が蔓延する
  【民衆ヒステリー】
        ↓
7 普通選挙法と同時に治安維持法が成立する
  【悪法の成立】
        ↓
8 国家主義とマルクス主義の活発な論争
  【最後の抵抗】
        ↓
9 治安維持法改正等により、共産主義弾圧
  帝国主義、軍国主義の台頭
  【国粋・全体主義化】
        ↓
10 第2次世界大戦へ
  【破滅】
 多少の前後はあるかも知れないが、ざっとこんな流れかなと思う。
 こうしてみると、ここ最近の出来事の流れは,このころに酷似しているように感じざるを得ない。
1 バブル好景気
  【好景気】
        ↓
2 バブル崩壊により景気が悪化
  【景気後退】
        ↓
3 細川内閣で政権交代するなど一時的に民主主義への期待が高まる
  【目覚めの兆し】
        ↓
4 阪神・淡路大震災,地下鉄サリン事件,須磨少年事件等
  【反動の契機】
 (※震災が,関東大震災とは違う展開を見せた点は,唯一よかった点)
        ↓
5 格差社会、貧困層増大、失業者増大
  【社会の貧困】
        ↓
6 小泉政権下の単細胞的な国民感情の蔓延
  【民衆ヒステリー】
        ↓
7 国民投票法が制定され、共謀罪は検討中
  【悪法の成立】
 このあたりまでは、同じ流れかなと思われる。

 そうすると、次はどのように展開していくのか。
 決して【最後の抵抗】ではなく,再び良い方向に向けて舵を切り直すために,抵抗しなければならない。
 いや,「抵抗」というのはおかしい。
 本来あるべき形を実現しようとする流れなのだから「本流の復活」というべきだろう。

 いずれにしても,このまま放っておくと、どんな風に先に展開していくのかが見えている。
 ならば、行動方針も考えようがありそうだ。
 学習するからこそ人間は,文化や文明を持っているのである。
 その場の雰囲気だけで判断することや、目の前のことだけを見て分かったような気になること、は避けなければいけない。
 そこをクリアーできるかどうかが,今後のキーであろう。

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日弁連でも会長声明が出ました。
以下に引用しておきます。

 ところで,今回の法案については,その成立を阻止する有力な業界団体・支援団体などがありませんでした。
 つまり,この法律が,具体的な誰かの権益などを,直接的に,制限・規制したり,擁護したりするものではなく,無味乾燥な「手続法」という形をまとっていたということです。
(実際には,教員やマスコミなどは規制対象ですし,国民自身も大きな影響を受けることになるのですが,抽象的でよく分からない。)
 そういうこともあって,「単なる手続法なのだから」という側面が強調されて,どこぞの団体や支持集団などとの調整を図る必要もないとして,審議が進められていった感があります。

 こういう場合,「手続法」の何たるや,を良く知る法律家こそが先頭に立って,見直しを強く求めていくべきだったのではないか,と悔やまれます。
 日弁連は,少なくとも共謀罪やゲートキーパー法の反対運動と同程度(内容の重大性からすれば,むしろ,それ以上)の活動を,するべきだったように思います。
憲法改正手続法成立についての会長声明

本日、憲法改正手続法が、参議院本会議において可決成立した。

当連合会は、国民主権主義などの憲法の基本原理を尊重する見地から、また硬性憲法の趣旨からも、憲法改正手続法案に対し、最低投票率の定めがないことをはじめ、本来自由な国民の議論が為されるべき国民投票運動に萎縮効果を与えるような多くの制約が課されること、資金の多寡により影響を受けないテレビ・ラジオ・新聞利用のルール作りが不十分であること等多くの問題があることを指摘してきた。

このように、同法案には慎重な議論を要する問題が山積しているにもかかわらず、これらの重大な問題点が解消されないまま、3月27日に修正された法案が、公表されてからきわめて短期間に、広く国民的論議が尽くされることなく可決成立したことについては拙速と言わざるを得ず、誠に残念である。同法案が十分な審議を経ていないものであることは、最低投票率制度の意義・是非について検討することを含む18項目にも亘る附帯決議がなされたことからも明らかである。

憲法改正手続法の国民投票に関する規定の施行は公布から3年後とされ、また同法の公布に伴い衆参両院に設置される憲法審査会は、この施行まで憲法改正案の提出、審査を行わないとされている。

当連合会としては、国会に対し、この3年の間に、附帯決議がなされた事項にとどまらず、憲法改正権者は国民であるという視点にたち、あらためて国民投票に真に国民の意思を反映することができるような法律にするべく同法の抜本的な見直しがなされることを強く要請する。

2007(平成19)年5月14日

日本弁護士連合会
会長 平山 正剛
 昨日は,フリースクール関係の方々や,不登校の子を持つ親の方々をはじめ,不登校の問題に向き合っている方々と,弁護士グループが懇談する機会があり,参加してきました。

 もともと,この集まりは,昨年11月に開催したシンポジウムで,不登校問題を取り上げたのをきっかけに,
  「不登校の子を学校に行かせるにはどうしたらよいか」
という問題意識にNO!を訴える声があり,それに応えて集まることになったものです。
(→当時のブログはこちらです

