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 今日は,「昭和の日」だ。
 ただ,昨年から始まったばかりなので,なんとなく耳慣れない感じがする。
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 ちょうど,子どもが図書館から「学研まんが 日本の歴史」の
  15巻「戦争への道(昭和時代・前期)」
を借りてきていたが,その冒頭は,
 「昭和っていうのは,中国の古い本からとった年号で,みんなの生活が安定して,世界が平和になるようにとつけた年号だよ」
というセリフから始まっている。

 具体的には,書経の中にある次の一文が出典元とされている。
「九族既に睦まじくして,百姓を平章す。 百姓明にして萬邦協す」
(家族がみな和気あいあいとし,仲よく力を合わせて暮らすと,そういう人たちが寄り集まることによって,すべての家々(百姓)が平和で明るく栄えていく。その和は,隣近所から広く人々を和合し,果ては国中の民が和を愛し,更にその和は広く万国に及び,国々が和合協力することまちがいない, という意味だそうだ)。

 簡単に言えば「昭和」という日は,生活の安定と世界平和を願って付けた元号であるということだ。
 しかし,残念ながら,昭和前期は,名前負けそのものというべき経過だったことは否定できない。

 そこで,国会での議論を紹介し,この日が,昭和の過ちを反省する日であることを,あらためて確認しておきたい(162回参議院・内閣委員会 平成17年5月12日議事録より)
○衆議院議員(冬柴鐵三君) 私も白浜議員と全く同じ思いで、この昭和の日を過去、昭和という年代を顧みる日としたいと思いますが、国民にはいろいろな考えがありますから、そうであらねばならないということではありません。
 しかしながら、私の発議者としての意見を申し述べるならば、先ほど申しましたように、昭和という時代のある一定の時期には国策を誤ってしまった。それによって戦争への道を歩み、そしてまた国民を存亡の危機に立たせてしまった。そして、それだけではなく、多くのアジアの人々に対して耐えることのできない、受忍することのできない大きな損害、そして苦痛を与えてしまったという歴史的事実、この深い反省に立って我々は新しい憲法を制定したと思うわけであります。その中では、明治憲法を廃して、そして国民主権、そして基本的人権の尊重、恒久平和という大きな三原則を掲げた全く新しい国をつくり出したのも昭和の年代でありました。
 憲法九条には、言うまでもなく今、白浜議員がおっしゃったように、本当に日本国民が苦痛を、耐えることのできない苦痛を味わったこの深い反省に立って、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇、武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する等々、本当にその今までの誤った政策というものの反省に立った平和への大きな希求と、国際社会に対するメッセージを発し、そしてその残された昭和の年代というものは、私は、被爆国でありますから、核不保持を誓った非核三原則というものを国是とし、武器は輸出しない。そして、国際平和のために我々が刻苦勉励してそして世界第二位の経済大国となった、そういうものを発展途上の国々にも分け与えようということで、政府開発援助、ODAは世界第一位を今も、累計額におきましてはアメリカをしのいで第一位を記録をしていると私は思っておりますけれども、国連の分担金も一九・五%と、アメリカに次いで多額を負担しております。
 そのように、日本は徹底したこの昭和の年代の反省、そして苦難と再建という激動の中で国際平和をいちずに求めてきたと私は思っているわけであります。
 したがいまして、昭和の日、この日を憶して私は顧みるならば、将来も、このような短い昭和の年代の歴史でありますけれども、それをかがみとして国際平和のために徹底して尽くしていく国でありたいと、こういう思いを私個人としても持ちたいと思っております。
 冒頭申しましたように、それを押し付けるわけではございませんし、ある人々、人それぞれに昭和という年代を顧みるときにいろんな思いはありましょうけれども、私は今、白浜議員が指摘されましたように、最も昭和ということを思い起こすときに、戦前の過ち、そして再びそれを犯すことはないという誓い、こういう日であってほしいなという願望を持つ一人でございます。


つまり,昭和の日は,過去の過ちを反省する日という位置づけができそうだ。

こうしてみると,ゴールデンウィークはよくできている。

昭和の日;過去の反省に基づき平和を決意する
    ↓ これを受けて
憲法記念日;反省と希望を込めた憲法をつくる
    ↓ これを受けて
こどもの日;憲法の理想を実現する未来の担い手(子ども)の成長を希望する

