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これが,今国会で与党(自民党・公明党)が衆議院に提出している被災者生活再建支援法の改正案です(提出日平成19年10月12日)。

ごくごく簡単に言うと,

  ◆支給上限や,全壊半壊の区別など,支給枠はそのままにした上で,
 
  ◆使途にかかわらず上限300万円を見舞金的に渡し切りにして, 

  ◆遡及適用はしないが,能登半島地震と新潟中越沖地震には,別途対応をする

という内容です。

 これまで噴出していた瑣末かつ多数の問題点を,見舞金的な扱いにすることで一掃し,「使い勝手をよくする」という目標を,シンプルに実現しようという内容です。たいへん現実的かつ即効力のある内容で,私などは,目からウロコが落ちました。
 ただ,遡及適用については別枠にしているところと,上限額について民主党案よりも低額になっているところがあるので,検討の必要があります。

 まず,分かりやすい「要綱」の方を示します。
   被災者生活再建支援法の一部を改正する法律案要綱
第一 目的の改正
  被災者生活再建支援金(以下「支援金」という。)の支給制度の充実を図ることに伴い、法律の目的を、「自然災害によりその生活基盤に著しい被害を受けた者であって自立して生活を再建することが困難なものに対し、都道府県が相互扶助の観点から拠出した基金を活用して被災者生活再建支援金を支給するための措置を定めることにより、その自立した生活の開始を支援し、もって住民の生活の安定と被災地の速やかな復興に資すること」に改めるものとすること。                  (第一条関係)
第二 被災世帯の定義の改正
  被災世帯とは、政令で定める自然災害により被害を受けた世帯であって一から四までに掲げるものをいうものとすること。
 一 当該自然災害によりその居住する住宅が全壊した世帯           
 二 当該自然災害によりその居住する住宅が半壊し、又はその居住する住宅の敷地に被害が生じ、当該住宅の倒壊による危険を防止するため必要があること、当該住宅に居住するために必要な補修費等が著しく高額となることその他これらに準ずるやむを得ない事由により、当該住宅を解体し、又は解体されるに至った世帯                              
 三 当該自然災害により火砕流等による被害が発生する危険な状況が継続することその他の事由により、その居住する住宅が居住不能のものとなり、かつ、その状態が長期にわたり継続することが見込まれる世帯                                  
 四 当該自然災害によりその居住する住宅が半壊し、基礎、基礎ぐい、壁、柱等であって構造耐力上主要な部分として政令で定めるものの補修を含む大規模な補修を行わなければ当該住宅に居住することが困難であると認められる世帯(二及び三に掲げる世帯を除く。第三において「大規模半壊世帯」という。)
                                       (第二条第二号関係)
第三 支援金の支給要件及び支給内容の見直し
 一 都道府県は、当該都道府県の区域内において被災世帯となった世帯(当該世帯に属する者の内閣府令で定めるところにより算定した収入の合計額が八百万円を超えるものを除く。)の世帯主に対し、当該世帯主の申請に基づき、支援金の支給を行うものとすること。     (第三条第一項関係)
 二 被災世帯(被災世帯であって自然災害の発生時においてその属する者の数が一である世帯(五において「単数世帯」という。)を除く。以下第三において同じ。)の世帯主に対する支援金の額は、百万円(大規模半壊世帯にあっては、五十万円)に、当該被災世帯が1から3までの一に掲げる世帯であるときは、それぞれ、1から3までに定める額を加えた額とするものとすること。     
  1 その居住する住宅を建設し、又は購入する世帯 二百万円
  2 その居住する住宅を補修する世帯 百万円
  3 その居住する住宅(公営住宅法第二条第二号に規定する公営住宅を除く。)を賃借する世帯 五十万円      (第三条第二項関係)
 三 二にかかわらず、被災世帯が、同一の自然災害により二の1から3までのうち二以上に該当するときの当該世帯の世帯主に対する支援金の額は、百万円(大規模半壊世帯にあっては、五十万円)に二の1から3までに定める額のうち最も高いものを加えた額とするものとすること。 (第三条第三項関係)
 四 二及び三にかかわらず、第二の三に該当する被災世帯であって政令で定める世帯の世帯主に対する支援金の額は、三百万円を超えない範囲内で政令で定める額とするものとすること。(第三条第四項関係)
 五 単数世帯の世帯主に対する支援金の額は、二から四までを準用するものとすること。
                                       (第三条第五項関係)
第四 施行期日等
 一 この法律は、公布の日から起算して一月を超えない範囲内において政令で定める日から施行するもの
とすること。                                (附則第一条関係)
 二 この法律による改正後の支援金の支給制度は、この法律の公布の日以後に生じた自然災害に係る支援金の支給について適用し、公布日前に生じた自然災害に係る支援金の支給については、なお従前の例によるものとすること。                            (附則第二条関係)
 三 その他所要の規定の整備を行うものとすること。              


続いて,提出されている法案を示します。

  被災者生活再建支援法の一部を改正する法律案

 被災者生活再建支援法(平成十年法律第六十六号)の一部を次のように改正する。

 第一条中「経済的理由等によって」を削り、「支援する」を「支援し、もって住民の生活の安定と被災地の速やかな復興に資する」に改める。

 第二条第二号中「、その居住する住宅が全壊した世帯その他これに準ずる程度の被害を受けたと認められる世帯として政令で定めるもの」を「被害を受けた世帯であって次に掲げるもの」に改め、同号に次のように加える。

  イ 当該自然災害によりその居住する住宅が全壊した世帯

  ロ 当該自然災害によりその居住する住宅が半壊し、又はその居住する住宅の敷地に被害が生じ、当該住宅の倒壊による危険を防止するため必要があること、当該住宅に居住するために必要な補修費等が著しく高額となることその他これらに準ずるやむを得ない事由により、当該住宅を解体し、又は解体されるに至った世帯

  ハ 当該自然災害により火砕流等による被害が発生する危険な状況が継続することその他の事由により、その居住する住宅が居住不能のものとなり、かつ、その状態が長期にわたり継続することが見込まれる世帯

  ニ 当該自然災害によりその居住する住宅が半壊し、基礎、基礎ぐい、壁、柱等であって構造耐力上主要な部分として政令で定めるものの補修を含む大規模な補修を行わなければ当該住宅に居住することが困難であると認められる世帯(ロ及びハに掲げる世帯を除く。次条において「大規模半壊世帯」という。)

 第三条を次のように改める。

 (被災者生活再建支援金の支給)

第三条 都道府県は、当該都道府県の区域内において被災世帯となった世帯(当該世帯に属する者の内閣府令で定めるところにより算定した収入の合計額が八百万円を超えるものを除く。)の世帯主に対し、当該世帯主の申請に基づき、被災者生活再建支援金(以下「支援金」という。)の支給を行うものとする。

2 被災世帯(被災世帯であって自然災害の発生時においてその属する者の数が一である世帯(第五項において「単数世帯」という。)を除く。以下この条において同じ。)の世帯主に対する支援金の額は、百万円(大規模半壊世帯にあっては、五十万円)に、当該被災世帯が次の各号に掲げる世帯であるときは、当該各号に定める額を加えた額とする。

 一 その居住する住宅を建設し、又は購入する世帯 二百万円

 二 その居住する住宅を補修する世帯 百万円

 三 その居住する住宅(公営住宅法(昭和二十六年法律第百九十三号)第二条第二号に規定する公営住宅を除く。)を賃借する世帯 五十万円

3 前項の規定にかかわらず、被災世帯が、同一の自然災害により同項各号のうち二以上に該当するときの当該世帯の世帯主に対する支援金の額は、百万円(大規模半壊世帯にあっては、五十万円)に当該各号に定める額のうち最も高いものを加えた額とする。

4 前二項の規定にかかわらず、前条第二号ハに該当する被災世帯であって政令で定める世帯の世帯主に対する支援金の額は、三百万円を超えない範囲内で政令で定める額とする。

5 単数世帯の世帯主に対する支援金の額については、前三項の規定を準用する。この場合において、第二項及び第三項中「百万円」とあるのは「七十五万円」と、「五十万円」とあるのは「三十七万五千円」と、第二項中「二百万円」とあるのは「百五十万円」と、前項中「三百万円」とあるのは「二百二十五万円」と読み替えるものとする。

 第五条中「額の算定基準」を「申請期間、支給方法」に改める。

 第七条第一号中「第三条」を「第三条第一項」に改める。

   附 則

 (施行期日)

第一条 この法律は、公布の日から起算して一月を超えない範囲内で政令で定める日から施行する。

 (支援金の支給に関する経過措置)

第二条 改正後の被災者生活再建支援法第三条第一項の規定は、この法律の公布の日(以下「公布日」という。)以後に生じた自然災害により被災世帯となった世帯の世帯主に対する支援金の支給について適用し、公布日前に生じた自然災害により被災世帯となった世帯の世帯主に対する支援金の支給については、なお従前の例による。