 ▽そもそもなぜ「学校」に行かなければならないのか,

 ▽学校に行かないということが責められるべき事なのか,

 ▽不登校の子どもにとって本当に苦しいことは何なのか,

 ▽その子どもにとって必要なことがらは何なのか,

 ▽フリースクール,ホームスクーリングという選択肢はどうか,

 ▽そもそもこの社会自体に大きな問題があるのではないか,


などなど,実に多くの問題に触れました。

また,今まで私があまり触れた事のない生の事実(たとえば,学校に行かずに成人し,社会人として幸せに暮らしている人の例など)にも接する事が出来ました。

 集まりの中では,法律的に,彼らの「学校に行かずに教育を受ける権利」をどのように位置付けるのか,という議論もありました。

 この点については,憲法26条が学校教育の権利義務を定めたものだとすると,憲法25条の新しい一つの形態として考えるべきではないか,という意見もありました。

 私は,その根拠は,やはり13条だろうと思います。

 憲法13条の定める
   ◆自己決定権
   ◆幸福を追求する権利
   ◆一人ひとりを大切にするという根本原則
が,子どもらの立場を尊重し,子どもら自身が教育方法を選択する根拠となるものと考えます。


 お誘いいただいたラミ中分校の小野先生(→ブログはこちら)ありがとうございました。

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 私は、自民党も民主党も公明党も共産党も社民党も、どこもみんな嫌いです。
 というか、政党なんていうものは無ければいいのに、と思っています。

 「民意の統合」を図るために、政党が重要な機能を果たしている、というお題目は分かっています。
 しかし、現代の日本における状況を見ると、政党の果たすプラス効果よりも、マイナス効果の方が、はるかに上回っているように思えてなりません。

 Wikipedia定義によれば、政党とは
「政治において政策や主張に共通点のある者同志が集まって、意見の集約と統一された政策の形成を図り、政策の実現に向けての活動として、政権を担当もしくは目標とし、議会の運営の基本単位になるなどを行う組織または団体」
とされています。
 この定義にあるように、政党の果たす役割は、
   1) 国民の意見の集約
   2) 政策の形成
   3) 政策実現活動
   4) 議会運営の基本単位

などといわれています。

 ですが、現状を見ると、本当にそういう役割を果たし得ているとは思えません。
   1) 国民の多様な意見を切り捨てたり濾過する
   2) 理念を欠いたろくでもない政策ばかり作る
   3) 党の利益や党の存在を維持するための活動を行う
   4) 憲法でさえ政争の具にする、駆け引きの議会の運営

というのが実体であり、与党は言うまでもなく、力の無い野党や、党のメンツにこだわる与野党には、辟易しています。

 こんな「政党」ですが、新憲法草案には、ちゃんと根拠規定を新設する運びになっています。
 第64条の2(政党)
① 国は、政党が議会制民主主義に不可欠の存在であることにかんがみ、その活動の公正の確保及びその健全な発展に努めなければならない。
② 政党の政治活動の自由は、制限してはならない。
③ 前2項に定めるもののほか、政党に関する事項は、法律で定める。
ということで、政党の政治活動の自由は無制限とされています。
 これに引き換え,国民の諸権利については、新憲法ではいちいち「公益及び公の秩序に反しない限り」という留保・制限がついています。
 政党など、悪いことばっかりやっているように思いますが、無制限なのですよね

 第1項に、わざわざ「政党が議会制民主主義に不可欠の存在であることにかんがみ」などというウンチクをたれているのも、わざとらしくウソっぽいです。キモチ悪いです。
 こういうウンチクを垂れるのは、実体がないに強弁したり、物事にマヤカシを入れるとき、と相場が決まっています。

 理論上は、政治活動に対する制限は、弾圧に繋がるので許されないということは分かりますし、日本の憲法では、反憲法的な政党も許されるという解釈が通説です(ちなみに、ドイツ憲法では、反憲法的な政党は違憲とされます)。
 だから、理論的にはこれでいいんですが、なんだか割り切れません。

 私が、憲法通説に反してでも、「政党の存在」の憲法明文化に抵抗するのは、おそらく、
   自分にやさしく
   国民に厳しい

という政治家たちの態度にアレルギーを起こしているからでしょう。
 もし、会社だったら、
   自分に甘く
   部下に厳しい
という上司や社長がはびこったら、たいてい破綻
します。
 組織内に派閥などができたら、風通しが悪くなって、息苦しくなるのがオチです。

 思うに、政党というのは、「情報流通」が不十分で、「民意反映」のツールが無く、「政治手法」や「政策実現」のノウハウが未発達の時代に必要とされていた、過去の産物であって、
 現代社会のように、
  「情報があふれている」、誰も政党からの情報などアテにしていない
  「民意」はITやマスメディアなどを通じて容易に反映できるようになっている
  「政治」の進め方は、もはや十二分に発達し、マンネリ感さえ感じられる

という状況に照らすと、政党は不要だ、ということになりませんか。
国民投票法案の参議院特別委員会での可決は,大変残念でした。

 しかし,くよくよ悔やんでいたり,怒ってばかりいても仕方がないので(というものの,正直いうと情けなくなりますが・・・),現実を直視して,次の方策を考えないといけません。

この「不出来な法律」の今後のあり方・適用のされ方を考える上で,付帯決議の内容が知りたいところです。

とりあえず,昨日,付帯決議の要点をアップしましたが,本日,付帯決議全文を入手しましたので,要点の後に列挙して,この記事をエントリーし直しました。

さて,これらを見る限り,一応の項目は拾っているとはいえ,いかにも迫力を欠き,単なるお仕着せのポーズみたいで,今後の具体的な展望につながらない気がします。
むしろ,「これら論点について十分議論をしたが,あえて法律に盛り込まなかった」という証拠を残したみたいで,これら論点の問題意識を分かっててて棄却したお墨付きを与えるようなキモチワルイ感覚を覚えます。

しかし,そんなグチを言っていても始まらない。
(→この点はヤメ蚊弁護士の「憲法改正手続法案の附帯事項は異例づくし~不安一杯!」が参考になりますよ)