日本の歴史のエッセンスが凝縮されたのがGWの一連の祝日である。
そう思うと,軒先に掲げられた日の丸の国旗も,誇らしく思えるから不思議である。
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 JR福知山線脱線転覆事故から3年目を迎えました。
 この日,遺族・負傷者らがつくる4・25ネットワークが主催する,
   ~JR福知山線尼崎脱線事故の真相に迫る~
   『追悼と安全のつどい2008』

が開催されました。
(後援:尼崎市,思いをつなぐ連絡会(4月25日は忘れない),鉄道安全推進会議(TASK),4・25支援弁護士グループ)
tuitoanzen2008.jpg

 今回は,「事故の真相に迫る」と題して,遺族の方々が自ら取り組んだ成果として,
   ◇真相の究明と説明責任(公開質問)
   ◇退任役員問題とJR西日本の対応
   ◇安全基本計画の問題点
などについて,非常に濃密で詳細な報告がありました。
 真相に「本気で」迫ろうとすることが本当はどういうことなのか(≠加害企業のおざなりな対応),遺族の方々の取り組みに接することで,よく分かりました。

 それとともに,「遺族・負傷者の思い・願い」と題して,遺族,負傷者の方々の,3年経った現在の状況を赤裸々に語られる機会もありました。
 3年の時間によって,むしろ一層深刻になってきている姿が浮き彫りになりました。
 “もし「風化」があるとすれば,それは当時の状況が正しく伝わっていないからではないか”,という問題意識で,小椋聡さんが,当時の惨状を生々しく絵に描かれたそうです。
 思いを絞り出すような悲痛さが伝わってきました。

 また,兵庫県こころのケアセンターの加藤寛先生は「被害者の立ち直りについて」と題する講演をされました。
 被害者の立ち直りを阻害する要因の一つとして「社会が忘れてしまうこと」が挙げられていました。
 私たちにできることは,まず「忘れない」ということだ,と改めて認識しました。

 最後に,「追悼と安全のつどい2008」参加者一同の名において,JR西日本の安全を求めるアピールが宣言されました。
 おそらく誰も異論を呈することのできない真理だろうと思います。
 以下,引用させていただきます。
      ↓
 JR福知山線尼崎脱線転覆事故の遺族が中心となっている「4・25ネットワーク」では,この事故の原因が何であるか,言い換えれば「どうして最愛の家族の命が喪われたのか」を知りたいという思いを,集った方々が共有している。

 その中には,全く未知の「鉄道」の分野の真実を知るために,専門性の厚い壁を乗り越えて,取り組んでいる方々がある。
 3年間にわたって突き詰めてきた「なぜ」を,整理して,
   「JR西日本に対する公開質問状」
を完成させ,3年目を直前に控えた平成20年4月23日,この質問状をJRに手渡した。

 この公開質問状のPDFファイルをアップすると共に(→こちらです),本文部分を末尾に引用しておく。

 その内容は,とても素人がまとめたものとは思えない。
 被害者が,事件に真正面から向き合って,真相を知るために精力を尽くし得る存在であることがよく分かる成果だと言えるのではないか。

 JR西日本にとって,「分からない」項目はないだろうが,「答えられない」項目は多いかも知れない。
 どれだけ正面から回答に応じるか,というところで加害企業の姿勢が浮き彫りになるだろう。

以下は神戸新聞の平成20年4月24日の記事の引用である。
独自調査3年、JR西に質問状 4・25ネットワーク

 尼崎JR脱線事故の遺族らでつくる「4・25ネットワーク」は二十三日夜、独自の調査に基づき事故原因などを問う「公開質問状」を、JR西日本に提出した。遺族らは内部資料を入手し、私鉄各社にも聞き取りを重ねるなどし、「事故は予見できなかった」とする同社への疑問を整理した。その中心となった三田市の木下廣史さん(49)は「犠牲者に代わり、私たち遺族が疑問をただしたい」と語った。
kinosita080423.jpg
 公開質問状は、カーブの危険性をめぐるJR西の事故前の認識▽安全管理体制-などについて、質問、要求を百四十四項目にわたり列挙した。

