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 久間章生(きゅうまふみお)防衛大臣が,今日の講演で,原爆使用について,
◆長崎に落とされ悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている

◆原爆を広島と長崎に落とし終戦になった。幸い北海道が占領されずに済んだ

◆勝ち戦と分かっている時に原爆まで使う必要があったのかどうかという思いは今でもしているが、国際情勢、戦後の占領状態などからすると、そういうことも選択としてはあり得る
などと発言した(→記事はこちら

kunji11.jpg この問題が,今後,大きく取り上げられるかどうかは分からないが,久間氏が,危機管理能力や状況判断能力を著しく欠いた人物であることは間違いない。

 究極の危機管理責任者である防衛大臣として,久間氏が不適任であることは明らかというべきである。

 久間氏が,状況判断のできない人物であることは,以下のようなエピソードからもうかがうことができる。


(1)国民保護法制のあり方について
 『朝日新聞』2003年6月30日付の「国民保護法制、具体像は 久間章生氏と山内敏弘氏(対論)」より
久間:国家の安全のために個人の命を差し出せなどとは言わない。が、90人の国民を救うために10人の犠牲はやむを得ないとの判断はあり得る。

山内:判断の正しさが疑われるときに、判断の犠牲になった国民はたまったものじゃない。

久間:それで救われた方は助かる
 国民保護法のあり方を考えているときに,1割の犠牲はやむを得ないなどという発想は,法律の趣旨からして明らかに大間違いであり,文脈から大幅にずれている。
 問答の内容も,子どもでも分かるお粗末さである。
 また,比喩的表現であるとしても,日本の全人口1億2600万人の1割=1260万人が犠牲になるのもやむを得ない,などという物言いは,デリケートな防衛問題の話題について,あまりに大きな失言である。


(2)クラスター爆弾の使用について
 クラスター爆弾は不発弾処理の危険が大きく,市民被害のリスクも大きいため,世界列国で問題視する意見も多い。そんな中,久間氏は,今年の5月25日に次のような発言をしている。
◆日本を守る場合、クラスター爆弾で被害を受けるのは日本国民。

◆国民が爆弾で被害を受けるか、敵国に日本が占領されることのどちらかを考えた時、防衛手段を持っておくべきだ

◆攻撃されて蹂躙(じゅうりん)されるか、守り抜いた後で不発弾処理をした方がいいか。今の技術レベルだと、私は後者だと思う
 この発言をしたのは,クラスター爆弾の禁止条約を話し合う国際会議が開かれている最中のことである(→詳しくは防衛省のHPで)。これまた,周囲(世界)の状況を弁えていない。
 しかも,その内容たるや,国民に被害が及ぶことを前提に防衛手段の選択を考えているわけで,その発想自体,国民の保護を第一に考えるという発想が欠落しており,あまりに慎重さが欠けている。


(3)長崎市長の銃撃事件が起きた際の発言
 長崎は自分の地元選挙区である。2007年4月17日に伊藤市長の銃撃が起きて,未だ伊藤市長が存命しているにもかかわらず,
◆本人が亡くなった場合、 補充はいつでもできるよう公職選挙法を見直すべきだ

◆補充がきかないと共産党の市長が誕生してしまう
などと発言していた。
 あまりにもTPOを弁えていない発言ではないか
 また,緊急事態時であるにもかかわらず,法律改正などという将来の課題を問題提起するなどというのは,あまりに危機時機に,ズレた発言ではないか。
 確かに私も共産党には抵抗があるが,共産党云々などという本音を先に言ってしまうのは,最も機密性が要求される防衛責任者として,やはりお粗末ではないか。


(4)その他
 ほかにも,
 )安倍首相が日米の緊密な協調関係をアピールしようとしているのに,「イラクに大量破壊兵器があると決め付けて戦争に踏み切ったブッシュ大統領の判断は間違いだった」などと関係をぶちこわす発言をしたり(2007年1月25日/日本記者クラブの会見),

 )政治資金問題が話題になっている中,元秘書が会計責任者になっている政治団体の事務所の所在地を雀荘であるのを放置したり,

 )いよいよ参議院選が始まろうという初日に,本日,冒頭に挙げたような問題発言をしてしまったりして
いかにも脇が甘いのである。


 防衛大臣といえば,国家の安全保障という極めて高度で難しい状況判断を常に求められるポストである。
 したがって,
    TPOを的確に読む感覚
    素早く妥当な状況判断をする能力
    慎重かつ機密性を保てる人間性

が当然要求される。

ところが,それらが全く欠けていて,
    場の雰囲気が全く読めない
    状況判断ができない
    脇が甘く口が軽い人間性

というのでは,この国の安全など保てるわけがない。

 真剣に安全保障を考えるのであれば,即刻,適任者への交代を検討すべきであろう(そのような適任者は思い当たらないが・・・)

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「事故遺族~安心安全な社会をめざして~」というブログがあります。
(→http://jikoizoku.blogspot.com/
jikoizoku.jpg

 このブログは、様々な事故(鉄道事故、航空事故、医療事故、歩道橋事故、刑事事件など)によって、かけがえのない肉親や大切な人を失った遺族の方々が自ら運営し、自ら語る場として、とても貴重だと思います。
 わたしたちは、航空、鉄道、医療などさまざまな事故の遺族のグループです。安全・安心な社会を目指す活動に関心を持つ市民やジャーナリストも参加しています。不幸にも事故に遭われた方々に役立つ情報を集めます。遺族・被害者の方々だけでなく、多くのみなさんにご覧いただけるページを目指します。
 ところで、マスコミ等で被害者のコメント等を報道するときに、個人的な感情を吐露している場面を強調する傾向がありますが、必ずしも正確な描写ではないと感じます。

 しかし、誰よりも、
    ◇社会全体に求められる安全
    ◇同じような悲劇・再発の防止
    ◇誰もが安心して生活できる状況

を求めているのが、被害者の方々です。
 自分だけのことを考えているのは、世間の無関心層であって、被害者自身こそが、他人のことを思いやって物事を考えていることが多いです。
 発するコメントも、非常に深い考察や、一人ひとりの身になって考える全体的視点を持っています。

 このブログの中で、航空事故の遺族の方が、
 ◆航空事故調査委員会(当時)は「再発防止のための調査であり、遺族のための調査ではない」と言い
 ◆警察は「罪を罰するための捜査であり、遺族のための捜査ではない」と言い
 ◆被害者・遺族は誰からも事故原因について説明をしてもらえませんでした。
 ◆多くの被害者・遺族が悲しみの中「事故の真実を知るため」様々な機関に立ち向かってきました。
 ◆必死で「事故の真実」を知ろうと頑張るのは、自分自身のためだけでなく「二度と事故が起きて欲しくない」という強い願いが込められている事を理解ください。
 と語っている部分がありますが、そのとおりだと思います。

今回の事故調査報告書が、十分評価できるレベルに達しているかどうかは、当事者である被害者がジャッジするのが妥当なのでしょう。

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 事故調査報告書が公表された。
   
 本来,各紙一面トップが見込まれるニュースだが,元公安庁長官逮捕や宮沢喜一氏の逝去などと重なって,トップ記事にもってきたのは,神戸新聞のみだった。
jikotyohp.jpg ただ,1面を予定していたので,各紙とも多くの頁を割いて,詳報や特集記事を掲載していた。
 ネット上では,紙面ほど詳しい情報が流れていないのが残念だが,ここについても,神戸新聞の記事が詳しい。さすがだ。
(→たとえば,事故調のあり方につき被害者の声を記事化したのはこちら

 調査報告書の全文は,このホームページからダウンロードして読むことができる。

jikotyohyosi.jpg

 本文244頁,付図77に及ぶ大量な内容なので,仔細に目を通すのはこれからになる。

 どうやら,今のところ評価は様々で,遺族・負傷者・公述人らによれば,評価する声もあり,批判する声もある。
 異例の踏み込みだという意見もあるし,ツッコミが足らないという意見もある。

 ただ,とにかく一歩前進したこと,一つの節目を迎えたことは間違いない事実のようだ。

 私としては,昨日のブログで列記したようなポイントが,どんな風に実現されているのかを見てみたい。
 

 さて,事故調査報告書は,
    1 調査の経過(=これまでの調査のまとめ)
    2 認定した事実(=詳細な事実を認定したもの)
    3 事実認定した理由(=専門的な解析の部分)
    4 原因(=端的に事故の原因を指摘した部分)
    5 建議(=国土交通大臣への提言)
    6 所見(=JR西日本への提言

という構成になっている。

このうち,最も関心を持っていた「原因」の部分を,そっくりそのまま引用しておこう。

あまりに端的であり,少々,拍子抜けするところもあるが,
ごちゃごちゃと様々な原因を列挙して,あいまいな形で呈示するのではなく,
簡にして要を得た言い方でまとめきっているところに,
核心に迫れたという事故調の「自信」を見て取ることが出来る。


jikotyogenin.jpg 4 原因

 本事故は、本件運転士のブレーキ使用が遅れたため、本件列車が半径304mの右曲線に制限速度70km/h を大幅に超える約116km/h で進入し、1両目が左へ転倒するように脱線し、続いて2両目から5両目が脱線したことによるものと推定される。

 本件運転士のブレーキ使用が遅れたことについては、虚偽報告を求める車内電話を切られたと思い本件車掌と輸送指令員との交信に特段の注意を払っていたこと、日勤教育を受けさせられることを懸念するなどして言い訳等を考えていたこと等から、注意が運転からそれたことによるものと考えられる。