 (内閣府設置法の一部改正)

第三条 内閣府設置法(平成十一年法律第八十九号)の一部を次のように改正する。

  第四条第三項第十一号中「第三条」を「第三条第一項」に改める。

     理 由
 被災者の居住の安定の確保による自立した生活の開始の支援等の充実を図るため、被災者生活再建支援金の支給対象を被災世帯の世帯主の年齢にかかわらず収入合計額が八百万円以下である被災世帯の世帯主とし、被災者生活再建支援金の額について百万円に、居住する住宅を建設し、若しくは購入する世帯については二百万円、居住する住宅を補修する世帯については百万円又は居住する住宅を賃借する世帯については五十万円を加えた額とする等の措置を講ずる必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。

   本案施行に要する経費

 本案施行に要する経費としては、平年度約四億五千万円の見込みである。

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これが,今国会で民主党が参議院に提出している被災者生活再建支援法の改正案です。
(森ゆうこ議員外6名が,平成19年 9月28日に提出)

ごくごく簡単に言うと,

  ◆これまでの支給の基本的な仕組みは,そのままにした上で,
 
  ◆年齢要件廃止,半壊世帯への適用など,要件を緩和し, 

  ◆支給総額の上限を,300万円→500万円に増額し,

  ◆能登半島地震と,新潟中越沖地震に,遡及適用する,

という内容です。

 これまで,多くの団体等が訴えていた内容にとても近いものです。
 しかし,実際の現場でスムーズに適用できるようにするためには,政令をどのように改正するのか,という細部の詰めの問題が残されています(→この部分で,これまでも,財務省の圧力で,骨抜きにされてきたのです。)。

   被災者生活再建支援法の一部を改正する法律案

 被災者生活再建支援法(平成十年法律第六十六号)の一部を次のように改正する。

 第一条中「であって経済的理由等によって自立して生活を再建することが困難なもの」を削り、「自立した生活の開始」を「生活の再建」に改める。

 第二条第二号中「その他これに準ずる程度」を「(これと同等」に改め、「もの」の下に「を含む。以下「全壊世帯」という。)又は半壊した世帯(この号括弧書に規定する政令で定めるものを除く。以下「半壊世帯」という。)」を加える。

 第三条中「のうち次の各号に掲げるもの」を「(当該世帯に属する者の内閣府令で定めるところにより算定した収入の合計額が八百万円以下であるものに限る。)」に、「自立した生活を開始する」を「当該世帯の居住する住宅の建築費、購入費又は補修費その他その生活を再建する」に改め、「ものとして、」の下に「次の各号に掲げる被災世帯の区分に応じ」を加え、同条各号を次のように改める。

 一 全壊世帯 五百万円

 二 半壊世帯のうち政令で定める大規模な補修を行わなければ当該住宅に居住することが困難であると認められる世帯 二百万円

 三 半壊世帯のうち前号に掲げる世帯以外の世帯 百万円

 第十八条中「二分の一」を「三分の二」に改める。

   附 則

 (施行期日)

第一条 この法律は、公布の日から起算して三月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。

 (支援金の支給に関する経過措置)

第二条 この法律による改正後の被災者生活再建支援法(以下「新法」という。)第三条の規定は、平成十九年一月一日(以下「適用日」という。)以後に生じた自然災害により被災世帯となった世帯の世帯主に対する支援金の支給について適用する。この場合において、適用日以後この法律の施行の日前に生じた自然災害により被災世帯となった世帯の世帯主に対し、同一の事由につきこの法律による改正前の被災者生活再建支援法第三条の規定により既に支援金が支給されているときは、新法第三条第一号中「五百万円」とあるのは「五百万円から被災者生活再建支援法の一部を改正する法律(平成十九年法律第▼▼▼号)の施行前に支給された支援金の額を減じた額」と、同条第二号中「二百万円」とあるのは「二百万円から被災者生活再建支援法の一部を改正する法律の施行前に支給された支援金の額を減じた額」とする。

第三条 適用日前に生じた自然災害により被災世帯となった世帯の世帯主に対する支援金の支給については、なお従前の例による。

     理 由
 被災世帯の住宅再建を支援する等のため、被災者生活再建支援金の支給要件に関し、支給対象となる世帯をその居住する住宅が全半壊した世帯とするとともに、年齢に係る要件の廃止及び収入に係る要件の緩和を行い、支給限度額の区分を被害の程度に応じたものとした上でその額を引き上げ、支給対象となる経費として被災世帯の居住する住宅の建築費、購入費又は補修費を法定し、あわせて被災者生活再建支援金の支給に係る国の補助の割合を引き上げる必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。
 民主主義というのは,単なる多数決とは違う。
   A.少数の意見にも耳を傾け,
   B.十分議論を尽くした上で,
   C.多数決による,

ということでワンセットである。

 しかし,もうひとつ大切なのがある。
   D.的確な情報の流通
である。

 日本の民主主義で,欠けているのは,この「D.的確な情報流通」ではないか。
 そんなことを,最近話題の以下の問題を見て感じる。
    ■光市弁護団へのバッシング
    ■朝青龍へのバッシング
    ■亀田親子へのバッシング


 「赤信号みんなで渡れば怖くない」とか「付和雷同」とか,いろいろな言葉があるが,日本では何かあるとすぐに圧倒的多数意見が形成されて,そうなると疑問や検討もすっ飛ばして具体的な動きに移っていってしまう。
 こういう国民性は統率良い面もあるが,それは,もちろん悪い面でもある。

 朝青龍や亀田親子のバッシング問題など,どうしてここまで熱烈な国民的行事に発展するのか私には理解できないが,上記3つの問題に共通するのは,報道機関の異常なヒートアップだ。

20070703074720.jpg やはり,「マスコミを見る目」は十分に肥やしておかなければならない。

 以前に紹介した,
    文部省著作 教科書「民主主義」
という民主主義の基本書がある。この本では,報道機関について,
    「報道に対する科学的考察」
という章を立てて,次のように論じている。
 真実を探求するのは,科学の任務である。
 だから,うそと誠,まちがった宣伝と真実とを区別するには,科学が真理を探究するのと同じようなしかたで,新聞や雑誌やパンフレットを通じて与えられる報道を,冷静に考察しなければならない。
 乱れ飛ぶ宣伝を科学的に考察して,その中から真実を見つけ出す習慣をつけなければならない。
 その上で,5つのポイントを呈示しているので,参考までにご紹介する。

1 先入観を取り除くこと

2 情報の出所を知ること

3 各マスコミ会社の立場や傾向を知ること

4 内部だけでなく全体的見地に立ってみること

5 一つの面だけでなく別の視点も持つこと


そして一人ひとりが賢明になること,ということである。
戦後直後の教科書としてはなかなか良くできた書物である。
【ぐ犯少年】 少年法は「性格または環境に照らして、将来、罪を犯し、または触法行為をするおそれのある少年」と定義。
 ぐ犯要件は
   ▽家庭内暴力を繰り返すなど、保護者の正当な監督に服しない性癖がある
   ▽家出を繰り返すなど、正当な理由がなく家庭に寄りつかない
   ▽多数の前科前歴がある人と交際したり、賭場などのいかがわしい場所に出入りしたりすること
-などとされる。
(中日新聞より引用)

 「ぐ犯」というのは,漢字で書くと,虞犯(=おそれ+おかす)というふうになります。

 このぐ犯少年に対し,警察が無限定に調査を行う可能性があると言うことで,日弁連だけでなく,兵庫県弁護士会でも,あわてて声明を出しました。
 兵庫県弁の声明は,私が起案を担当したのですが,まさに寝耳に水の話だったので,おどろきました。
(→この声明文は,9月23日の記事「少年警察活動規則におけるぐ犯調査権限の新設に反対する会長声明」をご覧下さい。)

 どうやら,弁護士会だけでなく,野党も声を上げたようで,大幅修正される結果となったようです。
(日弁連では,会員向けの速報FAXで,「日弁連の活動実る」とデカデカと書いて喧伝していますが,もちろん,日弁連だけの努力の結果ではないでしょう。)

 冒頭の中日新聞の記事を引用しておきます。
「ぐ犯少年」調査対象を明確化 国家公安委が規則改正
2007年10月18日 夕刊

 国家公安委員会は18日、将来罪を犯す恐れのある「ぐ犯少年」の任意調査の在り方を新たに定めるため、少年警察活動規則(国家公安委員会規則)を改正した。改正少年法が施行される11月1日から施行する。警察庁は9月に改正案を公表したが、日弁連や与野党の反対を受け、調査対象者の範囲の明確化などの修正をしていた。

 修正前の改正案では、「ぐ犯調査の基本」という項目を同規則に新設。警察官が「刑罰法令に触れる行為をするおそれがあることを具体的に明らかにするよう努める」などと記載していた。

