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 衆議院の定数が480人。
 憲法改正発議は,「各議院の総議員の3分の2以上の賛成」(憲法96条)が必要。
 つまり,改憲ラインは320人

 民主+社民他連立政党=319人

 暴走可能領域3分の2の,ほんまにギリギリ1歩手前でとどまった。

 勝ちすぎはこわい。
 日本人は,風向きによって我も我もと一挙に雪崩を打ったように流れてしまうところが弱点だ。
 インフルエンザが蔓延するのも怖いけど,付和雷同はもっともっとコワイ。
 ちょっと古いが「赤信号みんなで渡れば怖くない」が,実はすごくコワイことだ。
 (~「戦争もみんなで行けば怖くない?」 「悪政もみんながよければ怖くない?」)

 もっとも,
 民主党のなかで,憲法改正賛成が57%,反対が24%
 9条改正については,賛成17%,反対66%
 また,連立を組む社民党は100%護憲。
 (ただし,候補者段階 →毎日新聞えらボートより
suzukikennpo.jpg
 憲法についてしっかりと議論をする「論憲」を行うには,もっとも適した環境が調ったと言えるかも知れない。

 日本国憲法の生みの親,鈴木安蔵氏が,憲法公布の際に発刊した
   「新憲法 解説と批判」
 では,あとがきを次のように締め括っている。
国民こそが統治権の根源であり,
総覧者となったのであって
国民の責任
今日のごとく重大なるはない

のである。

 政権の完全交代という,戦後初の民主的革命が起こった今,同じことがあてはまる。
 「国民の責任が今ほど重大なことはない!」
 
 「勝ちすぎ」による慢心で,問答無用の改憲論をぶっ放した2年前の安倍内閣の愚が繰り返されないことを祈りつつ(=これが市民のトラウマになっている),政権交代の成果が,国民の生活に反映されることを願うばかりだ。

(※それにしても,東京&比例区で保坂展人議員(社民党)が落選したのは,衆議院・法務委員会における貴重な良心を失ったわけで,共謀罪反対問題や,子どもの権利の実現にとって,大きな痛手である。誰が彼に代わりうるのか?)
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 はじめて,朝一番(午前7時)に投票に行ってきました。
 家族揃って,朝の散歩がてらのお出かけです。

touhyoubako.jpg なぜ朝一番かというと,一番乗りの人が投票するときに,
投票箱の中を開け,中が空っぽであることを確認してから,鍵を閉める
ということなので,その瞬間を見に行きたかったからです。
 実に,しょうもないことですけど・・・・

 しかし,もっと早くから来て並んでる早起きさんたちも大勢いて,
 残念ながら,目的の一番乗りは果たせませんでしたが,
 投票箱の鍵を閉めるところはしっかり目撃しました。
 ふーん,なるほどーって感じです。

 今日は,子どもたちも連れて行ったので,長い行列に並んでいる間から,
   「○○党なんかダメだよ~」
   「△△(=候補者名)に入れろよ~」
   「××(=候補者名)がいいよね~」
などと大声でうるさくて,なんだか家庭内の会話を聞かれているようで気恥ずかしく感じ,
私が投票用紙に書き込んでいるのをのぞきながら,
   「なんだ□□□かぁ~」
とか,
   「民主ってどれ?(←自民や社民にも「民主」が付いてるので)」
だとか大声で言うので,私の投票先が周りの人に聞こえてないかと,
たいへん気が散りました。

やっぱり,誰に投票するのかを他人に知られるのって,ちょっと気になりますね。

 妻が出口調査を受けてました。
 出口調査なんていうのは,これまた初めて見かけましたが,
 避けるように断って帰る人も多数。
 どうして私に声をかけずに,妻に声をかけるのか,よくわかりません。
 こういう場面なら,誰に投票したのか,快く答えますのに。

 戦後の衆議院総選挙の投票率を,グラフにしてみました。
touhyouritu.jpg

 こうしてみると,バブル崩壊後の凋落傾向下がひどいですね。
 前回の郵政選挙の投票率(67.5%)で,新憲法制定後初の選挙(68%)とほぼ同じ。
 今回,それを上回ったとしても,フツー程度といえるでしょう。

