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 本日未明(24日午前0時26分頃),岩手県沖で震度6強の大きな地震が起きました。

 地震は,発生時刻が被害の大小に大きく関わります。
 今回は深夜未明ということもあって,生活時間でなかったことは不幸中の幸いです。
 現時点で,負傷者は100人を超えていますが,死亡者は確認されておらず,これ以上被害が拡大しないことを祈りたいと思います。

 ところで,直前の岩手宮城内陸地震では,地震後の初動対応が見事でした。
 特に,国や都道府県の初動の動きは非常に早かったと思います。
   地震7分後に官邸対策室の設置,
   16分後に陸自隊ヘリが出発しました。
   総務省消防庁の緊急消防援助隊も出動し,当日だけでヘリコプターは17機出動して,救助活動に活躍しました。

 今回の岩手県沖地震でも,深夜にかかわらず,迅速な対応をしています。
   地震8分後に官邸対策室が設置されました。
   岩手県から自衛隊への災害派遣要請は19分後に出されて,対応しています。
   1時間以内に緊急消防援助隊のヘリも出動しました。
   大臣も含めた政府調査団も,午前3時43分にヘリコプターで現地に向かっています。


 こうした対応は,阪神・淡路大震災の失敗から学んだ教訓にほかなりません。
 阪神大震災の時には、ヘリコプターが出発したのは地震発生から1時間半後でした。首相に第一報が届いたのは,なんと2時間後のことでした。
 あまりの遅さに,当時,怒りを通り越して,呆れ感さえありました。         

 この初動対応の失敗から,様々な法改正や,実用的な防災計画の改定などにつながっています。
 畑村洋太郎先生が「失敗学」を提唱していますが,この災害初動対応の分野については,まさに失敗学が生きていると思います。

 弁護士などの専門家による対応についても,失敗学が活かされているという点は同じです。
 被災者支援のための,異業種の連携団体である阪神淡路まちづくり支援機構ができるまでに,被災からなんと1年8か月を要しました。
 しかし,仙台弁護士会をはじめとする士業の方々の活動は,迅速かつ適切で,とても見事だったと思います。

 以下は河北新報の2008年7月13日付けの社説の一部の引用です。
社説/震災復興/地域のきずな、プロの知恵
 (前略) さまざまな仕事の人たちが支援に携わっている。自分たちは職務をきちんと果たしているか。地元行政関係者をはじめ各分野の専門家の人たちには、自らへのそんな問い掛けが求められている。多くの良き仕事なしに前進は望めない。
 地域のきずなと、職責への深い自覚に基づくプロとしての知恵の貢献。2つ相まってこそ、長い道のりを進んで行ける。
 (中略)栗原市の耕英地区の住民は避難所に日本災害復興学会の研究者らを招いて、専門家との対話を始めた。ほかの震災の教訓が生かされる一つのきっかけになるかもしれない。
 「師」や「司」「士」の付く仕事を持っている人たちの活動が目につく。医師、看護師、保健師のほか、心のケアを担う児童心理司も。建築士会、弁護士会、税理士会など8団体でつくる宮城県災害復興支援士業連絡会にとっては3年前の発足以来、初めての現地活動になった。(後略)
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2008.07.19 謝罪文銀行
 兵庫県弁護士会では,数年前から,刑事弁護の立場と,犯罪被害者支援の立場と,それぞれの関係のあり方を考えるプロジェクトが進められていた。

 このたび,議論の結果として,犯罪の被害者と加害者が,直接対面して話し合う機会を調整し,被害者の被害回復,相互理解などを図ることを目的とする
  「犯罪被害者・加害者対話センター」
というものを立ち上げてはどうか,という提案が出された。

 そして,その活動の一環として,
   『謝罪文銀行』
という事業が提案された。(⇒ニュースあり

   これは,
 加害者が謝罪文を書いたが,とても読む気持ちにはなれないという被害者の心情,
   また,
 時間が経ったときに,加害者がどういう気持ちだったのか知りたいという心情
に応えて,弁護士会が,5年間,謝罪文を預かりましょう,という事業である。