この付帯決議ですが,運動論としては「まだ議論が終わってないではないか」という主張のきっかけに使えないでもなさそうです。
特に,
  「必要な法制上の措置を講じる」
という項目がいくつかあります。
 特に,年齢要件CM規制については,「本法施行までに検討する」という期限も設けています。
そもそも国民投票法という法律自体も,附則3条,附則11条などで,施行時までに公務員運動規制等の内容を検討する事になっています。法律自体が,重要論点については,先送りしてゴマかす内容になっているのです。
 したがって,施行までの3年の間に,まだまだヤマがあると理解しても良いでしょう。

 それから,法律中には,このような附則のほか,
(政令への委任)
第百四十七条 この法律に定めるもののほか、この法律の実施のための手続及び費用の負担その他その施行に関し必要な事項は、政令で定める。
という条文もあり,細かな点で微修正はできる余地はあります。

通ってしまったからあきらめる,というのは早過ぎると思います(正確には,成立は明日ですが)。

こらえ性のないだだっ子首相が「早くちょーだい」とおねだりするので,とりあえず成立させたに過ぎず,「単に議論を先送りしただけで,まだ決着はついていない!」という理解と粘りが必要ではありませんか。


ですから, これから定める「施行規則」や,「施行までの検討事項」で,漏れ落ちた重要論点の修正を求めて,引き続き政府に要求をしていくことが必要です。

付帯決議の要旨
▼国民投票の対象・範囲について憲法審査会で検討し、適切な措置を講じるよう努める。

▼成年年齢に関する公選法、民法などの関連法令について国民の意見を反映させて検討し、施行までに必要な法制上の措置を完了するよう努める。

▼憲法審査会で最低投票率制度の意義・是非について検討する。

▼公務員および教育者の国民投票運動の規制は意見表明、学問、教育の自由を侵害しないよう特に慎重な運用を図り、禁止行為と許容行為の明確化などを検討する。

▼罰則適用に当たり国民の意見表明・運動が委縮、制約されないよう慎重に運用する。


付帯決議全文

日本憲法の改正手続に関する法律案に対する附帯決議

            平成十九年五月十一日
            参議院日本国憲法に関する調査特別委員会

一、国民投票の対象・範囲については、憲法審査会において、その意義及び必要性の有無等について十分な検討を加え、適切な措置を講じるように努めること。

一、成年年齢に関する公職選挙法、民法等の関連法令については、十分に国民の意見を反映させて検討を加えるとともに、本法施行までに必要な法制上の措置を完了するように努めること。

一、憲法改正原案の発議に当たり、内容に関する関連性の判断は、その判断基準を明らかにするとともに、外部有識者の意見も踏まえ、適切かつ慎重に行うこと。

一、国民投票の期日に関する議決について両院の議決の不一致が生じた場合の調整について必要な措置を講じること。

一、国会による発議の公示と中央選挙管理会による投票期日の告示は、同日の官報により実施できるよう努めること。

一、低投票率により憲法改正の正当性に疑義が生じないよう、憲法審査会において本法施行までに最低投票率制度の意義・是非について検討を加えること。

一、在外投票については、投票の機会が十分に保障されるよう、万全の措置を講じること。

一、国民投票広報協議会の運営に際しては、要旨の作成、賛成意見、反対意見の集約に当たり、外部有識者の知見等を活用し、客観性、正確性、中立性、公正性が確保されるように十分に留意すること。

一、国民投票公報は、発議後可能な限り早期に投票権者の元に確実に届くように配慮ずるとともに、国民の情報入手手段が多様化されている実態にかんがみ、公式サイトを設置するなど周知手段を工夫すること。

一、国民投票の結果告示においては、棄権の意思が明確に表示されるよう、白票の数も明示するものとすること。

一、公務員等及び教育者の地位利用による国民投票運動の規制については、意見表明の自由、学問の自由、教育の自由等を侵害することとならないよう特に慎重な運用を図るとともに、禁止される行為と許容される行為を明確化するなど、その基準と表現を検討すること。

一、罰則について、構成要件の明確化を図るなどの観点から検討を加え、必要な法制上の措置も含めて検討すること。

一、テレビ・ラジオの有料広告規制については、公平性を確保するためのメディア関係者の自主的な努力を尊重するとともに、本法施行までに必要な検討を加えること。

一、罰則の適用に当たっては、公職選挙運動の規制との峻別に留意するとともに、国民の憲法改正に関する意見表明・運動等が萎縮し制約されることのないよう慎重に運用すること。

一、憲法審査会においては、いわゆる凍結期間である三年間は、憲法調査会報告書で指摘された課題等について十分な調査を行うこと。

一、憲法審査会における審査手続及び運営については、憲法改正原案の重要性にかんがみ、定足数や議決要件等を明定するとともに、その審議に当たっては、少数会派にも十分配慮すること。

一、憲法改正の重要性にかんがみ、憲法審査会においては、国民への情報提供に努め、また、国民の意見を反映するよう、公聴会の実施、請願審査の充実等に努めること。

一、合同審査会の開催に当たっては、衆参各院の独立性、自主性にかんがみ、各院の意思を十分尊重すること。
右決議する。


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 能登半島地震に関して,3月29日に,兵庫県災害復興研究センターが,
能登半島地震被災者の生活・住宅再建の支援策についての緊急9項目提案
というのを出しましたが(→「能登半島地震~緊急9項目提案」をどうぞ),先週の現地調査を踏まえて,さらに提言を出すことになりました。

 一昨日付で公表した上で,内閣総理大臣、防災担当大臣、厚生労働大臣、国土交通大臣、財務大臣、内閣府・「被災者生活再建支援制度に関する検討会」委員各位、被災自治体の首長に提出しました。

 私らの5/1~2の現地訪問の成果もちょっとだけ反映されています。
 災害復興の方向性について,かなり具体的な議論や提案が出来るようになりました。

 ご意見等がありましたら,兵庫県震災復興研究センター
    〒650-0027 神戸市中央区中町通3-1-16 サンビル201号
      電話 078-371-4593 ファクス 078-371-5985
          Eメール  td02-hrq@kh.rim.or.jp
までどうぞよろしく。