 本件運転士が虚偽報告を求める車内電話をかけたこと及び注意が運転からそれたことについては、インシデント等を発生させた運転士にペナルティであると受け取られることのある日勤教育又は懲戒処分等を行い、その報告を怠り又は虚偽報告を行った運転士にはより厳しい日勤教育又は懲戒処分等を行うという同社の運転士管理方法が関与した可能性が考えられる。


 次に注目すべきは,JR西日本が,どんなふうにこれを受け止め,今後,被害者らと対峙し,自らを省みるか,ということである。

 ・・・・まだまだこの事故は終わっていない。

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 今日,国土交通省の航空・鉄道事故調査委員会最終報告書が提出される予定である。

 事故調査委員会(略して「事故調」)は,
   1971年7月30日の雫石事故を教訓に
               航空事故調査委員会として発足
   2000年3月8日の営団地下鉄日比谷線脱線衝突事故をきっかけに
               航空・鉄道事故調査委員会に改組
という経過であるが,独立の調査機関ではなく,国交省の下部組織という位置づけである。

 鉄道事故調査委員会としては,本格的に取り組む最初の事故が,今回のJR福知山線脱線事故である。

coporeito.jpg この「コーポレート・コンプライアンス」という雑誌は,

  「コンプライアンスというのは,形ばかりの法令遵守ではなく,社会的要請に的確に応える姿勢だ」

という,とても説得力のある主張・啓蒙を行っている,元検事の
  郷原信郎さん
  (桐蔭横浜大学法科大学院教授)
がまとめている本である。
(去る4月25日の「追悼と安全の集い」に来て講演して下さった時に配布していただいた本です。どうもありがとうございました。)

 この号では「安全・安心な社会をめざして 事故防止のあり方を考えるシンポジウム」が特集されているが,
 その中で,事故調のあり方についても,突っ込んで議論されている。

 今回の事故報告がどんなものになるかは,今夜のテレビから明日の朝刊にかけての情報を,よく見ておきたいと思うが,この「コーポレート・コンプライアンス」での議論なども踏まえた上で,事故調査委員会が,どれほど目的を達しうるか,有用な活動をしてきたかを図る上で,次の点に着目してみたいと考えている。
 ◆単なる直接原因に止まらず,企業体質等も含めた背景事情との有機的関係に,どれだけ鋭く迫っているか

 ◆中立・公正を逃げ口上にせず,遺族・被害者の思いに正面から応える血の通った内容になっているか

 ◆役所の一部という立場に固執せず,行政の責任も視野に入れた根本的な建議・提言を行えているか

 ◆新聞情報で得られる外形的事実に止まらず,どれだけリアルで核心的な事実に迫れているか

 ◆対処療法的な再発防止策で終わらず,鉄道の公共性に鑑みた全体的・包括的で,かつ具体的な再発防止案を出せるか
 こういったことに加え,2月1日の意見聴取会での公述人の意見などをどれだけ踏まえているかということも念頭に置きながら,見てみたいところだ。 

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「6・30能登半島地震の復興を考えるシンポジウム」のご案内です

noto-fukko.jpg


 3月25日に発災した能登半島地震から早くも3か月が経ちました。
 4月末から5月にかけて阪神・淡路大震災の被災地・神戸から相次いで能登半島地震の現地調査が行われました。
 各方面からの現地調査の報告を踏まえて、厳しい中山間地・過疎地における被害の実態を確認し、今後の復興についてともに考えるシンポジウムを下記の通り計画しました。
 どうぞ、お誘い合わせの上、ご参加いただきますようご案内を申し上げます。

               -記-

●日 時 2007年6月30日(土) 午前10時30分~午後4時
●会 場 兵庫県弁護士会館講堂(4階)※地図はこちら
●定 員 200人
●内 容 能登半島地震の現地調査を踏まえて、今後の復興について考える

内容の続きはこちらです。 
   ↓


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 JR福知山線脱線事故の航空・鉄道事故調査委員会の最終報告を前に,世間ではあまり知られていないJR西日本の「言葉のまやかし」について,いくつか指摘をしておきたいと思う。


1 「誠心誠意」と「精一杯」

 JRは当初「100%当社の責任なので誠心誠意を尽くさせていただく」と繰り返していた。
 しかし,最近は,この「誠心誠意」という言葉を引っ込め,「精一杯」という言葉を乱発するようになった。
 「誠心誠意」というのは,辞書によると,
    まごころをもって,相手の立場に立って接する正直な心
を意味する。
 実際のところ,この2年のJRの対応を見ると,「被害者の立場に立って」物事を進めることが無く,事実をきちんと説明する「正直な心」は全く無かった。
 したがって「まごころ」が通じるはずもなかった。
 JRも,さすがに口に出す言葉と現実のギャップに気恥ずかしくなったのか,意図的に,この言葉を前面に出さなくなったようだ。
 ある遺族の方が指摘されたのだが,「誠心誠意」というのはまがりなりにも相手を意識した意味だが,
「精一杯」というのは,相手不在で,自分一人だけの論理で頑張ることを意味しており,
明らかに後退している,というのである。
 「精一杯」という言葉の持つ自己中心的なニュアンスを鋭く突いたものだ。
 この言葉の中に「誠意」を見い出すことはできない。


2 「補償交渉」と「賠償交渉」

 「補償交渉」というのはマスコミ用語であり,正しくは「賠償交渉」である。
 なぜなら,JR西日本は,違法行為を行ったのだから,損害賠償責任を負うのである。
 したがって,遺族・負傷者に対し,「賠償」をしなければならない。その交渉なのだから,「賠償交渉」というべきである。
 法律的に「補償」というのは,
    適法な対応により損失が生じたときの穴埋め
のことを言う。典型的な例は,土地収用の際の損失補償だ。
 もっと分かりやすく言うと,
   悪いことをした責任を取って被害の償いをする = 「賠償」
   責任はないが損失を補填してあげる公的な行為 = 「補償」
という感じだ。
 JR自身も「補償交渉」という言葉を好んで使用し,すっかり世間に定着してしまった。
 しかし,この言葉には,「自分に本質的な責任はない」,「やむを得ない事柄の代償だ」,「公の立場から補填を施してやる」というニュアンスが感じられ,法律家としては著しい違和感を感じている。


3 「法律的な基準」=「当社の枠ぐみ」

 事故担当者は被害者に対して「法律的な基準によれば,・・・・となります。」という物言いをするようだ。
 しかし,鉄道事故の被害についての法律的に定立された基準などというものはない。
 交通事故の賠償基準というのがあるが,これは,多発する交通事故事件について,数多くの判例を集積して作った,経験的・帰納的なデータの傾向値に過ぎない。
 それを,機械的に当てはめて「法律的な基準」などと言って,あたかも画一的に決まる真実の定理であるかのように言いくるめるのは,大変な問題だ。
 損害賠償は,具体的な事情に応じて,個別的・具体的に決まるものである。
 法律的なモノサシといえるのは,
  「通常生ずべき損害」「相当因果関係」(民法416条)
だけである。
 したがって,基準が先にあるのではなく,具体的な被害状況という事実が先にあるのである。
 ついでに言うと,商法590条2項には,旅客運送契約(=電車で乗客を運ぶ契約)について
 「損害賠償の額を定むるに付ては裁判所は被害者及びその家族の情況を斟酌することを要す」
という特則がある。
 つまり,鉄道事故の被害者については,単に機械的に民法の基準を当てはめるのではなく,被害者や家族のこともちゃんと考えなさい,というふうになっている。
 そのことをJR西日本が意識しているとは,到底考えられない。
 JRは,「法律的な基準」という言い回しで,JRが一方的に立てた自己の「基準」を押し付けているに過ぎない。
 (山崎社長が,記者会見で「当社の枠組み」という言葉を使っているが,この表現が正しいといえるだろう。)

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 昨日、国際ソロプチミスト尼崎が主催する、
   「命の尊さ伝えたい」
と題する講演会に行ってまいりました。

 講師は朝日放送の元DJの五十嵐有香さんでした。

 五十嵐さんは、2つの“死の危機”の体験を経て、かけがえのない「いのち」の大切さを実感したとのことで、2年前から、このテーマで朗読劇などの奉仕活動に取り組んでおられます。

 五十嵐さんの2つの体験というのは、
   ◆阪神・淡路大震災
  (=激震地に居て近隣の知人友人を多く失い、ご自身も生命の危険を感じた)
   ◆JR福知山線脱線事故
  (=事故車両に乗車し負傷。「そのとき」死を覚悟し、現場の惨状も目にした)
とのことです。

 優しい笑顔で淡々と当時のことを語って下さいましたが、そのリアルさは、会場の人々にものすごく強い印象を与えました。
 また,震災直後に第3子が宿っていることが判明し命の息吹の尊さを知ったということや、
脱線事故車両の当事者でなければ語れないエピソードは、私にとっても非常に印象的でした。

 五十嵐さんは、PTSDと思われる症状に人知れず悩まれたそうです。
 そして、もがき苦しむ中で、仲間と一緒に朗読劇を通じて「生命の大切さ」を伝える活動の中に、光を見出したそうです。

 昨日の講演でも、五十嵐さんが代表を務める朗読ボランティア「うぃっしゅ」のみなさんが(伴奏のギター、バイオリンは、「Roots」のおふたり/こちらも素晴らしかった!)、実際に朗読劇を実演してくださった、
   「火垂の墓」(舞台は、西宮~三宮で、まさに地元)
は、戦時下の悲劇としてあまりに有名ですが、非常にレベルの高い朗読劇にすっかり引き込まれ、会場に居た方々(多くは女性)のすすり泣く声でいっぱいでした。