 特に、JR西自らが「設置されていれば事故は防げた」と認めている新型自動列車停止装置(ATS-P)については、同社の過去の取締役会資料などに基づき、宝塚線では導入がないままスピードアップが続けられた経緯を指摘。当時の安全に対する認識について見解を求めた。五月末までの回答を求めている。

 JR西に説明責任を果たすよう求め続けてきた木下さんは、事故で長男和哉さん=当時(22)=を失った。事故後もJR宝塚線で通勤し、一両目の運転席の背後から速度計をチェック。ゆとりを持たせたという各駅の停車時間を腕時計の秒針で確認するのを日課とした。

 同時に、独自にJR西の資料を集め私鉄各社に聞き取り。鉄道事故の専門家を訪ね、意見を求めた。行き着いたのは「安全についてのJR西の経営判断は適正だったのか」との疑問だった。国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(事故調委)の最終報告書でも、疑問は晴れなかった。

 質問状は昨秋からとりまとめ作業にかかり、半年かがりで仕上げた。多忙な仕事の合間を縫って、深夜の帰宅後や、出張時の移動中にパソコンを開き、質問を練った。

 遺族六人とともにJR西本社を訪れ、質問状を手渡した木下さんは「息子にはもう何もしてやれないから、こうやってがんばっている。これからが始まり」と話した。(森本尚樹、安田英樹)

 名古屋高裁の画期的な憲法9条違憲判決を記録しておくために,以下,

  ◆裁判所の判決要旨
       と
  ◆原告・弁護団声明

を引用しておきます
(※なお,引用は例によって,読みやすくするために,改行,強調等を行っています。)

 今回の判決の要旨の中で,私が,ベストセンテンスを3つ選ぶとしたら,次の3文です。
 メディアが注目して取り上げている部分とは違いますし,また,今回のイラク特措法の件についての直接的な判断部分ではありません。
 しかし,逆に言うと,あらゆるケースに当てはまる普遍的な原理・原則を示した部分だと思います。
 そして,そこには厳然とした勇気と,良識・良心と,血の通った人間らしさが,感じられるではありませんか。

 法規範性を有するというべき憲法前文が「平和のうちに生存する権利」を明言している上に,憲法9条が国の行為の側から客観的制度として戦争放棄や戦力不保持を規定し,さらに,人格権を規定する憲法13条をはじめ,憲法第3章が個別的な基本的人権を規定していることからすれば,平和的生存権は,憲法上の法的な権利として認められるべきである
 →平和的生存権が,憲法9条・13条と同じように,憲法上の権利であると言い切った

 憲法9条に違反する国の行為,すなわち戦争の遂行,武力の行使等や,戦争の準備行為等によって,個人の生命,自由が侵害され又は侵害の危機にさらされ,あるいは,現実的な戦争等による被害や恐怖にさらされるような場合,また,憲法9条に違反する戦争の遂行等への加担・協力を強制されるような場合には,平和的生存権の主として自由権的な態様の表れとして,裁判所に対し当該違憲行為の差止請求や損害賠償請求等の方法により救済を求めることができる
 →憲法9条違反の戦争参加に裁判所がNO!を言う役割を果たすぞと宣言した

 控訴人らは,それぞれの重い人生や経験等に裏打ちされた強い平和への信念や信条を有しているものであり,憲法9条違反を含む本件派遣によって強い精神的苦痛を被ったとして,被控訴人に対し損害賠償請求を提起しているものと認められ,そこに込められた切実な思いには,平和憲法下の日本国民として共感すべき部分が多く含まれているということができ,決して,間接民主制下における政治的敗者の個人的な憤慨,不快感又は挫折感等にすぎないなどと評価されるべきものではない
 →平和を思う信念は,平和憲法を持つ日本国民の思いとして尊重すべきと言い切った
 
 憲法9条違反の違憲判決が出ました(名古屋高裁)

 裁判所は,
 「イラク特措法が合憲であったとしても、活動地域を非戦闘地域に限定した同法に違反し、憲法9条に違反する活動を含んでいる」
と述べ,9条違反の違憲性を明確に述べました。