<第2次提案>
能登半島地震における生活・住宅・コミュニティ再建
に関する7項目提案

                          兵庫県震災復興研究センター

1.避難所としての、旅館・ホテル・施設の活用を

2.住宅の応急修理にもっと支援を

3.応急仮設住宅の入居は弾力的に

4.もとの暮らしを取り戻す住宅復興への支援を

5.集落・コミュニティの核としての社寺の復旧・再興を

6.「能登半島地震被災中小企業再生のための復興支援ファンド」(300億円)の積極活用と対象拡大を

7.内閣府の「被災者生活再建支援制度に関する検討会」は、能登半島地震被災地と被災者の聞き取り調査の実施を


 3月25日に発生した能登半島地震の被災地では、5月3日に避難所が解消されました。3月26日のピーク時には47箇所に2624人の被災者が避難していたことを考えれば、比較的早期に解消され、またこの間、関係者の尽力によって避難所での犠牲者も出ませんでした。従来の震災後の教訓が生かされたことに安堵の思いを強くした次第です。
 阪神・淡路大震災の被災地からの「足湯ボランティア」や全国各地からのボランティアのみなさんの献身的な救援活動が大きく功を奏していると思われ、心から敬意を表するものです。

 兵庫県震災復興研究センターは去る3月29日、国や石川県に「緊急9項目提案」を提出し、4月29日と30日の両日、いしかわ自治体問題研究所と共同で被災地の現状と今後の復興の課題を把握するため現地調査を行ないました。
 能登半島地震の被災地は、過疎化・高齢化の進んだ地域であるという点で、鳥取県西部地震(2000年10月)や新潟県中越大震災(2004年10月)との共通性をもち、また海岸沿いに点在する集落も多いという点では、今後予想される東海、東南海、南海大地震の復興を考える上で示唆に富んでいます。

いま被災者は避難所から仮設住宅に入居し、今後の生活・住宅再建に備える段階に差し掛かったわけですが、一日も早くもとの生活を取り戻し、地震前の生活に復興できるように心から願わずにはおられません。私たちは、今回の調査で知りえた被災者の体験やボランティアの活動状況、そして被災自治体のとりくみをもとに、4月20日の「能登半島地震の復旧・復興対策に関する関係省庁局長会議」における方針(4・20政府方針)を踏まえて、新たに7項目を提案いたします。
国・石川県、被災自治体におかれましては、先の「緊急9項目提案」と併せ、是非ともご検討いただきますよう心から要請するものです。


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 日本国憲法の誕生秘話、映画「日本の青空」が、いよいよ兵庫県でも公開されます。

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1 映画「日本の青空」のことについては、次のところをご覧下さい。
(1)まず,公式サイトこちらです。
(2)私の,関連エントリー。まず,自信作の「日本国憲法の作者は日本人(Made in Japan)」はこちらです。
(3)それから,「日本の青空/焼け跡から生まれた憲法草案」というエントリーもあります。
(4)この映画の感想については,伊藤真さんの「日本国憲法は,押し付けなのか?」がよいです。ためになります。勉強になります。
(5)「日本の青空」応援サイトもあります。


2 私も,この映画の存在を知り,とるものもとりあえず,へそくりをはたいて製作協力のカンパをしました。
 すると,チケットが100枚送られてきました。
 チケットの束の重みにびっくりです。
 その代わり,映画のパンフには私の名前が出るそうです。私はまだ映画も見ていませんが,パンフを見るのが楽しみです。
 ただし,いいことばかりではありません。パンフに名前が載るとそれに止まらず,
   県内の製作委員
になってしまうとのことでした。
 単に観るだけでは済まないそうです。

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3 去る3月28日に,兵庫県の第1回製作委員懇談会がありました。
 企画・制作の小室さんが来訪され,いかにこの映画を,手作りで口コミでじわじわと広く伝えていくべきか,ということを情熱的に語っていました。
 映画なんていうものは,いつでも行きたいときにふらっと映画館に行って観るものだと思っていたので,逆転した立場からみると,こんな感じなんだと新鮮な驚きを覚えました。

4 兵庫県内の上映予定は,今のところ,以下のとおりだそうです。しかし,もっと草の根的に,広くどんどん上映会が行われるとよいです。
   5月25日(金) 神戸市・兵庫県民ホール(14:00~ 19:00~の2回)
   6月20日(水) 篠山市・四季の森生涯学習センター
   6月22日(金) 丹波市・ポップアップホール
   6月24日(日) 赤穂ハーモニーホール
   9月1日(土) 神戸市・ペレーネシネマ
  (いずれも,問い合わせは「兵庫県映画センター」へ 電話078-331-6100)


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5 さて,私の手元の100枚のチケットですが,このままぼおっーとしていると,単なる紙切れになってしまうことに,2~3日前に気付きました。
 こりゃあ,いかん。
 ということで,この映画の話を先輩弁護士に伝えたところ「チケットを譲ってくれ。配りたい人がいる。」ということで10枚渡しました。
 事務所で話をしたところ,同僚弁護士が「学生に配ろう」と20枚買ってくれた上,スタッフの分は「事務所で買おう」と言ってくれました。良い事務所だ。
 事務所にバイトに来てくれている学生さんに2枚プレゼントしました。
 しかし,それでもまだ68枚も残っています。

 ということで,この映画をご覧になりたい方で,チケットを買っていただける方(1枚1000円),こちらのエントリーにコメントをいただくなりして,ご連絡いただけませんか。
 もっとも,当日,会場に行って当日券を買っても同じ値段だそうですから,私から買っていただかなくても結構です。

