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 日弁の災害委員会で,鳥インフルエンザのパンデミックを勉強したばかりなのですが,2か月も経たないうちに,新型インフルエンザが大きな問題になってきました。
 こんなことなら,もっとちゃんと勉強しておけばよかったと反省ですが,せっかくなので,ちょっとだけ法的な扱いを整理しておこうと思います。


 インフルエンザ等の取り扱いについては,
    「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」
という法律に書かれています。
 なお,この法律は,平成10年に出来た比較的新しい法律で,人権的に見て問題があるとされた「伝染病予防法」や,「性病予防法」などを統合して,人権に配慮しつつ現代型の感染症にマッチするように作り直したものです。


 この法律では,インフルエンザの種類が次のように分けられています。
 (註;病名の分類表記は,略記しているので,必ずしも正確ではありません。)

    単なるインフルエンザ → 第5類

    鳥インフルエンザ   → 第4類

    (鳥)インフルエンザ(H5N1) → 第2類

    新型インフルエンザ → 第2類に準じる

 感染症の種類が,第1類~第5類まで,類型化されていて,
 このうち第1類~第3類については,就業制限など,ある程度の強い制限を受けることになります。


 今回の豚インフルエンザについて,厚生労働省は,4月28日に,この法律に定める

    新型インフルエンザに指定する

としました(→厚労省のお知らせはこちらです。

 ちなみに,新型インフルエンザの定義(同法6条7項1号)は,
新たに人から人に伝染する能力を有することとなったウイルスを病原体とするインフルエンザであって、一般に国民が当該感染症に対する免疫を獲得していないことから、当該感染症の全国的かつ急速なまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるものをいう」
とされているので,単に①新しい,というだけでなく,②免疫が出来てない,③感染が広がるおそれがある,という3つのポイントがあるわけです。

 目下のところ,免疫が直ちに出来るわけではないので,感染のおそれを重視しているわけです。


 仮に,罹患した場合は,就業制限されることになります。
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 今どきは,
   「欲しい」,「買いたい」
と思ったものは,TVショッピングでも,インターネットでも,通信販売でも,いろんな方法で好きなように買える。
 だから,昔のような“押し売り商法”は無用だし,“訪問販売”などというのも流行らない。

 “電話勧誘”も同じようなものだから,もうやめたらいい。


 先日,証券会社の保有する顧客データ(個人情報)が流出し,このデータが高値で売られて,悪質な電話勧誘が広がったという。
(→こちらをどうぞ

 こういう事件が起きると,個人情報の管理を徹底するとか,流出者の責任追及をするというのがパターンだけれども,こんなのはモグラたたきみたいなもので,あんまり効果的・建設的な対策だとは思えない。


 だいたい個人情報なんて言っても,単なる名前や住所や電話番号みたいなもので,それ自体はたいした価値があるわけじゃない。

 これを,むやみに手厚く保護したり,やたら堅牢な金庫に入れるように隠したりするから,個人情報の価値がインフレを起こして,実価値以上に大事なものに思えてくる。
 ただの名前や電話番号に高い値が付いてしまうのである。

 そして,高い値が付けば付くほど,悪い輩はこれを欲しがるのである。


 むしろ,発想を逆転して,きっちりと出口規制をしたらいい。

 訪問勧誘や,電話勧誘をさせないようにしたらいい。

 そしたら,個人情報を入手しても使いようがないから,売買の対象にもならない。

 個人情報を過剰に守秘する必要もなくなる。

 セールス業者は息苦しくなるだろうが,市民の生活の息苦しさは半減するはずだ。


 理想論に聞こえるだろうか?

 しかし,すでにアメリカでは,こういう仕組みが広がっている。

 アメリカには,「Do-not-call」という仕組みがある。

 直訳すると「電話勧誘お断り」ということだが,本邦では「不招請勧誘の禁止」すなわち“招かざる勧誘は禁止”ということである。

 電話勧誘をして欲しくない人は,その旨を告げて自分の名前と電話番号を届け出ると,勧誘禁止リストができあがる。

 業者は,このリストに出ている人には電話を掛けてはならない。

 アメリカでは,これが徹底されていて,違反した場合は摘発もする。
 既に1億6800万件というから,アメリカ人の70%が登録していることになる。

 日本では,勧誘をされないように個人情報を隠そうとするが,
 アメリカでは,勧誘をされないように個人情報を開示するのである。


 どちらがよいか。

 電話勧誘なんて,いまどき流行らないのだから,そんなのをやめても実害は少ない。

 国民たちに自己防衛の負担を強いるような個人情報守護強化の方針は改めて,
 むしろ業者の電話勧誘をやめさせよう。
 昨日の4・25の「つながりカフェ」で,負傷者として歌い続けている山下亮輔くんがミニライブをしてくれました。
 自作の名曲「君と歩く道」に続くアンコールに応えて,SMAPの「セロリ」を歌ってくれました。胸に染みる歌声でした。