 私は、
   ◆震災◆事故◆戦争◆いじめ自殺◆
という具体的な事象を通じて、命の大切さを語る五十嵐さんのメッセージに強い共感を感じました。

 五十嵐さんは、福知山線列車事故で出会った重傷者の鈴木順子さん鈴木順子さんのことは、こちらの神戸新聞の特集・連載でどうぞ)の話した言葉として、
   「人間は生きていることだけで芸術ではないか」
を紹介されましたが、本当に生死の淵を彷徨った方の言葉として、重みと真実を感じました。

 裏話があります。
 今年の4月25日に「追悼と安全の集い」(→こちらをどうぞ)があり、五十嵐さんとは、一緒に司会をさせていただきました。
 その際、被害者(遺族・負傷者・家族)の方々が自ら壇上で思いを語ったのですが、舞台裏でみなさんの話を聞きながら、五十嵐さんはずっと涙ぐんでいらっしゃいました。
 しかし、壇上で司会をするときには、打って変わって、凛とした笑顔で進行をなさいました。
 私は、その五十嵐さんの姿を垣間見て、当事者としての辛い思いや、同じ境遇の方々への深い共感を抱きつつも、ご自身の役割を実践していく心の強さや、社会に対する志の高さを感じました。

 昨日の講演を聴いて、真に命の大切さを実感しているところに五十嵐さんの強さや優しさがあるのではないかと感じ、4月25日の出来事への思いを新たにしました。


 JR福知山線脱線事故については、もうまもなく、航空・鉄道事故調査委員会の最終報告書が公表されます。
 本当の取り組みは、ここから始まります。


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 新聞記事よりも、市民のブログの方が、大切な情報を的確に知ることができるように思います。

 とむ丸さんのブログ「とむ丸の夢」は、「どうして、そんな大事なことが・・・」と思うような、目からウロコ系の出来事を、毎日、コツコツと伝えてくださっています。
 昨日の記事(「市議会が全員一致で憲法9条堅持を求める」)には、「ええっ!」と、うれしい驚きを感じました。

 読んで字の如しです。

 ところで、なぜかこういう記事は、NETの記事情報から、早々に削除されちゃうんですよね。

 毎日新聞も、読売新聞も、NETでこの事実を報じていたのですが、あっという間に削除(移動?)されちゃっていて、普通にググっても読むことができません
 なんでなのでしょうねえ?

 キャッシュに残っている記事を、引用しておきます。
2007年6月23日 読売新聞より
「9条堅持」意見書可決・・・中間市議会、全会一致で

 中間市議会(定数19)は21日、最終本会議を開き、戦争放棄などを定めた憲法9条の堅持を求める意見書を全会一致で可決した。安倍首相と菅総務相に送付する。

 9条は1項(戦争の放棄)と2項(戦力の不保持、交戦権の否定)からなる。意見書では「いっさいの戦争と戦力の放棄、交戦権を否定した9条の堅持を求める」としている。

 同市議会は無所属14人、公明3、共産2。共産が意見書を提案する予定だったが、各派が代表者会議を開き「改訂しないことを求める」との原案を、「堅持を求める」と表現の一部を修正して共同提案した。

 無所属議員の一人は「参院選を控え、自民系の議員が、9条を守る立場を取っている公明と自民の協力関係に配慮、表現を『堅持』に和らげて賛成したのでは」と話している。


2007年6月22日毎日新聞記事より
「9条堅持」決議 中間市議会 保守系も賛成

 福岡県中間市議会(定数19)は21日、憲法9条の堅持を求める意見書案を全会一致で可決した。同市議会は公明3人、共産2人、無所属14人だが、無所属の多くは保守系。保守系市議の一人は「憲法改正については、もう少し慎重に議論を進めるべきではないか」と話し、改憲を急ぐ安倍政権の姿勢に疑問を投げかけた。

 意見書は「日本を民主主義国家、平和国家として世界有数の繁栄へと導く源泉となった優れた憲法で、その根幹が9条」として9条第1項(戦争の放棄)、第2項(戦力の不保持・交戦権の否定)の堅持を求める内容。共産市議の原案を修正したうえで他の議員も同調し、全議員の共同提案になった。

 護憲勢力の共産はもちろん、公明も憲法9条堅持の立場。議会内には「公明支持者の支援を得ている保守系市議もおり、参院選での自公協力を意識してあえて異論を唱えなかったのではないか」との見方も。

 共産の宮下寛市議は「正直びっくりした。強引な改憲手続きに反発し、平和憲法を守りたいと願う市民の声を各議員が肌で感じているのでは」と語った。【古川修司】


熱心なブロガーのみなさんは、情報の収集・分析についても、非常に参考になる検討をなさっています。

 ぶいっちゃん「ランキーブログ」は、精力的なブログの筆頭格ですが、今回、
  「安倍政権のこれまでの問題点いろいろ」
という記事に、これまでの政策を分かりやすくまとめる記事を載せておられます。
 とても分かりやすく、かつ、的確だと思います。

 もう一つ、建築士でもある明月さん「反戦な家づくり」でも、4月29日付で、国会の取り上げている法案を、反戦の視点からまとめておられます。
 たいへん鋭い検討だと思います。

 ざっと、ご紹介まで。

以下,中間市議会の意見書の全文を掲載します。
        ↓


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安倍内閣の支持率が33%に落ちたとのことです。そりゃそうだろうなと思います。

 年金問題で,先頭に立って頑張っているのは,民主党の長妻昭議員という方のようです。
 先日,「年金問題,発覚してから1年過ぎていた!」という記事を書きましたが,1年前から,この問題を挙げて国会で議論をしていたのも長妻議員でした。

 ながつま議員のホームページ(→こちらです)を見たところ,年金問題に関する経過がよく分かりました。

 新聞では,首相は半年前から年金消失問題を認識していた,とありますが,どうやら,もっと前から十分認識していたと言えますね。

 安倍氏が首相になったのが,平成18年9月26日
 長妻氏が,年金の納付記録の消失の事態を大きく報じたのが平成18年11月22日→こちらより
ということからすると,少なくとも官邸内では,この時期には大問題だと認識していたに相違ありません。

 はじめは「たいした問題じゃないないや」と思っていたけれども,「これはもしかしたら重大問題かも知れない」と考え直したのが半年ぐらい前ということなんでしょうね。
 そのころは,教育基本法改正問題などに熱くなっていて,年金なんぞ二の次だ,と思っていたのかも知れません。

 初動を誤ったというか,問題の芽を見過ごしたというか,政府としての危機管理能力が足らないことは間違いないでしょう。

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 福沢諭吉は1万円札にも登場し、多くの国民に好意的に受け取られています。
20070623062115.jpg
 しかし、お札に登場する人物は、いつの時代も、どこの国でも、国家にとって歓迎すべき言動をした人物、国家が崇拝すべき人物です。 
 市民の立場からすると、必ずしも好人物と言えない側面もあります

 たとえば、樋口一葉は、労働者に対する蔑視や、士族や華族を崇拝する身分差別的思想があったと言う説もあります。
 たとえば、野口英世は、「偉くなるのが敵討ちだ」とか「名誉のためなら危ない橋でも渡る」などと言ったという説もあります。

 上昇志向や、差別意識、競争至上主義的な発想は、為政者に通ずるところがあります。

 逆に、民主主義の発展に功績の大きかった人物は、必ずしもお札になっていません

 ですから、紙幣を手にするとき、盲目的に「偉い人だ」と受け止めないよう、ちょっと気をつけなければいけません。
(とはいえ、その「刷り込み効果」には多大なものがありますね。)

 そういえば、安倍晋三氏は、今年の年頭の首相所信表明で福沢諭吉の言葉を引用していました
 福沢諭吉は、確かにその時代に合致した発言をしていたかも知れませんが、現代的に見ると、「いかがなものか」と思う発言が多数あります。

 というよりも、現在の与党の目指している方向が、明治維新の後の富国強兵主義であることからすると、福沢諭吉の教えの通りに進めたいということなのかも知れません。
 時代逆行もはなはだしいです。 

 誰でも知っている「学問のすすめ」は、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」から始まっていて、西洋的な平等主義が主張されているように誤解されています。
 これは、確かに自然権的な平等権を指摘しているともいえますが、その後に続く文章を見ると、むしろ、競争至上主義、自己責任論、選民思想(弱者切捨て思想)にあふれています。
◆今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるものあり、貴人もあり、下人もあり
◆賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとに由って出来るもの
◆むつかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、やすき仕事をする者を身分軽き人という
◆医学、学者、政府の役人、または大なる商売をする町人、多の奉公人を召使う大百姓などは、身分重くして貴き者というべし。
◆無学なる者は貧人となり下人となるなり。


 福沢諭吉が、富国強兵、植民地主義(帝国主義)の最右翼の論者であったことは、よく知られています。
 私の手元にある日本史の教科書には、福沢諭吉の「脱亜論」(中国、朝鮮に対する侵略政策)が、しっかり資料として出ています。
 以下は福沢諭吉の主宰する「時事新報」の抜粋です。
◆世界各国の相対峙するは禽獣相食まんとするの勢にして、食むものは文明の国人にして食まるるものは不文の国とあれば、我日本国は其食む者の列に加はりて文明国人と共に良餌を求めんか
(≒世界は弱肉強食の世の中だ。食べる側は文明国。食べられる側は後進国。日本は食べる側に加わって、世界列強とともに良い餌を食べよう)
◆西洋の文明国と進退を共にし、其支那朝鮮に接するの法も隣国なるが故にとて特別の会釈に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に従て処分すべきのみ。
(≒西洋文明国と一緒になろう。中国や朝鮮に対しても、隣国の礼を尽くす必要はなく、西洋列国と同じように処分すればよい)
◆悪友を親しむ者は共に悪名を免かるべからず。我れは心において亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり。
いやはや、すごいことを言っていますね。

 そして、靖国問題です。
 靖国神社を利用して、愛国心の高揚や、国のために死ねる国民を作り出そうというシステムを最初に提唱したのは、福沢諭吉でした。
 これもやはり時事新報の中に「戦死者の大祭典を挙行す可し」(1895年)というのがあり、これを受けて、戦前の靖国システムが構築されたということです。
◆戦争に備えて死を恐れずに戦う兵士の精神を養うために、可能な限りの栄光を戦死者とその遺族に与えて「戦場に斃るるの幸福なるを感ぜしめざる可らず」(≒戦死することが幸福であると感じさせるようにしなければならない)
◆そのための方策として、「帝国の首都東京に全国戦死者の遺族を招待して、明治天皇自らが祭主となって死者の功績を褒め讃え、その魂を顕彰する勅語を下すこと」こそが、戦死者とその遺族に最大の栄誉を与え、戦死することを幸福と感じさせることになる
 詳しくは高橋哲哉さんの「靖国問題」の第1章を読んで下さい。


ここで福沢諭吉を批判してもしょうがありません。

何がポイントか?

