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 小泉純一郎氏が,代議士の引退を宣言した。
 そして,次男を後継者に指名した。

 小泉氏の最大の功績は,何と言っても,自民党を守りぬいたことである。
 これは,揺るぎない事実だ。
 もし,小泉氏の存在がなければ,現在のように自民党は政権を保持できなかった。

 とくに留意すべきは,自民党という政党の特色は,「世襲議員」によって構成され,「世襲議員」が実権を握っているということである。
 今回の組閣でも,麻生総理大臣を筆頭に,3分の2は世襲議員で構成されている(世襲でないのは,舛添氏,野田氏ほか,わずか6名だけである)。
  
 確かに「世襲議員」だから,直ちにダメだというのは論理の飛躍だろう。
 しかし,政治家が,国民のためでなく,自分の子どもらのために,政治を行うのは全くNGである。
 帝王教育を受けた人より,市井で育った人の方が,民主主義の社会にはふさわしい。

 私は,世襲政治は,絶対に良くないと思っている。
 単に公私混同というレベルで問題なのではない。
 たとえば,市民の痛みを我が事として捉えない人が戦争を起こすということは,末尾引用の戦争絶滅受合法案を見れば,よくわかる。
 徴兵制を強く主張した福沢諭吉でさえも,我が子だけは徴兵に行かせたくないと言っていた。
 世襲議員が脆弱で無責任であることは安倍氏,福田氏の例で,世襲議員が自己中心的で人にやさしくないことは小泉氏,ブッシュ大統領の例で,十分検証済みであろう。
 子どものために票田・地盤を守ろうというのは,現代の民主主義の社会にはそぐわない。

 小泉氏は,今回のお世継ぎについて「自分も27歳で後を継いだので同じようにしたかった」,「既定路線だ」と言っているようだ。
 我が子,我が家系を何よりも第一に考える,いかにも世襲政党・自民党の功労者らしい幕引劇である。

 ぶっ潰れそうな自民党を,「ぶっ潰す」と言いながら,実はしっかり持ち堪えさせた小泉氏の本音がよくあらわれている引き際であった。

せんそうぜつめつうけあいほうあん
戦争絶滅受合法案
(デンマーク陸軍大将フリッツ・ホルムが起草し,1929年に長谷川如是閑が紹介したもの)

「戦争行為の開始後又は宣戦布告の効力の生じたる後、十時間以内に次の処置をとるべきこと。即ち下の各項に該当する者を最下級の兵卒として召集し、出来るだけ早くこれを最前線に送り、敵の砲火の下に実戦に従わしむべし。

一、国家の元首。但し君主たると大統領たるとを問わず、尤も男子たること。
二、国家の元首の男性の親族にして十六歳に達せる者。
三、総理大臣、及び各国務大臣、並びに次官。
四、国民によって選出されたる立法部の男性の代議士。但し戦争に反対の投票を為したる者は之を除く。
五、キリスト教又は他の寺院の僧正、管長、その他の高僧にして公然戦争に反対せざりし者。

上記の有資格者は、戦争継続中、兵卒として召集さるべきものにして、本人の年齢、健康状態等を斟酌すべからず。但し健康状態に就ては召集後軍医官の検査を受けしむべし。
以上に加えて、上記の有資格者の妻、娘、姉妹等は、戦争継続中、看護婦又は使役婦として召集し、最も砲火に接近したる野戦病院に勤務せしむべし。」
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 神戸新聞の日曜版に「兵庫人」という連載があります。
 兵庫県ゆかりの人々を,テーマ毎に取り上げる特集記事です。

 第18部は「学びの道を求めて」と題して,教育者シリーズで,なかなか面白いです。
 →こちらからです。

 第1回目は,公教育を取り上げてました。
 100マス計算で有名な陰山英男さん(=今や有名人)や,100マス計算の創始者の岸本裕史さん(=以前に訪問した,関西学力研9条の会の代表者でらっしゃった。)を紹介していました。
 100マス計算には,我が子もお世話になっています。
 記事中では,「陰山の初任地は尼崎の市立小学校。・・・その学力には疑問を感じた。」と書かれていて,尼崎市民としては,身につまされるというか,「そうだよねー」という思いがしました。

 第2回目は,私立教育を取り上げてました。
 阪神間は,全国有数の私学激戦区です。
 しかし,記事に取り上げられていた有名私立校は,今後もあまり縁が無さそうなので,読み飛ばしました。
 もっとも,興味深く読ませていただいたのは,元浜学園,現希学園の学園長の前田卓郎さんを取り上げていたことです。
 確かに,この地域において,「学習塾」は,決して無視はできませんものね。
 実は,私は,学生時代は,浜学園で講師バイトをしておりました。
 なので,前田学園長は雲の上の天皇のような存在であり,おそれおおい人でした。
 そのためか,今も,事務所は,有名進学塾が建ち並ぶ私塾繁華街の中にあり,浜学園と希学園の闘いには目を離せません。

