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 今年度は,なんだか知らないけれど,とにかく忙しい・・・。
 弁護士会がらみの会務だけで,やたら多いような気がする。

 そこで,数えてみたら,こんなにあった。
 役員やってるときより多いじゃんか~。
 そりゃあ,忙しいわね。
(日弁連関係)
 ◇災害復興支援委員会(副委員長)
(兵庫県弁護士会関係)
 ◇常議員会
 ◇災害復興等支援委員会(委員長)
 ◇子どもの権利委員会
 ◇民事介入暴力対策・非弁取締委員会
 ◇民暴全国大会実行委員会
 ◇犯罪被害者支援委員会
 ◇総合法律センター運営委員会
 ◇広報委員会
 ◇法曹人口問題プロジェクトチーム
(尼崎支部関係)
 ◇運営委員会(支部長)
 ◇刑事弁護委員会
 ◇新法曹対策プロジェクトチーム
(異業種関係)
 ◇阪神・淡路まちづくり支援機構(事務局長)
 ◇境界問題相談センター運営委員

 こういうのを,当業界では,「多重会務者(たじゅうかいむしゃ)」と言います。
 「多重債務者」とは違いますよ!
 ただ,放っておくと,自転車操業で破綻してしまう,というのは同じかも。

 くわばら,くわばら。
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 四川地震が起きてから,あれこれ考えがまとまらず,ここのところ,ただでさえ停滞しがちだったブログ更新が,完全に止まってしまった。
 もっとも,現時点で,自分にできることは何もない。
 これまでどおり,ふと思ったこと,ちょっと考えたことを,つらつら書きとめておくことにする。


 私は,自然災害被害の情報に接したときに,常に考えるべきことは,
   「わがこととして考えられるかどうか」
ということだと思っている。

 そういう観点から,非常に悩ましいなあと感じている問題が,一つある。
   大量の身元不明の遺体の処遇をどうするか
という問題である。

 以下は,毎日新聞の5月22日の記事である。
四川大地震 : 身元確認できず火葬 犠牲者多すぎ

 中国・四川大地震で中国当局は、身元不明の犠牲者について、感染症の発生や流行を防ぐため遺体の腐敗が進む前に火葬する措置を取っている。火葬後もDNA鑑定で身元が確認できるように遺体の皮膚組織などを採取して保管する規定を作ったが、犠牲者があまりに多く組織採取まで手が回っていないのが現状だ。

 3000人を超える犠牲者を出した都江堰(とこうえん)市内の火葬場。黄色いビニールに包まれた遺体が次々と運び込まれる。都江堰を管轄する成都市当局は感染症を防ぐため、「身元不明の遺体は24時間を超えたら即刻火葬する」よう通達。遺体はベルトコンベヤーで奥の部屋に消えていった。

 中国政府は身元不明の遺体について、
   ▽番号をつける
   ▽写真を撮る
   ▽組織を採取する
--よう規定。火葬後の遺骨は個別の骨つぼに入れて保管している。しかし、火葬場のボランティアの女性は「組織を採取する余裕はない。デジタルカメラで遺体の写真を撮り、すぐに火葬するだけ」と証言した。遺体の多くは損傷が激しく、火葬後に写真だけで身元を確認するのは事実上、困難とみられる。 
【都江堰(中国四川省)大谷麻由美】

 「人口の多い中国の特有の問題だ」と思って,他人事だと捉える人もいるだろう。
 しかし,東京で大震災が起きたときには,同じ問題が起こる可能性は十分にある。

 首都圏での「身元不明遺体パニック」問題だ。

 このことを,東京銀座のど真ん中で開院されている青木正美医師は,ずいぶん前から声高に主張しておられる。
 ところが,「そんなことはあり得ない」とか,「起こるはずがない」と言って取り合わない方がほとんどで,防災に詳しい人でも「どうしようもない」とか「そのときになってから考えるしかない」という反応がほとんどだそうだ。
 このように,東京では,リアルに想像力を働かせて考える人は少なかった。