 経済の面で「失われた20年」などといいますが,
 民主主義の定着度でも「失われた20年」という感じがします。

 ところで,大分県の中学校の先生が,テストの際に支持政党とその理由を聞く問題を出した,
 ということで,なんだかニュースになっています(→こちら)。
 
 どうやら,やり方に配慮が足らないとか,
 子どもの思想信条を聞き出すことになるから悪い,
という問題意識でヤリ玉に挙げられているらしいです。

 しかし,こんなことに目くじらを立てたり,ニュースにしたりするのは,おかしいのではないでしょうか。

 国によっては,義務投票のところもあり,罰則を科す国も少なくありません。
 しかし,日本は,選挙の自由を保障していることから,任意投票にしています。
 投票が任意であるにもかかわらず,自らの参政権に対する意識を高める努力は無策で,
 その結果として,政治的関心が低下し,民主主義が機能劣化しているわけで,
 こうしてみると,今,必要なことは,むしろ,
     参政権を実質化する教育
ではないですか。
 任意投票制と,参政教育はワンセットと考えるべきでしょう。

 堂々と支持政党を公言し,自己の政治的信条を発言できるような自主性・自立性を持った国民を育てることこそが重要で,
 この大分の中学校の先生は,褒められこそすれ,責められるべきではないはずです。


 今日,投票の際に,子どもたちにワアワア言われて恥ずかしかった私のことや,
 出口調査の際に,逃げるようにして回答を拒絶した投票者の人たちのことを思うと,
 民主主義国家を支える国民として,まだまだ腹が据わっていないと感じますので
 堂々と胸を張って,自分の投票行動を主張できる人を育てることが重要だと思います。
 明日は投票日だが,今回,「憲法」が争点になったという認識は,誰も持ってないに違いない。

 言うまでもなく,今,憲法は岐路に立たされている。
 国際的には,オバマ大統領の登場で,平和政策とりわけ核問題は大きく舵を切ったところだ。
 内政的にも,貧困,失業など,生存権などの社会権のあり方に,大きな転換が求められている。
 何よりも,来年5月18日には,改憲国民投票法が施行される。
 どのような道筋を通ろうとも,憲法を避けて通るわけにはいかない状況にあるはずだ。

 そうすると,今回選ばれる議員の人たちが,今後の憲法のカギを握っているのは,火を見るより明らかである。

 しかし,憲法問題については,今や埋もれつつある小政党が語るのみで,
 自民党は口を閉ざし,
 民主党も多くは語らなかった。

 民主党のマニフェストのダイジェスト版の締め括りは
    「国民の自由闊達な憲法論議を」
となっているけれども,今,自由闊達さなど微塵も感じない。

 憲法問題をタブーにしたのは,「投票につながらないから」というつまらない理由よりも,
 「寝た子を起こすな」という,事なかれ主義が本音なのだろう。

 マザーテレサが,「『愛』の反対語は,『無関心』である」と語っているとおり,
 瀕死の病身にある憲法にとって,一番の薬は「関心」や「議論」である。
 とどめを刺すのは,「威勢の良い改憲論議」よりも,むしろ「無視(黙殺)」に違いない。

 私が入会した青年会議所は改憲派なので,私の信条とは基本的に合わないけれども,
 西宮青年会議所が開催した,候補者たちによる公開討論会では,憲法問題も,テーマとして取り上げた(→こちらです

 今回の選挙で,憲法問題を黙殺をしてしまったツケは,
 いつ,どこに,どういう形であらわれるのだろうか?

 選挙後に,最初に行うべき行動は,憲法の議論だ。
 切り口は,平和問題,外交問題,経済政策,社会保障,教育問題・・・なんでもよい。
 どの問題であっても,憲法の理念を活かしているかどうかという視点で,モノを考え,モノを語れば,それが必ず生きてくるのだから。
 黙殺は公約違反であり,国民にとっては自殺行為である。
憲法79条2項は,次のように定めています。
「最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付(す)」

それから,裁判所法41条では,次のように定めています。
「(最高裁判所の裁判官の任命資格)  最高裁判所の裁判官は、識見の高い、法律の素養のある年齢四十年以上の者の中からこれを任命

今回の衆議院選に合わせて行われる「国民審査」ですが,バッテン(×)を付けるリコール制のようなイメージがありますけれども,

条文の書き方からすると,むしろ,

「識見が高くて法律の素養のある人」
       を
「主権者である国民が任命する

手続だと考えた方が素直ではないかと思います。
(この点,学説は分かれていますが,単なる解職制度に過ぎないという見解には与しません。)

実際,最高裁判所の裁判官紹介のページをみますと(→こちら),
各裁判官の,過去の経歴が,比較的,詳しく出ています。
特に,行政官出身の裁判官の場合,役職もかなり詳しく出ています(たとえば,竹内行夫裁判官の場合は,→こちら