 しかし,どうして草君がメインソロであるこの歌を選曲したのか,草君が釈放された直後だっただけに,その意図について,いろいろ考えがめぐりました。


 私は,憲法をテーマにした講演をするとき,(同僚の徳岡宏一朗弁護士の受け売りですが…,)憲法の最高価値である「個人の尊重」(憲法13条)をあらわした象徴として,
   「世界に一つだけの花」
を紹介することが多いです。

 「ナンバーワンではなく,オンリーワンにこそ価値がある」

という,「個人の尊厳」という,まさに憲法の神髄を一言で言い当てた秀逸ソングです。

 ご存知の方も多いでしょうけれども,この歌は槇原敬之さんが過ちで処分を受けた後の謹慎期間を経た後に作られた歌です。

 つまり,弱い立場,辛い立場,苦しい立場に立った経験を踏まえて,
まさに絞り出すようにして得られた一つの価値観ではないかと思っていたのですが,
 歌い手であるSMAPも,決して「勝ち組」の集団ではなく
稲垣さん,草さんといった,同じように「弱い立場,辛い立場,苦しい立場」を味わった人たちも加わっているわけで,
きっと,「オンリーワン」という言葉に,より深みが出てくるのではないかと期待をします。

 痛みを知る人は,
   「勝ち組ナンバーワン」
よりも,
   「一人ひとりのオンリーワン」
の方が,ずっと価値があるということを,自らの体験を通じて知っています。


 私は「世界で一つだけの花」に,より一層深みが出てくるに違いないと期待をしています。

 草さんが苦しい謹慎期間を経て復帰した暁には,是非,万感の思いを込めて「世界で一つだけの花」を歌って欲しいと思います。

2009.04.26 失敗学
 畑村洋太郎先生の「失敗学」は,

   とても分かりやすい!

   本質を見突いている!

   問題の解決につながる!


という三拍子揃った見事な理論体系で,私は強く感銘を受けているところです。
sippaigaku.jpg

 「失敗は成功の母」などというのは,昔から言われてきた格言です。
 楽天の野村監督が,負けるとボヤくのも「失敗を成功にして欲しい」という親心あってのことだそうです。

 では,具体的にどうしたら「失敗」を「成功」に変えていくのか?

 「失敗をしても,次は成功するように頑張ろう!」
 これが,典型的な誤りです!

 単なる精神論や,姿勢を正すというところからは成功は生まれない。


 畑村先生によれば,「学び」のない失敗だと,
   「失敗は失敗のもと」
になるということです。


 失敗学を,とても一言でまとめることはできませんけれども,私なりの理解で言えば,

    失敗の原因を科学的に知ること

    その原因を整理・分類すること

    これを自らしっかり学んで考えること


hatamura.jpg
が大切だということでしょうか
(かなり抽象的になっちゃいましたね)。

とにもかくにも,直接,畑村先生のお話を聞くのが一番です。

「畑村洋太郎のすすめ  畑村創造工学研究所」のHP(→こちらです)には,
畑村先生のビデオ講義なんかも満載で,お勧めです。

ぜひ御覧下さい。


 JR西日本が起こした今世紀最大の失敗である「JR福知山線脱線事故」ですが,失敗学の観点から見ますと,
    起こるべくして起きた事故
であるとともに,
    これまでの対応を見ている限り「失敗は失敗のもと」
を繰り返しているみたいに思えて仕方がありません。
2009年4月25日午後1時30分~午後5時30分まで,
   「追悼と安全のつどい 2009」
が開催されました。

 これが4回目の“つどい”です。

 振り返ってみると,その年ごとに様々なテーマや特色がありました。

 1年目が追悼の思いが中心であり,
 2,3年目が悲痛や苦悩が中心であったことを思い返してますと,
 4年目の今年は,
     「安全への具体的な祈り・願い」
が前面に出た“つどい”であったと思います。

 600名もの多数の参加を得て,一定の社会への発信ができたのではないかと思われます。

 4人の方々にお話をいただいたのですが,それぞれの方が本当に「実にためになる」話をして下さいました。

 参加した私の感想は,以下のとおりです。
 つながりカフェというのは,文字通り「つながり」を目的とするつどいです。
IMAGE_063.jpg
 NPO法人市民事務局かわにしが主催しているのですが,毎月,開催されています。