 これに対し、日弁連や野党、自民党の一部からも「改正少年法審議時に、すべての少年が警察の監視下に置かれるおそれがあり、削除された項目の復活だ」などの反発が広がり、項目自体の削除要求や文言の修正要請が相次いだ。

 このため同庁は「ぐ犯少年への調査権限の範囲は変わらない」としながらも、問題とされた同項目について「犯罪の捜査(中略)その他の活動において、ぐ犯少年と認められる者を『発見』した場合は」などと修正した。

◆ぎりぎりの許容
 <日弁連少年法問題対策チーム座長の斎藤義房弁護士の話> まだ不満はあるが、ぐ犯調査の修正があり、今回の少年警察活動規則の改正はぎりぎり許容できた。警察の活動は否定しないが、規則は国会審議を経た法律に基づいてつくるべきだ。

ポイントは,
  法律 > 規則
であるはずなのに,規則によって法律審議で見送られた問題を潜脱するのはズルイじゃないか,ということでした。
とりあえずは一段落。
(ゴンベイさん,情報ありがとうございました。)
 「象の背中」という映画が上映されるそうです。
 日々を忙しく過ごし、生きているという意識さえ忘れてしまいそうな中、今この瞬間を生きていることが最大の幸せで、本当に大切なものが何かを気付かせてくれるのは、どんな時だろう。
 誰もが迎える死。人はそれに直面した時、自分の鼓動の意味を知る。そして、あらためて自分の人生を振り返る時となるだろう。
 一見,ありきたりの題材のように見えますが,具体的に想像してみると,いろいろ思うところ大です。

 映画そのものとは想定が違いますが,むしろもっとリアリティを感じるアニメに出会いました。
 自分たちと重ね合わせると涙が出ます。

 ご紹介だけさせていただきます。zonosenaka.jpg


YOU TUBE でも見ることが出来ます。zonosenakayoutube.jpg
 浜岡原発の耐震性をめぐる訴訟で,原告の請求が棄却された。

 私も,原発問題は,先日の新潟県中越沖地震で,柏崎刈羽原発の一連の事故が起こったことから,にわかに関心を持ちはじめたばかりの問題なので,この訴訟の全貌も分かっていないから,判決を的確に批判することができない。
 もっとも,今回の判決は,柏崎刈羽原発の問題は,審理終了後の出来事ということで,ま~ったく何も考慮していないようなので,私たちの関心事(=新潟中越沖地震で明るみに出た,原発の耐震性への疑問)とは噛み合わないみたいだ。
 なので,新聞を読むときは,あくまでも柏崎刈羽原発の約3000件のトラブルが起こっていないことを前提に,今回の判決が書かれていることに注意しなければならない。


 それでも,この長い判決文の最後の約10行(正確にはラスト12行)を見てみるだけでも,
    ずるい逃げ方をしている
    勇気のない判決

であることは,容易に見て取ることができる。
(判決全文は,→こちらへ
 ちょっと目を凝らしてみれば,裁判官も,しょせんは「ひとりの気の弱い人間」であることがよくわかるはずだ。
 原子炉施設における深層防護(多重防護) の思想や保守的な判断(安全の側への判断) を前提として, PDCAサイクルを実践することはもちろんであるが, とりわけ,事業者及び原子炉施設を維持・運転する人の規範意識や安全確保に対する強固な意志, 専門的な知識と的確な判断に基づく適正迅速な行動等が重要である。どんなに幾重の対策を講じ重厚な設備にしようとも, これを扱う人のミスによってこれらが瓦解に帰し, 重大な事故へと発展することがある。こうした人の問題についても,被告はこれを撲滅することを目指して対策を講じ,改善の努力をしてきており, 直ちに本件原子炉施設の安全確保を危惧させる状況にはない。
 原告らの主張を検討しても,本件原子炉施設の運転によって原告らの生命,身体が侵害される具体的危険があるとは認められない。

 延々と長々と耐震基準の客観的・科学的検討をして「安全だ」と言い切っていながら,最後の最後で,「もし事故が起こったら,それは『人のミス』や『人の問題』だ」と言って逃げちゃっているわけである。
 つまり,万が一,大事故が起こっても,
     「自分たちの下した判断が間違っていた」
というのではなく,それは,
     「事業者(人)の意識や行動が原因なのだ」
と,あらかじめ他人のせいにしちゃおうとして,逃げちゃっているのである。
 だから,「ずるい」し,「勇気がない」のである。

 人がミスを犯すのは当たり前のことであり,地震等の災害時には,人が誤りを犯しやすいことも誰でも知っている。
 そんなときでも,事故が起こらないようにするのが多重防護の発想である。
 こんなありがちな具体的なケースを想定することなく,「具体的危険がない」(=「抽象的危険があっても,そんなの関係ねえ」ということ)と言って逃げてしまうのは,原発運転停止という社会的影響の大きい判断を下す勇気がなかったからではないかと穿って考えてしまう。

※この判決の締め括りの判示は,自社のシステムの不備の問題を棚に上げて,「暴走をした運転士が悪い」と,「人のミス」を誇大視していたJR西日本の主張を連想させる。
 能登半島地震から7か月が過ぎた。
 以前に,能登半島の被災地を視察したときにお知り合いになった穴水町の「幸寿し」さんも,仮店舗で,元気に営業中である。


kouzushi.jpg

 「幸寿し」のHPは以前にもご紹介したが,先日,
   「鮭寿司」(身が厚くて味も抜群)
   「鯖寿司」(舌がとろける美味)
   「牡蠣の塩辛」(激ウマ珍味,穴水は牡蠣の名産地)

などを注文して取り寄せたところ,昨日のブログでコメントをいただいて感激したので,再度紹介させていただく。

 こちら(↑)のご主人のブログに詳しいが,能登半島の復興をベースにした映画
   「能登の花ヨメ」
のロケが現在,好調に進められているらしい。
 「幸寿し」のご主人やおかみさんも,ひそかに出ているとのこと。
 朝日新聞の記事(→こちら)を引用し,紹介に代えさせていただこう。
【能登地震】映画「能登の花ヨメ」ロケ快調
2007年10月24日

 能登半島地震の復興支援映画「能登の花ヨメ」(白羽弥仁監督)の撮影が天候にも恵まれて快調に進んでいる。23日には穴水町志ケ浦で花嫁行列のシーンなどが撮影された。

 この日は築約120年の民家を中心に、ヒロイン役の田中美里さんが白無垢(しろむく)の打ち掛けの花嫁衣装で、新郎役の池内万作さんが紋付き袴(はかま)で登場。地域住民ら約50人もエキストラとして参加した。

 物語は、田中美里さんが演じる女性が、東京で挙げる予定の結婚式を前に、泉ピン子さんが演じる婚約者の母が交通事故でけがをしてしまう。介護のために地震後の能登へ行った彼女が、能登の人々の優しさや地域の文化にふれながら人として成長し、家族や地域のきずなを見つめ直していく。(後略)
 来秋公開!乞うご期待!

 新潟県中越地震の山古志村での実話を題材にした,
    「マリと子犬の物語」">「マリと子犬の物語」
も,この12月8日から公開予定です。こちらを先によろしく!
 わが家の玄関前のせまい庭に,メダカ池があります。
 ほんの50cmぐらいの小さい池です。
20071025072333.jpg
 しかし,それでも,それなりの季節感が感じられます。
 春になると,変な小虫が湧いてきます。
 夏は,藻が大量発生して汚らしくなります。
 秋が深まると,藻がだんだん黒ずんできて,
 冬になるとメダカが沈んで池全体の動きが止まります。
 …ということで,自慢できるような季節感ではないのですが,まあなんとなく気に入っています。

 ところが,今朝,ふと見てみると,今年に咲いたアサガオの種が落ちていたようで,それがちょっとだけ育って,とうとう花を咲かせました。
 ふた葉が出てから1か月も経たないうちに花が咲いたわけですが,これはきっと,急速に秋が深まって寒くなってきたのを感じて,「こりゃ,いかん。急がんと!」と,あわてて花を咲かせたものと推察されます。
 季節はずれの健気な頑張りにちょっと驚きました。

 ここでおもむろに一句,

      あさがおの 肌寒き秋の 健気さや

・・・・おそまつで
以前から「書こう,書こう」と意気込んで,いつまで経っても筆が進まない件がある。
地震と原発の問題である。

ネタ元としては,
 1 9月29日の石橋克彦教授(地震の専門家,東海地震の最初の提唱者)の講演
 2 10月18日の日弁連での青木弁護士(環境・原発問題の専門家)の講演
 3 泉田新潟県知事からのヒアリング結果
であるが,お伝えしたいことが,あまりにもたくさんあって,まとまらないため筆が止まっている。

そんな中,9月26日に静岡地裁で,浜岡原発の運転停止を求める裁判の判決が出る。
争点は,まさに,原発の耐震性である。
この訴訟の結果がどうであれ,これに関連するとても重要なニュースを目にしたので,ここに残しておきたい。
伝えたい事柄の,まさに重要なポイントの一つである。