国民審査となると,その裁判官が最高裁で出した主な判決が参考情報として紹介されたりします。
しかし,それを理由に解職を求めるのは,裁判官独立の原則からすると,私は少々違和感を覚えます(それはそれで,最高裁への民主的コントロールの観点からすると正しいのですけど)

むしろ,その人が最高裁判事に就任するまでにどんなことをしてきたのか過去・経歴が問われる,のが国民審査の任命のあり方としては正しいのではないでしょうか。


「竹内行夫裁判官にバッテンを」の活動に,私は賛同です。
竹内裁判官の過去の経歴や,やってきたことを考えますと,とても任命すべき人だと思えないからです。

司法における国民主権を実現するには,裁判員制度より前に,まず既存の国民審査制度をきちんと活用しないと!

takeuti.jpg

 先日,驚いたというか,とてもがっかりしたニュースに接した。
 兵庫県が,佐用町や宍粟市などでの豪雨被害で浸水被害を受けた家屋に対し、被災者生活再建支援法や,災害共済制度以外の公的支援を見送る方針を固めた,というニュースである。

 朝日新聞の記者さんからの情報だったが
   被災者を救済する制度を作ったために,かえって救われない人が増える
 というのは,まさに本末転倒だと思った。
(その記事の内容は→こちら。末尾に引用します。)

 具体的に言うと,被災者生活再建支援法では,
    全壊・大規模半壊   → 支給あり
    半壊・一部損壊     → 支給無し
と二分されているが,
平成16年の台風23号被害のときには,この制度の穴を埋めるために,県の独自制度として,半壊・一部損壊の家屋にも,給付金を出していた。

 ところが,今回の災害には,このような手当をしないというのである。
 なぜかというと,平成17年に「住宅再建共済制度(フェニックス共済)」創設し、従来の災害支援制度を廃止したからだということだ。

 共済制度に加入していない場合は,あくまで自己責任・自力再建だということである。
 これでは被災者の方々が救われない。

 しかし,兵庫県は,即座に対応を改めることとした。
 (本日配信の神戸新聞の記事 →こちら 末尾に引用します。)

 半壊家屋や,一部損壊家屋にも,独自の支援策を講じるということだ。
 私は,この兵庫県の善処について,とても勇気ある方針転換だと感じる。
 兵庫県の独自支援策が,さらに,現地の被害実情に応じたものとなることを期待したい。
terakoya.jpg

 西宮青年会議所に入ったところ,まちづくりや青少年育成を目的とする委員会に入ることになった。

 もともと関心を持っていた分野なので,喜んで活動に取り組んでいる。

 今年度の事業として,
   「てらこや」
という子ども参加の企画を行う事になった。

 昨年の夏ころから,延々と議論や,準備を積み重ね,毎晩遅くまでぐったりするほど時間を費やすことがしばしばだった。
 お寺にもなんども打ち合わせに行った。
 禅寺で,坐禅を組むなんていうのは,フツーだとあり得ない体験だ。

 あと1か月を切ったところだが,神戸新聞に記事が出たので,紹介しておく。

 詳しくは,JCのHPまで(→こちら)

西宮JCがツアー 「お寺」 「修行」 を泊まりで体験

 西宮青年会議所(JC)は、9月に実施する「てらこや体験ツアー」に参加する小学生を募集している。
 学生ボランティアとともに市内のお寺に1泊して座禅や講話などの“修行”に挑戦。その後、人形劇や酒造りなど西宮の伝統文化に触れる。

 西宮JCはこれまで毎年夏に全国でキャンプを開催。
 だが、西宮の歴史や伝統文化に触れ、より深く知ることで、地元を好きになってもらおうと、今回初めて企画した。

 宿泊するのは、同市六湛寺町の禅寺「海清寺」。
 1394年創建の古刹(こさつ)で、境内には樹齢600年のクスノキが茂る。

 12日午前10時に集合し、寺へ。
 住職の講話を聞き、座禅に挑戦する。
 夕食は精進料理を食べる。
 夜は昔ながらの番台が残る銭湯で入浴する。

 13日は寺を出て、「にしのみや本物体験」として人形劇を鑑賞し、白鹿記念酒造博物館を見学。
 武庫川女子大甲子園会館(旧甲子園ホテル)で戦艦大和の元乗組員、八杉康夫さんの話を聞き、命の大切さを考える。

 小学4~6年生が対象。
 定員40人(申し込み多数の場合は抽選)。
 1人5千円。
 8月25日までに西宮JCTEL0798・33・1615(平日午前10時~午後5時)へ。