 しかし,毎年4月25日にはJR福知山線事故とのかかわりをテーマにして,参加者が一人ひとこと何かを話すのを例にしています。

 今年は40人もの参加を得て,一番多かったんじゃないかなと思います。

 「他人事とは思えない」,
 「親しい友人が遺族となって関わり方に悩んできた」,
 「社会のあり方に疑問を感じる」,
 「自分自身のこの1年間と重ね合わせてみた」,
 「風化させてはいけない」等々,
本当に多くの方々のいろんな意見に触れることが出来て,毎年のことながら,実に有益な機会だと感じました。
2009.04.24 空色の栞
IMAGE_062.jpg 私も1メンバーである「負傷者と家族等の会」
    空色の栞
を作って配ることになりました。


 図柄も手作り,
 裏面にある文章もみんなの手作り,
 空色の紐を結わえたのも手作業でやりました。
 (私が結わえた紐は,不器用なので,不格好です・・・。)

 そしてその配布も,メンバーが福知山線の各駅などで,手渡しする形でやることになりました。
 (ニュースはこちらです。

 なかなか素敵なものができました。
 部数限定3000枚(・・・というか,それ以上は,よー作らんかった)。

 裏面のメッセージは以下のとおりです。
    栞
    あなたの道しるべ

 あの日,あの列車には,様々な思いを抱えた

 多くの乗客が乗っていました。

 辿り着きたかった場所へ行けないまま

 逝ってしまった,たくさんのいのち。

 そして,一瞬にして奪われた日常・・・。

 あの朝,空が真っ青に澄み渡っていたのを

 覚えていますか?

 その空色の栞(しおり)に

 私たちの思いを託しました。

 あの日を決して繰り返さない,

 安全で安心な社会をみんなで育んでいきたい。

 それが,私たちの願いです。


 JR福知山線事故・負傷者と家族等の会
 思いをつなぐ連絡会2009

SMAPの草剛さんの逮捕劇は,いろんな見方があるでしょうけれども,
私からするとかわいそうで仕方がありません。

マスコミであれだけ騒がれるのは,人気タレントの宿命なので仕方がないことだとしても,
警察の捜査のやり方は,ちょっと行き過ぎじゃあないかしら。

強制捜査の一般的なメニューとしては,
   「逮捕」「留置」「家宅捜索」「送検」「勾留」・・・
という流れが一般的ですけれども,
クダを巻いている酔っぱらいに対する対応としては,
単に口頭注意にとどめる場合もあれば,
  「署へ連行」「説教&帰宅」
という保護的な流れもあったでしょう。

 すなわち,強制捜査をしなければならないほどの状況にあったのかどうかです。


 警察の活動は,
  「司法警察活動」(~強制捜査はこの一部)
       と
  「行政警察活動」(~町のお巡りさんのパトロールなど)
があるわけですが,今回の件では,行政警察活動を行うことなく,直ちに司法警察活動に及んだということになります。

 マスコミ情報だと,近隣の方がどれぐらい迷惑を被ったのか,周囲にどれぐらい公衆がいたのか分かりませんけど,仮に当時の状況からして「現行犯逮捕」が避けられなかったとしても,それに続いて,
裁判所の令状まで取る必要がある強制捜査である
   「家宅捜索」
までも直ちに行う必要があったかどうかは疑問です。


 単に「行動・性癖を調べる」というだけで強制捜査が許されるとしたら,それは行き過ぎではないかとも思われます。
 薬物反応も出ていないのに・・・・・

 結果として今回の一連の捜査が適法なものとして許容されることがあったとしても,こういう強制捜査が当たり前のように行われることが許されるとしたら,かなりコワイことです。

 TVで,「家宅捜索」するのを,まるで当然の捜査の流れのように報道しているのを聞いて,ちょっとおかしいぞと思います。
 報道で,警察の捜査に対する批判的コメントがないことに,ちょっとした危険さえ感じます。

 もしも私が草さんの弁護人だったら(・・・ありえないけど),
   単にかわいそうだし反省しているのから許してあげようよ~,
ということだけでなく,
   警察の捜査は興味本位の濫用ではなかったか!
ということを言いたいところです。
 「実情に合った賠償を」
という見出しで,JR脱線事故に関する負傷者の賠償交渉に関するインタビュー記事が掲載されました。