 もちろん,実現すれば日本で初めての取り組みになるが,当会のこのプロジェクトの座長弁護士であって,刑事政策の大家でもある前野育三先生によれば,海外では既に実現していて社会的にも有用とされているというお話だったから,私としては,積極的に支持をしたい気持ちだ。

 刑事弁護だけ,犯罪被害者支援だけ,に立場を特化している弁護士は,おそらく少数である。
 私も含め,ほとんどの弁護士は,両者の狭間で,「どうあるべきか」に思い悩んでいるはずだ。

 だからこそ,この提案にはいろいろ意見が噴出していて,慎重論も少なくない。
 しかし,「謝罪文の受け取り拒否」を何度か経験し,他方,「犯人の心情を知りたい」という声を聞いたことがある経験からして,この『謝罪文銀行』が実現すればいいな,と思う。
 敷金0円,礼金0円,仲介料0円,というのがウリになっている
   「ゼロゼロ物件被害」
というのが流行っているそうだ。
 NHKのニュースでやっていた(⇒こちらをどうぞ
 
 この業者の手口は,
    敷金0円,礼金0円,仲介料0円
という売り文句で,手元現金の少ない貧困層に居宅をあっせんしておいて,
その後,1日でも支払いが遅れると,解除だと言って,強行的にカギを換えてしまい,
高額の遅延金を要求して,それを支払うまで家から締め出してしまう,というものだ。
 住まいは「衣食住」の基本なので,付け込まれた人々は,泣く泣く超高利の遅延金を支払うことにななってしまう。
(⇒こちらに詳しく出ていました


 この業者は,
   ◆この契約は賃貸借ではなく,「施設付鍵の一時使用契約」である
   ◆1日でも遅延したら,契約書では明らかな違反だ
   ◆違約金や,カギの取り替えは,契約書に明記している
という言い分を振りかざしているようである。
 危機に瀕したシロート心理に付け込んだ,悪質かつ巧妙な言い回しである。

 しかし,こんなのは法の趣旨を正しく理解さえすれば,インチキであることは一目瞭然である。
   ◇法解釈は, 契約実態を重視するから,明らかに賃貸借であるし,
   ◇判例では, 1日遅延での解除など認められないし,
   ◇消費者契約法では, 高額の違約金は違法とされている。

 法律というと何だか難しそうに聞こえるかも知れないけれど,
 「たとえ契約書に書いてあっても,ダメなモノはダメ」という教訓は,『ヴェニスの商人』の昔から,誰でも知っているお話だ。
 確かに「支払いを遅らせたのは,あなたでしょう!」と厳しく言われたら,なんとなく「そうかな」と思ってしまうかもしれないが,それが全てを根こそぎ奪い取ることを正当化する理由にならないことは,また,よくわかることだろう。

 このゼロゼロ物件被害については,ワーキングプア等の貧困層がターゲットになっているところで話題になっているけれど,それだけではなく,
    「法律の形さえ整っていれば,従わなければならない」(=悪法も法)
という,誤った形式的法治主義的な発想というか,形だけのコンプライアンス(法令遵守)の発想が,世の中に広く蔓延しているのに便乗しているところにも問題があると思う(多くの消費者被害も同様かな)。

 本当の「コンプライアンス」とか「法の支配」というのは,あるべき理念・原理に正しく向き合って,その時々の社会的要請に的確に応えることである。
 おかしな法論理を振りかざす相手には,「法の趣旨」や「原点」にさかのぼって,たたかえばよい。
 furikomesagi.jpg 昨日から,「振り込め詐欺救済法」(正式名称⇒犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律)に基づいて,犯罪に利用された預金口座が,ホームページにアップされています。

 まずは,『振り込め詐欺救済法に基づく公告』を見てみて下さい。


 ここには,振り込め詐欺とか,オレオレ詐欺とか,還付金詐欺をはじめ,さまざまな消費者詐欺被害で使われた銀行口座のリストが出ています。
 昨日から,これが公開が始まったのですが,スタート当初から,その数なんと6000件超!