 とにかく,観ていただきたい!私の願いはそれだけです。

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 私は、国際問題には詳しくないし、フランス事情にも通じていない。
 新聞を通じて得た情報程度しかないけれども、サルコジ大統領が、今後、どんなふうに国づくりをするのかについては、関心と不安の入り混じった思いで注視しなければならないと思っている。

 まず、競争主義、新自由主義の信奉者とのことである。
 新自由主義を推し進めた場合、
   アメリカの例(→戦争病み付き国家になった)、
   イギリスの例(→監視国家・格差社会になった)のほか、
   情けないけど日本の例(→やはり、格差社会と監視国家と軍事化へ)など、
失敗例というか、新自由主義・競争主義の大きな弊害・深刻な副作用が明らかとなっている。
 フランスでも、この国家的な新自由主義の実験をしてみて、どうなってしまうのかを、注目したい。

 もともとフランスは、人権と自由の発祥地ではあるが、帝国主義・植民地主義を推し進めてきた過去を持つ国でもある。
 社会主義的な調整よりも、自由を標榜し、海外に力を知らしめることの方が性に合っているのかな、と思ったりする。
 ただ、その結果「平等」が失われ、弱者が傷つくということは、どうなるのかも心配だ。

 一番の心配は、好戦的な方向に進まないかどうかである。
 先のイラク戦争で、一応の歯止めが効いたのは、シラク前大統領の功績が大きい。アメリカも、戦争遂行をしながら、一応、節度を守ろうとしていたところがある。
 しかし、次の戦争では、米英と一緒になって、「やろう!やろう!」という推進勢力になりそうである。
 歯止めが無くなってしまうと、何事もとめどなくなってしまう。日本も歯止めにならないから(憲法上は、日本に国際紛争の歯止め役が期待されているのだが・・・)、次の事態が起きたときはとても心配である。

 それから、発言傾向も過激でわかりやすい
 こういうキャラクターが、民衆にウケルというのは、小泉純一郎や、石原慎太郎と同じである。
 そういえば、サルコジは弁護士だが、シルベスター・スタローンに似ていて男前だ。ヨットに乗ったり,歯に衣着せず、荒っぽいことを言って人気を取るところは、石原慎太郎にたいへん似ているような気がする。
 サルコジは、日本よりも中国が好きだそうだ。「香港は魅惑的な都市だが、東京は息が詰まる。」などと発言しているらしい。
 石原慎太郎は、中国が大嫌いだ。東京をけなされると怒る。
 一度、ふたりの対談でもやってもらったらどうだろうか。

 冗談はともかく、現在の国際情勢を見ると、第2次世界大戦前に、列強諸国の指導者が、次々に国家主義的な思想の持ち主に入れ替わっていった傾向を連想させる
 当時も、強烈な反共思想があり、資本主義・自由主義が信奉された。今の、新自由主義一辺倒も、似た感じがある。
 「2度あることは3度ある」というようにだけはならないように、と祈るばかりだ。

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 どういうわけか知らないが、3月下旬頃から私のこのブログが、Googleでは検索されない、という状態になっていたようだ。

 Googleは、私の仕事上の必需品であるが、これほど多くの方が利用しているサービスは無いだろうと思う。
 ところが、そのGoogleから「津久井進の弁護士ノート」が除外されてしまった、ということで心穏やかではない。

 それで、Googleで調べてみると「Google八分」というのは、すでに大きな話題になっていたようだ。
 どうやら、私も「Google八分」されていたということである。

 しかし、Wikipediaでは、
グーグル八分(グーグルはちぶ)とは、検索エンジングーグルで上位にヒットするページランクのウェブサイトが何らかの理由により検索対象からはずされて表示されない状態を、村八分になぞらえて呼ぶ言葉である。
例えば悪徳商法?マニアックス[4]は,悪徳商法を行っていると見られる団体に関して情報と対策を掲載するサイトであるが、「グーグル八分」の対象
などと書いてあるに留まっている。

 「ええっ!おれのサイトは悪徳商法サイトか?」

 私は、平素は悪徳商法の向こうを張って、撲滅活動はやっているけれども、グーグルの世界では、自分も悪徳商法の連中と一緒なのか・・・・
 たいへんなショックである。

 ということで、もう少し真面目になって、いろいろ探してみたところ、google日本の村上社長のコメントがあり(→こちら)、参考になった。
 どうやら、私がテンプレートをいろいろいじった中に、表題の一部を隠し文字にしてあったのが、引っかかったのではないかと思われた。
(→社長コメントによれば排除されるSPAMサイトは「古典的な手法では,背景と同じ色のフォントでキーワードを埋め込んでおくサイトなど」とあった。)

 反省した上で、テンプレートを、プレーンな状態に戻してGoogleに通知した。
 すると、今日ぐらいから、検索されるようになった。
 よかった、よかった。一安心。

 ところで、ある弁護士に相談したところ「思想的・政治的な理由で排除されたのではないか?」といわれた。私のブログは、それほど過激じゃないんだけどなあ~、と思っていたが、もしそれが理由だったら、少なからず萎縮的効果が生じていただろう。
 そういう理由じゃなくってなによりだ。

 しかし、「仲間はずれにされる」というのは、その状況や程度はどうであれ、やはり嫌な気分だ。
 精神衛生上、たいへんよくない。
 「いじめ」の基本は「仲間外れ」である。今回のケースでは、確かにグーグルのガイドラインに沿わなかった私に非があったのだが、なんだかいじめられて、反省させられ、土下座させられたような気分を味合わされた。
 もう懲り懲りである。