考えがまとまらずにブツブツと独り言みたいに話したことを,要領よくまとめていただいて,さすが記者さんはプロだと感じました。

 この記事中に
米国では、加害者への社会的制裁の意味をこめて高額な賠償を命じる「懲罰的賠償」が一般的ですが、この考え方を日本でもっと取り入れるべきです。
という部分があります。

この部分を,どのように書いていただくかということで,記者さんと少々打ち合わせをしました。
ちょっと悩ましい部分だったからです。

 「懲罰的賠償」には,立法論として,積極論と消極論があります。
どのように取り扱うかは難しい問題です。

しかし,すでに我が国でも,名誉毀損事件における慰謝料などでは,
少額の賠償額よりも,多額の販売益を目論んで,出版を強行する例があることから,
制裁的に高額の賠償を認める判決の傾向があります。

つまり,すでに懲罰的賠償のような考え方が広がりつつあるということです。

 私としては,そういう経済的な分野よりも,
まずは,「命」や「身体」にかかわる分野が先だろうと思うのです。

こういう取り返しの付かない「命」や「健康」にこそ,制裁的な賠償を取り入れることが,
    「社会の安全」
の構築に有効だと思うのですが,いかがなものでしょうか?

だいたい安全軽視の例のほとんどが,やはり経済性を重視する(=安く押さえようとする)からで,
名誉毀損を犯す違法な出版者と,論理は変わらないでしょう。

4月22日の朝日新聞の地方版から,記事の全文と写真を引用させていただきます。
 平成21年4月14日最高裁判所の痴漢冤罪判決は,裁判員制度を直前に控えたこの時期に,刑事裁判のあり方について,
   「基本に戻って,司法の初心を忘れるな!」
ということを,スパッと言い切った,たいへん意義深い判決です。

 最高裁の判決文の全文は,こちらにあります。(最高裁HPはこちら
 本文の部分は,もちろん重要ですけれども,
   那須弘平裁判官(弁護士出身)
      と
   近藤崇晴裁判官(裁判官出身)
の補足意見は,

   ◇刑事裁判はいかにあるべきか

   ◇冤罪を防ぐために求められる慎重さとは何か

   ◇合理的な疑いを超えた証明とは何か

   ◇裁判官は独善で偏見を持っていないか


といった,刑事裁判の本質をズバッと言い当てた,唸らせるようなコメントにあふれています。

 司法関係者ではなく,むしろ裁判員になろうとする市民の方々にこそ,この那須意見&近藤意見をご一読いただきたいと思います。

 この最高裁判決は,3つのメッセージを含んでいると感じました。

1 裁判官は,曇りのない目で,職業的な経験則にとらわれない審理を行え!
「被害者の供述するところはたやすくこれを信用し,被告人の供述するところは頭から疑ってかかるというようなことがないよう,厳に自戒する必要がある。」(近藤補足意見より)
「文献等に例示される典型的な論理則や経験則に限ることなく,我々が社会生活の中で体得する広い意味での経験則ないし一般的なものの見方も「論理則,経験則等」に含まれると解するのが相当である。」(那須補足意見より)


2 捜査機関は,供述に頼らず,物証などの客観的な証拠を重視せよ!
「物的証拠等の客観的証拠は存しない(被告人の手指に付着していた繊維の鑑定が行われたが,Aの下着に由来するものであるかどうかは不明であった。)・・・・したがって,Aの供述の信用性判断は特に慎重に行う必要がある」(判決本文より)


3 裁判員は,「合理的な疑いを超えた証明」の原理に基づき,慎重に審理をせよ!
「合議体による裁判の評議においては,このように,意見が二つ又はそれ以上に分かれて調整がつかない事態も生じうるところであって,その相違は各裁判官の歩んできた人生体験の中で培ってきたものの見方,考え方,価値観に由来する部分が多いのであるから,これを解消することも容易ではない。そこで,問題はこの相違をどう結論に結びつけるかであるが,私は,個人の裁判官における有罪の心証形成の場合と同様に,「合理的な疑いを超えた証明」の基準(及び「疑わしきは被告人の利益に」の原則)に十分配慮する必要があり,少なくとも本件のように合議体における複数の裁判官がAの供述の信用性に疑いをもち,しかもその疑いが単なる直感や感想を超えて論理的に筋の通った明確な言葉によって表示されている場合には,有罪に必要な「合理的な疑いを超えた証明」はなおなされていないものとして処理されることが望ましいと考える(これは,「疑わしきは被告人の利益に」の原則にも適合する。)。」(那須補足意見より)