 第3回目の今日は,視点を変えて河合隼雄など「心の教育」などを取り上げています。
 記事を見ると,
   ◆神戸高塚高校の女生徒の校門圧死事件
    (私が,はじめて裁判傍聴に出掛けた事件です。)
   ◆須磨の連続児童殺傷事件
    (私の実家のごく近所で起きた事件です。)
   ◆阪神・淡路大震災
    (今や,震災復興は,私のライフワークです。)
といった,「こころに深い傷」を負わせる出来事が,身近で次々に起きていて,その手当てのために,「教育」が大きな役割を担っているのだということが,よく分かりました。
   ◆トライやるウイークのスタート
   ◆不登校支援施設の開設
   ◆舞子高校の「環境防災科」の創設
など,私の活動ともかかわりのある,たいへん貴重な成果が生まれていることを知りました。

 兵庫県の教育者列伝を見て,この地における教育というのは,社会の実態と現実に即して培われてきたものなんだなあ,と感じた次第である。
 (最近話題の大阪府知事の考えている「教育」とは,ずいぶん奥行きとイメージが違うようです。)
 最近は,わが国にもコンプライアンス思想が広がってきた。
 不祥事が発覚したら,昔だったらゴマカしたり隠蔽したりしてたけど,最近は,
   ①率直に非を認めて,
   ②責任を取る
というプロセスが,当たり前のように根付いてきた。

 最近は,もう一歩進んで,
   ③原因をはっきりさせて,
   ④安心できる対策を講じる,
というところまでやらないと,社会の要請に応えたことにならない,という感じになってきた。


 さて,選挙が近くなって,バタバタと政府の選挙向け対策が矢継ぎ早に打ち出されている。

 太田農水大臣は,汚染米の責任を取るという名目で,サッサと辞任した。
 前回の総選挙大敗の二の轍を踏まないようにしようということだろう。
 しかし,これは,コンプラ的に言うと,①非を認めて,②責任を取る,というところ止まりで,中途半端だ。
 ③原因と④対策,という点では全くお粗末である。
 辞めるというのは,わが国では,一見,潔い責任の取り方に見えるが,本当はあんまりよろしくない。

 舛添厚労大臣は,後期高齢医療制度を廃止を検討する,と宣言した。
 これも,後期高齢医療制度について,①制度の非を率直に認めた,というところで意味がある。
 しかし,②責任,③原因,④対策,という点では,全て選挙後に先送りするもので,はなはだ不透明である。
 聞くところによると,これは舛添さんの個人的な見解に過ぎないとのこと。
 不祥事を起こした企業が,役員の個人的なコメントで事を済ませることなど許されない。

 選挙が近くなると,国民や市民に直接向き合うことになるので,国民のためにならない施策を,率直に見直す契機になるので,やっぱり民主主義はいいもんだと思う。

 しかし,ムードに流されて,いいかげんなところで手を打つのは,コンプライアンスの発想からすると,非常に良くない。
 選挙に当たって,何が社会の要請なのかをしっかり見据えて(③),きちんと対応(投票)すること(④)が,国民自身にとってのコンプライアンスである。
 昨日のニュースシグナルでは「運輸安全委員会」が取り上げられました。
 TASKの佐藤健宗先生の助言なども得て,分かりやすくまとまったので,TVだけではもったいないから,要点をダイジェストで残しておこうと思います。
 シナリオではありません。こんな感じだったかな,という程度のものですのでご了解下さい。

キャスター:法律シグナルのきょうのテーマは、10月にスタートする運輸安全委員会です。担当は,兵庫県弁護士会の津久井進弁護士です。

津久井:こんにちは

キャスター:飛行機や鉄道の大事故が発生すると国の事故調査委員会が原因などを調査しますね

津久井:航空・鉄道事故調査委員会は,国土交通省の中の一つの審議会として事故調査を担当してきました。この事故調を拡充・強化して再スタートするのが運輸安全委員会です。
 昨日のNHKの「SONGS」はご覧になりましたか?
 沢田研二Part1と題して,「我が窮状」を熱唱しました(→番組案内はこちら

 「我が窮状」は,憲法9条を守っていこうというストレートな歌です。
 作詞は,ジュリー(沢田研二)ご自身で,9月13日の朝日新聞には,
   「還暦に憲法への思いを歌う」
というサブタイトルで,「ひと」の欄に取り上げられていました。