要するに、福沢諭吉を崇拝をしている為政者は、戦前の富国強兵・競争主義・列強帝国政策を理想(願望)とし、これを踏襲したいと思っている、ということに気付くべきだ、ということです。


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ただいま兵庫県の北端にあります城崎温泉に来ております。

「平日なのに言い身分だな!」と聞こえて来そうですが,決して温泉が主たる目的ではありません(・・・とはいえ,従たる目的であることは否定できません。えへへ。)

第39回 近畿児童養護施設研究協議会 兵庫大会(略して「近養協」)
が当地で行われ,どういうわけか門外漢の私も,今日のパネルディスカッションに呼ばれて,来ているのです。

電波の届き具合が悪いため,短文にしますが,私が関わる分科会は,
 「親権,監護権などの法的課題について」
というテーマで,児童養護施設が日々の日常の中で遭遇する,実に悩ましい問題なのです。

「親権」を文字通り「親の権利」と思い込んでいる親が多いですが,
「親権」は,むしろ「親の義務」として捉えるべきものです。

民法にはこう書いてあります。
第820条 親権を行う者は、子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。

 しっかり「義務」と書いてある。

 ただ,民法のツッコミが今一歩足らないところは,親の側から書いていて,主人公である「子の権利」というものが明記されていないところです。
 どうしても,「子の立場から考える」というアプローチを忘れがちになるのは,こういうところにも原因があります。
 まあしかし,日本も批准している(=国内的にも効力がある)子どもの権利条約で,そこのところをフォローすることになります。

 もっとも,今日のシンポで取り上げられるのは,こうした建前論や抽象論ではなく,
  実際の現場で起きている生の出来事
にほかなりません。
 悩ましさや,問題の深さは,講学上の議論とは比べものになるはずがありません。

  ・法律がいかに不出来か,
  ・法律実務がいかに現場から乖離しているか,
  ・形式的な制度論だけで物事がうまく進まないか,

ということが俎上に載せられる場であり,矛先はわれわれ法律家にも向けられていると思って,心して臨んで参ります。


※ついでですが,今日は夏至です。100万人のキャンドルナイトの日です(→参考エントリー

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 表題のテーマ(「賢い消費者になるために」)で、地元の私立女子高に講演に行ってきました。
 弁護士会の「法教育」の取り組みの一環で、一兵卒として派遣されたものです。

 中高生の方々に、眠らないで話を聞いてもらうのは、なかなか至難の業ですので、昨日は、小ネタとして、Youtubeで仕入れた動画を使わせてもらいました。

oriko-.jpg 一見の価値あり、なかなか面白いですよ。

 生徒のみなさんは「キモーイ!」という反応でしたが。

 この動画に沿って、
   暗証番号と預金者保護法の実態
   スキミング被害
   フィッシング詐欺
   デート商法
   架空請求

などの解説をしてきました。

私なりにまとめたポイントは、次のことです。

◆悪徳商法の対策は、
  (1)事前に実態を知っておくこと=予防
  (2)事後の対応を知っておくこと=措置

 (・・・・災害対策と同じです)

◆セールス等の断りのコツは、
    理由やいい訳などを一切せずに
 ただ「いりません」だけを繰り返すだけでよい。

 (・・・・口の上手い詐欺プロとできるだけ会話しない)

◆被害にあったときの相談先を確保しておくこと
 (・・・・救済ツールはたくさんあるのでプロに任せること)


せっかくの機会でしたので、普段は言わないのですが、こんなことも言ってきました。

  ○日本には一人ひとりの財産や安心な生活を保障する憲法がある
       ↓
  ○ところで、市民の生活のルールを定めたのは民法という法律だ
       ↓
  ○しかし、民法は明治時代にできた法律で、人権保障がイマイチ
       ↓
  ○そこで、憲法の人権を実現するために、民法を修正したのが、消費者契約法をはじめとする一連の消費者保護法制なんですよ


と・・・・、ちょっと難しすぎたかも知れませんね。


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自然災害の被災者の生活の再建のために,
公的支援を行うことを定めた法律
  「被災者生活再建支援法」
は,阪神・淡路大震災がきっかけとなってできた法律です。

tyuryuufukkou.jpg この法律を作るとき,市民運動が大きな原動力となりました。
 市民運動の中心役を果たした小田実さんの新著,
   「中流の復興」(NHK生活人新書)
にも,そのときの経過が記されています。
(西宮居住の小田さんは,現在,末期ガンで闘病中ですが,精力的に執筆活動を行い,この6月に本著を刊行されています。)

 この法律ができたこと自体は,当時の国の復興政策に大きな風穴をアケルものとして,本当に大きな意義がありました。

 ただ,残念ながら,この法律は,不出来なところがあります。
   ◆生活の基盤となる「住宅」のための支出が認められていない
   ◆支給要件が無用に細かく複雑で,現実の救済に役立たない

ということです。

 来年,附帯決議に基づいて,被災者生活再建支援法の改正が予定されています。
seikatusaiken.jpg そこで,この機会に,上記の2点の問題を克服するために,日弁連で意見書を出すことにしました。

 私は,この意見書の原案を起案しました。

 日弁連の審議を経て,昨日この意見書を公表し,本日,執行されます。

 驚いたことに,この意見書が,毎日新聞の朝刊一面に取り上げられていました。
 
 たいへん地味な活動ですので,見向きもされないのではないかと諦念もあったのですが,こうして大きく取り上げられ,数ある追い風の一つになったのであれば,ありがたいことです。

 今回の意見書では,一般的に言われていることのほか,次の点を少し工夫してみました。

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 行方不明の年金の問題は、平成18年6月16日に発覚しているので、
  既に1年を経過している
ということが分かりました。

 なんとなく最近になって初めて発覚した問題であるような印象がありますが、そうではありません。
 キッチリ、国会で議論され、社保庁の村瀬長官も、早急になんとかします、と言っていました。

 それから、もはや1年。

 何も変わっていない……、というか、むしろ悪くなっていますね。

 ヤメ蚊さんに教えてもらった事ですが、1年前(平成18年6月16日)の衆議院の厚生労働委員会の議事録を調べてみましたので、引用しておきます。
長妻昭委員(民主党)  我々が相談を受けるケースで非常に多いケースがあるんです。そのケースは何かといいますと、いや、自分は間違いなく、例えば昭和五十年前後には年金保険料を払っていた、あるいは昭和四十五年より前には、あるいは何年より前には必ず払っていたのに、念のため社会保険庁で確認するとその期間は未納になっている。でも、どう考えても払っている。奥さんとも話しても、いや、これは払っているよなと。それで、社会保険事務所は、いや、うちには記録がないから、領収書を持ってきてくださいと。そんな昭和四十年や五十年より前の領収書なんてあるわけ、ある方もいると思いますけれども、なかなか難しいと思うんですね。
 まさか社会保険庁が、そういう払ったデータがなくなってしまうということは、だれもそんな不信感、当時なかったわけでありまして、そういう例がどのくらいあるのかということで、非常にこれは多い話ですので、その推計値を調べていただきました。
 この八ページでございますけれども、これはどういう考え方で資料をいただいたかというと、社会保険業務センター、コンピューターを管理する総本山ですけれども、調べていただいて、つまり、宙に浮いた年金情報ということですね。コンピューター上は過去何年から何年まで例えばAさんが年金保険料を払っていた、しかし、その情報が今現在の方のどなたなのか、どなたが払ったのか、そのレコードが結びつかない。つまり、宙に浮いている年金情報、遺失物みたいなものかもしれません。
 コンピューター上あるけれども、一体だれが払ったのか行方不明になっている年金情報ということで、そういう情報は、例えばその断片的な、宙に浮いた情報でも年齢情報がありますから、今現在でその情報が六十五歳以上の方、つまりもう裁定を済んである程度統合されている、基礎年金番号、平成九年からですけれども、裁定が済んである程度統合されているのが六十五と推定すると、六十五歳以上でちぎれたレコード、つまり宙に浮いた年金情報はどのくらいあるんですかと聞きましたら、厚生年金保険に関して1754万件もある、国民年金に関して589九万件もある、行方不明になっているレコード。(中略)
こういう宙に浮いた年金情報、何件あって、何カ月あって、金額が幾らなのか、こういうことをきちっと調べていただきたいと思うんですが、いかがですか。

村瀬清司政府参考人 (前略)ただ、六十五歳以上八十歳未満の方がどうなっているかということについてはデータ上まだ把握できておりませんので、早急に把握をさせていただきたいというふうに思っております。

当時は、まだ小泉首相でしたが、その後を引き継いだ安倍首相は、就任当初からこの問題をちゃんと知っていた可能性が高いです。

というのは、平成18年9月29日の所信表明演説のときから、この問題を意識したような発言をしています。
平成18年9月29日の衆議院本会議の議事録からの引用です。
○安倍晋三 (前略)どの期間幾ら払い、将来幾らもらえるかを若いときから定期的にお知らせするねんきん定期便の仕組みを一刻も早く整備するなど、親切で国民にわかりやすい年金制度を確立します。(後略)
 知っていながら、正しく知らせていなかった、とすれば大問題でしょうが、国会で議論されながら取り上げなかったマスコミにも問題はあるでしょうね。

ともあれ......