 ちなみに,最高裁の第二小法廷でも,民事事件ですが,痴漢冤罪による損害賠償請求事件で,証言の信用性について慎重に判断せよ,という判決が出たばかりです(最高裁平成20年11月7日判決)。
 この流れは,裁判員制度を迎えるに当たって,司法の基本を再認識しようとする,一貫した流れに違いありません。
4・25ネットワークが,2005年に起きたJR福知山線事故から4回目の4月25日を目前に控えて,
    「尼崎脱線事故検証委員会」
を設置するよう,申入れを行った。

 ニュースなどでも取り上げられているので,参考にどうぞ(→たとえば神戸新聞の中島摩子さんのこちらの記事など

 今回の申入れのポイントを3点あげるとしたら,次のとおりである。

 ひとつは,JR西日本が,いつまで経っても今回の事故について,自らの手で原因を究明・検討しようとしないことから,今回の申入れに至ったという点である。

 被害者が事の真相を明らかにしたいと思うのは当然かつ自然な思いであるにもかかわらず,JRが固く口を閉ざしたままであるため,4年経ってもなおその目途がついていないというところが異常である。


 2つめは,事故の原因をあくまでも「科学的に分析し,組織的・構造的問題の所在と課題を明らかにする」としている点である。

 世間の人々は,被害者は感情的に流れるのではないかと先入観を持っているだろうが,今回の申入れは,「科学性」と「社会性」に軸足を置きながら,「謙虚に」かつ「客観的に」検討を進めようということを,被害者自身が言い切っている。そこは尊重されるべきである。


 3つめは,加害者・被害者・第三者の3つの立場が同じテーブルに就いて検討を進めようということを,被害者の方から申し出ている点である。

 第三者だけで進められた事故調査委員会が必ずしも支持されなかったのは,加害者が全面的に関与せず,また,被害者の声が十分に届かなかったからであろう。三者が,協働して検討し,教訓を紡ぎ出すという動きは,新しく・画期的とも言える。


 以下,4・25ネットワークがJR西日本に提出した申入書を引用する。
 夫婦関係をはじめとする親族をめぐる法律相談はとても多い。
 この傾向は,うちが市民事務所を銘打っているからではなく,
全国的に見ても増加傾向なのだろうと思う。

 相談を聞いていると共感を覚えるものもあるし,感覚的に付いていけない話もある。
 もちろん,私も職業弁護士だから,できる限り法的な観点から助言をするように心掛けている。

 しかし,どうしてもしっくり来ないときがある。

 きれい事かも知れないけれども,「愛」の観点が欠落している場合に,しっくり来ないのかなと思う。

 離婚事件であれば,「愛」の裏返しの憎しみなら,まあ何とか理解できる。
 また,離婚に伴って,子どもを育てていくための養育費の確保の問題もあるし,子どもに会いたいという面接交渉の請求についても,子どもへの「愛」が動機になるなら,肩入れしたい気持ちになる。
 しかし,単なる意地や,駆け引き,策略がらみの話だと,ちょっとどうかなと思ってしまう。

 それから,成年後見人をやる場合に,年老いた親に対する接し方に,「愛」があるなら,できる限り大目に見ようという気持ちになるが,相続の前哨戦だとビジネスライクにドライな目で見ざるを得なくなる。

 仕事でくたびれたときに,時々思い出すように,さだまさしの歌を聴く。
 特に,家族愛を歌った歌を好んで聴く。
 たとえば,「関白宣言」を例に挙げると,舅・小姑かしこくこなせ,たやすいはずだ,愛すればいい,なんて下りがあるが,そういうのを聴くのも清涼剤みたいなものだ。

 現実の家族像に接する限り,決して「たやすいはず」とは言えないけれど,さださんの言う「愛すればいい」というくだりは,まさに正解だと思うのである。
 遺言を書く人がずいぶん増えているそうです。
 たいへん結構なことだと思います。

 遺言は,その人にとって最後の財産処分行為なのですが,法律的には,
    ■原則は法定相続で,遺言はこれを修正する特則だという考え方と,
    ■原則は遺言であり,遺言がないときに法定相続を使うという考え方,
があって,それぞれ議論があるようですけれども,難しいことは置いておきます。

 私は,誰もがちゃんと遺言を書くべきだと思います。

 なぜなら,自分自身の財産なのだから,きちんと財産の処分方法を示しておくのが,責任ある態度だと考えるからです。

 遺された相続人たち相続紛争などは,誰が悪いかって,私は,亡くなった御本人がきちんとしておかないから悪いのであって,恨むなら故人を恨むべきで,生きている人同士で傷つけ合うのは道理に合わないと思うのです。