 ただ,私たちは,今まさに,大量の身元不明の遺体が存在する,という現実を見せられている。
 ここで,我が事としてイメージできるかどうかが,問われている。

 東京ほど,多くの地域外の人々(外国人も含め)が行き交いしている地域はない。
 よく「帰宅困難者」の問題が大きく取り沙汰されているけれども,もし命を失った場合は,直ちに「身元不明遺体」となるわけである。
 自然の大きな力の前に,どれほど両者に違いがあるだろうか。


 明日の我が身の問題として,この報道の内容の重みを受け止める必要がある。
四川省大地震について,連日の報道が続いている。
ミャンマー・サイクロンについても,同様である。
報道の洪水である。

こういう場合・・・・

テレビ報道には気をつけなければならない。
目に見える「画」が中心となり,リアルな印象を与えるかも知れないが,本当の被災者の人々の生活ぶりが見落とされる可能性がある。

新聞報道にも気をつけなければならない。
その時々における「大衆」(=購読者,ヤジウマ的な関心が主の人々)の嗜好に合わせるがあまり,過去との一貫性を欠いたり,今後の課題について,無責任な内容が散見される。

私は,「中国四川省大地震」「ミャンマーサイクロン」のことを知りたい方には,震災がつなぐ全国ネットワークのHPの,村井雅清さんの「村井雑感」をお勧めしたい。

sintuna.jpg


 ここでは,被災者の視点から,あるいは,被災者の支援者の立場から,一貫した視点と,豊富な経験に裏打ちされた「あたたかいメッセージ」とともに,現地の情報を得ることができる。
 お薦めである。

 なお,神戸新聞では,数日前から,四川入りしている吉椿雅道さんのレポート(上記の“震つな”レポートに出てくるYさん)を,掲載している。さすがだ。
兵庫県弁護士会で、
 「名古屋高裁判決を踏まえて航空自衛隊のイラク早期撤退を求める会長声明」
というのを出しました。

 ポイントが簡潔に整理されていて、よいと思いますし、何よりも「法の支配」という切り口で、判決を評価し、政府を批判している点が、ズバッとしていてよいと思います。

 ここに引用して、重要部分に下線を引いておきます。

名古屋高裁判決を踏まえて航空自衛隊のイラク早期撤退を求める会長声明

1 名古屋高等裁判所は、本年4月17日、いわゆる自衛隊イラク派遣差止訴訟において、現在イラクで行われている航空自衛隊による多国籍軍の空輸活動は憲法9条1項に違反するとの画期的な判決をした。
 ミャンマーのサイクロン被害は甚大で,本当にひどい。
 被災者の方々には,国境を越えて,心よりお見舞い申し上げたい。

 目下のところ,ミャンマーは軍事政権下にあるけれども,
    「軍国主義が自然災害に弱い」
という法則を,まさに裏付ける結果となっている。

 たとえば,警戒措置の遅れ,緊急事態の放置,復旧活動の停滞など,災害対応の稚拙さは目を覆いたくなるほどだ(→たとえば,毎日新聞産経新聞朝日新聞など各社指摘あり)

 これは,歴史的にも,社会的にも,既に教訓化している事実だ。
 たとえば・・・・

 アメリカでは,危機管理庁(FEMA;フィーマ)が,災害対応の中軸であった。
 ノースカロライナ地震の際には,FEMAの対応が,世界のお手本となった。
 しかし,9.11後のテロ対策強化で,FEMAが軍の下部組織に位置付けられてからは弱体化し,ハリケーン・カトリーナでは被害を救うことができなかった。(→こちらを参考に


 北朝鮮は,言うまでもなく軍事大国の道をまっしぐらに進んでいる。
 国家予算の大半を軍事費が占めている一方で,過去10年間における自然災害による死亡者数は、北朝鮮が世界最多となっている。
 すなわち,北朝鮮では,全世界の自然災害の死亡者数の37%(45万8435人)を占めている。
 大津波に遭ったインドネシアの死亡者数をはるかに凌駕している(→こちらを参考に)。