問題発覚して、早急にやります、と長官が言ってから既に1年が経過。
一刻も早く整備をします、と首相が言ってから既に約9ヶ月が経過。

1年経って、来年の今ごろになると、安心・信頼できる状況になっているんでしょうか?
「やります」と言ってから,これだけ経ってるのに。

なんか信じられませんなあ。

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 私のブログは、もともと「きまぐれ雑記」というコンセプトで、たいそうな事柄を書くつもりは全然ありませんでした。
 しかし、どういうわけか社会派的な事柄を取り上げることが多くなってしまっています。

 これは、トラックバックして下さる方々や、コメントをいただける方々に引っ張られているところが多分にあります。
 人と人がつながりあう「ネット」というものの一つの効果なのだなあと思ったりしています。

 私のブログは一日平均500アクセス程度で推移していました。
 ところが、どういうわけか、最近は1000近い日もあり、昨日は1600アクセスもありました。
 ちょっとした驚きです。

 必ずしも、記事の内容に左右されているわけでもなさそうです。
 どうやら、コメント欄で議論が展開されたり、内容が荒れていると、件数が増える傾向があるのかな、と見ています。

 コメントを寄せて下さる方々のうち、3分の1ぐらいの方は、実際に存じ上げている方々で、リアルに気心の知れたみなさんです。
 そして、3分の1ぐらいの方はブロガー同士で、お互いのブログを通じて気心が知れている、と私は受け止めています。
 他方、まったくどこのどなたなのか、全く想像さえつかない方々も3分の1ぐらいいらっしゃいます。

 特に、最近、常連のようにコメントいただく特定の方々は、どこのどなたなのか分からない方々です。

 コメントにはご返事をするのがマナーだと分かっていますが、ほとんどご返事できておりません。申し訳なく思っております。
 ただ、最近いただくコメントには、
    ・やたら長文のもの、
    ・難解で意味がよく分からないもの、
    ・記事の本題からズレているもの、
    ・何とも申し上げようのないもの、
なども多くて、特に長文だったり難解だったりするものは、コメントを読むことさえできていません。
 こうしたコメントをいただく特定の方々は、全員どこのどなたなのか分からず、まったく顔も見えませんし(内容からして、少なくとも同業の方ではなさそうです。)、真意や意図もよく分からないので、失礼を承知でご返事しないままにしています。
 ご容赦いただきますようお願いします。

 ともあれ、話題提供するのが私の役目で、当面コメント欄を主宰する役目を果たすつもりはございません。
 いろいろなご意見をいただけるに越したことは無いので、このペースで行かせていただきます。
 今後ともどうぞよろしく。

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この週末(土,日)には,9条の会の講演に呼んでいただけました。

土曜日は,有名ブロガーのお玉さんらが主催する北区9条ネットという6つの地域9条の会(→たとえば北神戸9条の会)の合同イベントでした。200人規模の気合いの入った集まりで,出掛けていった私の方が驚いてしまいました。

日曜日は,夙川9条の会という地域の10人ほどのこじんまりとした和気あいあいとした集まりで,昨年に続き2度目の参加でした。

こういう形で,キノコのようにあっちこっちにピョコピョコと集まりが生えていくのが,
  「草の根」
の活動の理想型です。

共産党だの社民党だの政党色を脱色して,気軽に集まって憲法のことを語り合うネットワークができていくことを望みます。

さて,せっかくですので作ったレジュメ(というか資料集)をアップしておきます。
中身の説明は,このブログでもボチボチやらせていただくことにします。

憲法が無くなる?国民投票法のカラクリ

 はじめに
 ・私が感じている憲法への親近感

 憲法の役割
 ・立憲主義~本当の意味の憲法(「法の支配」と,形式的な「法治国家」)
 ・法律との根本的な違い
 ・最高価値=個人の尊重
 ・平和は,「政策」ではなく,「権利」であること
 ・国民の「不断の努力」があったか

 政治とは何だろうか
 ・事実に基づくものではない
 ・加藤周一「戦争と知識人」より
   「すべての政府は嘘をつく」(I・F・ストーン)
   「戦争とは嘘の体系である」(カルル・クラウス)
 ・誰が実際に戦争に行くのか~痛みを知らない2世,3世の世襲議員
 ・「美しい国」と福沢諭吉、忠誠心・犠牲,死ぬことの軽さ

 本当の事実を知ること
 ・押し付け憲法論
 ・9条の歴史
 ・歴史を知ること、世界を知ること
 ・例えば映画で
  ~『日本の青空』『硫黄島からの手紙』と『父親たちの星条旗』,
   『あんにょん・サヨナラ』『俺は、君のためにこそ死ににいく』

 国民投票法のカラクリ
 ・報道・表現の自由や運動にさまざまな制限・規制
 ・国民投票の方式
 ・憲法改正の成立要件
 ・手続法としてのお粗末さ、手続法を超える内容
 ・異例の18項目の付帯決議
 ・しかし,まだ全てが終わったわけではない

 憲法喪失前夜を迎えて
 ・新憲法草案は,立憲主義憲法ではない
 ・「公益及び公の秩序」の真の意味
 ・経済の競争主義の徹底
 ・軍隊,政教密着,至上価値の転換
 ・憲法包囲網
 ~教育基本法,国民保護法,監視関連法,各種の海外派遣特措法,共謀罪
 ・わたしたちは,あのときに何をしていたのか
 ・真の意味でわが事として考えること、具体的な想像力

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2007.06.16 パパ的な料理
私の休日の道楽の一つは,パパ的な手料理です。

多くのパパと同じように,煮炊きは苦手で,もっぱらフライパン料理になります。

そうなると,チャーハンの登場回数がどうしても一番多くなりますが,ただフツーに作るだけでは面白くないので,いろんなものをたくさん作ったりします。

tyahan.jpg 写真は,先日作ったチャーハンです。

 手前から順に

 「卵&マヨネーズチャーハン・ソーセージ盛り合わせ」

 「普通のチャーハンにウルトラマントッピング」

 「大人向けのピリ辛ザーサイチャーハン」

であります。

 子どもらは,味に工夫を凝らしたものよりも,ウルトラマンチャーハンが気に入ったことは言うまでもありません。


 先週は,子どもらと一緒にホットケーキを焼きました。
 長男のアイディアで,ミッキーマウスのホットケーキを焼きました。
 (ディズニーランド内のホテルの食堂で,そういうホットケーキを売っているらしい)
micky.jpg

 ミッキーだけではつまらないので,プーさんも焼きました。

pusan.jpg

 どちらも輪郭はよかったが,その後のペンタッチがイマイチでした。

 こんなのを子どもだましというのでしょうね。

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昨日のエントリーで365件目。
1年分の記事を書いたことになります。
毎日続けるのはなかなかしんどいけれども,1年目まではなんとか続けよう!と何となく決めたので,もうしばらく頑張ることにします。


さて,いつも節目には,どーでもいいことを書いていますが,今回もつまらぬことを雑記します。

私の名字は「津久井」ですが,関西ではあまり見かけない名前です。

ですから,電話をして,私が「もしもしツクイですが」と言うと,
受話器の向こうでは,だいたい「クイさんですね」と返してきます。
そんで,私が「ツ」を強調して「クイです」と言うと,
相手は,「ああ,ツイさんですか」と,こうなります。


まあ,こういうやりとりは何十回も経験しているので,慣れていますけど(笑)。

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 6月10日発刊のその日に,
  「とてつもない日本」
という本を買ってきました。
 ポスト安倍の最右翼の麻生太郎氏の著書です。

totetumo.jpg
 どうやら,日本は素晴らしい国であり,駄目な国ではないぞ,ということを言いたいようです。

 書中では,トヨタ,ソニーなどの大企業や,労働者の勤勉さ,ドラえもんやポケモンなどの漫画などを例に引いて,日本の文化の「とてつもなさ」を強調しています。

 確かに,日本という国の功績や文化,人間性など,世界に自慢できる点はたくさんあります。
 もちろん,日本国憲法などは,自慢の一つです。
 そういう意味で,日本の底力はたいしたものだと誇らしく思うときは多々あります。


 ただ,日本の政治は「とてつもなく」低レベルです。
 ですから,そこのところの問題点を指摘する人が多いわけです。
 むしろ,いろいろ意見が出てくるのは,民主主義の成熟性を示すことなので,歓迎すべきことだと思うんですけどね。
 著者は,自分たちに向けられた批判を,日本国に向けられた批判だと勘違いしているのでしょう(巧妙な論理のすり替え?)。