 すごいことです。

 控訴棄却判決なので,原告側も被告側も上告できません。
 だから,これで確定です。
 この「憲法9条違反判決」は,確定した高裁判断となります。

 いよいよ,9条が司法の世界で活かされる場面がやってきたんだ,という感無量の思いを感じます。

 この勇気ある判決を書いた裁判長は,青山邦夫さんです。
 この3月末をもって退官されましたが,修習22期で,ほぼ定年となるまで裁判官一筋で職を全うされたキャリア裁判官です。
 普通の裁判官の感覚が活かされて,このような判決がなされたことにも,一法曹人として,活きた司法の良心を見た思いもします。

 この裁判で,控訴人ら(=市民ら1122名)が提出した控訴理由書は,次のようなコメントで締め括られています(→詳しくはこちらよりどうぞ
裁判所には、司法権の一翼を担う裁判所として、司法審査権の本来の役割を果たし、違憲立法審査権を適正に行使するという立憲主義上の職責を十分に果たした上で、中立公正な立場から判断頂きたい。
 それこそが原審裁判所が幾重にもわたって犯した原判決の誤りを正すことであり、国民の司法権に対する信頼を取り戻すことであり、再び日本が軍事国家となることを防ぐために日本国憲法上、立憲主義上課せられた裁判所の役割である。
 まさにこの刺激的な檄文に対し,正面から応えた判決と言えるのではないでしょうか。

以下,速報記事を引用しておきます。
 JR福知山線脱線列車事故に関して,まもなく事故のあった2005年4月25日から3年目を迎えます。
 先日, 「思いをつなぐ連絡会~4月25日は忘れない」により,記者発表を行いましたので,その様子を記事を引用して,レポートしておきます。
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■記者発表趣旨■

 あのとき,あの場所での惨事から,間もなく3度目の4月25日を迎えます。
 時流の早さとともに風化が感じられる今こそ,こんな悲しい事故を繰り返さないようにするため,「忘れないで」のメッセージを伝えていかなければなりません。

 「思いをつなぐ連絡会」は1年目の周年行事の開催にあたって,遺族・負傷者が自ら,また,家族,友人,知人,専門家,ボランティアをはじめとする有志の支援者が集って,年齢も地域も職種も越えた「思い」を「つなぎあう」グループとして立ち上がりました。
 1年目,2年目ともに,JR福知山線沿線で行われた様々な取り組みの礎となって活動し,相互に集い合う場としても機能しています。

 3年目を迎える今年度の活動の準備状況をお知らせし,各行事に込められたそれぞれの「思い」をお伝えしたいと思います。

寄付金の募集口座 ~ 活動の運営を支える募金・寄付金について御協力をお願いします。
 振込口座 りそな銀行 西宮北口支店 普通預金 1273226 思いをつなぐ連絡会

 日弁連で,「靖国 YASUKUNI」 の上映会を行うことになった。
 yasukuni.jpg
 日時は,4月23日(水)12時~16時,場所は日弁連会館である。

 映画のことを論じると,よく「まず,ちゃんと見てから批評しろ」というお叱りコメントをいただくことがあるが,この件についてあれこれ批判する人に,その言葉を,そっくりそのままお返しし,是非,見に行っていただきたいと思う。

 私は,この映画を見たことはないが,その中身もさることながら,今回のシンポのサブタイトル,
   「今,表現の自由民主主義の意義が問われています」
というところに,思いっきり共感する。

 だいたい,「表現の自由」とか,「民主主義」という概念は,目に見えるモノではないし,当たり前のように存在しているときは,空気みたいなもので,ありがたみを感じる機会さえない。
 むしろ,「表現の自由の濫用によって傷付けられた」などというケースの方が大きく取り沙汰され,本来の効能よりも,副作用の方にばかり目が行くことが多い( いわばミニ「表現の自由」バッシングである。)。
 この数年前までは,そんな雰囲気だったと思う。

 しかし,空気と同じように,それが無くなってくると息苦しくなり,やがて「社会」という生き物は窒息死してしまう。
 このような息苦しさを実感しつつある今こそ,「表現の自由」とか「民主主義」の存在を,強く感じておかなければならない。

 ヘンな喩えかも知れないが,心肺機能を高めるには,水泳などで息を止めたり,空気の薄い高地でのトレーニングが役立つ。
 それと同じように,「表現の自由」という空気のセンサー機能を高めるためには,多少,息苦しい状況を体験した方がよい。
 なので,逆説的で,いかにも皮肉に聞こえるかも知れないが,有村議員や稲田議員の働きには感謝しなければならない。