 まずは,歌詞を見て下さい(あちこちのサイトで取り上げられていますが,CDを買いましょう!)
 私が,さすが一流アーティストだなあ,とセンスを感じるのは,
   「麗しの国 日本」
   「日本に生まれ 誇りも感じている」
   「英霊の涙」
というフレーズで,ステレオタイプな護憲派であれば決して使わないような(というかアレルギーを感じる人もあるだろう)言葉を,前面にドーンと出しているところです。
 誇りある愛国者を自負する私としては,大いに共感。

 また,「真の平和」とか「日本の核」とか「老いたる」とか「過ち」といった,難しい言葉を使いながら,素敵なバラードに仕上げているところも,うならせるポイントです。

 朝日新聞の記事では,
  「60歳になったら,言いたいことをコソッと言うのもいいかな」
    とか
  「言葉に出さないが9条を守りたいと願っている人たちに,私も同じ願いですよというサインを送りたい」
などという,ちょっと控えめなコメントをしています。
 しかし,天下のジュリーの一言を,タイガース世代が放っておくはずがないでしょう。

 「我が窮状」の歌詞は,憲法9条に関する問題の所在,現状認識,あるべき方向性,主張,全て揃った完成品です。
 むしろ「還暦世代よ!オレに付いてこい!」というアニキ的な風格さえ感じます。

 この混沌とした時代に,憲法9条という難解な代物を,ストレートな思いで文化・芸術に高めるセンスと勇気に,私は感激を覚えました。
 そして,関西の文化人としての気骨をたたえたいです。

 SONGSの再放送は,20日(土)の3:40~ 23日(火)の3:15~
 「沢田研二 LIVE 2008 還暦だぞ!! ROCK’N ROLL MARCH」の予定は→こちら

 (黄色い声で)キャ~,ジュリ~!
 昨日,法テラス阪神に常駐するスタッフ弁護士が着任した。
 「法テラス阪神法律事務所」の徳山育弘弁護士である。
tokuyama.jpg
 昨日,開所式が行われ,地方版の記事にもなった(神戸新聞9/17朝刊阪神版)。
 写真で見ていただければお分かりのとおり,徳山さんは,いかにも頼もしそうな風貌である。

 頼もしそうなのは,決して風貌だけではない。
 その「志」も頼もしい限りだ。
 徳山さんは,開所式の挨拶で,なぜスタッフ弁護士を志したのかについて触れ,第1に人のために役立ちたかったこと,第2に市民・庶民と直に触れあう仕事をしたかったこと,第3に採算を考えず弁護士としての役割に没頭して取り組みたかったこと,等を語っていた。
 非常に高い志を持った姿に,少なからず感銘を受けた。
 
 地域内の各市長や,裁判所,検察庁,司法書士会等からも歓迎の言葉をいただいた。
 阪神ブロックの尼崎支部としても,大いに歓迎したい。

 法テラスが抱える課題は非常に多く,しかも,難題である。
 しかし,そのほとんどが,「法テラス」という組織的要因に端を発するものばかりだ。
 一人ひとりの常勤スタッフ弁護士は,みなさん非常にご活躍をされ,頭が下がる。

 なお,彼らは全て給料制で,親方日の丸の公務員的な立場であり,自営業者ではない。
 しかし,他方で,弁護士として,「在野法曹」としての精神を持って活動しなければならない。
 公務員的サラリーマンでありながら,独立した在野精神を強く保つという,なかなか気持ちの整理の難しい課題を,みなさん難なく乗り越えて頑張っておられる。
 それは,やはり,もう一歩高いところにある「志」や「理念」を持って取り組んでおられるからだ,ということがよく分かった。
 米国のリーマンブラザーズが破綻したことから,ヨーロッパの株式市場は,大幅な株価下落となっているようだ。

 日本の株式市場は,もう数十分で,すぐ開ける。
 やっぱり,少なからぬ影響があるだろう。

 ひと昔,ふた昔前の市場だと,このような大手金融会社の破綻の影響は,情報網より先に広がり,一旦,影響が及ぶと回復はなかなか難しかった。
 しかし,今は,市場への影響よりも,情報の方が先に伝わるようになった。
 上げ下げの影響も早いけれども,
 他方で,早めにいろいろ対策を講じることが可能となった。

 今回のリーマンブラザーズの破綻についても,市場が開ける前に,金融庁が,金融商品取引法に基づき、業務停止命令と資産の国内保有命令を出したと発表した。
 対処療法に過ぎないとはいうものの,とりあえず何かしらの手を打つというパフォーマンスとしての意味はあったのではないか。

 米国が公的資金の投入を拒絶したというのも良かったと思う。
 日本のバブル破綻後に,当初,公的資金を注入し,事態を先送りして,結局,最後は自己責任で始末を付けた経過と比較すると,解決の先手を打ったようにも思える。