 日本も例外ではない。
 第2次世界大戦前後には数々の大規模な自然災害被害が生じている。
   ◆1940年7月12日の三宅島噴火で死者不明者46人,
   ◆1941年7月15日の長野北部地震で死傷者23人,
   ◆1941年11月28日の豊橋竜巻で死傷者53人,
   ◆1942年8月27日の台風16号で死者不明者1158人,
   ◆1943年9月10日の鳥取地震で死者1083人,
   ◆1943年9月20日の台風26号で死傷者1461人,
   ◆1944年12月7日の東南海地震で死者不明者1223人等
我が国が軍事にかまけて,自然災害対策を無視し,防災投資を怠っていたことの証左であり,大いなる教訓である(→くわしくは拙著を


 とにかく,軍隊が,自然災害に役に立たないということは間違いない。
 むしろ,軍国主義の増大(軍事費の増大)は,自然災害被害の増大(防災費の削減)と,比例関係にある。

 また,軍隊というアイテムは使い方が難しい。
 ミャンマーの復興支援に,米軍派遣が検討されているそうだが,双方の軍事方針などをめぐってうまく進まないらしい。
 日本でも,自衛隊の海外派遣をめぐって,ゴチャゴチャしたのは記憶に新しい。

 こういうときに,真っ先に国境を越えて出動する支援部隊を編成して,国際貢献するのが望ましい。
 故小田実さんは,自衛隊を解体して,災害救援隊に再編成すべきだ,と主張していた。
 そういうのが,日本が国際社会で名誉ある地位を占めるために,最も効果的だと思うのだが。

 ともかく,ミャンマーにおける被害が,これ以上に拡大しないことを祈るばかりだ。
今回の9条世界会議で,
  「戦争を廃絶するための9条世界宣言」
が採択されました。
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 まもなく公式HPでも掲載されることでしょうけれど,私の興奮醒めやらぬうちに,とにかく,この宣言を記録にとどめておくことにしましょう。

★PDFファイルはこちらです→http://www.ancl.biz/9jo-sekaisengen.pdf

★テキスト化した文は,以下のとおりです。

(※なお,これは関西会場で売っていたペットボトルです。「世界は,9条をえらび始めた めっちゃええやん 9条世界会議」とあります。)

(※ついでですが,関西会場には,たくさんのこどもたちが本会場内外に訪れていて,そんなところも関西らしくて「めっちゃええやん」って感じでした。)

<以下は宣言の引用です~誤字・誤変換があったらご指摘下さい>

戦争を廃絶するための9条世界宣言
   2008年5月4~6日 9条世界会議


 日本国憲法9条は、戦争を放棄し、国際紛争解決の手段として武力による威嚇や武力の行使をしないことを定めるとともに、軍隊や戦力の保持を禁止している。
 このような9条は、単なる日本だけの法規ではない。
 それは、国際平和メカニズムとして機能し、世界の平和を保つために他の国々にも取り入れることができるものである。
 9条世界会議は、戦争の廃絶をめざして、9条を人類の共有財産として支持する国際運動をつくりあげ、武力によらない平和を地球規模で呼びかける。
 ただいま,大阪市内の舞洲アリーナに来ています。
 9条世界会議in関西の開催中です。
20080506120939.jpg20080506121606.jpg
 この臨場感をお伝えしたく,レポートします。

 世界会議では,専門家や研究者といわれる方々のお話もたいへん貴重ですけれども,この「in関西」でよかったなぁ~と思うのは,そうではないフツーの人たちの生の言葉でした。

20080506123126.jpg 午後の部の冒頭に,関西の各大学から集まった大学生・留学生6人のスピーチがありました。
 一市民参加者である私は,彼らの率直で飾ることのない心情や見解に,大いに共感を覚えました。
 若者の「平和を愛する大人たちへ,この9条のある国に生んでくれてありがとうございます!」という清々しく溌剌とした叫びに,会場から大きな拍手が送られました。
 (なお,司会の〔神戸としては毎度おなじみの〕小山乃里子さんが,東京の大学生対象のアンケートで,原爆投下日を知っている学生は,わずか4分の1程度だったという話を紹介され,会場がどよめきました。しかし,これに抗するように,良識のある若者が多数いることを知って勇気付けられた次第です。)