 私的に遺言の心得を3つ挙げるとしたら,

  1 元気なうちに書きましょう

  2 大金持ちにならないうちに書きましょう

  3 弁護士にしっかり相談しましょう


ということです。

 イメージとしては,遺言なんて,よほど高齢になって,能力も乏しくなってから書くのがパターンのように思われがちですが,もうヨボヨボになって判断力も乏しくなってからでは,本当に自分の意思と言えるのかどうか誰が見ても不安です。
 次代に遺せるだけの財産を築いたと考えたその時点で,しっかり次代のことまで見据えて道筋を付けてこそ,意味があるとは思いませんか。


 大金持ちになってしまうと,渡す方も,もらう方も,いろいろ思惑が出てきて,シンプルな考えが持てなくなります。
 ですが,「誰のために,何のために」財産を遺すのか,という基本方針はシンプルなはずです。シンプルな基本方針を持てるうちに,自宅だとか,家業だとか,重要な基本部分の帰趨を決めておくべきだと思います。
 預金だとか,株や証券だとか,伸び縮みする財産は,あとで調整できます。


 ヘンテコな遺言書が出来てしまって,あとでトラブルになるのは,だいたい御本人の素人判断で作った場合か,ご家族の思惑がゴチャゴチャと入り乱れている場合か,大事な基本方針を忘れて節税だけを考えて作った場合か,どれかです。
 「きちんと」「第三者に」「基本方針」を見てもらうとしたら,やっぱり弁護士に相談するのが一番だと思います。


 宣伝みたいになってしまいましたが,普段から思っていることですのでご容赦をば。
 うちの事務所を,略称で 「ANCL」 などと表記することがあります。

 芦屋(Ashiya)西宮(Nishinomiya)市民(Citizens)法律事務所(Law office)の略称です。

 設立したのが,平成14年4月16日でした。

 なので,今日で満7歳の誕生日,というところです。

 人間で七歳というと,ちょうど小学一年生です。

 ドタバタした幼児期を経て,これからいよいよ本格的な勉強を始める・・・ってとこですね。
4月15日は遺言の日 なのです!

bag4.gif
誰が決めたかって?
兵庫県弁護士会が決めました。

当会きってのアイディアマン弁護士・上谷佳宏さんが,1998年ころだったかな?,に思いついたダジャレが発祥です。

オヤジなダジャレが,いつの間にやら大きく広がりました。

驚くことにウィキペディアにもちゃんと出てます。
遺言の日
「ゆ(4)い(1)ご(5)ん」の語呂合わせ。
近畿弁護士会連合会が制定。2007年から日本弁護士連合会が主催して全国で実施されるようになった。
だって。

もうちょっと正しくいうと,

  「死以後(し・いご=4・15)のことを」

  「よいこ(=4・15)は」

  「ちゃんと遺言(ゆ・いごん=4・15)しましょう」


という語呂合わせなのであります。


 こういうダジャレが源なので,明日,弁護士会尼崎支部で行われる行事も,

   「相続を争族にしないために」

と,なかなかシャレた題目で,当支部の古賀徹弁護士が,講演をします。

ホントに,「相続」をめぐって,「争う家族」となると,何とも辛いですよ。

それを,上手に予防・克服できるアイテムが「遺言」です。


明日は,私も支部長として,ちょっとだけ挨拶をしますが,無料相談会も含め,どうぞよろしくお願いします。

日時 4月15日(水)午後1時30分~4時30分

場所 西宮市民会館 中会議室

参加無料です!!


※ちなみに,冒頭のイラストは,兵庫県弁護士会の元祖キモカワ系のイメージキャラクター「ヒマリオン」くんでした。
 先日,東京の弁護士・荒井哲朗さんの
    「投資なんか,しなくていい」
という朝日新聞の記事を紹介した。
 私は,抜群のセンスと内容だと思ったので紹介したが,本日,第2弾を見つけた。

 私も所属している神戸先物・証券被害研究会のエースで事務局長の村上英樹さんが,インタビューに応えて,それが記事になった,神戸新聞の,
   「老後資金、運用にご注意 トラブル多発 相談急増」
という記事だ。(→記事はこちら


 この記事のタイトルについて,村上さんの注文は,
    「今こそ投資から貯蓄へ」
というものだったそうで,政府先導で猫も杓子も「貯蓄から投資へ」と唱えていたのを逆さにした,なかなかセンスあるキャッチフレーズだったと思うが,採用されずに残念だ。
(→村上さんのブログはこちら

 村上さんは,
 悪質業者は形態を変え、投資詐欺などが増えている。運用には高度な技術が必要で、もうけるのは難しい。理解できなければ手を出さない方がいい
と呼びかける。