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 久しぶりに負債関係の記事を書きます。

 数日前に、消費者金融会社が大赤字の見通しであるという記事が出ていました。(日経の5/2付けより
消費者金融大手4社、前期最終赤字1兆7000億円

 消費者金融大手4社の2007年3月期の連結決算で、最終損益の赤字が合計で1兆7000億円を超えた。
 借り手からの「過払い金」の返還請求が急増し、各社とも3600億―4900億円程度の引当金を計上したことが響く。
 大手は資本に余力があり急速に経営が揺らぐ可能性は小さいが、貸金業法成立など逆風は強く、中小事業者を含めた淘汰・再編が加速しそうだ。
 記事の論調は、なんとなく暗澹とした雰囲気を伝えているように読めますが、私は、そうは思いません。
 単純な発想として、この事態を歓迎をしたいのです。

 赤字の原因はたいへん簡単です。「過払い金の引き当てのため」つまり、
   「お客さんに、取り過ぎた高利息をお返しするため」
に尽きます。
 大手4社が、各社3600億円~4900億円程度のお金を、お客さんに還元することになったので、その分だけ赤字になったということです。

 ところで、この金額は、尋常な額ではありません。
 私の暮らす尼崎市(人口46万人)の今年度の一般会計予算が1755億円であり、1社分の半分にもなりません。
 神戸市(人口150万人)の今年度の一般会計予算でさえ7500億円です。
 そして、司法予算が、だいたい3000億円台。およそ過払い金の1社分程度です。(司法予算の額は、これはこれで、情けないが・・・)

 しめて1兆7000億円
 これだけの大きなお金が、一般消費者の財布に還元されるわけです。

 これほど、直接的に消費活性化につながるものはないでしょう。
 消費者金融会社にストックされて、店舗拡張や、膨大な宣伝費に費やされるよりも、多くの消費者のための生活消費に使われた方が、直接的な経済活性化につながるはずです。

 消費者金融のお立場を心配する声もあるでしょうけれども、彼らはそんなにヤワではありません。
 現に、大手会社は今期は黒字に転じる見込みのようです。

 ところで・・・・
 投資の繰り返しにより、実体とかけ離れたプラス価値が増えていく現象が、バブル経済でしたが、
 高利息の借り入れの繰り返しにより、体力とかけ離れたマイナスの負債が増えていく現象が、いわゆる多重債務問題でした。
 私は、これはマイナス・バブル現象だと思っています。
 プラスの方向のバブルもいけませんが,マイナス方向のバブルも,経済を実態から乖離させる悪要因だと思いますから,これも日本経済にとって非常に有害だと思います。
 それにようやく終止符が打たれようとしているわけで、二重の意味で(消費者にとっても,日本経済にとっても)歓迎すべきことだと思うのです。

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 昨日,大阪エキスポランドで起きたジェットコースター「風神雷神Ⅱ」の脱線事故について,亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに,お怪我をなさった方や目撃をしてショックを受けた方々の回復を心より願うものである。

◇ エキスポランドは自宅から近いところにある遊園地で,私も風神雷神にも乗ったことがある。うちもこの連休中,別の遊園地に行ってきたばかりであり,この事故は私にとって決して他人事とは思えない。
◇ また事故態様など似通った点が多く,どうしてもJR福知山線脱線事故を連想せざるを得ない。そう思っている方々も少なくないだろう。
◇ 実は,昨日ほぼ同時刻に,福井県の遊園地のジェットコースターでも追突事故があった(→こちらと,こちら)。被害に遭ったお客さんは私ら家族とほぼ同じ年齢だった。この遊園地では,10年前にもコースターで頭蓋骨骨折事故が起きており,再発防止の難しさを感じてしまう。


 まだまだ事実関係の究明は続いており,報道を通じて様々な情報が流れているが,今後,この事故の推移を注視していくにあたって,気を付けておこうと思った視点を,いくつか挙げておきたい。


1 当事者自らが原因究明をきちんと行えるか
 →エキスポランドのHP(→こちら)では,「当園では直ちに事故原因の究明と善後処理に取り組み、再びこのような事故を起こさぬよう安全の確保に全力をあげる所存」と書いているが,徹底的に自ら原因の究明を行うかどうかによって,企業の誠意が問われるだろう。
  間違っても,原因究明・説明責任を拒否しているJR西日本の二の轍は踏んで欲しくない。


2 被害者に対して十分なケアと償いを行えるか
 →今回の件では,亡くなった方の遺族はもとより,乗車していた方や,目撃していた方々に,大きな心の傷を残す結果となっている。加害者の対応によっては,トラウマが重度となったり遷延したりする原因ともなり得る。
 企業が「まとも」かどうかは,重大事態に直面したときに社会的要請にどれだけ応えられるかによって見抜くことができる。率直に,かつ,誠実に対処をするかどうかが,企業のコンプライアンスのレベルを計る試金石となるだろう。


3 過去の教訓が生きていたのか,他人事としていたのか
 →遊園地では,この10年余の間に,死亡事故が数件,負傷者を出す事故も含めると10件以上の大事故が起きている。報道されていない小事故も含めると,もっと膨大な数になるだろう。だいたい重大事故は氷山の一角であり,それまでに多くの事故の芽が潜んでいる。
  問題は,よそで起きた小事故を我が事と捉えていたかどうか,また,過去の事故が報道されるレベルに止まらないで,教訓の抽出と,教訓の伝承まで出来ていたのか,である。過去に同種事故があれば,法的には,予見義務を発生させ,過失犯・不法行為責任の根拠となる。そのあたりはどう捉えるのか。他の遊園地はこの事故の教訓を生かせるのか