 今回の映画「靖国」に,ここまで大きな社会的価値を付与してくれたのは,彼女らが,私たちにリアルな息苦しさを提供してくれたからである。
 彼女らご自身が意図していなかっただろうが,私たちに対し,空気のような「表現の自由」の大切さを感じさせてくれ,結果として映画「靖国」の中に,表現の自由と民主主義の意義を吹き込んでくれた
 実際,彼女らのお陰で,日弁連も立ち上がったし,映画配給者や,全国の良心的な映画館主らは,自分たちの社会的役割に目覚めたわけであるし,おそらく彼女らの働きがなければ,かくも多くの映画館で上映されることにはならなかっただろう。
 立憲民主主義信奉者としては,彼女らに,ひとまず礼を言いたい気分である。

 以下は,この件についての日弁連会長談話である。
映画「靖国」上映中止に関する会長談話

 今般、靖国神社を取材したドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」について、本年4月12日から上映を決めていた映画館5館が、相次いで上映を中止するという異例な事態が発生した。

 これらの映画館が上映を中止した理由については、街宣車などによる上映の中止を求める抗議の行動や電話などが一部にあり、近隣の住民や観客に迷惑が掛かることを配慮したためであると報じられている。

 映画という表現の手段が、憲法21条の保障する言論及び表現の自由に含まれることは言うまでもない。
 主権者である国民が自らの政治的意見などを形成するにあたって、多様な意見が社会に提供されることは必要不可欠なものであり、その点からも上映は最大限に保障されるべきである。

 今回の事態が、国会議員からの要請による試写会の実施をひとつの契機として発生したことは否めず、結果として上映の中止という事態に至ったことに鑑みれば、政治権力に携わる国会議員としては、慎重な配慮に欠けるところがあったものと言わざるを得ない。

 また、これらの映画館が上映を中止するに至ったのは、一部の者による抗議の行動などによると報じられている。
 このような不当な圧力によって、ドキュメンタリー映画として上映されるべき映画の公開が大きく制約されるとすれば、民主主義を支える表現の自由と国民の知る権利が侵害されるのは明らかであり、こうした事態が拡がることになれば、市民にとって重大な意味をもつ自由・人権が深刻な危機にさらされることとなる。

 よって、当連合会は、今後、二度とこのような事態が生じないよう、関係機関に対し、表現の自由を最大限尊重するよう求めるとともに、映画関係者に対し、表現の自由に対する不当な圧力に決して萎縮することなく、毅然とした態度で臨まれるよう要請する。
 また、当連合会は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする立場から、表現の自由を守るべく、最大限の努力をする決意をあらためて表明するものである。

2008(平成20)年4月4日

日本弁護士連合会
                               会長 宮 誠
fukkogakkaiHP.jpg ひとつの学会が生まれ,育っていく有様を,間近で見ることができるのは,たいへん興味深く,また,ありがたいことである。

 今年1月に発足した日本災害復興学会であるが,とうとう自前のホームページをオープンした。
 その姿が,その顔が,いよいよ見え始めたというところであろうか。

 ついては,ここにご紹介しておきたい(その製作,管理を一手に引き受けているうのは,都市生活コミュニティーセンターの池田啓一さんには頭が下がるばかりだ。)

 以前にも各社新聞などに取り上げられた件であるが,このHPのウリは「災害情報のウェキペディア」を目指す,というところにある。

fukkougakkaiwiki.jpg 災害に関連する情報は,実に多岐にわたる。
 日本災害復興学会の兄貴分の学会として「日本災害情報学会」というのがある。
 災害の分野では「情報」というのは実に大切だ。

 そもそも,地震などの「自然現象」が,直ちに「被害」を生むわけではない。
 たとえM8級の地震が起きても,無人島なら被害は0である。
 つまり,被害を大きくするも,小さくするも,それは人間次第なのである。
 社会の営みの脆弱性が被害の大小を決するのである。

 現代社会の特徴は,「高度の情報化」である。
 復興の場面にあっても,情報の早さと質が,復興のキーを握っている。
 いくつかの情報流通の工夫さえあれば,神戸の孤独死がどれだけ救えたであろうか。