 ホンマにそのとおりだ。

 つい先日も,未公開株の投資被害の相談を受けたばかりだ。
 彼らはどうせ悪質先物取引業者の残党であろう。

 こんなこともあった。実話である。
 この間まで私が担当していた裁判で被告として訴えていた先物会社の社員(外務員)が,裁判中に,別のロコ・ロンドン会社の社員(同一人物!)として,新たに別の悪さをしていたのが発覚し,被害者が私のところに駆け込んできた。
    相手(被害者)変われど主(加害者)変わらず
とは,このことである。
 ちなみに,当該先物会社は倒産して現存せず,ロコ・ロンドン会社も倒産して消滅した。

 このような不安定な経済を背景に悪意が蠢くご時世で,もはや「投資」は時代遅れだ。 
 テレビは今春で終わってしまったが、ちょっとしたご縁でローカルFM局
    「FM宝塚」
で10分ほどのコーナーに出ることになった。

 今週から始まった「教えて!裁判員って何?」といいう番組である。(→こちらです。

saiban.png

 市民の方々に、裁判員制度を知っていただくことを目的とする番組であり、私の役目はいわば広報係だ。

 ちなみに,私の裁判員制度に対する考えは、
   裁判員制度は決して諸手を挙げて歓迎できるような良く出来た制度とは思っていないけれども、
   あるべき陪審制へのステップとして、

    また、
   現在の絶望的な刑事裁判を抜本的にリフレッシュする切り札として
大きな力を期待している。

 番組の方は,ローカル局で,私の自宅では聞けない電波なのだが,聞いた人がいらっしゃったら,どんな感じか教えていただければ幸いである。


 なお,国民主権という観点から見ると,
   裁判員制度は,国民主権を「補完」する副食(おかず)のような役割。
   選挙は,国民主権を実現する本家本元,主食そのもの。
今,ちょうど宝塚市長選がはじまろうとしているところですから,国民主権を真剣に考えてみる機会になればいいと思う。
 JC(青年会議所)というと,何となくノンポリ&ボンボンの集団というようなイメージがあるけれども、そのイメージを思いっきり覆す迫力を持つ人物が、今年度のトップ(会頭)に立つ安里繁信さんだ。

 安里氏は、徹底したマイノリティである。
 しかし、逆にそれを前面に打ち出して、力強いメッセージを発信する。
 マイノリティというのは,「沖縄」、「貧困」、「学歴」、「労働者」,「不登校」,「障害」といった、自らが負ってきた数々のハンディキャップを、(よくあるようにコンプレックスとして自分の内部にしまい込んだりせず)逆にバネにしてのし上がってきた。

 安里氏は,われわれ庶民が昔から美談として憧れる「たたき上げ」を地で行っている人である。

 オバマ大統領がマイノリティと過去の不遇を背景に、力強い演説力を武器にして、ここまでのし上がってきた。
 いろんな意味でイメージが重なる。

 今日聞いた雄弁な演説によると,安里氏は企業人、経済人としての成功に止まることなく、さらに成長し,10年後を見ていて欲しいとのこと。
 JC出身の政治家というと、最右翼が麻生首相である。
 その逆を行くのが安里会頭である。
 素直な期待を持ちながら,今後の歩みに注目したいと思う。
 JR西宮駅の南西には,西宮東地方卸売市場がある。
 初めて訪れた人は,なんだかタイムスリップしたような感覚に襲われるであろう。

 古い建物や倉庫が建ち並ぶ中に,一般客向けの飲食店がいくつか点在している。
 洋食屋や,タイ料理屋など,珍しい食い物屋もあるけれど,知る人ぞ知る名店が,

    「淡路島バーガー」
である。
IMAGE_051.jpgIMAGE_050.jpg
 西宮東地方卸売市場の西の端っこの川沿いで,バラックみたいな雰囲気で,バーベキューみたいにして作られているのも雰囲気を出してるが,
パンも,ハンバーグも,タマネギも,野菜も,みんな淡路島産の材料を使っているというこだわりよう。

 しかし,私のような鈍感な舌だと,どこの産地なんだか全く分からない。
 「こーなんだ!」と言われたら「あーそうですか」と返すほかないから,
とにかくウマイかマズイかが基準である。

 この点,「淡路島バーガー」は,アルミホイルの中に,ふかふかで歯ごたえのあるパンと,とにかく美味しいハンバーグと,タマネギたっぷりのソースが,「これでもか!」というぐらいに山盛りで包んであって,インパクトも十分だが,
 とにかく「ウマイ」ハンバーガーである。