原発耐震性の前提の「地震予測」は,半数は見落とされている,
ということである。

中日新聞の記事を引用する。
M7級断層見落としの恐れ 地表頼りの地震推測は限界
2007年10月24日 朝刊

 マグニチュード(M)7クラスの大地震でも地下の断層のずれが地表に現れないことがあり、地表での調査を基に将来の地震を推定する現在の評価方法では、危険な活断層を見落とす恐れが大きいとの分析を、産業技術総合研究所の遠田(とおだ)晋次研究チーム長(地震地質学)がまとめた。地表の断層だけではM6・5以上の6回に5回、M7・0以上では2回に1回の割合で、見落とす恐れがあるという。

 仙台市で開かれる日本地震学会で25日発表する。政府の地震調査委員会も問題を重視、評価法の検討に着手した。

 ずれが地表に現れないのは、震源断層の上の地層が軟らかくてたわみ、地面が波打ったような「活褶曲(しゅうきょく)」になることなどが考えられるという。

 遠田チーム長は、気象庁の公式記録がある1923年から今年3月までに、内陸の浅い所で起きたM6・5以上の30回の直下型地震に着目。地表に断層が露出しているかどうかなどを調べた。

 その結果、地下の震源断層のずれに見合った規模で地表に断層が生じていたのは5回(17%)だけ。M7・0以上でも9回のうち4回(44%)にとどまった。

 地震調査委は全国の主要な活断層を対象に、長期的な地震の発生確率を評価しているが、2000年の鳥取県西部地震や04年の新潟県中越地震など、発生確率が比較的低いとされた地域で、地表に露出していない未知の活断層が動いたケースが近年相次いでいる。

 訴訟の結論は,単に「危険か,危険でないか」という判断だけでなく,「違法か否か」という別次元の要素も判断対象となるため,仮に請求棄却となったとしても,「安全だ」というお墨付きが与えられたことにはならない。

 要は,安心して安全に暮らせることができるかどうかについて,国がどのような基準を設けるのかという問題である。
 私は,現時点で,原発全廃とまで言うつもりはない。
 しかし,耐震に関する「基準」について,

    ◆現在の地震学の最新のレベルや知見を踏まえること

    ◆解釈が分かれる事柄については,より安全側に捉えるべきこと

    ◆難しい判断は,推進側に立たず,独立・中立性を維持すること


を守るべきだと思う。決して難しいことではないだろう。
何のために「耐震基準」を設けるのかという目的に照らしてみれば,当たり前のことではないか。
しかし,現在の基準は,これら3点に限って見ても,いずれも逆行している。
kobeketentei1.jpg  神戸学検定の模範解答を探してみたが,なかなか見当たらない。

 どうやら,正答は,合否発表までは公表しないらしい。

 オフィシャルサイトによると,受験申込者がわずか1456名で,受験者は1321名に過ぎなかったそうなので(受験率90.7%),無理もないかなと思う。

 そこで,無謀だけれども,模範解答を列挙してみよう。
 もちろん,私の書いた答えは別で,間違いだらけだったので,この模範解答も間違っている可能性も大なので,信用はしないで欲しい。

 ところで,第3問で「平成16年にハーバーランドにオープンした日本最大級の洋菓子テーマパークは?」という質問があった(←私は間違えてしまった)。
 本日(10/27)の新聞には,この「神戸スイーツ・ハーバー」が閉鎖することが決まったという記事が出ていた。
 さびしい限りだ。
 「神戸」と「神戸学検定」の現実をあらわしているように感じてしまうのは私だけだろうか。

以下,解答案を列挙してみる。
 「自衛目的に限定して軍隊を持ち,戦争のために軍事力を行使しない」
というのが建前ですけれども,現実問題として,そんなキレイに使い分けることなどできません

 だから,私たちの国では,軍事力を持ちながらも,常に注意を払って軍隊を厳しくチェックし,その増長には謙抑的であらねばなりません。
 たとえば,病院で,“有用だけれども危険な劇薬”を,厳重に管理保管し,慎重に取り扱わなければならないのと同じです。

 今回,元事務次官の自衛隊員倫理規定違反の問題が発覚し,また,海上自衛隊の給油量の偽装問題が発覚していますが,こんなのは氷山の一角に過ぎないに違いありません。

 自衛隊内の情報のほとんどは機密事項です。人の目に触れることがありません。
 だから,どれだけの過ちが見過ごされてきたのか,それも分かりません。

 ノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作氏の内閣の下で,防衛庁長官を務めた増田甲子七氏の昭和42年07月06日の衆議院・内閣委員会での大臣としての答弁を一部引用します。
(強調部分は津久井による。)
 わが国に、自衛隊法並びに防衛庁設置法によりまして、シビリアンコントロールの制度は確立をいたしておるわけでございます。すなわち、平時におきましても、国防会議の議長である、また内閣の代表者である総理大臣が、つまり山本さんと私と同様に、せびろを着ておる者が制服を着ておる者をコントロールをする、こういうしかけはりっぱにでき上がっております
 そこで、平素におきましては、せびろを着ておる私を助ける者として、同じくせびろを着ておる事務次官、官房長あるいは各局長、それから課員、部員、すべてせびろを着ておるわけでございまして、そのせびろを着ておる者が、すなわち文民が制服を指揮監督する、直接指揮監督するのは私でございますが、私が指揮監督する場合に私の補助をする、こういう立て方に内局方面におきましてはなっております。
 それから、幕僚部におきましては、幕僚部というものはもとより制服を着ておるわけでございますが、制服を着ております統合幕僚議長、それから陸幕長、海幕長、空幕長等を通じまして、せびろを着ている防衛庁長官が、隊の動かし方につきましても指揮監督する、こういうしかけでございます。
 昔のことばで申しますと、軍令、軍政、両方面を握っておるのが内閣総理大臣でございまして、その指揮監督を受けまして私が隊務を総括する、これが文民統制、シビルコントロールの実態でございます。
 今回の給油量偽装は,文民である防衛庁長官には伝わっていなかったそうですし,背広を着ている事務次官そのものが規制の抜け穴をくぐろうとしていたわけですから,「しかけはりっぱに出来上がっている」という建前と,違法な実態が,いかにかけ離れていたかが分かります。

 昨日,NHKスペシャル「鬼太郎が見た玉砕~水木しげるの戦争~」の再放送をやっていました。
 (友人の娘さんが子役で出ていたので,ちゃんと見たのですが,)軍隊が過ちを隠蔽するために,極めて不合理な行動(「玉砕」)に走った有様が,生々しく語られていました。

 こんな,現代ではありえないように思える悲劇ですが,現実に起きている現場の出来事しては,決して驚くべき事ではありません。
 十分にあり得る話です。

 現実にはありえない理想の「タテマエ」を信じて,これを前提にして,軍事増強を説く人々の非現実性を疑います。
 守屋元事務次官しかり。石破防衛大臣しかり。
2007.10.21 神戸学検定
 第1回神戸学検定というのを受けてきました。

 今どき流行りの,いわゆる“ご当地検定”というやつです。

kobekentei_20071021163309.jpg この本から出題されるとのことでしたから,買って読んでみましたが,この本自体が,神戸の歴史や文化・経済などについて,なかなか要領よくまとめられていて,読み物としても面白いものでした。
 執筆者の中には,知り合いの新聞記者さんたちもいて,ニュースシグナルでご一緒している田辺眞人先生は監修者のお一人でした。
 阪神・淡路大震災のことも詳しく出ていました。

 もちろん,だからといって内容を会得したわけではありませんけれども・・・・。

 受験者申込者数は1456人。
 会場となった神戸学院大学のポートアイランド学舎が神戸全体を見渡せるナイスロケーションでした。

 問題の方はなかなか難しいものも多かったです。
 たとえば・・・,ということで,私が間違えてしまった問題をいくつか紹介しておきましょう
(著作権の問題があるのでポイントのみ)。
第1問 神戸のオリエンタルホテルをすばらしいと旅行記に記した英国作家は誰か。
第41問 ポートピア81の入場者数はどれくらいか。
第42問 明石海峡大橋の中央支間の長さは何mか。
第89問 諏訪山の中腹の金星台で金星観測をしたのはどこの国か。

 なかなかマニアックな問題でした。
 ご当地以外の方にとっては,「なんのこっちゃ」って感じでしょうね。
 朝日新聞のWebのトップ記事だったので,弁護士人口に対する社会の関心は高いのだろうと感じました。

 弁護士の数が少ないことも一因となって,法的救済の手が及ばなかったり,敷居が高かったりするのでしょうから,弁護士人口を増やすこと自体は,私も賛成です。

 しかし,社会的需要を考えずに,ただひたすら増員することについては,若手弁護士を中心に抵抗が強いです。
 現在のところ,3000人に激増させることになっています。
 これだと,10年も経たないうちに,人数が倍以上になります。
 私も,このような社会的需要と乖離した激増には反対の立場です。