 これほど数多くの口座が犯罪に使われていたというのも驚きですが,
 口座の名義人から,口座番号,さらに,預金残高まで公開されているわけで,目に見える形で消費者保護施策が行われていることに,また(良い意味で)驚きました。

 徹底した秘密主義だった銀行実務に,これほど大きな方針転換をさせるとは,消費者保護立法の威力はすごいなあと思います。

 これまでは,オレオレ詐欺に遭っても,被害救済を得るためには・・・・

   民事裁判を起こす → 勝訴判決を得る → 差押えをする → 裁判所から配当を受ける

という手続きを経なければなりませんでした。
 しかし,振り込め詐欺救済法のスキームでは,

   警察と銀行に被害申告 ⇒ 口座を凍結・失権 ⇒ 支払の申請 ⇒ 銀行から直接分配

という感じ,裁判所を利用しなくても,被害回復が可能になるわけです。

 こういった,“目に見える被害者保護”,“手の届く手続き”,“早い安い上手い救済システム”の開発にどんどん取り組んでもらいたいものです。


※本日は,サンTVのニュースシグナル『法律シグナル』の当番ですが,この振り込め詐欺救済法を取り上げる予定です。
 今日は、新潟中越沖地震からちょうど1年目です。

 柏崎刈羽原発は、再稼働のめどは立っておらず、神戸でも先週、「原発震災」についてシンポが開かれたところです。
 原発依存からの脱却や、地域経済の再生について議論がされました(→詳しくは兵庫県震災復興研究センターのまとめをどうぞ

 どうしても中越沖地震というと、原発一色になりがちですが、15人もの命が奪われたことを忘れてはなりません。
 そして、やはりしっかり考えたいのは、地域の復興、経済の再生です。

 東京では、、「災害復興まちづくり支援機構」が主催するシンポが行われます。
 ズバリ、地域の「事業継続」(BCP)がテーマです。

被災企業の体験報告会
「第2 回専門家と共に考える 災害への備え 企業復興編」
~阪神・淡路大震災及び中越、能登、中越沖地震に学ぶ~


 企業・商店街の復興や事業継続はどう進めればよいですか?
 明日にも起こるかも知れない首都直下地震、日常から、災害時及び被災後の対策を考えておくことは、非常に重要なことです。
 このたび、阪神・淡路大震災及び中越、能登半島、中越沖地震の被災を受けた企業や商店街の方々からの復興へ向けた体験報告と、災害に備えての事業承継や事業継続計画(BCP)について、参加者の皆さまと専門家とが一緒に考える講演会を開催します。
 多くの方のご参加をお待ちしております。

1 日 時
平成20年7月16日(水)15時00分~(14時30 分受付開始)

2 場 所
東京都庁第一本庁舎 5階 大会議場 (東京都新宿区西新宿2-8-1)

 裁判員制度導入について、もし目に見える好ましい効果があるとすれば、それは刑事裁判官に対するプレッシャー(外圧)だろう。

 おかげで、プロ裁判官も、刑事訴訟の(悪しき)慣例よりも、本来の原則が重要であることに目覚めたように見える。

 最近、連日のように、無罪判決のニュースが報じられている。
 客観的な数字にもあらわれている。
 6月2日に発表された最高裁のまとめによれば、刑事裁判一審での否認事件の無罪率(一部無罪を含む)が、過去10年で最高の2・91%に上ったとのことである。
 否認事件無罪率は、平成14年までは1%台だったのが、平成15年ころから2・1%と上昇し始めた。まもなく3%台に達する勢いだ。

 これは、
   捜査機関が手を抜くようになったわけでもなく(むしろ一生懸命やっている)、
   難事件が増えてきたわけでもない。
   弁護人たちも、今も昔も変わりなく一生懸命やっている。
 やっぱり、無罪率の上昇の原因は、ひとえに「ジャッジ」をする裁判官の意識が変わったからだろう。
 他に合理的な理由は見あたらない。