 この本のデキは,「美しい国へ」よりもさらに低いと言わざるを得ません。
 「とてつもない」という大げさなタイトルだけに,内容の空疎さが,より一層際立ちます。

 きっと,以下の部分(同書97頁~)を引用すれば,この本にあらわれた著者の志の低さを感じることが出来るでしょう。
 教育制度自体も,そんな観点で見直さなくてはならないと思うのだ。ご存知のように江戸時代末期,日本が開国した時の国際環境といえば,列強と呼ばれる欧米先進国が,中国をはじめアジアの植民地化を着々と進めている時代であった。(中略)
 だからこそ教育に熱心で,明治十九(一八八六)年には,小学校への就学義務を定めた法令を施行している。明治五(一八七二)年,「邑に不学の戸なく,家に不学の人なからしめん事を期す」という理想を掲げた学制の公布以来,国民皆学に向け,子供を学校に通わせるために腐心し続けた努力の賜物だ。
 結果として,ナポレオンすら勝てなかった当時の超大国・帝政ロシアとの戦争に,維新後四十年を経ずして勝てた。近代国家形成初期において,日本の教育制度が大成功を収めたことは明らかだろう。

 戦争に勝つと,教育は成功したと言える,などと言っています。
 教育は富国強兵の必須アイテムで,教育成果は戦争の勝敗によって検証される,ということですね。

   教育は一人ひとりの人間のためにある
というのではなく,
   とてつもない国を造るためにある
ということを言いたいのでしょう。

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2007.06.14 裁判官の良心
 日本国憲法第76条3項の定めは次のとおり。
すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。
 「良心」「独立」「憲法と法律」がキーワードである。

 袴田事件の第1審の死刑判決の裁判官の一人である熊本典道さんが,ブログをスタートした。
 ブログのタイトルは「裁判官の良心」である。

kumamoto.jpg


 ブログの紹介には「裁判官に間違いはないのでしょうか?裁判官の良心とは? 袴田事件を通して、日本の問題点を私なりに日記にしたいと思います。」とある。

 裁判官が依って立つべき「良心」「独立」「憲法・法律」のうち,一番言葉で説明するのが難しいのが「良心」だろう。


 熊本さんは,「袴田事件をとおして日本の問題点を語りたい」として,まず「基本的人権」についてコメントをしている。

 基本的人権は権力からの独立に根本原理があり,それを明文化したのが憲法であり,それを具体化するものが法律である,ということだとするならば,
   基本的人権を実現・擁護していく姿勢
というのが「良心」の中身ではなかろうか。

 熊本さんのブログを通じて,「裁判官の良心」が何であるかを,あらためて考えてみたい。

(※なお,私の以前のエントリー「元裁判官の覚悟~袴田巌冤罪事件」もよろしくお願いします。)

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なんとか無理して時間をひねり出して、
 映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」を観てきました(→公式サイトはこちら応援ブログはこちら

20070613003134.jpg 私は、この映画が封切される前に、「この映画は戦争美化しているのではないか」と批判したことがありますが
(→「石原慎太郎脚本・総指揮の戦争美化映画」/こちらです)、
このコメントは撤回しようと思います。
 この映画は、戦争の悲惨さや、悲しみなどをリアルに描写しようと努めているので、「戦争美化」というのは言い過ぎだと思ったからです。

 一方で、他の方々のブログなどの感想をお聞きすると、
    とにかく涙が出て止まらなかった
という人が多いようです。
 しかし、私は1滴も涙が出ませんでした(ちなみに、私は、最近は、子どもと一緒に観るドラえもんやクレヨンしんちゃんでも落涙してしまうのが現状ですので、必ずしも感性が乏しいわけではない。)。

 なぜ涙が出なかったか?それは,無性に腹が立ってきたからです。

 この映画を観ながら、腹が立ち胸苦しい嫌悪感を感じたのは、
    「自分で死ぬこと」を極端に美化している
というところです。 

 特に3点だけ気になって仕方がないシーンがありました(一部ネタバレご容赦をば)。

 1 死ぬことの「美しさ」を強調する演出がふんだんになされている
  (→だから、私は生理的に嫌悪感を感じてしまったのでしょう)

 2 特攻隊の青年将校らが、心から「靖国神社で会おう」と誓い合う
  (→マインドコントロールされた若者の姿が、気の毒で、歯痒くてならなかった)
  (→高橋哲哉さんの「靖国問題」を読めば私の歯痒さが分かります)


 3 特攻を命じた大西瀧治郎海軍中将が最後に責任を取って切腹する
  (→責任者が自殺して問題点をうやむやにするのは絶対に許せない!怒!)


◆死は「悲しい」もの(マイナスイメージ)であって、「美しい」もの(プラスイメージ)ではない!
(なお、安倍氏の著書「美しい国」にも、死を「美しい」とするコメントあり)

◆だから、(病気の場合は別として)自分で死を選ぶことは正しくない!

◆まして,国家のために、自決するというのは、あってはならない!
(なお、靖国神社は、本来、悲しいはずの死の感情を美徳に転じさせる装置)

◆さらに、責任者が「責任を取るために」などと言って、現実から逃げて自殺するなどというのは、もってのほかで、絶対に許されざること。
 
 

 なお、この映画の総指揮者である石原慎太郎氏は、松岡農水大臣が自殺した際、
 「松岡大臣は死をもって罪を償った。彼もサムライだった。」
などというおかしなコメントしていましたが、そういう発想でこの映画を製作したのであるなら、この映画は、スタンス自体がおかしかったのだろうと言わざるを得ません。

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2007.06.12 日勤教育
 いよいよ今月末には、事故調査委員会の最終報告書が発表される見通しである。

 新聞報道によると、懲罰的な日勤教育が、運転手の異常心理を誘発させたというところに、一つの重点が置かれるようだ。
 以下は昨日の神戸新聞の記事の一部である。
日勤教育が背景要因 最終報告で指摘へ 尼崎JR脱線

 百七人が死亡した二〇〇五年四月の尼崎JR脱線事故で、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会は十一日までに、JR西日本による「日勤教育」が運転士=死亡当時(23)=の心理状態に影響し、事故の背景要因になったとして、同社に改善を求める「所見」を最終報告に盛り込む方針を固めた。

 最終報告では、懲戒的な性格がうかがわれるJR西日本の運転士らの管理方法について問題点を厳しく指摘する見通し。事故調委は、報告取りまとめに向け集中審議に入っており、早ければ六月末にも公表する。

 最終報告では、交信に気を取られた理由について、運転士が過去に三回計十八日の日勤教育を受け「嫌だ」「厳しい」と話していたことなどを挙げ、ミスで日勤教育を課されるとの精神的な重圧を感じていたとの見方を示す見込み。

 JR西は、事故調委が二月に開いた意見聴取会で「日勤教育は必要かつ有益」と主張。五月に最終報告書案への見解を示す手続きの際も、同様の回答をしたとみられる。

 これに対し事故調委は、草むしりや就業規則の書き写しをさせることもあった日勤教育のやり方について、技術面より精神面に偏り、懲罰的な側面が運転士を心理的に追いつめ、事故の遠因となったとして改善を求める所見を盛り込む見通し。所見は、勧告や建議と異なり法令上の規定ではないが、事故調委の意見として報告書に明記される。


 実は、兵庫県弁護士会では、事故の起こる1年前(2004年)に、
日勤教育を受けた姫路鉄道部の運転士(43才)から人権救済の申立てを受けている。
「折り返し運転で停車中に車両を離れて雑談した」などとして戒告処分を受けた上、約1カ月間花壇の草むしりや就業規則の書き写しをさせられたとの申立ての内容である。
 兵庫県弁護士会の人権委員会は慎重な調査を経た結果、JR西日本神戸支社に人権侵害行為をしないよう勧告をした

 懲罰的な日勤教育が、今回の事故の主因だとすると、この勧告が生かされなかったということになるので、遺憾の極みである。

 ここのところ、事故当時の役員の引責辞任、車掌の手記発表、という形で、2年が過ぎて、ようやく「当たり前のこと」が、実現されつつある。
 事故調の報告も、遺族・負傷者はもちろん、多くの市民が納得できる「当たり前のこと」が、きちんと指摘された内容となることを望みたい。

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一日前プロジェクト、というのを知っていますか?
昨日、ブログの左の「最新ニュース」に出ていて、初めて知りました。

1nitimae.jpg


こちらです。
「災害の一日前に戻れるとしたら、あなたは何をしますか」
と、地震や水害などの被害に遭われた方々に問いかけました。
「タンスがあんなに簡単に倒れてくるなんて思わなかった。」
というお話や、
「家族と連絡が取れずとても不安だった。」
というような体験談から、私たちは何かを学びとることができるでしょう。
というのが、内閣府の「災害被害を軽減する国民運動のページ」に出ています。

これはなかなか実際的で、想像力を育て、役に立つ取り組みだと思います。

災害・防災の教育は、どれだけ具体的に事態を思い描けるかという想定力が本質だと思います。
そういう意味では、こんな取り組みが各所で行われるのは、よいことだと思います。
この物語やイラストは自由に活用していただいてかまいません。

企業の「社内報」や地域での「広報」にコラムとして掲載していただくなど、幅広く活用していただくことを期待しています。
とのことです。
 早速、私もお知らせさせていただきました。

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IMG.jpg兵庫県弁護士9条の会等が主催した、
 高橋哲哉さん
の講演に行ってきました。


いやあ~、たいへん素晴らしい内容でした。

IMG_0001.jpg
とても大切な事柄を、鋭い視点で切り、分かりやすく整理し、明快に語ってくださいました。

320人が詰めかけた会場も拍手の渦でした。

私が、特になるほど~っ!と感じたのは、次の点です。

1 日本が、現在、どうなっているのか。
 戦前の軍事国家の三種の神器である、「軍隊」「靖国神社」(国のために死ぬことを美化する装置)と「愛国心教育」(愛国忠誠心を養うシステム)を、再び復活させ、戦前と同じ状態に戻りつつあるということ。