 JR西日本の福知山線脱線事故について,本日,遺族35名が検察審査会に,歴代社長3人(井手氏,南谷氏,垣内氏)の不起訴処分の見直しを求めて,検察審査会に申立てを行いました。

 この件では,当時の鉄道本部長の山崎正夫氏だけが起訴されていますが,
 会社の組織的・構造的な問題が引き起こした事故であるというのが社会的な評価として定説となりつつあるのに,
 その組織的・構造的な問題を作り出した社長・会長らが,法的に免責されるというのはおかしいのではないか,
 という素朴な視点で捉えることができるでしょう。

 山崎氏が問われている過失は,
    急カーブに付け替えたのにATSを設置しなかった
というものです。

 しかし,ATSのない急カーブであっても,スピード違反がなければ事故は起きないというのが,一貫したJR西の反論でした。
 そうであるならば,
     ATS等の安全措置を講じないで速達化(スピードアップ)を行った
という行為も,山崎氏の過失とウラオモテの関係で,過失責任が問えるはず。
 それが,当時のトップである社長・会長らの責任だということです。

 検察庁が山崎氏ひとりに起訴を絞ったのは,山崎氏ひとりが安全に関する実質的権限を有していたからです。
 しかし,JR西の組織は,当時,社長・会長が絶大な権限を持っていました。
 安全に関する権限だけ切り離し,全て部下に丸投げするなどということは考えられないし,公共交通機関として許されることでもありません。
 (実際,JR西日本の「総合安全推進委員会」の委員長は社長です。)

 検察審査会の今後の検討に注目です。
  
 明日,兵庫県弁護士会で,裁判員の劇をやります。

 原作;野口善國弁護士,
 脚本・演出;野口善國・徳岡宏一朗弁護士,
 出演;当会の弁護士一同

 「この子はどうなる?」

map-bengoshikaikan.gif 日 時   平成21年8月22日(土) 午後1時から3時30分

 場 所 兵庫県弁護士会館 4階講堂 神戸市中央区橘通1-4-3


 参加無料・予約不要です。

 詳しい案内は,

 弁護士会のHP(こちら)
      あるいは,
 徳岡宏一朗のブログ(こちら)

へどうぞ。

案内文からの抜粋です
 これまでのマスコミなどの報道を見ると、「成人の刑事事件について、裁判員裁判が始まるとどうなるのか?」ということについて議論されているのが大部分です。
 しかし、「少年の重大事件」についても「裁判員裁判」は実施されます。
 少年事件には、単に少年を罰するのではなく、「少年の健全な育成」を図るという「保護主義」の理念が働いています。少年法の理念は「裁判員裁判」であっても変わるものではありません。
 少年の重大事件について、「裁判員裁判」を行った場合、どのような問題がおこりうるのでしょうか?裁判員の皆様に少年法の理念を理解してもらうにはどうすればよいのでしょうか?
 これまで余り議論されてこなかった「少年事件裁判員裁判」について、兵庫県弁護士会所属弁護士が劇によるシミュレーションを行った上で、その課題について皆様と一緒に考えてみたいと思います。


 少年を扱う事件の,最大の特徴は,判断にあたって,
    「少年の保護」
という要素が加わることです。

 裁判員裁判は,
    「真実は何か」
    「どんな罰が妥当か」

という二点を取り扱うわけですが,「少年の保護」というのは,かなり異質の問題です。

 これを,
    「罰のあり方」「保護のあり方」
と混同してしまうと,間違えてしまいます。
(そういう誤りを,平気で口にする大臣も大勢いましたが…)。

 実務上の最大の問題は,
     調査官の調査記録
を,裁判員裁判の場でどのように扱うかということです。

 調査記録は,非公開の秘密資料で,きわめてプライベートな詳細資料です。
 その内容が,「少年の保護」のあり方を大きく左右します。

 しかし,裁判員裁判では,証拠の厳選を行い,公開の場で,限られた論点について,口頭主義で行います。
 調査官の調査記録の取り扱いのあり方は,未だ,決まっていません。

 そんな状況で少年が裁判員裁判にかけられたとしたら「この子はどうなる?」
 昨日,ある団体でセミナーをしてきました。

innfuruennza.jpg テーマは,
   新型インフルエンザ発生時における
   労務管理や契約等の法的課題

ということで,要するに,新型インフルエンザ対策の法律版です。

 インフルエンザの最大の法的課題は何か? というと,
・・・・・法的なことをほとんど考えていない(!?)ことです。

 だから,昨日の設定事例も,
   ・インフルエンザ感染対策のために臨時休業するかどうかの基準は?
   ・インフルエンザの影響で,納品遅れが生じたときの責任は?
   ・政府の自粛要請等を受けて会社を閉めた場合,給料を支払う義務があるか?
   ・従業員に対し,予防接種を強制することができるか?
などという,なんとも言いようのないものばかりでしたが,インフルエンザ蔓延の兆しが再び出てきたばかりなので,当たり前のようなことでも緊急課題として考えておかないといけませんね。