 その直接のきっかけは、裁判員制度の導入を決めた「外圧」と考えられる。

 裁判員制度導入を提言した「司法制度改革審議会」の最終意見書は、平成13年6月12日に公表されている。
 これを受けて、「裁判員制度?なんじゃそりゃあ!えらいこっちゃ~!」と現場裁判官が驚いたのは間違いないだろうし、「刑事司法制度の改革~?どこが悪いっちゅうねん!」と憤慨した職業裁判官がいたことも想像に難くない。
 ただ、実際、その翌年の平成14年ころから、確実に無罪率が上昇しているのである。

 ところで、陪審制度を訴え続けていた刑事研究の大家である佐伯千仭先生は、平成元年に「刑事訴訟法の40年と無罪率の減少」(ジュリスト930号)という論文を発表しておられる。
 陪審制度が行われていた時期の刑事裁判の無罪率は、軍国主義下にありながら、1.3%~3.7%だったそうだ。
(なお、現在、全部の刑事裁判の無罪率は0.1%に満たない。佐伯先生は「無罪率の驚くべき減少-減少というより絶滅に近い」と書いておられました。)。
 他方、陪審裁判の無罪率は、16.7%だったそうだ。
 この陪審員という「外圧」に、刑事司法が引きずられるように、影響を受けていたに違いない。

 もともと,裁判官には独立が保障され,「法と良心」のみに拘束されるはずだった(憲法76条)。
 ところが、憲法では想定外の,「慣行・因習」や「スケジュール」、「能率」,さらには「内部評価」(=内圧)といった要素に振り回され続け、本来の基本を忘れていたように見えた。
 だから,「絶望の刑事司法」というのは多くの弁護人が共感するところだった。

 “裁判員制度”という憲法も想定していなかった「外圧」の産物によって、逆に、憲法の基本を思い出させられたとすれば、皮肉な結果だ。
 しかし、良い方向に舵が切られているのであれば、そのこと自体は歓迎したい。
20080703082514.jpg 小林多喜二の『蟹工船』ブームにつられて,3冊ほど読んでみました。

 といっても,3冊中の2冊はマンガなので,リッパに書評などを言えるほど味わって読んでいませんから,たいしたことは言えません。
 ですが,マンガだけでも十分内容は分かるし,そのエッセンスは十分楽しめると思います。
 私は,右端の「マンガ蟹工船―30分で読める…大学生のための」をお薦めします。

(※なお,原文は,著作権切れなので,わざわざ買わなくても,インターネットの青空文庫で読めます(こちらです)。 ありがたい時代ですね。)

 さて,『蟹工船』ブームを支えているのは,ワーキングプア層や,働く世代ということです。
 それは,自分たちの置かれた状況が,『蟹工船』の漁夫・雑夫に通ずるものがあって,共感を呼ぶからだそうです。
 時代も違うし,労働環境も違うし,人権感覚も違うこの現代でも,根っこにあるものは同じだということなんですね。

 しかし,そうだとすると,『蟹工船』を読んで,そこから教訓を学ぶべき層は,経営者層,人事担当者層だということになるでしょう。

 現代の経営スタイルは,非正規雇用を活用するところに特徴があります。

 企業としては,非正規雇用活用のメリットは,人件費を圧縮することよりも,むしろ,いつでも労働者を増減調節できるところにあります。
 原材料や商品の在庫と同様の発想で,人材在庫を抱えないようにするのが大きな合理化・効率化につながるからです。

 しかし,これを労働者の側から見ると,「いつクビになるか分からない」「いつでも代わりがある」というシステムになっているので,問題です。
 このように,「一人ひとりの個人」を尊重せず,1個の道具としてしか捉えない雇用システムが,『蟹工船』の漁夫とそっくりなのです(=蟹工船に登場する労働者には,一人も名前が付いていません。)