 この一件が,一過性の影響でおさまるか,ボディーブローのように今後に深く影響していくかは,次の対策待ちになると思われるが,どうなることやら。

 サブプライム問題から引き続く米国の金融不安であるが,不安要素は尽きないから,まだまだしばらく続くのだろう。
 そのまま世界恐慌に突入していくのかどうかは,市場に,踏ん張る力というか,どれほど粘りがあるか(=どれぐらい,市場価格に見合った実体が存するのか),というところか。
 
 この週末,西宮JCの事業で,小学生たちのキャンプに付添って,滋賀県にある,とある自然の家に行ってきました。

 わが子らと,全く同世代の子どもたちと一緒に,寝食を共にするのは,なかなか興味深い刺激でありました。

 「今どきの子どもは・・・」などとよく言いますが,やっぱり,自然の中で子どもたち同士でのびのび遊ぶ姿は,昔から変わらないのではないかと感じました。

 特に,新鮮な感覚を覚えたのは,
 最初は,自分の子どもの姿と重ね合わせて観察していたのですが,しばらく経つと,自分の小学生のころの姿と重ねて見ているのに気付いたことです。

 激しくドッチボールをして遊んでいる子どもらを見ているときも,
 はじめのうちは,最前線で活躍して目立っている子に目が行き,うちの子と比べてリッパだなあと感じていたのですが,
 ふと,気が付くと,
   端っこの方で逃げてばかりいる子や,
   すぐに当てられてがっかりしている子や,
   当てられたのにズルをして知らんふりしている子や,
   あるいは仲間に入れずに隅っこの方でじっと見ている子どもら
を見て,なんとなく我が身を重ねて懐かしく感じました。

 とにかく,子どもに頼られるのも楽しいし,子どもに大人扱いされずに友達扱いされるのも楽しいし,やはり子どもという存在は不思議なものです。 
 日本では,行政のあり方に一石を投じようとしても,その手段がない。
 本来,国民には,「参政権」を使ったり,「裁判を受ける権利」を使って,行政の誤りをただすことができることになっている。
 しかし,どちらの権利を行使しても,むなしい無力感を感じるばかりだから,国民はやる気をなくす。
 だから,民主主義が育たないのも当然だし,また,行政のユーザーである国民からチェックが入らないとなれば官僚が間違いを犯すのも当然だ。

 だいたい,行政訴訟を行おうと思っても,勝訴判決を勝ち取るまでは難関の障害だらけだ。
 風雲たけし城(古い?)よりもずっと厳しいヒジョーに狭き門をくぐり抜けなければならず,事実上,裁判を起こす気にならない。

 健全な行政運営を期待するには,司法が一歩前に出ることが不可欠だ。

 9月10日の最高裁判決は,その意味では,とても画期的だった。

 土地区画整理事業の計画に文句を付けようと思っても,これまでは,「仮換地指定」(=実際に土地の移動等をさせられること)の段階まで進まなければ,行政訴訟を起こせなかった。
 具体的な区画整理の計画が決まっていたとしても,それは単なる計画・青写真に過ぎないから,裁判の対象にはならないというのだ。
 まるで,敵からの襲来計画が公表され,いつどこから攻めてくるか明らかになっているのに,目の前で矢を向けられるまで,黙ってジッと我慢していろ,と言うようなもので,はっきり言って非常識な見解だった。

 それが,今回の判決で,事業計画決定の段階で,提訴ができるようになったのである。

  <<<土地区画整理事業の流れ>>>

  ■事業計画決定       ←この段階で提訴可能に!
      ↓
  ■審議会の設置
      ↓
  ■審議会の審議
      ↓
  ■仮換地指定         ←これまではこの段階まで我慢!
      ↓
  ■工事や建物移転,補償
      ↓
  ■換地処分
      ↓
  ■清算金交付
      ↓
  ■事業完了


 なお,この狭き門の要件を,「処分性の要件」と言う。
 単なる事実上の影響に過ぎないから法律的な処分じゃないよという論理(等々いろんな理屈がある)である。

 この処分性の要件ではねられた事件は,他にもムチャクチャたくさんある。
 たとえば,

  ●小学校を廃止する条例

  ●水道料金を値上げする条例

  ●請願の受理を拒絶すること

  ●文化財の取り壊し

  ●都市計画決定を経た高速道路建設

  ●自衛隊の海外派遣

等々・・・挙げだすと,枚挙に暇がない。

 国民が,行政へのチェックを裁判の場を通じて直接的に行うことは,先進諸外国では当たり前のように行われていることである。
 今は,日本が,民主的チェックが機能する,近代的民主国家に仲間入りできるかどうかの瀬戸際にあるのだろう。
 自衛隊イラク派兵違憲判決(4/17の名古屋高裁の9条違憲判決)から,半年近くで,航空自衛隊部隊のイラク撤収が決まりました。