2 戦前の集団的自衛権(対象はナチスドイツやイタリア)の有様を、当時の靖国神社での映像を通じて、分かりやすく伝えてくれたこと。
(映像は、映画「あんにょん・サヨナラ」です。釜山国際映画祭で最優秀韓国ドキュメンタリー賞受賞!→こちらをどうぞ

3 憲法9条は、戦後も軍隊によって辛酸を舐め続けている沖縄でこそ、まず「実現」をしていく必要があること。
(単に「9条を守れ」ではなく、「9条を実現しよう」というアピールに感激した)

4 軍隊は、国民を守るものではなく、国体を守るもので、むしろ一定数の国民の犠牲(屍)を前提にした仕組みであるということ。
(私の過去エントリー→こちら もどうぞ)


 そして、今日の講演の何よりのおみやげは、この法律を全国家で成立させれば、世界から戦争は絶対に無くなること請け合いの法律(戦争絶滅受合法案;せんそうぜつめつうけあいほうあん)の紹介です。
 この法案は、デンマーク陸軍大将フリッツ・ホルムが起草し制定を促すべく各国へ配布したものだそうですが、これを大正デモクラシーの評論家・長谷川如是閑(にょぜかん)が、雑誌『我等』の巻頭言(1929年1月号)で、紹介したのだそうです。
戦争絶滅受合法案

 戦争行為の開始後又は宣戦布告の効力の生じたる後、十時間以内に次の処置をとるべきこと。
 即ち下の各項に該当する者を最下級の兵卒として召集し、出来るだけ早くこれを最前線に送り、敵の砲火の下に実戦に従わしむべし

一、国家の元首。但し君主たると大統領たるとを問わず、尤も男子たること。

二、国家の元首の男性の親族にして十六歳に達せる者。

三、総理大臣、及び各国務大臣、並びに次官

四、国民によって選出されたる立法部の男性の代議士。但し戦争に反対の投票を為したる者は之を除く。

五、キリスト教又は他の寺院の僧正、管長、その他の高僧にして公然戦争に反対せざりし者。

上記の有資格者は、戦争継続中、兵卒として召集さるべきものにして、本人の年齢、健康状態等を斟酌すべからず。但し健康状態に就ては召集後軍医官の検査を受けしむべし。
以上に加えて、上記の有資格者の妻、娘、姉妹等は、戦争継続中、看護婦又は使役婦として召集し、最も砲火に接近したる野戦病院に勤務せしむべし。


戦争が始まったら、まず、天皇、大臣、国会議員で戦争に賛成した者、戦争を止めなかった宗教家の順に、一兵卒として最前線に行け!という内容です。
年齢や健康は関係なく、家族も含めて、まず一番危険なところへ自ら行け!ということです。

笑ってしまいましたが、現実には、絶対に戦争を起こす側の人々は戦争の危険から離れて安全に暮らしているという実情を、非常に上手く皮肉ったものですよね。

「戦争はペテンだ」と説いた米軍の名将軍バトラーも「戦争という「いかがわしい商売」をなくすには、まず戦争の仕掛け人や戦争で儲かる連中を徴兵し、彼らに一般兵と同じ給与を払い、同じように塹壕で寝泊まりさせるべきだ」と言っていたそうです。
まったく同じ考えでしょう。

要するに戦争やるんなら、一人ひとりの兵隊の身になってみろ!ということでしょう。
(これって、一人ひとりの立場を尊重しろ!という憲法13条の個人の尊厳の原理からも導けそうですね。)


その他、すべてをお伝えするには余力がありません。
高橋先生の講演録は、3年前の大分湯布院のものがあるので(→こちらです)、こちらをご覧ください。
 丸山和也弁護士が自民党から出馬要請を受けているとのこと。
 丸山弁護士の平素のスタンスからすれば、自民党から立候補することも十分考えられるところです。

 仮に橋下徹さんが立候補するとしても、自民党選出になるんでしょうね。


 実際、弁護士が政治家に転身する例は少なくありません。

 ただ、弁護士業界の中にあっては、政治家を志す人は、極めてマイノリティです。

 だいたいの弁護士は、政治に対して強いアレルギーがあります。
 というか、弁護士は、司法の一翼を担う以上、政治の世界と一線を画して活動することが美学であるぞ!という雰囲気があります。

 かく言う私も、ブログであれこれ言ってますが、正直言うと、政治のことについてあれこれ言うのは、少なからぬ抵抗感があります。


 憲法の問題について、弁護士同士で日常的に話をする機会はたいへん少ないです。

 憲法の帯びる政治臭が、弁護士を遠ざけているのかも知れません。

 こういう状況は、世間の人からすると意外感があるでしょうね。

 せっかく憲法を勉強した専門家がたくさんいるのに、雰囲気に影響されて、沈黙を決め込んでしまう、というのは実にもったいないのと思うのですが。


 ところで、兵庫県弁護士会では、5月23日に「兵庫県弁護士政治連盟」というのを立ち上げました。

 いわゆる弁護士による政治連盟です。

 この政治連盟は、日弁連や各単位弁護士会とは一線を画した別組織ですが、幹部は、日弁連などの役員経験者が務めています。

 政治家とのつながりを持ち、弁護士らの意見を国政に反映させようというのを目的にしています。

 ただ、その存在は、極めて地味です。
 日弁連などが表に出て、弁政連は裏方です。
 略称「弁政連」で、Google検索してみても、「弁理士」の政治連盟がヒットするだけで、弁護士の政治連盟は検出されません。思わず、笑ってしまいました。

 私も、今般、兵庫県の弁政連の理事の一人になりましたが、今のところ参加者も少なく、滑り出しは少々地味と言わざるを得ません。

 弁政連は、弁護士仲間から見ると、与党寄りの組織と思われているようです。
 ただ、そこは、やはり弁護士の政治嗅覚の鈍感さのためか、与党的な政治力はほとんどありません。

 ある地区の弁政連の発足パーティーで、地元議員を呼んで懇談会を行ったときに、自民党議員から
 「共産党議員と同じテーブルを囲むような場を設けるとは、弁護士のみなさんは非常識だ」
などと、冗談か本気か分からないことを言われたというエピソードもあるようで。


 こんな政治オンチ的なところも、弁政連の特色です。

社会保険庁の解体法案をきっかけに,年金問題が注目を集めることとなりました。

郵政法案なんかより,とっても大事な問題だと思いますが,ちょっと視点を変えてみると,これまで起きていたいろんな問題の応用問題のように思えてきます。

 年金事業は,国が直接に責任を負っていましたが,これからは特殊法人に仕事を移してしまうので,国は直接の責任を負わなくなります。
 国の責任は,
   直接責任→監督責任
という軽いものに変わります。要するに年金の民営化ですね。

 行政の事業を民営化した結果生まれたものとして,
    ◆建築確認業務の外部委託による耐震偽装問題
    ◆国鉄の民営化による利益至上主義で脱線事故
    ◆農水省から切り離した緑資源機構の談合問題

があります。


 5000万件の記録漏れなど,年金事務のいいかげんさが問題視されていますが,このような事態が起きたのは,
   一人ひとりの国民の利益  全体の仕事を終えること
という発想で,「やっつけ仕事」を繰り返してきたことの積み重ねですね。

 一人ひとりの権利よりも,全体の処理を優先させようという発想は,
    ◆厚生省の極端な限定主義(基準からちょっとでも外れると切り捨てる)
    ◆ニート,ダメ教師,非行少年など,人間の切捨てだけでフォロー無し
    ◆全体主義を強調しようとする教育改革の方向性

と同じ路線上にあるように思えます。


 年金の不安は,これから高齢者が増大して,本当に将来自分たちに十分な年金が支給されるのだろうか,というところに本質があります。
 つまり,事の本質は,
   年金の財源の問題
ではないですか。これは,日本年金機構に移したからといって解決する問題ではありません。

 あてもないのに「絶対に大丈夫」などと言ってお金だけ集めて,本当のところがどうなのか分からないというところは,
    ◆ネズミ講やマルチ商法など無限連鎖集金の破綻の構図
    ◆絶対大丈夫と思っていた大手銀行や大手生保の倒産

と同じではありませんか。


 時効が問題なると一夜漬けで特例法を作って本質から逃げ,追及を受けると菅厚生相や歴代社保長官が悪いと犯人探しをし,諸悪の根源は社会保険庁だから早く潰してしまえ,という発想もおかしいですよね。これって,木を見て森を見ない,
   トカゲの尻尾切りの論理
であり,適当にお茶を濁して逃げちゃおうという煙巻き戦法です。 

 根本の原因に迫らせずに,死んで逃げちゃおうというのが,
    ◆自殺で事のうやむや化を図った松岡農水相
の姿勢そのものです。


どれもこれも,論理必然というわけではありませんが,どうしても頭の中で重なり合ってオーバーラップするのです。

確かに,年金問題を「政争の具」にするのは愚の骨頂ですが,
しかし,年金問題を「具」に,社会や政治のことを考える良い機会だと思います。


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 映画「日本の青空」を観てきた。
paufu.jpg

 本当に分かりやすく,また,ストーリーとしても面白い映画だった。

 憲法学者鈴木安蔵氏の 「憲法草案要綱」起草までの経過と,
 日本国憲法が制定されるまでの経過が,
うまく絡まって,どうしてこういう憲法が出来たのかを,実に説得的に映し出していた。

panfu2.jpg 「日本の青空」というタイトルは,
ポッカリ空いた「空白」であって,
実は憲法9条のことを指している,
ということも映画を観てはじめて分かった。
(どういう趣旨なのかは,まあ映画を観て下さい。)