20080713093252.jpg この状態を放っておくと,『蟹工船』の結末と同じように,労働現場が破綻・崩壊につながってゆきかねないでしょう。
 少なくとも,愛社心が希薄で,人的連帯感の薄い労働現場では,「質」の低下は避けられなくなるはずです。

 労働者を酷使したツケが,蟹工船の結末だとすると,やはり同じような結末は考えないといけません。
 もちろん,現代を見ると,大正時代の「ストライキ」の再現はないでしょう。
 これからの時代の労働者の抵抗は,「内部告発」を中心とする情報ネットワークによる連帯的な抵抗だろうと予想されます(すでに,内部告発に端を発して,不祥事が明るみに出て破綻につながった企業は少なくありません。)
 これは,経営者にとっては,極めて大きな脅威です。

 『蟹工船』に暗示されている経営の崩壊を迎える前に,経営者や人事部は,もう一度,「一人ひとりの個人を尊重する」という視点から,雇用システムを考える必要があると思います。

(※ちなみに写真はお中元でいただいたカニ缶です。)
 鳥取県は、情報公開審議会の答申を受けて、全国学力テストの結果を公開することにしたそうだ。

 鳥取県は、かねてより情報公開と教育に熱心だった。
 だから、全国に先んじて公開に踏み切ったのも,当然の帰結だと思う。

 実際、鳥取県では、片山前知事の時代から、独自に基礎学力調査を行い,その結果を開示していた。(→たとえばこちら

 県として,しっかりとした理念を持ち,トータルの教育システムが確立していれば、公開してもさほど問題はなく、むしろ有益だという自負があるのだろう。


 法律的に見ても、全国学力テストは、国の仕事(法定受託事務=国の事務を県教委が代行するもの)ではない。
 だから、文部科学省の「非公開にせよ」との通知にしたがう義務もない。

 したがって,本来,鳥取県の判断に、国(文部科学省)がとやかく口を出す筋合いではない。

(大阪府枚方市でも、全国学力テストの公開を求める訴訟が起きているが、理屈だけなら、「公開」という結論も十分あり得る。 改悪新教育基本法の下での司法判断がどうなるか,注目される。)


 しかし、今後、結果がどんどん公表されていくことになれば,いろいろ心配は尽きない。

 鳥取県のような理念を持たず,漫然と放置したらどうなるか?
 おそらく,地域間・学校間の不毛な成績競争があおられ、序列化が進むことも間違いないだろう。
 競争至上主義は,さらにこの弊害を煽る。
 東京都なんか,とりわけ心配である。

 結局のところ、全国学力テストを導入したら、いくら文科省が声高に「非公開・秘密」を訴えたところで、弊害は避けられないということだろう。


 もともと、文部科学省が学力テストを実施しようとした最大の目的が、「国の教育施策の改善」というところにあった。
 この,全体的な施策検討のために材料集めしよう、という目的そのものがおかしかったのではないか。

 確かに,単に全国的な教育施策の改善だけを目的とするなら、非公開でも差し支えない。

 しかし、現実にはそうはいかない。

 ひとりひとりの子どもの教育や、地域、学校毎の事情を考えると、どうしても、個別の情報が欲しくなる。
 個々の教育に熱心であればあるほど、公開を求めたくなるはずだ。
 この動きには抗し切れない。


 やっぱり、「誰のために」,「何のために」このような学力テストを実施するのか、ということをもう一度考え直すべきである。

 少なくとも、「文部科学省のために行う学力テスト」(=“全国的な義務教育の機会均等とその水準の維持向上”のための調査)というのはナンセンスだ。

 片山前知事の言葉を借りて言えば「教育のミッション」をあらためて見つめ直す必要があるということである。
 “ひとりひとりの子どものために”,“ゆたかな教育を実施できるようにするため”に,学力調査のあり方を考えればよい。