 新聞の論調だと,「新人弁護士の就職難」などと業界内部の問題のように書かれていますが,そうではありません。
  ◆競争原理導入によって収入偏重へ
         ↓
  ◆あぶれた弁護士の質と倫理の低下
         ↓
  ◆市民の権利擁護が果たされなくなる

ということで,結局,しわよせが市民に行くことになるから問題なのです。

 こういうことって,別に,弁護士だけではなく,これまでも同じ失敗がいくつも繰り返されてきたではありませんか。
   「安全」「生命」「健康」「教育」「安心」
にかかわる分野では,競争原理の導入によって,本当にたいせつにしなければならない本質部分が,損なわれてしまって,取り返しがつかなくなってしまっています。

 既に現実に市民に弊害が出始めている声も聞かれているところであり,このまま過ちを推し進めないように,あらためて見直しをする勇気が必要です。

朝日新聞の記事です(http://www.asahi.com/national/update/1019/TKY200710190440.html
弁護士会から反対続々 司法試験合格、年3千人計画
2007年10月20日06時06分

 司法試験の合格者を年間3000人に増やす政府の基本計画について、中部弁護士会連合会(1568人)は19日の定期大会で、「弁護士制度の変質を招く」として反対する決議を可決した。全国8ブロックにある弁護士会連合会による反発の動きは、先週の中国地方弁護士会連合会(733人)に続き2例目。司法をより身近にし、弁護士偏在の解消への期待もかかる法曹人口増に対し、競争激化や人材の質の低下を懸念する弁護士の声が相次いで表面化した形だ。

 決議は「弁護士数の急激かつ大幅な増加は、弁護士界に深刻な事態を引き起こしている」とし、日本弁護士連合会に増員計画の見直しを政府や国民に訴えるよう求めている。ただし、拘束力はない。

 定期大会には計212人が出席。「すでに新人弁護士の就職難の状況が出ている。過当競争で倫理が低下し、公共的な活動をなおざりにするなどの弊害が出れば、我々のみならず国民にとっても不幸だ」と提案理由が説明された。討論では、決議について「『業界利益を守ろうとしている』と見られる。3000人になってから検証すればよい」「競争すれば質は向上するはず」との反対意見も出た。賛成162人、反対29人(留保・棄権21人)で可決した。

 中国弁連は12日に「司法試験の合格者数を適正水準まで削減するよう求める議題」を採択。賛成134人、反対64人だった。

 埼玉弁護士会は12月の定期大会に同趣旨の議案を提出する予定だ。千葉県弁護士会も17日の常議員会で「弁護士増員問題対策本部」を設置する決議を採択した。

 司法試験合格者は65~90年は年間500人前後、99年は1000人だった。政府の司法制度改革審議会は01年の最終意見書で、法曹人口が先進諸国と比べて少なく、大幅増が急務として「10年ころに年間合格者3000人」の目標を打ち出した。

 日弁連の藤井伊久雄副会長は「決議は重く受け止めている。3000人の基本方針に沿ったうえで、指摘されている問題について検証を行っていきたい」と話している。
 先週の金曜日に,兵庫県弁護士会の総会が開かれて,「日本国憲法の基本理念を堅持する宣言」が,決議されました。

 誤解のないように申し上げておくと,決して“9条を守ろう”というメッセージではありません。
 また,単純に“護憲だ!”と訴えている内容でもありません

 弁護士にも改憲論者はたくさんいます。
 しかし,改正を行うとしても,絶対に守らないといけない「核」の部分があるわけで,そこだけは絶対にまもっていこう!という宣言なのです。

 福田内閣になってから,憲法論議は低調になってきているのが気になります。
 改憲論者がおとなしくなったからだろうと思いますが,こういうときこそ,憲法をまもろうという立場の人々が大きな声を上げていく必要があるでしょう。

 以下,宣言の全文と,その理由の全文を引用しておきます。
 なお,強調部分は,津久井によるものです。

    日本国憲法の基本理念を堅持する宣言

 日本国憲法ができて60年がたちます。今、この憲法を改正しようという議論が高まっています。
 兵庫県弁護士会は、思想信条を越えた専門法律家団体として、2005年11月に日本弁護士連合会が行った「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」を全面的に支持します。そして、憲法改正を議論する場合にも、次の二点をけっして忘れてはならないと考えます。
 第一に、憲法は、国民のために、国民の権利・自由が、権力によって抑制されたり侵害されたりすることのないように、国民を守るものとして、歴史的に確立されてきたということです。これが立憲主義の基本であり、逆に言えば、この立憲主義無くしては民主主義国家とは言えないのです。
 第二に、日本国憲法の根本理念として
① 政治を決める根源的な力は、国民のみに由来するということ(国民主権主義)
② 個人の基本的人権をあくまで尊重するということ(基本的人権尊重主義)
③ 平和を守るため、戦争を放棄すること(恒久平和主義)
の三つの基本原則は、憲法の改正としては許されない
ということです。憲法改正を考える場合には、この三原則から出発すべきで、これらを変更する場合は、もはや「改正」とは言えないのです。
 日本国憲法は、改正規定をもっていますから、改正の議論はあり得ます。しかし、以上の二点は、憲法改正にあたっても、大前提となるものであり、これを無視しての「改正」はあり得ません。思想的、政治的には、さまざまな立場と意見があるでしょう。憲法改正に賛成の立場も、反対の立場もあるでしょう。しかし私たちは、法律家として、賛否どちらの立場をとるにしても、これらの点だけは忘れてはならない、侵してはならない、と考えます
 基本的人権を「公益及び秩序」で制約できるとの条文を盛り込むことは権力の座にある人たちが守りたいと考える利益と秩序のため、個人の自由や権利を制約してもよいという根拠にされる心配が大いにあります。今の憲法の規定にある「公共の福祉」が、人権間の調整の役割を担っているのとは質的に異なるのです。
 また戦争こそは最大の人権侵害、環境破壊です。戦争のない国際社会を築いていこうとする恒久平和主義は、我国が戦争をせず、戦争にまきこまれないという役割を果たしてきたもので、これを決して後退させてはなりません。9条改正が必要かどうかは、この原則を守り、慎重かつ十分な国民的議論を重ねて判断されるべきです。
 憲法改正を議論するときには、「憲法」は国民を守る砦であるという歴史的使命と役割を十分に認識し、日本国憲法の三つの基本原則が堅持されなければなりません。
私たちは、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、憲法と法にもとづいて活動すべき弁護士の団体として、以上のことを心から訴えます。

      2007年(平成19年)10月12日
                           兵庫県弁護士会
                               会長  道 上   明

今週末,兵庫県弁護士会で,
   語り合おう憲法
     ~憲法9条と自衛隊・イラク戦争~

というシンポジウムを開きます。
katariaou.jpg

 標題のとおり,テーマはズバリ「9条」です。
 広報文は以下のとおりです。
 日本国憲法が施行されて60年、国民投票法案が成立するなど憲法を改正しようという動きが再び急となってきました。憲法を改正すべきか否かは、私たちの子や孫が生きていくこの国のあり方を決める、とても重要なことです。
 特に憲法9条に代表される平和主義原則は、イラク戦争と日本のかかわり、自衛隊の存在と活動等との関係の中で、議論の焦点になっています。
 私たちの生存に関わる問題として憲法9条・イラク戦争と自衛隊について、一緒に考えましょう。

第1部 基調報告 松山秀樹
(弁護士 兵庫県弁護士会憲法問題委員会委員長)


第2部 DVD上映 「イラク 戦場からの告発」
(イラクの子どもを救う会 西谷文和氏 編集)


第3部 パネルディスカッション
「憲法9条と自衛隊、イラク戦争そして平和」
パネリスト
 奥本京子氏(大阪女学院大学准教授)
 井上正信氏(弁護士)
 徳永信一氏(弁護士)


とき  2007年10月20日(土)午後1時~4時30分ごろ
ところ 兵庫県弁護士会(本館)4階講堂


〒650-0016 神戸市中央区橘通1-4-3
○参加無料
○予約不要
○会場へは公共交通機関をご利用ください。

主催・お問い合わせ先:兵庫県弁護士会  電話078-341-7061(代)
   兵庫県弁護士会ホームページ http://www.hyogoben.or.jp/
後援:日本弁護士連合会

 パネリストには,改憲派で軍事力保持について積極意見の論客である徳永弁護士も招いており,決して,護憲的な意見を押し付けるようなものではありません。
 むしろ,様々な意見をたたかわせることによって,問題点が浮き彫りになると思います。
 是非ご参加を。
 私のブログにも何度かお越しいただいている今枝仁弁護士が,光市事件弁護団から離脱することになったとのことです。
 詳報は今枝先生のブログをご覧下さい。