これらはパンフの一部だが,パンフだけ読んでも勉強になる。
(※個人的には,松本烝治大臣役と,白州次郎役(宍戸開)がなかなかの好演だったと思う。)
(※パンフには私の名前も小さく出てます。購入されたらご確認いただければ幸いです。)


 その後,大阪弁護士会の図書館に行ったところ,偶然,鈴木安蔵氏の著書を数冊見つけた。
 戦前のものや,映画中に登場した著書もあった。

 しかし,私が目を付けたのは,「新憲法 解説と批判」である。
suzukikenpo2.jpg suzukikennpo.jpg

 この本の発行は,昭和22年5月1日。憲法施行の直前だ。
 この時期に,憲法の実質的な起草者である鈴木安蔵氏が
     「解説」
を行うのは,まさに実質的作者であることを裏付けていると言えるが,
     「批判」
というのは,どういうことか?

suzukikenpo3.jpg その疑問は本文を読んで,すぐに氷解された。
 冒頭の序言は次のようにある
「日本国憲法は公布された。
 それは,日本再建の根本基準を規定したものであるが,現実に,はたして真の民主主義日本,平和国家日本が実現されるかいなかは,この憲法が,いかに運用されるかに,かかっている。
 そしてその運用のいかんは,全国民が,この憲法を,どのやうに解するか,に過半がかかっている。われわれは,冷静に厳粛に,新憲法制定の意義,新憲法の根本精神・原則を,先づ正しく理解することに努力しねばならない。」

 そして,最後にはこう書いて締め括っている。
「国民こそが統治権の根源であり,総覧者となったのであって国民の責任今日のごとく重大なるはないのである。」
 つまり,成文としての憲法は,自らの手で十分なものが出来たと自負しているが,そこに書かれているとおりの国家と成り得るかどうかは,
  ◆今後の運用
  ◆国民の理解

にかかっている,ということを主張しているのである。

 「批判」というのはどういうことか。文中には,憲法制定時の国会での政府答弁に対する批判や,
憲法99条(憲法尊重擁護義務)の解説部分では,「かかる規定の当然の結果として憲法違反をなした公務員を弾劾処罰する法律および機関が明記されるべきであったとおもふ」と述べ,さらに憲法思想の徹底をすべきだった(=まだ生ぬるいぞ!)と意見しているのである。

 これを読んで,やはり鈴木安蔵氏が,日本国憲法の生みの親であることを確信した。

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ここのところ更新をしていないのは,ネタがないからではありません。
お伝えしたいことが多すぎて,一杯いっぱいになっているからです。
   ◆JR事故での補償問題を考える会の立ち上げ
   ◆世を騒がせている年金問題のこと
   ◆映画「日本の青空」を観た感想など
   ◆当番弁護士(刑事)に出掛けてたくさん接見したこと
   ◆パソコンを買い換えたこと
   ◆憲法のこと 
   ◆新たに食べたラーメンのこと....等々

いっぱいありすぎて,パンクしそうなのです。
一度あらためてどわ~っとアップします。

最近は,コメント欄で,あゆさんが積極的に発言して下さるなどして,盛り上がっていますね。
管理者自身は,話題提供をするだけで,ちゃんとご返事が出来ず申し訳ないのですが,
みなさんで活発な意見交換をしていただいているのは,有り難い限りです。



 さて,本題です。
 本日,私は,サンテレビの「ニュースシグナル」(→案内はこちら)の出演当番の日で,「法律シグナル」のコーナー(→こちら)で,「災害と法律」というのをお題に,コメントをする予定にしています。

 それで,今日のテレビ欄を確認したところ,本日のニュースシグナルの特集は,
   「震災の記憶を次世代へ…神大生が伝える」
となっていました。
 これは,神戸大学の「学生震災救援隊」のみなさんが,毎年この時期に,地域の方々と一緒になって,
 「灘チャレンジ」
というイベント(地域のお祭りみたいなもの)をやっていて,それを取り上げたものす。

 実は,私も,平成7年の震災当時(弁護士になる直前)に,「学生震災救援隊」に入りまして,震災ボランティアの真似事などに携わったことがあります。

 最近は,すっかりご無沙汰なのですが,この時期になると「灘チャレンジ」があるので,当時のことを思い出します。
 たまたまその特集の日に当たったので,嬉しくなりました。

nadatya.jpg もう既に,現役の学生さんたちとは,十数年も年齢差があって,「ワシもおっさんになったなあ」などとしみじみ感じますが,
 震災から十数年経っても,ず~っと変わらずにやり続けていることには敬意を表しなければなりません。
 学生さんは,次々に替わっていくのに,大事なことはきちんと受け継がれていることにも,拍手を送りたいです。

(年金は,同じ庁なのに,大臣や長官が替わって,大事なことが引き継がれていないのですが・・・・)

 灘チャレンジのことは,
   正式HPはこちら
   ブログはこちらや,こちら
   記事などはこちらや,こちら
をどうぞ。

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私は神戸大学の出身です。
今,事務所には神戸大学の学生さんにアルバイトに来てもらっています。
事務所の来期新人採用についても,神戸大学のロースクール出身の方が申し込みに来られることが多いです。
こうしてみると,出身の地元で仕事をするのも良いものです。

私の知人のご子息も,神戸大学法学部に通っています。 
知人から,ご子息から是非にとのことで,以下のプレゼントをいただきました。
20070606073520.jpg20070606073533.jpg20070606073507.jpg

神戸大学オリジナル緑茶
だそうです。

神戸のメリケン波止場の様子がきれいに飾られています。この右隣に,藤原紀香が披露宴をやったホテルオークラがあるのですが,公共施設ではないので,カットから外したんですかね。
20070606073545.jpg
 ただし,オチがあります。
 中身の緑茶は,「静岡県産茶葉使用」とのこと。
 まあ,そりゃあそうだわね。
 神戸なら,南京町の中華街ウーロン茶なんかを入れたらいいでしょうに。


なお,
   神戸大学ビーフ(→こちらをどうぞ
は,正真正銘,神戸大学農学部が育てた牛の肉です。
 ただし,一般販売は,地元神戸ではなくて,東京日本橋の三越本店で行っているそうで,これまたオチです。

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文字色 JR福知山線脱線事故について,事故から2年が過ぎて,JR西日本は,事故当時の取締役がようやく引責辞任などに及ぶことになった。

 しかし,他方で,遺族・負傷者に対して示談を求めるプレッシャーは,日々,強まっている。

 JRは,損害賠償責任を負っているので,「賠償交渉」というのが正しいのであるが,どういうわけか「補償交渉」という言い方が一般的に広まっている。 
(「補償」というのは責任のない場合に金銭補填することを言うので,本当は,こういう場面で使うのは,本当は正しくない。まあしかし,言葉にこだわってもしょうがないので,普段は「補償交渉」という言葉を使っている。)

 JRとの交渉を通じて,JRが言うには,
   ◆100%の責任があり,誠心誠意を尽くす
   ◆基準を上回る補償をする
   ◆消滅時効の主張はしない

とのことであるが,具体的な内容は,いかがなものだろうか。

 漏れ聞く限り,必ずしも現在の進め方は,被害者にとって良いものだとは思えない。
 人によっては,納得できる内容の場合もあるが,人によっては,かなり厳しい内容を突き付けられている例もある。


 どうしてそうなるのか?

 JR西日本は,一方的に自社の補償基準を作り,その基準に各被害者のケースを当てはめて交渉を行っているのだ。
 そして,その基準は一人歩きして,あたかも絶対の基準のようにして押し付けてきている。
 だから,人によっては十分であったり,極めて不十分であったりするのだろう。

 この進め方については,大きく3つの問題がある。

(1)基準そのものについて被害者の意見を聞き入れていない
(2)損害は,被害者の実情から考えるべきなのに,基準が先にありきになっている
(3)示談よりも先にやるべきことがあるのではないか


 私はこれらの問題をクリアーしないと,
真の納得が得られないケースも出てくるのではないかと懸念する。

 示談交渉など誰も好んで行うものはいない。
 多くの遺族は,到底,そんな気持ちになれないというのが本当だろう。
 少なくとも交渉のタイミングも含め,イニシアチブは被害者が持つべきだ。

 今般,主として負傷者で支え合うつどいの場から「補償交渉を考える会」が立ち上がろうとしている。
 これをきっかけに,被害者が,主体的に交渉にかかわり,真の意味で納得の得られる解決に至れるようになれば,と思う。

読売新聞記事より
補償交渉を考える勉強会、来月開催

 JR福知山線脱線事故の負傷者を支援するNPO法人「市民事務局かわにし」主催の20回目の「負傷者のつどい」が2日、兵庫県川西市であり、JR西日本との示談交渉に臨む人に基礎的知識を身につけてもらう有志による勉強会「補償交渉を考える会」を来月1日に開くことが決まった。

 支援弁護士によると、JR西の示談交渉は、一般的な交通事故の損害賠償算定基準をベースにしており、治療費の支払いでは、後遺症の痛みを和らげるのに必要な治療や、整体など医療行為以外の施術費を原則認めていない。このため、負傷者らは「事情に応じて柔軟に対応すべき」と訴えている。

 「考える会」は月1回開き、臨床心理士らも出席。津久井進弁護士は「納得がいく示談ができるようサポートする」と話す。問い合わせは三井ハルコさん(072・774・7333)。
(2007年06月03日 読売新聞)


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