 教育は国のためにあるのか,子どものためにあるのか,そこがきちんとさえしていれば,情報公開をめぐる議論にも道筋がつくはずだ。
20080112081553.jpg 残ったカレーと冷ご飯を炒めてまぜて,生たまごを落としたら,自由軒風のカレーの出来上がりです。

 もちろんホンモノの自由軒とは全然違うのですが,ベースのカレーが我が家の味なので,我が家の自由軒風カレーの方が,私も子どももゴキゲンです。


 ところで,私は,「自由軒」といえば,大阪なんばの「自由軒」と,本町の地下の「自由軒」ぐらいでしか喰ったことがありませんでした。

 ところが,最近,関西空港や東京でも自由軒を見かけるようになりましたし,レトルトカレーなども売り出すようになっていたので,積極拡大傾向に転じたのかなあ,と思っていたら,どうやら競合店同士が,お互いに「自由軒」ブランドを競い合っていたのですね。

 「本物の自由軒」を前面に押し出しているのが,大阪なんばの「自由軒」(→こちら
 最近,全国展開し,レトルトパックを売り出しているのが,本町の「せんば自由軒」(→こちら
ということのようです。

 自由軒といえば,カレーとご飯をまぜるものと思ったら,なんだか競合店の関係もごちゃまぜのようで,歴史あるブランドというのも奥が深いようで・・・。 
 今度,出向いたら,両店の味の違いを確かめてみようと思います。
 今日は,これから少年審判があるので,家庭裁判所に向かいます。

 受任事件の内容等については,ブログでは一切触れないことにしていますので触れませんけれども,一般的に,少年事件で付添人を担当することになりますと,普通は,少年と何度も面会したり,父母をはじめとする関係者と会ったり,フォローアップのための関係諸機関と調整したり,処遇をめぐって裁判所と協議を重ねたり,随時報告書や意見書や手紙を書いたりと,とにかく,やたら手や足を動かします。
 もちろん頭も使うわけですが,むしろそれより,「足」と「心」の総動員,っていう表現がピッタリきます。
 そして,弁護士にとっては,その諸活動の集大成が,「審判」の期日となるわけです。

 この「審判」については,少年法では,次のように定めています。
第22条
審判は、懇切を旨として、和やかに行うとともに、非行のある少年に対し自己の非行について内省を促すものとしなければならない。 
 実際,少年審判の場では,裁判官をはじめ,関係者の語りかけによって,少年が落涙する場面も珍しくなく,感動的な場面に立ち会えることも少なくありません。
 公開の法廷では,ちょっと考えられない雰囲気です。
 そして,その審判の結果,更生に結びついた(=社会から見れば,犯罪の再犯が防げた!)という例も,たくさんあったわけです。

 しかし,今後は,被害者傍聴が認められることになります。
 そのこと自体の当否は別として,今後,審判の雰囲気がどんなふうに変わっていくのか,裁判官・弁護士も含め,全く分からないのが現状です。

 本日,兵庫県弁護士会で,以下の会長声明が出ました。
 結論部分の
被害者傍聴の運用は,少年審判の教育的・福祉的機能の重要性を看過することなく,「少年の健全育成」という少年法の理念に基づき厳格に行うべきことを強く求める
という意見に賛成です。 
 「北区9条のつどい」は,知る人ぞ知る本格派のつどいだ!(お玉さんにも会えますよ)。

 そして,今年は,なんと,あの伊勢崎賢治さんが講演されるとのことです。

isezaki.jpg


 伊勢崎さんは,
  自衛隊の国際貢献は憲法九条で-国連平和維持軍を統括した男の結論』
の著書でも知られていますが,このタイトルに,考えの真髄があらわれています。
 ちょっと一見すると,
    「自衛隊の国際貢献」 と 「憲法九条」
というふたつの言葉が矛盾するようなニュアンスに感じませんか?