 被災地に,すぐさま良質の情報が届き,復興の支援になれば何よりである。
 平成20年4月13日(日)に,「思いをつなぐ連絡会」が後援をする,「フレンズ!川西フェスティバル」が開催された。
20080413182613.jpg 川西市を中心に活動をしているアマチュアバンドやダンスグループ,高校生の方々などが集まって,ミニコンサートを実施するという催しであり,3年前から開催されている。

 3年前というと,その4月には川西池田駅を通過したJR福知山線の列車による脱線転覆事故を忘れてはならない。
 この事故で,107人(108人)の尊い命が失われた。
 この行事は,その追悼の意と安全への祈りを込めて,毎年,頑張っているのである。

 今年は,屋外で模擬店なども配置して繰り広げられた。
 私は途中から参加したが,天気にも恵まれ,大いに盛り上がった・・・・

 ・・・・と,ところが,フィナーレ間近になって,いきなりどしゃぶりの大雨!!!

 スタッフの若者達は,大粒の雨の中,ずぶぬれになりながら事態の収拾に走り回っていた。

 スーツ姿の私はほとんど何もできないままボーっと突っ立っていた。相手は天気なのでどうしようもないのだが,何だか傍観者の無力感や自責感に襲われ,身がすくんできてしまった。
 
20080413183630.jpg しかし,そんなとき,ラストの試みがとても心を和ませ,冷えた気持ちをあたためたのである。

 107個のキャンドルに灯を灯した。
 そして,そこに残った多くの人々が,それを一つずつ手に持って,テントの下で輪になった。

 テントと言っても,地面はグチャグチャ。
 若者達はずぶ濡れで身体は冷え切っているし,照明もなく暗~い環境下にあった。
 ただ,こういう状況だったからこそ,ゆらゆらゆれる小さな灯火に,何か自然に,それぞれの思いを投影することができた。
 犠牲者の方々への追悼の気持ち,かけがえのない命のたいせつさ,真に安全な鉄道の実現,関係者の方々の人生など…
 それぞれの思いを込めて,それぞれがキャンドルの灯を見詰めた。
 そして,小さなテントの下で,一つになっているという絆を何となく感じることができた。

 (※参加者の方々から「思いをつなぐ連絡会」に,たくさんの寄付をいただいた。この場を借りてお礼申し上げたい。)
 「自己免疫疾患」というのは,ごく簡単に言うと,自分の体を守るために作られる抗体が,逆に自分自身の身体の組織を攻撃してしまうという病気です。
 たとえて言えば,オウンゴールみたいなもので,たいへん深刻な病気です。

 私は,昨日の反戦ビラ配りの最高裁判決に接して,私たちの日本国の民主主義が,今,自己免疫疾患の状態にあると確信をしました。

 民主主義は何のためにあるのでしょうか?
 その答えは簡単で,私たちの幸せのためです(=人権の保障)。
 そして,そのために,風通しの良い安心できる社会環境が必要で(=自由な情報流通),
 結果として,権力に歯止めをかける機能を持ちます(=権力抑制)。

 だから,日本国憲法は,民主主義を健全に保つために,
  「豊富な人権のメニュー」
  「最も重要な人権として表現の自由」
  「国民の参政権や,司法によるチェック機能」

といったツールを用意をしているわけです。

 しかし,この民主主義を守り,健全化するために用意したはずのツールが,民主主義自身を攻撃しているではありませんか。

 最近の目立った例だけを見てみましょう。
◆ 日教組の全国集会をプリンスホテルが拒絶した件は,「民間」の企業が,圧力をおそれて「自粛」の名の下に,集会の自由を封殺したものです。