 やはり判決の威力というのはすごいなと感じました。

 政府(町村官房長官)は,判決が出たとき「空自の活動継続に何ら問題はない」と言い切りました。航空幕僚長は「そんなの関係ねえ」とも言いました。
 しかし,それからまだ半年も経っていないのに,180°方向転換です。

 撤収の理由は「期限切れ」という形式的なものですが,そんなのは,本気で何とかしようと思えば何とでもなるはずです。
 それこそ,選挙で勝ちさえすれば,堂々と押し通せるはずですから。
 しかし,選挙結果を待たずに,この段階で撤収を決めたのは,次の選挙で「違憲」という錦の御旗を民主党に掲げられるのはかなわない,という危機感が作用したものと思います。

sonogo.jpg
 これこそ,
民主主義の機能復活(=衆参両議院の均衡)と,
司法の存在感(=積極的な司法チェック)によって,
憲法が実現する,
ということであり,
これぞまさに国家の理想形だと思いました。


 名古屋判決を,草の根的に広げていく活動をしてこられた弁護団の方々の努力も見逃せません。

 ちょうど昨日,神戸に,名古屋弁護団の川口創弁護士を招いて,講演会をしたばかりでした。
 彼らは,名古屋判決の意味を伝え,その価値を広げるために,全国に遊説して回っておられるのです。

 弁護団がつくるHPもあります。
 名古屋判決を,とってもわかりやすく解説し,文字どおり「自衛隊イラク派兵違憲判決~その後」の活動を,大きく展開しておられます。

 たとえば,「空輸」というと,資材を運んでいるだけみたいに聞こえますが,実際には,軍隊を運んでいるということなどを,詳しく説明してくれています。

 判決は、航空自衛隊の内容にも踏み込みます。政府が情報を一切開示しようとしていないことを批判的に示しつつ、明らかとなった事実を丹念に認定をしてます。
 2006年7月末に、陸上自衛隊がサマワから撤退しましたが、米軍からの「陸自撤退の代わりに」という強い要請により、航空自衛隊がイラクの隣国クウェートからバグダッドへの輸送活動を開始しました。「空輸」では、物資はほとんど運んでおらず、大半が武装した米兵であることが判明しています。
 自衛隊がバグダッドに「空輸」を開始した直後の2006年8月、アメリカはバグダッドに兵を「増派」しはじめます。そして、2006年年末からバグダッドを中心にイラク全土で大規模な「掃討作戦」と展開し始めます。 そして、2007年1年間、米兵は1447回もの空爆をイラク全土で行いました。 
航空自衛隊が輸送活動を開始した後に、米軍はイラク全土での空爆や掃討作を飛躍的に拡大しているのです。
 これは、私たちが送り込んだ米兵が、イラクの市民を殺していることに他なりません。判決はこのことを厳しく断罪し、「自ら武力行使をしているにひとしい」として、憲法9条1項違反と判断したのです。
 判決は、今戦争をしている、という重い真実を正面から示したわけです。この判決は政府に対してだけでなく、「加害者」であることに無自覚・無関心な私たち主権者に対する「有罪判決」でもあるかもしれません。

 

 こういった活動を通じて,彼らは,早期イラク撤退を求めていたわけですが,その活動の真っ只中で,目的を達することができたわけです。

 国民が自ら,事実を直視し,その意味を学び,広め,そして共に考え,その結果が,ストレートに国政に反映されていく,という過程(プロセス)が,生き生きと感じられる希有なことがらだといえるでしょう。
 やはり判決の重みを感じます。
本日,午後4時に,今年度の司法試験の合格発表がありました。

わたしたちの事務所で,アルバイトをしていたロースクール卒業生の彼が,合格をしました。
真面目に,ひたむきに,誠実に,取り組んでいた姿を横で見ていたので,
この合格の結果は,「ホントによかった・・・」の一言に尽きます。

現在の司法試験は,3回で受験資格を失うという制度になっています。
したがって,卒業3年目を迎えると,否応なく背水の陣を迫られるわけですが,
必死に頑張る一生懸命な姿は,実を言えば,周囲の者としても,結構プレッシャーでした。
「ホントによかった!」

ただいま,わが事務所の弁護士ルームは,この話題で盛り上がっています。

というのは,同僚弁護士のうち,2名が関西学院大学のロースクールに,
1名が近畿大学のロースクールに,教えに行っているのですが,
それぞれの大学別の合格者数を見て,あーだこーだ言い合っているのです。

関・関・同・立(関大,関学,同志社,立命館)の中で,関学の合格率がトップだ!と,徳岡さんが叫んでいます。
あっちこっちに電話して,「やったなあ~」,「すげーぜー」と声掛けしています。
教える側にとっても,合格発表は一大事なんですね。