 最後のまとめは,
   ◆法的には,権利と義務のバランス,事の限界を考えること。
   ◆理念的には,誰のために,何のために,危機管理をするのかを考えること。
   ◆行動としては,①事前対策と,②緊急対応と,③事後処置の各場面を想定すること
という,なんだか当然のところに落ち着きましたが,こうしてみると,兵庫県弁護士会が最初に出した会長声明はよくできているなあと改めて感心します(→こちら
 小選挙区制っていうのは,「生きるか,死ぬか」 「白か,黒か」 「郵政か,抵抗勢力か」 「政権交代か 否か」 という感じで,どうしても二者択一の,単線型思考に陥ってしまいますね。

 多様性を尊重する社会をめざすとすると,やはり中選挙区が好ましい・・・。


 ところで,直前の衆議院選の最大の反省点は,
   自民党大勝(=勝ち過ぎ)
というところにあったことは,多くの衆目の一致するところではないでしょうか。

 今回の選挙でも,
   一党の「勝ち過ぎ」
の結果となったときは,やはり,いろいろ問題が起きるでしょうね。

 読売新聞の本日配信の記事ですが,
「民主大勝なら保守的に」米議会調査局が分析

 米議会調査局は、日本の衆院選で民主党政権が誕生した場合の日米同盟への影響を分析した報告書をまとめ、18日までに議会関係者に配布した。

 民主党が衆院選で大勝した場合はより保守的な内閣が、
 辛勝した場合には「社民党の意向を尊重した」リベラルな内閣ができるだろうと予測
などという指摘もあります。

  過ぎたるは及ばざるが如し

  薬も過ぎれば毒となる

  おごる平家は久しからず

 訴訟も,第一審で勝ち過ぎると,控訴審で苦戦を強いられることが多いし,
 野球も,大勝した大味の試合の次は,完封負けしたりする。 

 どのような結果であっても「おごる平家」には陥らない,という姿勢もマニフェストにしてもらいたいですねえ。
 どうでもよい大変つまらない話なのですが,衆議院総選挙が「公示」されました。
 「告示」ではありません。

 「公示」は,国会議員の総選挙の投票日を告知することです。

 これに対し,「告示」は,地方選挙や国会議員補欠選挙の投票日を告知することです。

 広辞苑(第6版)によると,
  「公示」は,「公の機関が広く一般に示すこと」
  「告示」は,「国家・地方公共団体などが広く一般に向けて行う通知」
ということで,公示の方が一般的には広い意味で使われる言葉ですけれども(~私らの業務では「公示送達」とか「公示催告」など,よく使う親近性のある言葉です。),
選挙の場面では,「公示」の方が限定的で,しかも,格上でなんですね。

 「公示」の根拠条文は,憲法7条に定める,天皇の国事行為です。
第7条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
1.憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
2.国会を召集すること。
3.衆議院を解散すること。
4.国会議員の総選挙の施行を公示すること。
(後略)

 簡単にいえば,「公示」「告示」は,意味も内容も変わらないのですが(公職選挙法では,ほとんどの条項で「公示又は告示」と書いて,十把一絡げにしています。),
あえて両者の違いを言うとすれば,
  憲法に「国民のために」と明記
されていること。

 すなわち,憲法前文などでも冒頭の一文は,
前文
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し・・・・
から始まっています。
 そこから示されているとおり,国会議員の総選挙が,日本における最も重要なイベント宣言だというところなのでしょう。

 すなわち,憲法の下に行われる選挙だということを,国民自身もよくよく自覚し,投票に臨むべし,というところかしら・・・。(かなり,こじつけっぽいですが。)

 つまらない言葉のおはなしでした。
8月17日午後1時から、兵庫県弁護士会を会場にして,
台風9号被害に関する電話による法律相談を実施しました。

(これは,佐用町の久崎の商店街の8月13日時点の写真です)
P8130062.jpg


臨時電話のフリーダイヤルで設置したのは2回線。
これに対し,
急な招集にもかかわらず,集まった弁護士有志は,12人!