◆ 映画「靖国」の上映中止も,民間の映画館が,内外の批判や圧力をおそれて「自粛」をしたものです。

◆ 「靖国」上映中止の引き金となったのは,「民主的な選挙」によって選出された一部の「国会議員らの言動」でした。

◆ ビラ配りに有罪判決を下し,表現の自由に萎縮的効果をもたらしたのは,裁判所にほかなりません
 
 結局,

◇民主主義の享受者たる「民」が,自己の保身のために,人権をないがしろにし,

◇民主的に選出された国会議員が,民主主義に不可欠な人権にいちゃもんをつけ,

◇民主主義を守る最後の砦である裁判所が,秩序のために,人権を犠牲にした


ということであって,全くサカサマの現象が立て続いているわけです。

 民主主義を守るために,「民」に与えた様々なツールが,今や,民主主義を崩壊させる手段となっているわけで,非常に重篤な疾患状態にあると言わざるを得ません。

 自己免疫疾患は,難治性の病気の典型です。

 しかし,現在の民主主義の状態は,私たちが自ら作り出した状態であり,病気ではないのですから,我に返って,本来のあり方を思い出せば,すぐに健全な状態に戻れるはずです。
 一刻も早く,本来の民主主義を取り戻せる日が来ることを祈りつつ。
inouebensyasin.jpg 明日(4月12日土曜日)の午後1時30分から,
 あすてっぷKOBEセミナー室において,
広島弁護士会の
    井上正信弁護士
の特別講演が予定されています。

 題目は,ちょっとおかたいですが,
  「米軍再編にみる日本の国家主権の侵害 
      その真実をえぐる!」

です。

 兵庫県弁護士9条の会の総会記念の特別講演なのですが,第1回目は加藤周一先生をお呼びするなど,力を入れた講演ですので,是非,ご参加下さい!

 以下は,井上弁護士からのメッセージです。
 兵庫県の仲間の皆様、総会という大切な行事にお招きくださり光栄です。

 私がお話しする内容は、9条改憲問題を日米の軍事政策・安全保障政策から迫っていこうというものです。
 米軍再編はすでに動き始めています。
 日米の安全保障政策から軍隊の部隊レベルまでの日米一体化を図るものです。
inoueben.jpg 昨年1月防衛省が発足し、軍事力による安全保障政策を推進する仕組みができました。
 福田総理大臣と小沢民主党代表による密室協議での大連立構想は、中心テーマが自衛隊海外派兵と改憲問題でした。
 その影の主役は米国だったのです。

 政府与党は、自衛隊海外派兵恒久化法案の本格的な議論に入りました。
 9条にとどめを刺す立法改憲になる可能性があります。
 民主党が提出したアフガン復興支援法案も同様の提案をしています。

 昨年の参議院選挙で自民党が大敗し、参議院で少数与党となったことで、多くの市民は改憲が遠のいたと感じたはずです。
 しかし、権力側はこのピンチを一気にチャンスに変えようとしています。
 今年は衆議院選挙があるといわれていますので、改憲策動が急速に進められるのか、それとも私たちが押しとどめることができるのか、これを決める重要な年になるでしょう。

 米軍再編を含む日米同盟の再編強化が示す方向は、9条改憲そのものであり、それがどれだけ世界の流れに反し、私たちと世界に災厄を与えるものであるかを、多くの市民に知ってもらわなければなりません。
 大いに語り合いましょう。

(空白期間の穴埋めブログです。
 超ひとりごとですから,役に立つ記事をご希望の方は,一切お読みにならないで結構です。)

 ダイエット初期段階で,私にとって,もっとも乗り越えるのが困難な山は,
    「食べ物を残す」
ということでした。

 出されたものは全て平らげる,のをモットーに生きてきた私にとって,出されたものを残すという対応は,極めて多大な精神的苦痛を伴う行為でありました。
 「全て完食!」が当たり前であり,また,「食の美学」だったのですから,その意識転換には,少々,強い意志が必要でした。

 ここで,意識転換の重大なヒントは,ラーメンにありました。
 私は,「完食する」と言いましたが,実は,大好物のラーメンであっても,汁は必ず残すようにしていたのです。
 どんなに美味いスープであっても残していました。
 これは若いときからの習慣で,「汁を全て飲むのは良くない」とどこかで聞いてから,ずっと当たり前のように守ってきた習慣でした。

 つまり「残すのが当たり前」というのを習慣にしてしまえば良いのです。
 平成19年年内は,よほど気を使う場面でない限り,たとえ僅かでも,ちょっと残すようにしました。
   ご飯は1割ぐらい残す,
   ラーメンも数本は残す,
   マクドのハンバーガーもパンを残す,
   王将の餃子も1個だけ残す,
こうして,少量を残す勇気が,体内脂肪の燃焼促進につながったと思っています。