 マクドナルドよりもモスバーガーが好き,という諸兄にはお勧めである。

 JR福知山線脱線事故から4回目の4月25日を迎えます。

 遺族の方々を中心とする「追悼と安全のつどい2009実行委員会」が,シンポジウムを企画しています。

 今年は土曜日ですので,多くの方にご参集いただければと思います。
  (私も一応の司会役ですので,お目にかかれれば幸いです・・・)

090425tudoi.jpg
 ~鉄道事業者の社会的責任を考える~
   JR福知山線尼崎脱線事故 
   『追悼と安全のつどい2009』


   主 催:追悼と安全のつどい2009実行委員会
   後 援:尼崎市
        思いをつなぐ連絡会(4月25日を忘れない)
        鉄道安全推進会議(TASK)
        4.25 支援弁護士グループ
   事務局:4.25 ネットワーク

13:30 開会

13:40 ~ 14:00 JR福知山線脱線転覆事故から5年目を迎え
           「鉄道事業者であるJR西日本の社会的責任を考える」
           4・25ネットワーク世話人 淺野弥三一氏

14:00 ~ 15:20 「安全な社会への新しい潮流 ~被害者の視点の意義~」
           ノンフィクション作家 柳田 邦男氏

15:40 ~ 17:00 「失敗学から危険学へ」
           工学院大学教授・東京大学名誉教授 畑村 洋太郎氏

17:00 ~ 17:20 「これまでの被害者支援の動きと今後」
           鉄道安全推進会議 事務局長 佐藤 健宗氏
 私が憧れる加藤周一さんが
    「戦争はウソの体系」
という言葉を紹介しておられた。

 北朝鮮のミサイル報道の狂乱ぶりは、この言葉を実感するのに、実によい勉強になった。

 本当にミサイルだったのか人工衛生だったのかは,今やどちらでもよい。
 とにかくウソかホンマか分からないにもかかわらず、日本国中全体がミサイルフィーバーになった事実は、厳然として存在する。

 敵国を作って、多くの国民の支持を得て、軍備配置するのは実に簡単なことなのだ。

 私は、政府なんかよりも、
    ◆世論をヒステリックにフィーバーさせるマスコミと、
    ◆これを無批判に受け入れてしまう我々市民に、

すごーく,すごくオソロシイ恐怖を感じた。


 加藤周一さんの「羊の歌」には,大東亜戦争が始まる直前の日本の国のフィーバーぶりが描写されている。
 当時の新聞社や民衆と,今のマスコミや市民と,何が違うだろうか?

 批判が許されない社会の渦の中で,「ウソ」の意味を見抜いていた加藤さんに,私は憧れる。
NADA-F.jpg 日航機墜落事故のある遺族の方から,バッヂをいただきました。

 このバッヂは,米国の財団法人
    全米航空惨事被災者同盟(NADA)
で最高賞である
    「航空安全賞」
を日航機墜落事故の遺族の有志でつくる「航空安全国際ラリー組織委員会」の方々が受賞したのを祝って,作ったバッヂだそうです。

 そもそもこの財団法人は,「死因の科学的な分析を行い、次の悲劇を生まないよう役立てること」を目的としているそうで,この目的に照らして,遺族らのグループの活動が,国際的な空の安全に貢献したとして受賞されたのですから,
    被害者の存在と活動こそが,真の安全に寄与している
ということを証左するものとなっています。

 こと事故調査に関しては,アメリカの着眼点は思い切っているし,正しいな,と思いました。

(※毎日新聞の2009年3月11日記事は→こちらです。) 
 しばらく更新をサボるたびに、
   「次からはボチボチやろう」とか、
   「これからは簡単に行こう」とか言って、
とにかく継続することを目標に掲げてみるのだが、やっぱりなかなか続かない。

 多忙は仕方がないとしても、いろいろ言いたいことは一杯あるのに、表現の機会を持てないのも、精神衛生の観点からすると実によくない。
 表現の自由の不行使が,生理的に我慢ならないのであろうか。

 途切れがちになる原因をつらつら考えてみるに,
 職業柄か、性格からか、どうしても書こうとする記事に
    「意見」や「結論」
といったオチをつけようとするので、肩に力が入ってしまうのだが,これも、二の足を踏む原因であることは分かっている。

 もっとも,だいたい言いたいことは一言ぐらいで、あとはオマケの前振りに過ぎない。

 なので、これからは、いや、今度こそ態度を改めよう。
  前振り2行
  結論2行
の四行だけの簡単ブログで、毎日更新を続けたい。
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