 読めば,そうではないんだなあ~,ということがよく分かるはずです。

 マガジン9条でのインタビューで,伊勢崎さんは,
「憲法9条があるから、とにかく(武装・非武装にかかわらず)どんな形でも自衛隊の海外派遣はダメ、海外の紛争地への派遣はダメ」とやってきていたわけですが、それによって、日本が国際情勢に対応できなくなってしまったら、逆に平和憲法の良さが失われてしまう
と語っていますが,じゃあ,どうしたらいいの?と疑問が湧き出てくるでしょう。

 伊勢崎さんの呈示する一つのあり方を,私なりに受け止めてみると次の公式が成り立つと思います。

 「正しい法律の解釈」 + 「正しい現実を知ること」 + 「勇気ある実践
 = 「正しい9条の使い方」


7月19日には,神戸で,是非,この公式の解き方を教えて頂きましょう!
 内輪の話で誠に恐縮ですが、弁護士会の尼崎&伊丹支部では、毎年、司法修習生の歓迎会を行っています。
 
 今年度は、何か修習生の方々の心に残る記念品を考えよう、ということで、みんなでアイディアを出し合いました。

 思案の末に、新人弁護士のチェックリストのようなものを作って、マウスパッドにして贈ろうということになりました(ちょっと月並みだが,テレカよりいいんじゃないかな?)

kokoroe.jpg 問題は、その「新人弁護士の心得」の内容です。
 簡単そうで、難しい・・・。

 これまた悩んだ挙げ句、結局、自らを顧みて日々反省するところを書き連ねたところ、以下のような九箇条となりました。

 これをマウスパッドにプリントして、プレゼントします。
 限定30部!
 俺も欲しいわ!

阪神弁護士心得九箇条

一 事実に対し,徹底した調査を行っているか

二 依頼者に対し,プロである前に常識人であるか

三 相手方に対し,準備と粘りの点で劣っていないか

四 裁判に対し,主体性をもって臨んでいるか,卑屈でないか

五 証拠に対し,謙虚な目と,どん欲な探求心をもっているか

六 判例・文献に対し,新鮮な知的好奇心を失っていないか

七 物事に対し,冷徹な思考と熱い心と清い態度で接しているか

八 人に対し,誠実さを誇れるか,恥じることはないか

九 我に対し,法曹を志したときの初心を忘れていないか
 20080707072143.jpg 今日は七夕。
 笹の葉が,あっちこっちで揺れている。
 事務所の近所にある幼稚園でも,なが~い竹木の先で,たくさんの短冊が踊っている。

 ところで,「笹」も「竹」も,分類学的には同じようなものらしい。
 「笹の葉」と聞くと,七夕とパンダを連想するのは,私だけではないだろう。
 成長した笹や竹はパンダの好物として知られている。
 パンダが稀少動物になったのも,中国の竹林が,開発等が進んで少なくなり,あちこちで枯死してしまうことが一因らしい。
 こういうところかも,環境保全が,あちこちで連鎖してつながっていることをうかがい知ることができる。

 さて,昨日,わが家でも七夕の笹をかざった。
20080706174859.jpg 20080706174746.jpg

 私の願い事は,「努力が報われる社会となりますように」,ということで,我ながら陳腐な内容だった(一応,格差社会やワーキングプアのことを思い浮かべて書いたものではあるけれど・・・)
 これに対し,わが息子の短冊は立派なものだ。

 「これ以上 地球温だん化になりませんように。 国民」

 思わず「座布団一枚!」って言いそうになっちゃいました。

 作者にインタビューしたところによると,今日から洞爺湖サミットが始まるので,このようなものを書いた由である。
 もちろん,現下の複雑な政治情勢を分かった上で,このような願いを綴ったわけではないだろうが,とにかく,そこらの小学生でも考えることなのだから,各国で一番エライ人たちが集まって話し合うのだから,しっかりした方針を立ててもらいたい。

 争点は,米国が要求する,中国等へ温暖化ガス排出量の義務付けの当否ということだが,小学生レベルでも当たり前のように言う「温暖化ガス排出半減を真剣に検討する」などという結論で終わらないことを祈るばかりだ。
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