頼もしい限りです。

地元からも,たつのひまわり基金法律事務所の荻野先生,
宍粟市で孤軍奮闘している三浦先生
佐用町出身(ボランティア出動済み)の戸谷先生
など,今後にもつながるメンバーが揃いました。

事前に佐用町役場の方と意見交換していたところ,
まだまだ現場がたいへんで相談どころではないのではないか,
という懸念もありましたが,実際には,
   18件
もの相談が寄せられました。

 相談者の住所は,
  ・佐用町  12件
  ・宍粟市   0件
  ・その他   4件  朝来市、豊岡市(旧但東町)、福崎町、芦屋市
  ・不明    2件

 相談内容は,どれも深刻な内容ですが,今後の復興への営みへの不安を中心とするものでした。

 今回の電話相談の結果をふまえて、佐用町や宍粟市など現地での相談会を実施してはどうかという声も出ています。
 もっとも,現地は片付けや仮設住宅への入居などバタバタしている状況が続いています。
 なので,しばらく落ち着いてから,あらためて,ということになりそうです。
 昨日のNHKスペシャルで,吉田久裁判官のドラマをやっていました。

  「気骨の判決」

というタイトルで,翼賛選挙無効判決 (=1942年の第21回衆議院議員総選挙の鹿児島2区の選挙無効事件)を言い渡した,大審院第3民事部の裁判長だった,吉田久裁判官をモデルにした実話です。

 判決は,昭和20年3月1日。
 東京大空襲の9日前,終戦を迎える半年前のことで,戦争の真っ最中で,しかも著しい狂気に突入していた時代に,このような判決を出すことの困難さと,それを克服した吉田裁判官の勇気が,ドラマの主題です。

 裁判の合議のシーンで,
    「私は,市民ではなく,法律家として,法律の精神に則って判断する」
と静かに語る場面が出てきます。
(正確には,「私は、今回の判決を出すにあたり、一国民としてではなく、一法律家として原点に立ち返って考えたいと思う。だれもが、自分たちが定めた法律を見失い、戦争という困難に直面している今こそ、毅然と指針を示すのが、われわれ法律家の務めだと思う。」というセリフのようです。)

 これは,言うまでもなく法律家としての当然の基本でありますが,そのことの現実的な難しさが,とてもよく伝わりました。

 たいていは,「市民の視点」というと,「善」と捉えられがちです。
 「市民が・・・」「世論が・・・」と言えば,トランプのジョーカーのようなオールマイティーパスのように,正当化の御旗となりがちです。
 しかし,「市民的」というのは,ときに狂気であり,理性を欠いていることもあるわけで,
 それを,理性と正義でコントロールするのが「法」です。
 (そういう精神が立憲民主主義です。)

 「法の支配」を全うすることの勇気こそ,「気骨」なのだと感じるとともに,
 これから迎えるであろう窮屈で不寛容なポピュリズム時代を前にして,
 自分にそのような姿勢が保てるだろうか,自信がないな,と反省仕切りの気持ちとなりました。

 加藤周一さんと同じような尊敬を吉田裁判官に感じた次第です。
 朝日新聞の東日本版(北海道~静岡)で,8月30日までの間,社会面で「私のマニフェスト」というコーナーがあるそうです。
 私は,兵庫住まいのため,その紙面を見ることは出来ませんが,先日,朝日新聞の大久保泰さんという記者の方が,東京から取材に来られました。
 災害復興について,あなたのマニフェストを!ということでした。

 大久保記者さんは気象庁付きが長く,私なんかより,よっぽど災害について知識・経験が豊富でらっしゃいましたが,それだけに話も合いました。

 民主党のマニフェストには,「危機管理庁の創設」という,アメリカのFEMA(アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁 Federal Emergency Management Agency of the United States、略称:FEMA)を想起させる項目が挙げられています。
 しかし,その目的は,「大規模災害に迅速に対応するため」とコメントされているだけで,
   災害復興
という視点が欠けています。

 私は不満です。
 
 やはり災害「復興」について,意識と志をもった政策が必要だと思います。

 朝日新聞8月15日の「私のマニフェスト」を引用します。
(※しかし,この写真は,なんか疲れ切ってて,いかにも風采が上がらない感じで,イマイチですねえ。まあ,モデルそのものがこんな感じなのですが・・・・)
 NHKの「日本の、これから 核」を見ながら,思ったことを,いくつか,つらつらコメントします。
 徳岡宏一朗弁護士のブログの方が格上なので,後で引用しますから,そちらもどうぞ。