 私はそれほど数多くの弁護団事件を経験したわけではなく,数件程度の経験ですが,弁護方針をめぐる意見交換というのは,ギリギリの選択を迫られることがあって,経験豊富な弁護士が何人も集まっていると,厳しく真剣な議論が戦わされることも少なくありません。
 私の経験では,神戸製鋼株主代表訴訟弁護団事件の終盤での方針の相違をめぐって,中心的な先生が離脱したことがあり,後味の悪い思いをしたことを思い出します。

 光市事件については,注目度が高いだけに,一定の反響も予想されます。
 そういう中で,「雑音」と評価すべき飛語が少なければいいのですが。

 世間でいう「弁護団」という存在が,一枚岩で一つの凝り固まった考えで集まっている存在ではないということや,会社や行政のような団体的な存在ではない,ということが理解されれば,それはそれで一つの意味があるかも知れませんけれど。
「おかしいなあ」と感じるときは,だいたい物事の道理や論理がヘンテコなのです。
法律的に論理がオカシイ場合も多々あります。

つまり,簡単にいうと「順序がサカサマ」のです。

たとえば,小沢一郎氏が「世界」11月号に載せている論文で,
◆国連の平和活動は国家の主権である自衛権を越えたもの
◆国連の平和活動は、たとえそれが武力の行使を含むものであっても、日本国憲法に牴触しない
◆国連の決議でオーソライズされた国連の平和活動に日本が参加することは、ISAF(国際治安支援部隊)であれ何であれ、何ら憲法に抵触しない
とおっしゃっていますが,この点については,

   憲法 > 条約

という優先順位がハッキリしているのですから,

    憲法 ≦ 個別的自衛権 < 国連平和活動(ISAFを含む)

というのは,明らかにサカサマです。だから,おかしいのです。

 こういうふうに,優先順位をサカサマにねじ曲げたいと考えたときに,しばしば使われる論理は,「次元が違う」とか「枠を超えている」とか「異質の問題だ」というふうにして,誤魔化してしまうのです。

 小沢さんの論文も,ズバリ,このゴマカシの論理操作を行っています。
◆個々の国家が行使する自衛権と、国際社会全体で平和、治安を守るための国連の活動とは、全く異質のものであり、次元が異なるのです。
と書いています。

 問題となっているISAFは,国際連合憲章 第7章「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」のうちの43条に基づいて行われている措置だそうです。
第43条〔特別協定〕
1 国際の平和及び安全の維持に貢献するため、すべての国際連合加盟国は、安全保障理事会の要請に基き且つ一つ又は二つ以上の特別協定に従って、国際の平和及び安全の維持に必要な兵力、援助及び便益を安全保障理事会に利用させることを約束する。この便益には、通過の権利が含まれる。
2 前記の協定は、兵力の数及び種類、その出動準備程度及び一般的配置並びに提供されるべき便益及び援助の性質を規定する。
3 前記の協定は、安全保障理事会の発議によって、なるべくすみやかに交渉する。この協定は、安全保障理事会と加盟国群との間に締結され、且つ、署名国によって各自の憲法上の手続に従って批准されなければならない。
 私もあまり詳しく勉強したわけではないので,自信がありませんが,この第3項にも「各自の憲法上の手続に従った批准」を要求しているのであって,各国の憲法との整合性をちゃんと考えています。
 「全く異質」とか「次元が異なる」のではなく, あくまでも,
   日本国憲法 > 国際連合憲章
なのです。


ところで,こういうのを「本末転倒」というわけですが,ほかにもこういう例はたくさんありますね。

  国民の生命や人権 > 国家の利益

であるはずなのに,これをサカサマにすると,ミャンマー軍事政権や,我が国の自衛隊の数々の非違行為,自民党の新憲法草案などが出てきます。

  一人ひとりの子どものための教育 > 結果としての国家の繁栄

であるはずなのに,これをサカサマにすると,国家に都合の良い教科書検定や,自殺を誘発する全体教育主義,改悪された教育基本法が出てきます。

 憲法 > 基本法 > 特別法 > 規則・政令 > 実務運用 

であるはずなのに,これをサカサマにしてしまった結果は,教科書未履修問題,災害時の被災者支援の欠如をはじめ,不合理な行政運用は,ほとんどコレでしょう。 
 この世の中の公正さを保つために,検察官の役割はとても重要だし,一市民としては大きな期待を寄せたいところだ。

 しかし,弁護士稼業をやっていると,オカシイナと感じることは多々ある。
 確かに,検察官も「人」の集まりだから,メンツもあるし,変なこだわりもあるだろう。
 だけど,同じ轍を踏むのは「愚の骨頂」であり,かえって検察の威信を崩すことになりかねない。


 昨日,東京弁護士会の山本至弁護士が,逮捕された。容疑は脅迫罪。
 東京・警視庁の接見室で,詐欺で逮捕された男性が「正直に話したい」と申し出たのに,「余計なことをしゃべるな」と完全黙秘を強要し,脅したという疑いだ。(→新聞記事はこちら
 こんなやり取りが実際に犯罪になるというなら,被疑者が正直に「やってません」と言っているのに,自白を強要する捜査官(警察官,検察官等)は片っ端から逮捕だ。
 鹿児島や富山の冤罪事件にかかわった捜査官らは,直ちに潔く自首しないと道理が通らない。

 山本弁護士の逮捕で,検察が犯している「同じ過ち」は2つある。
 そもそも,山本弁護士は東京の人で,上記事件も東京の出来事だ。脅迫罪レベルであれば,検察ではなく警察の所管である。
 ところが,逮捕したのは,なぜか宮崎地検。
 これは,宮崎地検がメンツや威信を掛けて臨んでいる証左にほかならない。
 実は,山本弁護士は,昨年11月に証拠隠滅罪で逮捕されている。その初公判は10月11日に開かれる予定だが,検察にとってはかなり苦しい戦いになると予想される。
 そこで「コレ」がダメなら,「アレ」で行こう!という発想で,別件の立件に及んだと思われる。
 少なくとも,タイミング的に極めて不自然だ。
 何としても山本弁護士を有罪にしたいという気持ちは理解できなくもないが,もし両方とも無罪となれば,検察のダメージははかり知れない。
 そこまでして組織の権威をかけて守るべきものは何なのか?

 もう一つの過ちは,弁護士の接見時の言動を「脅迫罪」と構成して立件するやり方のまずさである。
 広島弁護士会所属の弁護士が,同じような容疑で逮捕・起訴された事件で,つい先日(平成19年7月23日),無罪判決が下されたばかりだ
 共同通信8月2日の記事によれば,「関元弁護士は、被害者の男性に守屋被告の関与を供述しないよう迫ったとして起訴されたが、地裁は7月23日、『被害者の証言は核心部分で信用性を認めることができない』として無罪(求刑懲役一年)を言い渡した。」とある。
 検察庁は,弁護士接見行為を脅迫罪で立件することが,なかなか困難であるということを十分承知しながら,あえて踏み込んでいるわけで,慎重さを欠いている。
 本来,法の前には慎重である検察庁が,ここまでするのはやはりメンツと威信しか考えられない

4 以前に,検察庁は,内部告発的な発言を繰り返した三井環検事を,逮捕・起訴したことがある
 身内であれ,何であれ,歯向かう者は許さないという厳然たる姿勢を示した事件だった。
 あのときにも,おそろしい組織だと感じたことがある。

 検察庁には,組織としての「人間らしさ」が感じられることがある。
 ところが,その「らしさ」は,優しさや,情の厚さ,で感じることは難しく,メンツや威信という場面ばかりが目立つ。
 個々の検察官は,優しい人や情に厚い人が多いというのが,個人的な印象だたとえば,光市事件弁護団の今枝仁さんも,元検察官である。
 しかし,「組織」となると,カラーが全く逆転してしまう。
 「組織」として守るべき「大切なことがら」は,組織自体のメンツよりも,もっと大きな,もっと社会的なところにあるはずなのに。
 関東弁護士会連合会の年に一度の定期大会が9月21日に開催された。

 その場で,
  「平成19年新潟県中越沖地震の被災者支援についての決議」
が採択された。

 去年の関弁連大会では,災害弱者の問題が取り上げられ,いろいろな意見が出て検討が深められた。
 去年は,私も被災弁護士会の一員として参加させていただき,大いに感銘を受けた。

 そして,その経験や検討が,能登半島地震や,新潟中越沖地震で,直接に活かされた。
 実に意義深いことだったと思う。

 同種のテーマが2年続けて決議されることは稀だが,今年も,被災者支援について決議がなされた。
 あまり世間では知られていないと思うので,拙ブログで紹介をしておくことにする。
 10月6日に同志社大学で「JR福知山線事故の本質」と題するシンポジウムが開催された。
dousisyahayasi.jpg
 この写真は、シンポの壇上で自らの経験を語った同志社大学4年生の林浩輝さん。
 10月7日の神戸新聞朝刊の記事からの引用である。
 この事故による負傷で両足を失った彼は、
「語ることは生き残った僕の使命。あんな事故を繰り返してほしくない。生涯かけて、そう訴えていきたい。」
と訴えている。
 「事故を風化させたくない」という思いで、自ら語ることを決意したそうだ。