ついでにいうと,神戸大学のロースクールは,合格率では東大とほぼ同じ。
ちょっとした驚きでした。

他方で,兵庫県内では,姫路獨協大学が合格者0名ということで,存続自体が心配される結果となっています。
学校側にとっても,死活問題なのです。

ロースクールが始まってから3度目の合格発表。
ただいま,ロースクール制度自体も,いろいろな問題提起を受けて,全体が背水の陣を余儀なくされています。
まさに,ひきこもごもです。
20070920070241.jpg 「米」という字は,「八十八」と書く。
 これは,米ができるまでに88にも及ぶたくさんの手間をかける,という意味なのだそうだ。
 だから,米は粗末にしてはいけない,ということにもつながるらしい。

 うちの近所の田でも,まさに稲穂が大きく実り,頭を垂れているところだ(写真)。
 多くの手間がかかっているのだなと思うと,米一粒も無駄にできないと感じることができる。

 しかし,三笠フーズの「汚染米洗浄」という手間は,断じて,よろしくない。
 三笠フーズの行動は,八十九番目の手間であり,より多く手間を掛けているとも言えるかも知れないし,米一粒も無駄にすまいという精神なのかも知れないけれども,
 人をダマしたり,暴利を企図して行うことは,一見,正当を装っていても,やっぱり本末転倒だ。


 そんな,言葉遊びみたいなもので連想したのが,京丹波のフリースクールでの虐待問題。

 フリースクールというのは,文字通り「自由」に経営や教育を施せる私設の学校だ。
 学校に居場所がなく苦しんでいる子どもたちが,フリースクールに通っている例が多い。

 しかし,フリースクールに対する規制がないのをいいことに,鉄格子や三重鍵で監視をしたり木刀で殴ったりして,内職等をさせ,集団生活を送らせていたということだ。
 まさに大人のやりたい放題(自由)で,子どもに不自由を課していたことになる。

 東京にフリースクールを開設して20年以上活動しておられる奥地圭子さんの随想で,
 「義務教育というのは,子どもの義務ではなく,子どもの学ぶ権利を保障する,大人の義務だ」
という言葉を耳にしたことがある。
 まさに至言だ。
 フリースクールは,「子どもの教育享受権の選択の自由」であって,経営側の「自由」ではない。

 私がお会いしたことのあるフリースクールの関係者のみなさんは,ほとんど全て,このような正しく発想と尊い志をもって,とても有為で貴重な活動に取り組んでおられる。
 また,みなさん,実った稲穂のように謙虚であり,一人ひとりの子どもに対し,一粒一粒の米を大事に育てるのと同じように,一生懸命,丁寧に手塩を掛けて,育てようとしておられる。

 それと比べると,今回の虐待フリースクールは,経営者が,言葉の意味を完全にはきちがえている。
 その場所は,経営者にとってのフリーゾーンに過ぎない。

 誰のためにあるフリー(自由)スクールなのかを見誤った,本末転倒の結果であり,
 不登校の子どもたちの,一人ひとりの個人的価値を尊重しなかった結果である。

20080425081739.jpg JR西日本の現社長である山崎正夫氏ら10名が,書類送検されました(→神戸新聞記事はこちら)。
 (ちなみに「書類送検」というのは,正しくは「検察官送致」といいまして(刑事訴訟法246条),「書類送検」というのはマスメディアが好んで使う俗語です。)


 遺族,負傷者をはじめ,被害者の方々の声を聞きますと,
    事故当時の幹部(井出相談役,南谷会長,垣内社長ら)の送致が見送られことなど
すっきりしない点も多く,思いは複雑であるとのことです。
 この大事故の原因として,市民の誰しもが思う「組織的要因」へ,どれだけ深く切り込めたのか?という疑問が残るからでしょう。

 ごもっともです。

 しかし,これまでの経過で,運輸事故史上で,いろんな面で前進した面があることも事実です。
 ならば,粘り強く,さらに一歩,さらに一歩と,コツコツ推し進めていく必要があると思います。


 ところで,社長は「このような脱線事故は予見できなかった」として予見可能性を否認しているそうです。
 本件の刑事処分のポイントは,まさにこの「予見可能性」の有無にあります。

 なるほどたしかに,電車に乗っていて,脱線して死傷するなどということは,乗客の誰も予見できないことでしょう。
 つまり,素人であるお客さん,一般の人たちは,「事故の予見可能性がない」からこそ,安心して,鉄道への信頼を寄せているわけです。

 しかし,逆の立場,つまり鉄道の事業者の側は,同じようなノリで「予見できなかった」などとは言えないはずです。
 鉄道の専門家として,安全構築の専門家として,高度の技術に裏付けられた「予見する力」があってこそ,社会における存在価値が認められ,事業の展開が許されるものです。