◇核武装論者は,とても理想主義に傾倒しているように見えた。
 日本に核があればヒロシマ・ナガサキはなかったはずだ,という空想的意見には驚いた。


◇生活目線で話をしている人と,経済合理性を説明している識者には,とっても共感を覚えた。
 やっぱり,目に見えて形があり,具体的にイメージできるところから議論しないと。
 そういう点で,市民派の意見の方が,説得力で勝っていた。


◇右翼的コメンターが,中国人の人のコメントに目くじらを立てて横槍を入れたのが見苦しかった。
 ウヨクの中韓嫌いは分かっていたが,三宅アナに柔らかく制止されるのをみて,理性の重要性を感じた。


◇核の傘の要否について,識者のコメントが最も現実的に聞こえるように持っていったのには作為を感じた。
 識者の中で,良いことを言っていたと思うのは,志方さんの明確な核廃絶指向と現実のギャップ論,星野知子さんの率直な戸惑い(=誰よりも,とても市民的だった)だ。


◇路上インタビューで,大阪の女の子が,「やられたらやりかえす」という素朴なコメントをしていたのが失笑を買い,その後も何度か取り上げられていた。
 結局,そこが核必要説の根源なんでしょうね。麻生総理の広島式典での核の傘必要コメントも同質。


◇うちの徳岡さんは根源的なところや原理原則で議論をしようとしていて,やはり弁護士だと思った。
 また,お玉さんは,普段から超右・超左の交通整理に長けている上,ややこしいコメントにも一生懸命対処しているせいか,よく人の意見を聴こうとする「対話」の姿勢に優れていた。


 いやあ~面白かった。

 以下は徳岡さんのブログ(→こちら)の転載です。
        ↓
 徳岡さんとお玉さんが左ウイングの右後方に並んで登場した
   8月15日のNHK特集
   「日本の、これから 核」

ですが,出演した市民のみなさんの感想は,どうやら消化不良気味のようですけれども,一視聴者としては,なかなかのものではなかったかと思います。

   ◇核問題を,真っ正面から取り上げたということ
 
   ◇ドキュメンタリーとして,基本的な情報を,視聴者に伝えてくれたこと

   ◇いろんな意見や,いろんな立場があることを,リアルに伝えてくれたこと

   ◇市民がいかに核問題を考えていない(=避けてきた)かを認識させたこと


など,感じるもの,得られるものが多かったと思います。

 専門家からすると物足りなかったのかもしれませんが,平均的視聴者のレベルからすれば,かなり高度で濃密な内容だったと思いますよ。

 もっとも,なんとなく番組作成者の意図として,非核三原則を維持しながら,核の傘を現実的選択として肯定しつつ,核廃絶に向けて日本の関心を高めたい,という雰囲気が伝わってきましたけれども,どうであれ,なんであれ,出演した仲間にはねぎらいの言葉を伝えたいところです。

 最後の一言で「被爆者の方々を大切するに政府を」と書いた(けれども発言できなかった),原爆症訴訟の弁護団の一員である徳岡さんのブログ(→こちら)から,実況,生感想を転載をさせていただきましょう!
      ↓
徳岡宏一朗の「Just the way you are!」
  「日本のこれから、核」視聴終了(2009年08月15日)
から引用(写真も)

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ごぶさたです。

本日(8/15)の夜7:30~
NHK「日本の、これから」という番組があります。
視聴者や市民の方々がたくさん出てきてフリートークする生番組です。
今日のテーマは,
   「“核の時代”とどう向き合うか」
です。

この番組に,うちの事務所の同僚の
  徳岡宏一朗 弁護士
も一市民として登場します。(→こちら

それから,すっかりさびれた私のブログですが,
元気なブロガー仲間の
  「お玉 姉さん」
も登場します。(→こちら

なんとも,重たいテーマですが,それぞれどんなことを言うんでしょうね。
楽しみです。
お時間がありましたら,どうぞ御覧下さい。

NHKの番組紹介HP(→こちら)より
アメリカのオバマ大統領が「核兵器の無い世界を目指す」と宣言し、核兵器削減に向けて動き出そうとしています。唯一の被爆国日本では、核兵器廃絶の方針を歓迎する声があがっています。

しかし、その一方で、北朝鮮はミサイル発射と核実験を強行。“核の闇ルート”を経て、核がテロリストへわたる危険性も指摘されています。

これまで、核兵器の廃絶を訴えながらも、アメリカの核の傘の下に守られてきた日本。核をめぐる緊張感が高まる中、わたしたちは隣国の脅威にどう対峙していけばよいのでしょうか。そして、唯一の被爆国として核廃絶に向けてできることは?
 衆議院選挙の前日,8月29日に,神戸YWCAで講演をします。