 彼は、事故のことを語るのは被害者の使命だという。
 確かにそうかも知れない。
 しかし、事故の記憶が風化したとしても、その責任を被害者が負うものではない。
 「風化」のキャスティングボードを握っているのは、言うまでもなく、私たち一人ひとりの市民の意識や姿勢である。

 鉄道の安全をしっかりと実現するには、市民がこの事故を他人事として眺めていては駄目で、我が事として捉える必要がある。
 興味本位で、いろいろな物事を眺めている限り、本当の意味での「社会の教訓」を得ることはできないはずだ。

20070715181858.jpg 今回のシンポのメインは、
   「JR福知山線事故の本質
     - 企業の社会的責任を科学から捉える」

を出版した山口栄一・同大大学院教授の講演である。

 この点をきちんと報道したものが少なかったが、この本で訴えている内容も、論旨明快であり、事故調査委員会の報告書がそうであったように、物事をあえて難しく捉える愚を犯していない。
 毎日新聞の記事を一部引用しよう。

 山口教授が「事故の科学的分析」と題し、
 ◆現場カーブを急にした線路設計の誤りが本質的原因
 ◆転覆限界速度を運転士に知らせなかったJR西日本は科学的思考能力が欠如していた
--などと指摘。
「事故は予見可能であり、JRの社会的責任は通常の事故とは比べものにならないほど重い」
と痛烈に批判した。


 ここで、山口教授は、すごく大事なことを言っている。

 今回の事故の原因は、現場の急カーブに、限界を超えた速度で進入した点にある
           |
         ということは
           ↓
 転覆限界速度で進入すれば必ず転覆が起きる[=予見可能性]
           |
         したがって
           ↓
 転覆限界速度を運転士に知らせておく必要がある[=回避措置義務]
           |
         しかしながら
           ↓
 JR西は、転覆を軽視し、運転士への教示も怠った[=法的責任]


ということである。
 とても単純で、明快で、分かりやすい論理ではないか。
 「科学的考察」とおっしゃるが,法的に見ても筋が通っている。

こういった、科学的な考察や、科学的な原理を全く度外視して、
やみくもに「速度遵守」のみを叫び、
事故が起こると「違反を犯した運転手の責任だ」と主張する姿勢は、


法律が制定された背景や社会的な要請を無視して、
やみくもに「法令遵守」ばかりを叫び、
事件が起こると「法律違反だ」とばかり言い立てる現代社会の姿勢に似ている。

 子どもの体力低下傾向についての記事が出ていました。
 確かに,私たちが子どもだった20~30年前と比べると,遊ぶ場所がめっきり減りましたよね。
 そして,何よりも「安全」やら「安心」というモノに,やたら神経質になって,なにやら肝心なモノを忘れてしまっているような気がします。
 少なくとも,自分がそういう感覚になっているのに,気が付きました。

kodomotairyoku.jpg さて,今日10月7日は,我が家のプチ記念日になりました。

二男が,自転車にコマ(補助輪)ナシで乗ることが出来ました。

 小学1年生ですから,平均的なところかも知れません。
 しかし,親の関わりとしては,2週間前にコマを外しただけでなく,足で進めるようにペダルも外して,後ろで支えたり,コケて投げちゃわないように配慮を重ねて,段階的な予備作業を重ねた末のことなので,一日千秋の思いがあります(大げさか,甘やかしか,親バカか・・・・)。

 もちろん,誰よりも喜んでいたのは本人で,二男は近所を何周も何周も乗り回していました。
 その姿を見て,私としては,ほのぼの嬉しく思うと共に,最近の子には
  「体を動かす喜び」
みたいなものが少なくなっているのかな,とも思いました。

 上のHPは,文部科学省の委嘱事業で財団法人日本レクリエーション協会が開設している
  「子どもの体力向上ホームページ」
ですが,ここのQ&Aの最初の質問は,楽しさや喜びではなく,まず,
  Q. なぜ急に運動してはいけないのですか?
  Q. 外で運動するときに気をつけることは何ですか?

から始まっていました。

 物事をエンジョイする前に,まずは「注意」から始めなければならないご時勢になっていることをつくづく感じます。
 ヒゲの隊長がイラク派遣先で「駆け付け警護」を企図していた件で,昨日の国会で,首相がその違法性を葉正面から認めた。

 これは,北海道新聞(http://www.hokkaido-np.co.jp/news/politics/53471.html)の引用。
 元陸上自衛隊イラク先遣隊長の佐藤正久参院議員が派遣当時、攻撃を受けた他国部隊への「駆けつけ警護」を行う考えだったと発言したことについても「現行法上認められていない」と明言。
 容認に傾いていた懇談会の議論を事実上否定した。
 いずれも社民党の福島瑞穂党首への答弁。
 あと,もう少し詳しいのが,TBSニュース(http://news.tbs.co.jp/part_news/part_news3674423.html)で流れている。
 福田首相の答弁は,
「イラク特措法に基づく人道復興支援活動を行う自衛隊の部隊には,いわゆる駆け付け警護,すなわち自衛隊部隊の活動している場所から遠く離れた場所にまで駆け付け,攻撃を受けている他国の軍隊等を救援するために武器を使用することは,現行法上認められていないところでございます。ご指摘の発言の真意は承知しておりませんが,自衛隊の部隊が法令を遵守して活動すべきことは当然のことであります。」
というものだった。

 これで,「駆け付け警護」自体の是非についての議論は,一応,終息した。
 ネット上で勇ましい空論をたたかわせていた一般論としての議論には決着が付いた。

 そうだとすると,次に検討すべきことは,
  ■こんな違法な「駆け付け警護」を,実施しようとした事実関係の徹底チェック
  ■自衛隊内部の法令軽視体制の,真の問題点の洗い出し
  ■自衛隊への法令順守体制の見直し
  ■佐藤議員の議員の責任の問擬

ということでなければならない。

 おそらく,今後の流れとしては,「現行法上は違法だ」→だから→「現行法を変えてしまおう」,という方向の力が働いていくのだろうけれども,
 法律改正をする前提として,立法事実や法令自体の運用状況,問題点の整理を行うのは当たり前のことであり,それを怠って,なあなあでお茶を濁したり,現状追認的な本末転倒な制度改正が行われないように,しなければならない。
 より一層,事態を注視していく必要がある。
東京(首都圏)で,今,のんきに暮らしている人々に必読の書だと思った。

M8.jpg 『M8(エムエイト)』 高嶋 哲夫 著
 (高嶋哲夫さんのブログ→http://takashimatetsuo.blog115.fc2.com/
 (著者は,慶大工学部卒、日本原子力研究所研究員の経歴もある由。)

 これは,一応フィクションである。しかし,とてもフィクションとは思えない。
 以前, 小松左京の「日本沈没」がベストセラーになり,去年も映画でやっていたので,それをイメージする人がいるかも知れない。
 しかし,それをはるかに上回るリアルさが,この本にはある。

 本書の紹介文はこうだ。
 28歳の若き研究者,瀬戸口の計算式は,マグニチュード8規模の直下型大地震が東京に迫っていることをしめしていた。十年前の神戸での震災,あのとき自分は何もできなかった。同じ過ちを繰り返したくない。今,行動を起こさなければ…。
 東京に巨大地震が起こったら,高速道路は,地下鉄は,都心のビル街は,いったいどうなるのか。最新研究に基づいてシミュレーションした衝撃の作品
 本を手にすれば紹介文以上の衝撃を感じることができるだろう。
 少なくとも,神戸での出来事の描写は,実際にあったであろう現実を書き綴ったものだと感じられる。
 そして,おそらく,この本に出てくる状況に近いものが,近い将来,現実になるだろう。

 ところで,この本では,東京都知事(明らかに石原都知事がモデル)が,被害を最小に食い止める適切な判断・行動に出ている。
 他方,これと対照的な日本政府の首脳の姿が,これまたリアルである。
 地震発生後に,首相が,閣議の場で,票にならない「防災」に淡泊だった大臣たちの前で悔やむ場面が出てくる。

「我々人間にできることは限られている。そして我々政府にできることはさらに限られている。法律を作り,予算を付ける程度だ。だが,我々は防災にいくらの予算を付けた?100億か,1000億か。使いもしない高速道路,ムダと分かり切っているダム建設と比べてどうなんだ。今回の東京直下型地震で推定38兆の被害が出ている。今後,今回の地震の影響で生じると考えられる経済損失は44兆だ。計82兆円。もし,この1%でも地震対策に注ぎ込んでいたら-。家屋の耐震化の補助金を増やし,消防設備をさらに充実し,地震対策に従事する専従職員を倍増していたら,被害は何十分の一に抑えられたはずだ。まさ本当にくるはずが-という我々の気持ちが,本気で考えることを躊躇させた」