4 安全基準など,法的な規制が「人の安全」を考慮していたのか
 →今回の報道で初めて知ったが,ジェットコースター等について,安全基準などの規制は,エレベータと同じ扱いで,建築基準法の範疇なのだそうだ。別に,鉄道と同じ仕組みにしなければならないとまでは言わないが,エレベータ等の安全について業界内の安全向上団体もなさそうであり,公的規制も自主規制も不十分なようである。
  遊園地の営業は,少子化に伴い,若年層にウケるスリル物に傾倒しつつある。厳しい競争の中で,営業力を重視せざるを得ない状況がある。ただし,営業優先となれば,安全軽視となりがちである。安全だけは,絶対に軽んじてはならないのだが,その歯止めのシステムがあったのだろうか。


5 再発防止は,「一点」だけなのか「広く」取り組むのか
 →事故の処理を終えたかどうかは,完璧な「再発防止」を成し遂げたかどうかによる。ただ,ありがちなのは「今回と同じ事態」の再発防止策を講じるだけに止まるケースである。それではダメだ。
 今回の事故は,きっと様々な事態の事故の芽にもなっているはずである。深く原因を探求すれば,それこそ,メリーゴーランドや観覧車など安全そうな遊具の事故の芽にもなっているはずだし,あるいは人員管理のあり方(ヒューマンエラー)や,国の安全対応などにも生きる教訓が得られるはずだ。再発防止の教訓を「点」ではなく「面」で捉えてもらいたい。



今後の報道については,上記の点に着目してみたい。

震える子どもや目撃者に無理にインタビューするような記事や,
いたずらに責任をあおるばかりの記事,
警察発表の受け売り記事
などは,もういらない。


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 5月1日(火)~5月2日(水)にかけて,能登半島に行って来た。
 能登半島地震の被災地に赴いて,現場を直接見て,被災地の状況を把握し,法律相談を実施することが目的だ。

 行程は,
  5/1が  金沢→穴水町→門前町→金沢
  5/2が  金沢→門前町→輪島市→金沢

というルートで,たいへん窮屈だった。しかし,得られたものは多かった。

 被災状況をお知らせするのも一つだが,私は,まず,あえて,
     風評被害を無くそう!
というコンセプトの下,能登半島の観光案内をしたいと思う。
(お堅い内容は,またあらためてお伝えします。)

anamizu1.jpg

 まず,穴水町は,駅前の商店街が軒並み倒壊し,商店街は機能していなかったが,既に,復興の息吹は芽生えていた。
 商店街のど真ん中には,テントが張られていて,商店街の店主のみなさんが集まり,穴水の情報発信をしていた。

 そこにいた橋本公生さん(写真の左端の白いジャンパーの大柄の方)は,穴水駅前の「幸寿し」の店主さんだ。
 旧店舗の建物は,一応倒壊しないで建っているが,とても商売できる状況にはないとのことである。仮設店舗を建てて,営業再開の準備を始めているという。テント内に間取り設計図が掲げてあった。
 この立ち直る活力こそが,復興の源。

 さらに,橋本さんはブログもやっていると聞いた。しかも,レンタルサーバーで既成のテンプレートを使うのではなく,一から自分で全部作っているという。すごい。
 早速検索したので,ここに紹介をさせていただくことにする。
kouzusi.jpg

 後で地元の弁護士に聞いたところ,「あそこの寿司はうまい。一度食べてから,生ゲソなどはヤミツキになった。」と太鼓判。
 復興したら私も一度行ってみようと思う。ただ,取り寄せは今でもOKとのことなので,みなさんよろしく。

 すぐ横には,イズミヤという靴屋さんがある。この商店街の中にあって,大きな被災は免れたようだった。
 ちょうど雨がパラパラ降ってきたので,傘を買おうと思ったら,お店の女主人さんが,「まあまあ,入って行って。お茶でも飲んで行って。」と声をかけられた。
 中に入って30分程度だったろうか,色んな話を聞かせてもらった。
 能登名物の銘菓も食べさせてもらった。
 何よりも,元気で明るい声が,店内に響きわたるのがよい。

morisoba.jpg

 食事は,穴水商店街をちょっと北上したところにある
   「もりそば」
で食べた。ここで,かけそばと,いなり丼を喰ったのだが,美味かった。テーブルに囲炉裏がついているのも何とも言えない。
 穴水町の商店街も,いくつも店先は空いている。

 震災当日は,なんでも「牡蠣まつり」の準備の真っ最中だったそうだ。
 まちの賑わいの中心となるのは,商店街だ。商店街に活気がないと,なかなか元気は取り戻せない。
 お客になることで,一つの貴重な復興支援になる。

 門前町の被災程度はかなりひどいが,それでも中心となる総持寺は開門している。
 有名な蕎麦屋(「手仕事屋」)や,土産店もオープンしている。

 輪島市などは,損壊家屋をいち早く解体撤去したそうだ。観光産業の早期復活のためだ。だから,まちそのものは,少々の空き地は残っているものの,全体として,平常のまちなみを取り戻したように見える。
 輪島の朝市も完全に復活していた。旅館もウェルカムである。
 「能登半島応援 格安バス運行 大阪-石川往復1000円」などというのも始まった(→記事はこちら)。もちろん赤字覚悟で行う,大キャンペーンだ。

 誰でも出来る復興支援の一つの形だ。是非,能登半島へ!