 なかなかタイトルがイカしてますよね。
   「誰でもわかる9条の窮状」
だそうです。

 YWCAに行くのは初めてですけれども,平和活動の歴史は長く,9条の会ブーム以来の活動者である私の方が勉強することが多そうです。

以下は朝日新聞神戸版より引用です。(→こちら
◆29日10時~正午、神戸市中央区二宮町1丁目の神戸YWCA(078・231・6201)。津久井進弁護士が憲法9条の意義や、来年施行される国民投票法などについて話す。参加費一般1千円、大学生500円、高校生以下無料。


YWCAチラシ
 8月13日,兵庫県の青年会議所の呼び掛けで,兵庫県佐用町の被災地に,ボランティアに行ってきました。

 これまでも,被災地に弁護士会の視察や相談会で出向くことはありましたが,一般ボランティアで被災地入りしたのは,阪神・淡路大震災のとき以来のことでした。

 この日は,時おり強い雨が降り,台風9号の豪雨を体験した被災者の方々には,ちょっと不安な表情も見受けましたが,そんなことを言っておれない必死な状況で,泥の掻き出しや,家財やゴミの運び出しに従事しておられました。

 ごくわずかなボランティア作業でしたが,その合間に撮ってきた写真をいくつか紹介します。
          ↓

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 被災地に向かう川沿い道路が,崩れ落ちたままで,復旧作業もままなりません。

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 ボランティアセンターです。これまでの災害に比べると,ボランティアの数が少ないようです。是非,多くのボランティアの方々の被災地入りを!

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 まちは泥とゴミの山です。下水の混ざった泥からは強烈な異臭が。ゴミの山も前日までは大切な家財道具。被災者の方々は,途方に暮れてしまいますよね。

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 通りがかりのある呉服屋さんの家に入り,床に溜まった泥の掻き出しや,泥水を吸って超重量級となった畳の搬出をしました。
 しかし,悲しいかな,個人的には,40歳の衰えた身体能力のあまりのひ弱さに,愕然となりまして・・・・

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 全壊家屋の解体作業が始まっていました。
 これから被災者生活再建支援法の支援も始まりますが,家屋をどうやって再建するのかを考えると,とても悩ましい問題です。
  
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 壁が剥がれ落ちて,床が抜けてしまった家屋です。これから住家の被害認定が始まりますが,基準となるのは,平成16年の台風23号などの被害の際に発出された
   「浸水等による住宅被害の認定について」(平成16年10月28日付府政防第842号内閣府政策統括官(防災担当)通知 )
 になります(→こちら


 兵庫県下で,このように災害がたて続くのはなぜなのか・・・・
 いや,日本全国でどこで起きてもおかしくないということを思えば,やはり基本となる姿勢は,
    我が事として考える
ということなのでしょう。
 被災地の状況を五感で感じながら,あらためて災害に関する初心を肝に銘じたところです。
 『世界がもし100人の村だったら』の池田香代子さんがブログをはじめました。
 池田さんの感性は,とても素敵なのですが,ブログも池田さんの肉筆感にあふれていて,とても良い感じです。

 いせ九条の会が刊行した『この夏をこえて』(頒価500円)のあとがきが,アップされています。
    若い人に語りかける『戦争』
というタイトルです。
        ↓
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 池田さんらしい,逆説的な切り口から,やわらかい上品な言葉で,本質的なことを語りかけています。

 文中の,私の「ナルホド」部分ですけれども,
 災害などで果敢に人命救助にあたるプロフェッショナル(消防,警察のハイパーレスキュー隊員,海上保安庁の潜水士「海猿」など)
    と
 軍人たち
の違いがどこにあるか,というところで,

 災害プロフェッショナルは,「命をなげうつ」なんて考えない
 なぜなら一人ひとりの人間の命のために働くのだから

    けれども
 軍人はお国のために命をなげうつ
 なぜなら兵士は死傷するのが当然の消耗品だから


という部分は,まさにその通り!と感じたとこです。
2009.08.05 まるさんねん
ブログをはじめてまる3年

3年前の8月5日が私のブログ誕生日

すっかりだらけていますけど,閉店ではありません

人権は行使しないと衰えてさび付きます

権利を行使するのも現代人の社会的責務

イザ表現の自由を行使すべきときに備えて

ほそぼそと,場を持ち続けます

とはいえ,リアル多忙で更新困難

ホントは今日は8/16,バックデートで埋め合わせ

そういうのもひとつの自然体

桃,栗3年,柿8年,ブログ10年,憲法100年

無理せず自然体で4年目に突入します
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