 私が今回,参加した最大の目当ては,ベアテ・シロタ・ゴードンさんの講演でした。
 ベアテさんは,言わずと知れたGHQの一員であって,日本国憲法の起草担当班のお一人です。
 ベアテさんは,終始,日本語でユーモアを交えながら,憲法制定当時のご自身の行動,戦後の焼け跡の有様と感想,GHQと日本政府との議論の状況,などをリアルに語ってくれました。
 具体的な内容は,次に箇条書きにすることにして,とにかく「感動」したことをお伝えしておきます。
(昨年の東京新聞のインタビュー記事も引用しておきます。)

 広いひろ~い会場内を2周りしてみましたが,人はギッシリ満員で,行き帰りのシャトルバスも文字通りピストン輸送状態でした。
 これだけ多くの人々が集って来ることに興奮を禁じ得ませんでした。
 昨日から幕張メッセで「9条世界会議」が開催されている。
imagin9.gif
 初日の5/4には,予想を大幅に上回る人々が集まり,3000人以上が,会場外に集ったらしい(→東京新聞の記事は後掲のとおり)

 とても,すばらしいことだと思う。

 残念ながら,私は会場に集えなかったが,多くの参加者が感動を覚えたという話を聞いて,参加者のみなさんのレポートを早く拝見したいと,うずうずしている。

 ところで,このような取り組みが,憲法制定後61年目,つまり2廻り目に入って初めて開催されたということを誇らしく思うと共に,他方で,日本国民の一人としてうっかりしていたという憾みを禁じ得ない。

 憲法の前文には次のとおり明記されていたはずだ。
われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。…日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
 つまり,国際社会において,平和を実現するための活動や呼びかけをしていき,名誉ある地位を占めるために全力を尽くすと誓っていたのである。
 そして,それを行うのは,誰であろう「われら」すなわち「日本国民」の仕事だと誓っていたのである。

 そうしてみると,市民が主となって,全世界から多くの方々を集めたこの「9条世界会議」こそ,
     国際社会において名誉ある地位を占める
具体的行動であると言えるのではないか。


 ところで,まもなく洞爺湖サミットが開催される。
 政府としては,世界の先進諸国の首脳が集まるこの貴重な機会こそ,「国際社会における名誉」を勝ち取る格好のチャンスだと思っているだろう。

 たしかに,洞爺湖サミットのテーマにも
   ◆大量破壊兵器の不拡散
   ◆イラン・北朝鮮の核問題
   ◆テロ,地域情勢
など,平和に関するテーマが盛り込まれている(→公式HPのテーマはこちら

 (そうだとすると,本来は,このサミットの場こそが,本来「9条世界会議」が行われるべき場なのかも知れないが,それはさておくこととして…)このサミットの場で,今回の「9条世界会議」の開催の意義について一言でも触れられるかどうかが,日本の勇気とアイデンティティーを示せる「名誉ある地位」への第一歩ではないか(と思っている人も少なくないだろう。)
 先日,「夕凪の街 桜の国」を見た。
yunagimati.jpg 原作になった,こうの史代さんの漫画(双葉社;800円)と,映画と,両方を見た。
 映画は原作にとても忠実だったが,映画も,原作も共に見るべきだと思った。

 この物語は,とてもさりげない日常を描きながら,その中に,ヒロシマの被爆後の真実をしっかりと伝えている。
 多くの映画にあるような戦争描写は一切無い。
 しかし,かえって「戦争を知らない私たち」に,リアルな共感を感じさせてくれる。