 これは,日常の仕事ぶりにも通ずるところがあるように思います。
 私の場合は,よほどでない限り,目の前に持ち込まれた仕事は,あまねく引き受けて,できる限り全うするように心がけていました。
 これも,完食の美学に通ずるものがあるのかも知れません。
 しかし,そうすると,仕事メタボになってしまい,業務過多となって,結局,不完全燃焼になり勝ちでした。
 目の前に出された仕事であっても,あえて勇気を持ってお断りし,可能な分だけ(=できる分だけ)お引き受けして,仕事をするという当たり前のことが,かえって自然体につながるのかも知れません。

 「小食を習慣化する」という作業が大切です。
 2007年10月23日から減量を開始して約半年。
 最大体重79kg台から,62kg台(現時点)までダイエットすることに成功しました。
 落差は,約17kgといったところです。

 現在のところ,リバウンドがこわいところですけれども,自分にセーブを掛ける意味も込めて(~というよりも,実際のところは,さぼったブログの空白日数分を埋めるため),ダイエットの記録として,駄文を残しておくことにします。

 まずは,動機編。
 …とは言うものの,はっきり言って,あんまり大した動機付けはありません。
 10月23日は,高校の同窓会があった日ですが,20年経って同級生各位がほとんど体型を維持しているのに,私があまりに変わり果て,良いネタにされたことが一つの契機です。

 かねてから,ダイエットしないと不健康だ,などという漠然とした強迫観念はあったのですが,そういうマイナス傾向の動機付けは,やっぱり長続きしないようです。

 また,「○○のために,その日までにダイエットを」と目標を掲げるのも,一つだと思いますが,目標達成とともに,気力が薄れるので,いかがなものかと思います。

 私の場合は,「ダイエットそのものを楽しむ」と言いますか,減量すること自体を日課の一部に自然に取り入れたところが,大きな転機だったと思います。
 あまり大上段に動機を掲げて目標倒れに終わるより,いかに自然の生活リズムの中に組み込むかというところがポイントです。

 もちろん,動機付けは大事です。
 その動機を,日常のプロセスの中に刷り込ませて,いちいち動機を意識せずに,自然体でダイエットに励むというのが,長続きするコツだと思います。
 (そうすると,あまり,切羽詰まった強迫観念に駆られた動機って,毎日が辛くなるので,良くないですよね。)

 言い換えれば,「ダイエットすること自体がダイエットの動機だ」という感じでしょうか。
 日々の生活は,循環の繰り返しなので,循環論法で良いわけです。
20080328124628.jpg 全国先物被害研究会が山形県で開催された。
 今回も,非常に有益で,とても役立つ内容で,「よし,やるぞ!」と奮起させられる。
 年2回の定例行事であるが,私の英気を養う貴重な機会だ。

 そして,この機会に,欠かせないのはご当地ラーメンである。
 全国各地の味を,私の舌に刻み込むのも重要なことである。


 さて,山形県の名物は,「冷やしラーメン」とのこと。
 山形は,東北地方ではあるが,日本の最高気温を何度か更新した記録も持っている。
 なので,冷やしラーメンを喰らう必然性もあるわけだ。


 当地で最も有名と言われる「栄屋本店」に飛び込んだ。
 冷やしラーメンは,ダシは冷えても油が固まらないようにということで,魚のダシを中心にしているらしい。
 もっとも,温かいラーメンでも魚のダシが効いているようだ。
20080328122842.jpg20080328123259.jpg
 ここで大切なことは,冷やしラーメンと,普通のラーメンの違いをきちんと峻別しておかなければ,冷やしラーメンの価値は分からないということである。
 ということで,厳しいダイエット中にもかかわらず,普通のラーメンと,冷やしラーメンの両方を味わうことにした。
 ラーメンだけは枠外である(これぞ,ラーメンダイエットの秘訣!)
200803281.jpg
 しっかり完食!!

 どちらもスッキリとした味わい深いスープで美味であった。

 関西人にとっては,めずらしく感じる超太麺もなかなかオツなもの。

 ただ,私としては,冷やしラーメンより温かいラーメンの方がおいしかったというのが正直な感想だ。

 記録的な気温の夏に来たら,また感想も違ったかも知れないけれども。
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