「地震は一瞬だ。その一瞬のために万単位の死者,数十万を超える負傷者が出て,ビルが倒れ住宅が焼ける。人々は行き場を失って途方に暮れる。以後,何年にもわたって膨大な損失を被り,様々な重荷を引きずっていかなければならない。この一瞬の被害を最小限にとどめることができれば。我々はこの一瞬のために,もっと税金を使うべきだった。努力を惜しむべきではなかった。全壊を半壊に抑える。一万人の死傷者を10分の1,100分の1に減らす。親をなくした子,子をなくした親を最小限にするためにもっと時間と金を費やすべきだった。それが真の政治というものだ」
 災害後の復興に平素から関心を持っている私としては,この首相のセリフが非常に印象的だった。
 このようなセリフを,政府要人が口にするというところは,アン・リアルである。巨大災害を前にして,こんなふうに適切な状況描写が出来るとは思えない。
 むしろ,ここで語られている事柄は,まさに私たちが普段から,訴えていることである。
 こういうことを,,理解してもらいたいと思う。

 私は,この本を小説としてではなく,災害対策の啓蒙書として,また,首都・東京に住まいする人の近未来絵巻として,お薦めをしたい。
「法曹の質」に関するアンケート,というのが回ってきました。
私は,今日,はじめて目を通したのですが,なんとも感想も言えない心持ちになりました。
というか,おかしくて笑っちゃいました。

そもそも,法曹の資質
  「豊かな人間性うや感受性,
   幅広い教養と専門的知識,
   柔軟な思考力,
   説得・交渉の能力等の基本的資質に加えて,
   社会や人間関係に対する洞察力,
   人権感覚,
   先端的法分野や外国法の知見,
   国際的視野と語学力等
が一層求められる」
のだそうです(司法制度改革審議会意見書より)。

 それで,手元のアンケートをめくってみると,「最近の若い弁護士(弁護士歴5年未満)」を,どう思うか?っていうのがズラズラ並んでしました。
 最近の若いもんは~~っていうボヤキを求めているのかしら。

 笑っちゃったのは「法曹の質を多面的に測定するための主観的側面」についての項目に並べられた質問事項です。
次の事項に,5段階評価で答えるのですが・・・・

「私は悪辣な人間にもうまく対応することができる」
「私は嘘やゴマカシを見破るのがうまい」
「私は他人の感情に左右されずに決断することができる」

うーん,こういうのが法曹のイメージなんですかね

「私は世の中がだんだん悪くなって来ていると思う」
「私は人が冷遇されているのを見ると,非常に腹が立つ」
「私は大勢の中でひとりぼっちでいる人を見ると,かわいそうになる」

これが,正義感っていうんでしょうか?ボヤキ漫談みたいですが。

「私は自信に満ちている」
「私は顔が広い」
「私は世知に長けている」

・・・どぅいう意図で聞いてるんでしょう?

「歌を歌ったり,聞いたりすると,私は楽しくなる」
「私は映画を見るとき,つい熱中してしまう」
「小さい子はよく泣くが,かわいい」
「私は動物が苦しんでいるのを見ると,とてもかわいそうになる」

・・・ううう

まあ,アンケート自体は,きっと何らかの分析手法があって,一定の成果を見込んで行われているのでしょうから,挙げられた項目一つひとつにゴチャゴチャ言っても意味はないのでしょうけれども,日弁連を挙げて費用と労力を掛けて,こんなアンケートを採らなければならないほど,「法曹の質」が問題にされるような時代になってきたことに,私たちの置かれている状況の変化を激しく感じます。
 最近,忙しいせいもあるけれど,だんだん肩の力抜けてきて,ブログの更新ペースも,私が理想とするマイペース(=何かに追われるような気持ちで行動しない。自然体で臨むこと。)になりつつある。
 毎日読んでおられる方には申し訳ないが,頑張って毎日続けて燃え尽きるよりも,細く長く続けることの方が価値があると思っているので,ご容赦いただきたい。

 さて,そうすると穴の開く日が増えるので,そこを私の趣味の「ラーメン」の記事でボチボチと埋めていこうと思う。(・・・・なんのこっちゃ)

20070830111804.jpg まずは,8月30日に,岩国駅前で喰った「寿栄広食堂」のラーメンを報告する。

 この日は,神戸大学法律相談部の学生諸君が,移動法律相談(合宿みたいなもの)で岩国に行っていたので,私もOBとして参加した。
 学生諸君から,「駅まで迎えに行きます」という申出を固く断ったのも,もちろん,ご当地ラーメンを試食したかったからである。

 予備知識は何もなかったが,駅に降り立つと,駅前ロータリーの右側に,「中華そば」と大きな看板があるではないか。
 駅前には,たいした店がないというのは大都市の話で,岩国の商店街を見渡したところ,ここがポイントと思われた。

 はたして,入店してみると,まさにラーメン専門店であり,傾いた床や,しなびたメニューなどは,いろいろなものを予感させる趣があった。

suehiro.jpg ラーメン1杯を注文した。
 すると,ほとんど待ち時間もなく,まるで立ち食いソバ屋のような速さで,ラーメンが届けられた。
 豚骨味で,背脂が載っているが,あっさり系で,めんは昔懐かしの感じ。
 一気に喰えるちょうどよい熱さで,なかなか手慣れた感じが好ましい。

 ふらっと入ったにしては“大当たり”と感じられるラーメンだった。
 後に調べてみると,ご当地では有名なラーメン屋らしく,ついてたなあと思った。
 今日10月1日は「法の日」です。
 この日,法テラスがスタートしてから丸一年経ちました。

 昨年は,法テラス準備の担当副会長だったので,当時のドタバタとイラ立ちが改めて思い出されます。
 明日は,サンテレビの「法律シグナル」のコメンテーターの当番ですが,ネタは
   「法テラス1年」
ということだそうです。

 テレビでは市民の方々に向けて,もっと広く法テラスを知っていただこうという趣旨目的から,法テラスの「光」の面をご説明することになります。

 しかし,もちろん「影」の部分もあるわけで,テレビではちょっと言えない問題点を,簡単にご紹介をしておきます。


1 まずは,市民へのサービスの低下ですね。
  法テラスが出来て,「民事扶助」には力が入れられていますが,これまで各地で行われてきた自主事業(刑事被疑者,犯罪被害者,少年,残留孤児,難民,ホームレス,医療観察対象者などなどへの援助)は,アッサリと切っちゃいました
 (仕方がないので,日弁連が手弁当で費用を出して,この10月から法テラスに委託して続けることになりましたが,それがなかったらどうするつもりだったのだろう・・・?)
  それから,法律相談や,過疎地対策事業についても,予算をケチって,ほとんど相談枠が増えません。いくら広報しても,受け皿の費用の手当てをしないのだから,お粗末です。
  弱者に対する救済の手が後退したことを,まざまざと感じます。


2 次に,大風呂敷を広げて大失敗のスタッフ弁護士制度です。
  法テラスに常駐して,仕事に従事するスタッフ弁護士が全然集まらないのです。
  なぜ?と,公務員根性ベタベタの官僚は疑問を感じているかも知れません。
  しかし,在野の弁護士からすれば当たり前です。
  特定業務に特化し,しかも,9年しか働けず,本部の命令は絶対。
  そんな官僚の使い捨ての駒と分かっていながら,公的使命に燃えて,スタッフを志す弁護士が,僅かながらでも存在することに,むしろ感謝すべきです。
  これは,法テラスの構想者が,傲慢な「驕り」に支配されていた証です。


3 さらに国選弁護離れをむちゃくちゃ助長したことです。
  ただでさえ,弁護士たちの刑事弁護離れが進んでいるのに,
  ゴチャゴチャとうるさい注文を付けて,弁護士たちを無用に苛立たせ,
  頑張っても報われないのに,手抜きすると報われる報酬体系に改め,
  そもそも報酬額そのものを,一気に引き下げてしまったことから,
  超加速度的に,国選の刑事弁護人が減っています。
  刑事弁護を頑張ろう!という弁護士が,希少種になったとしたら,それは法テラスのおかげです。



 挙げ出せばキリがありませんから,これぐらいにしときます。
 結局,民間の世界のトラブルや苦難に対しては,まず市井の感覚で臨まないといけないのです。
 ところが,
   ◆官僚的な感覚,
   ◆官僚人の冷徹さ,
   ◆官僚事務の平板さ,

を持ち込んで仕切っちゃったものだから,うまくいかずに立ち往生しちゃっているんですよね。

 結局,この1年の間,多くの公金を使って司法の世界にプラス効果があったのは,宣伝効果ぐらいでしょうか。
 しかし,それならば電通や博報堂などの民間広告代理店に頼んだ方が,ずっと上手だったでしょうね。
 お世辞にも世の中に法テラスが浸透したとは言えませんから。

 次の一年は,感覚だけでいいから「民間」を見習って,見直してもらいたいものです。
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