 ただ,この映画は,ストレートに反戦を訴えているのではない。
 むしろ,この映画を見て,私は,この中にある3つの悲哀が,現代にも通じていると感じた。

 ひとつは,若くして逝った一人目のヒロイン平野皆実が,戦後10年にわたり,「自分だけ生きていて良いのか」と思い悩み続ける心情である。
 これは,いわゆる『サバイバーズ・ギルド』と言われる,死の現場に臨場した者が直面する罪悪感である。
 まさに現代でも,事故や災害に直面した際に,人が感じる感情だ。


 ふたつ目は,10年経った広島の銭湯のシーン。ケロイドの跡を残した人々が,「あのこと」(=原爆投下のこと)を誰も語ろうとしないシーンである。
 聞けば,広島や長崎では,原爆について硬く口を閉ざす人が多いらしい。
 事故,災害なども含め,事実を「語り継ぐ役割」は,決して当事者だけでなく,その周辺者にも課せられた責務だと思われるのである。
(実際,原作者のこうの史代さんも,被爆者でも被爆二世でもない自分が,「踏み込んではいけない領域であるとずっと思ってきた」という後ろめたさを克服して,この話を描かれたそうだ。あとがきより。)


 3つ目は,被爆二世に対する差別である。
 映画では,被爆者あるいは被爆二世との婚姻について,現実に立ちはだかる実態が描写されている。
 注目したのは,差別をする側よりも,むしろ被差別者側の心の中に刻み込まれた深い傷が問題だというところである。
 克服するためには,悲しいルーツを辿ることが必要で,それを正しく知るというプロセス(=その役目を果たすのが二人目のヒロイン田中麗奈である。)は,全ての差別の場面に通ずるあり方である。



 こうしてみると,この映画(お話)は,単なる平和映画として捉えるのはもったいない。
 私たちの身近な風景を,さりげなく捉え直して,深い問題意識を呼び起こすきっかけにするべきものかな,と思う。
 憲法の第2ラウンド(2廻り目)が始まった。

 私の持ちネタは「ボクの誕生日は憲法記念日」という,ややマンネリ化した因縁ネタである。
 ただ,今年の憲法記念日は,昨年に比べると,落ち着いた気分で迎えることができた。
 ホッとした気分で家族と共にこの日を祝うことができる。

 各紙社説でも,安倍内閣時の狂乱的な改憲騒ぎがウソのようだと論じている。
 …同感だ。

 ただ,
   憲法がちゃんと護られているかというと,そうではないし,
   憲法がしっかり実現されているかというと,全くそうではない。


 やはり,私たちの憲法は,高~いところに飾ってある置き物インテリアみたいなもので,これを支える土台がシロアリに巣喰われるように空洞化されつつあるのを,率直に認めなければならない。

kenpogenbun.jpg では,どうすべきだろうか。
 これまでは,憲法は「平和の象徴」という存在であり,その側面が強すぎたきらいがある。
 しかし,我が国が成熟期を迎えた第2世代に突入している以上,憲法の使い方を,平和オンリーだけでなく,もっと広く使われるべき道具であると認識をあらためる必要があると思う。
 つまり,憲法は生活を支える基本法,という役割をしっかりと果たさせる必要がある。

 たとえば,
◆ワーキングプアや貧困層を救うための,生存権
◆子どもをちゃんと育てていくための,教育権
◆中小企業を見捨てずまもるための,経済的自由
◆自由にものが言えるようにするための,表現の自由

などなど,せっかくの伝家の宝刀を,すっかり錆び付かせている場面がいっぱいある。


 新聞各紙の改憲に関するアンケートは,改憲反対派が軒並み増加しているようで何よりである。

 しかし,そのアンケート項目自体が,憲法を身近に感じさせる質問になっていない。

 決して「憲法が現実離れしている」のではなく,「憲法の描いたとおりの現実」から,次第に「市民の生活・社会が離れて行っている」という現実を,生活レベルから感得してもらうのが先である。
 私は,「憲法が生活にどれだけ役立つか」という観点から,日本国憲法のこれからの第2ラウンドにチャレンジしてもらいたいと考えている。
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