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 良識的な社会派ブロガー有志が,5月3日の憲法記念日に寄せて,

   『私たちは現日本政府の体制変革(レジームチェンジ)に反対します』

という共同声明を発しました。
(→こちらをどうぞ

kyodoseimei.jpg


 この声明は,これまでブログ上でいろんな形で議論されてきた,
    ◇改憲問題
    ◇国民投票法案
    ◇政府が考えている「国」のあり方

について,分かりやすく総括した上で,あるべき方向性を明示した声明です。

 私は,この声明は,とても良い内容だと思います。
 その理由は,
   1 憲法の趣旨・理念にたいへん素直な内容であること
   2 政府の誤った姿勢の核心を,分かりやすくまとめていること
   3 単に批判するだけでなく,あるべき方向性を明示していること
   4 国内だけでなく世界に向けて発信しようとしていること

などです。

 この声明は,広く,多くの人に,問題点を知ってもらいたいという考えに基づいています。
 私も,その趣旨に賛同するものですので,ここに紹介の上,以下に全文を掲載させていただきます。

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 憲法記念日を迎える前に、司法府のトップ/最高裁判所長官が、一言コメントを寄せるのがならわしになっています。

 新聞報道ですと、裁判員制度のことばかりが取り上げられていますが、正式なコメントを見ると(→こちらをどうぞ)、ちゃんと憲法のことを冒頭に語っています。
    憲法記念日を迎えるに当たって
                            島田最高裁判所長官談話

 日本国憲法施行60周年の憲法記念日を迎えるに当たり,所感を申し述べたいと思います。

 裁判所は,憲法によって付託された司法権の担い手として,憲法の理念に従い国民の基本的人権の擁護,法の支配の確立といった重要な使命を果たすべく,これまで努力を続けてきました

 近年,我が国社会が急速に変貌を遂げ,国際化しつつある中で,裁判所が解決を求められる事件は多数に上り,尖鋭な利害対立を含む複雑で困難な事件も増加しています。裁判所に対する期待はますます高まり,社会の安定と発展の基盤となる司法の役割が一層重要になってきていると申せましょう。(後略)
 言っていることはもっともですが、私は、このコメントはかなり自らを身贔屓したハッタリだと思っています。

 現代日本の抱える諸問題は、
   ◆本来、憲法実現の主役を果たすべき国民が寝ていて、その努力を怠り、
   ◆本来、憲法の拘束下に置かれるべき政府が、国民が呆けているのに乗じて、越権行為を積み重ね、
   ◆本来、憲法の砦となって歯止め役を果たすべき裁判所が、憲法衰退化を黙ったまま放置(遺棄)してきた、

ことによってもたらされていると考えています。

 ◇今、憲法が失われようとしている転機にあること、
 ◇改憲問題が社会的な関心事となりつつあること、 
 ◇憲法の目的の一つ「平和主義」の内容の転換を迎えているとき、

であるにも、かかわらず、司法のトップは、

 ▼改憲の問題にひとことも触れず、
 ▼平和主義についてもひとことも触れず、
 ▼憲法判断回避の理論を打ち立てるなどして、長年、憲法理念を磨かないで憲法を錆び付かせてきた自らの姿勢を「努力を続けてきた」と自画自賛している

という点で、三権分立の構造が機能していない状況を、見事にあらわしているような印象を受けました。

 もっとも、司法や政府に文句を言う前に、まず、 
   「寝ている国民」
が目を覚ます
のが先決だと思いますが。

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2007.05.03 還暦憲法
今日は私の誕生日です。38歳になりました。
一方、憲法も本日で施行60年を迎えました。還暦です。

憲法の60歳を迎えるまでの歩みを、1人の人生に例えると、なんともいえない人間味あふれた感じを受けます。

1 憲ちゃんがが生まれたとき、困窮と疲弊に満ちた家庭は、憲ちゃんの誕生を心から祝いました。
(戦後直後の1947年~)

2 憲ちゃんが幼児のころ、家族はありったけの愛情を注いで、大きく健やかに成長することを望み、育てました。
(戦後10年の復興期)

3 憲ちゃんが小学校に上がったころ、突然、憲ちゃんは他所からのもらい子じゃないかと疑われるようになり、別の子を産み直したらどうかと言われるようになりました。
(施行8年目で、改憲の党是とする55年体制の確立)

4 憲ちゃんの小・中・高校、大学という就学期には、家族が仕事に没頭し、ほとんど子育て放棄状態に置かれました。しかし、健ちゃんの持ち前の良い性格で、ぐれることもなく、家庭の明るい雰囲気の支えになりました。
(高度成長期の1970年ころ/憲法23歳まで)

5 憲ちゃんが就職し、いよいよ社会貢献すべき時期を迎えましたが、就職先では出世コースに乗ることなく、組合活動などに従事させられるばかりとなりました。
(1990年代ころまで)

6 憲ちゃんの会社は、財テクに失敗して倒産しそうになったので、世界最大手の米国会社の傘下に入る方針を立てました。目障りな憲ちゃんは、早々に窓際族に追いやられ、干されてしまいました。
(この直近の約20年)

7 憲ちゃんはいよいよ定年を迎えました。ボンボンの新社長は「私の代で引退させる」と言い切りました。憲ちゃんの引退を強く迫っています。
(まさに現在)


こうしてみると、なんだかさびしくなりますね。

私の購読紙は、改憲推進派の日経新聞です。
他紙はまだ見ていませんが、日経でも、今日は憲法関連記事をたくさん載せています。
もちろん論旨は改憲ですが、次のような興味深い記事が出ています。

<1>「もう兵隊にとられることはない」という安心感が人々を仕事に打ち込ませ、日本の経済復興と発展を促した。史上空前の高度成長を現憲法がさまざまな面で下支えしたのは間違いない。
  →ひとつの見方であり、的確だと思いますが、日経がこのような評価をしている点がおもしろいです。

<2>改憲をすべきだという意見が、年々、減ってきているということです。
 2000年から2007年までの推移を見ると、
   61%→58%→55%→54%→51%
と漸減しているというのです。逆に「現在のままでよい」との意見は増えている。

  →「現憲法」の真価が、ようやく知られるようになってきたことを示しているのではないですかね。

<3>改憲志向が際立っているのが30歳代。改憲が最多の60%、護憲が最小の32%だった。
  →まさに、私たちの世代ですね。憲法の真価を一番知らない世代だということです。奮起すべきは、まさに私達なんだと思いました。

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