 一定の曲線で,一定速度を超えれば,必ず脱線することは,物理的に明らかです。
 つまり,本件カーブで脱線が起こり得ることは,技術的には,はっきりしているのです。
 9月6日の読売新聞記事(→こちら)によると,「列車転覆危険率」というのがあり,脱線現場は,JR西管内では最大の数値で(「1.3」),全国でも5番目の高危険率だったということです。

 素人には分からなくとも,専門家であれば分かることです。


 そうだとすると,「予見できなかった」という抗弁は,専門家には成り立ちません。

 もし,本気で「予見できなかった」と言うのなら,素人や一般市民の感覚に逆行・退化したものと言わざるを得ず,専門家としてのプライドを捨てたヘンテコな話だと思います。

  素人の「予見可能性」 ≠ 専門家の「予見可能性」

であり,

  素人の「予見可能性」 < 専門家の「予見可能性」

である,ということです。

 警察は,この論理を突き詰めて,今回は,鉄道の安全部門の専門の責任者を送致したものと思います。
2008.09.05 支部長半年
 この4月から,兵庫県弁護士会尼崎支部の支部長をやっている。
 ちょうど半年を過ぎたところだ。

 兵庫県には,裁判所の支部が9つあり(尼崎,姫路,伊丹,明石,豊岡,洲本,社,柏原,龍野)これに対応して,中規模庁以上のところには,兵庫県弁護士会の支部も置いている。
 尼崎支部は会員61名で,弁護士会の支部としては,まあまあ大きい方である。
 (たとえば,マンガで有名な島根県弁護士会は30名台) 

 ここまで大過なく過ぎているけれども,まあ本当に雑務が多い。
 支部にも事務局員が2名いて,あらゆる業務に精通していて能力も高いので,安心してお任せできるのが救いである。
 しかし,それでもなんだかよく分からない雑務的な事柄が,常にあれこれころがっている。
 極力,省エネで対応しようと心がけているが,なかなかそうはいかない感じだ。

 支部の仕事に,三つの柱があるとしたら,

    ひとつは,市民サービスの窓口

    ひとつは,裁判所,検察庁,法テラス等の関係先との窓口

    ひとつは,支部会員内部の交流

という感じだろうか。

 この点,最近は,どれもこれも新しい時代を迎えて,大変さを感じる。

    市民サービスは,要求レベルが高まり,緊張感を要求されている

    法曹関係者とも,司法改革が本格化し,摩擦や緊張を感じている

    支部会員内部も,弁護士急増や極端な多忙化で,お疲れ気味である

近時,専門業種に対するバッシングの波が始まって久しいけれども,支部長をしていると,ぐるっとひとまわりして,とうとう弁護士への風当たりも強まってきたなあ,といろいろな面で感じる。 
2008.09.04 じんましん
 先日,突然,じんましんになった。
 大人になって,はじめてのことだ。

 からだ全体に,キモチワルイ湿疹というか,蚊に刺された腫れみたいのが,ドヮーッ,ドヮーッと出て,もうかゆくてかゆくて二晩ほどは眠れなかった。
 もし,これだけヤブ蚊にさされたら,ヤブ蚊はダンゴムシになって飛べなくなり,私は失血死してしまうだろうとさえ思った。

 カユイのも困ったが,何せ見た目がキモチワルイ。
 何の前ぶれもなく,突然だったのにも驚いた。
 ので,最初はなんだかトンデモナイ難病に罹ったのではないかと過度に心配してしまった。

 調べてみたら,原因はいろいろあるということだ。

 自分の場合は,2日続けて,牛タン,牛タン,牛タン,牛タンと,四連チャンで牛タン三昧だったのがいけなかったと考えた。
 なので,じんましんが出てからは,2日ほど絶食を試みた。

 しかし,医者に行ったら,原因について問答無用で,薬をくれた。
 飲んだら,スーッと治った。
 不思議なものだ。
 また,薬というのは偉大なものだ。

 ところで,「私はじんましんだ」と言ったところ,周りの人から,「私もじんましんなのよ」,「ボクもじんましんなんだ」と名乗りを挙げる人が多いのにビックリした。
 医者帰りに,ご飯を食べたとき,ご一緒した方が,「これをどうぞ」と言って,ポケットから医者でもらったのと同じ薬を差しだしてくれたのにも驚いた。
 じんましんの薬を常備している人もいるのだ。

 じんましんは,ストレスが原因で発症するという説明も聞かされた。
 これほどじんましんになる人が多いのだから,現代はストレス社会なのだろう。

 私も,ストレス社会を,身をもって,かゆみをもって,感じた次第である。
 ず~いぶん長い夏休みを取ってしまった。

 ブログの更新を怠っていたら・・・,迷惑メールが次々にやって来るわ,勝手に強制スポンサーサイトが割り込んでくるわ,ブロガー仲間のみなさんと疎遠になってしまうわ,等々すっかり廃屋のようなブログになってしまった。

20080417135918.jpg リアル世界では,相変わらずいろいろと走り回っていて,自分的にはペースは変わっていないつもりである。
 ただ,ときどき「ブログはやめたの?」と心配気味に尋ねられる。
 とりあえず,「ボチボチですわ」などと,答えになっていない返答でゴマカシているけれども,声を掛けてくれる人がいるのだから,少しは期待されていると思って,やっぱり何か書かないとなあ~と思う。


 この間に,事務所にも大きな変動があったし,被災地訪問したり,
韓国に行ったり,青年会議所に入ったり,新しいラーメン屋をいくつか開拓したり(これは,どっかで食べたネギラーメン。店名は・・・・忘れた。)等々,いろいろ御報告すべきことがたくさんあった。

 ボチボチ再開していこうと思う次第です。
兵庫県弁護士9条の会の「Newsletter No.40」に載せた記事を転載します。
内輪の文章ですが,あらためて読んでみると,まあオモシロかったので・・・

 私がピースツアーで拝命した役目はカメラマンでありました。
   「いかに国際的に成果ある有意義なツアーであったか!」
を,きちんと可視化できるようにしようという使命感で臨んだものです。
 思いはただそれだけでした。

 したがって,中心メンバーのみなさんのように
   韓国の勉強もしなかったし,
   国際平和への熱い思いも深めなかったし,
   荻野先生のように完璧な翻訳文を作る作業もしませんでした。
 往路の飛行機内の1.5時間が唯一の勉強タイムという体たらくでございました。

 それでも,「訪問してホントに良かったなあ~…」と心から思えるのは,同行したみなさんの魅力溢れるパーソナリティーおかげです。
 とりわけ,石田・吉田・野上3人組の精密な下見と,白・韓2人組の見事な現地案内には絶大な感謝を申し上げたいです。

 そして,私の,韓国ピースツアーの感想と平和への思いは,500枚を超える写真を援用し,代えさせていただきます(御所望の方がいらっしゃったらCDを送りますので,遠慮なくお声掛け下さい。)。

 さて,これだけだと中身がないので,私の思い出ベスト3を挙げさせていただきます。

 まず,第3位ですが,『実弾射撃場』でマグナムをぶっ放したことです。
 白先生の,“ピストルで枢要部を狙って撃つのがいかに難しいかを体験すれば,殺意について,迫力ある刑事弁護ができるぞ”という,怪しげにも説得的な呼び掛けにつられて,多数が足を運ぶ一大イベントとなりました。
 「絶対にイヤよ!」とおっしゃっていた某先生がキャーキャー言いながらバンバン撃っていたのも印象的でしたし,見事トップの座を射止めた前野先生の意外な才も印象的でした。
 そして,私も,ほぼ満点に近い射撃率で「意外と簡単やな」と思い,かえってヤミツキ感さえ覚え,当初の目的に反する逆効果が得られたのが印象的でした。

 ところで,この日,繁華街にはデモを規制する軍隊(機動隊)が大勢立ち並んでいたのですが,隊員の多くは徴兵された思しき若者たちでした。
 いかにも頼りなさそうで,不安げな表情をたたえた彼らが,軍隊で射撃訓練をしているのかと思うと,日本と韓国の戦争文化の違いを感じずにはいられませんでした。



 第2位は,何と言っても韓国料理の数々です。
 キムチ,ピビンバ,焼肉といったお馴染みの料理も,本場の食べ方で接すると,ひと味もふた味も違います。
 隣に座った梁先生に,本場の指導を受けながら食べた焼肉は,まるで初めて喰べた御馳走のように新鮮に感じられました。
 ソンロンタンとか,宮廷料理とか,韓国弁当といったソウルの味に感動を覚え,若手&小沢先生と繰り出した路地の屋台の名前も分からない妙ちくりんな食べ物も最高でした。
 大げさかも知れませんが,生きてて良かったなあと感じることができました。


 そして,第1位は,ナヌムの家でペ・チュニさん(85歳)とお会いできたことです。
 彼女は,戦中の慰安婦経験の後も,ロシア,中国,日本と移住を余儀なくされ,本当に辛い人生を送られたとのことです。
 音楽や絵が好きとのことで,羽柴先生の歌唱に続き,彼女と一緒に日本の童謡を歌ったのも印象的でしたし,絵も胸を打つものがありました。
 日本語も堪能でしたが,それは日本では尼崎に長く住んでいたからとのことで,尼崎市民の私としては,ご近所的な親近感を覚えました。
 こうして人として交流する中で親近感を感じると,彼女の慰安婦としての屈辱と悲痛の体験が,よりリアルに迫ってきました。そして,非体験者が「知る」ことの重要性を感じました。


 長くなりましたが,私の感想として,原稿を提出させていただきます。
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