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尼崎脱線事故をめぐる事故調査委員会の情報漏洩事件に関して,
事態の収拾にむけて,いろいろな動きが出ている。

前原国土交通大臣は,JR西に対する漏洩問題調査と再発防止策の策定を命じ,
JR西は,これを実行するための「コンプライアンス特別委員会」を設置し,
被害者に対しては,おわびと説明の会を設けるという。

なんとなく,ちゃんとやっているように見える。
しかし,なにか引っかかる。

 まず,秘密漏洩問題について,第1次的な責任があるのは,何を置いても事故調査委員会そのものである
中立性や公正さを求められ,秘密漏洩が禁止されているのは,事故調なのだから。
秘密漏洩問題の調査と,再発防止策を,まず進んでやるべきは,事故調(=国交省)であるはずだ。
「ナントカ委員会」を設置するのは,国交省/運輸安全委員会の方であろう


 また,今回の件で,最も信頼が失墜したのは「事故調査報告書」そのものである。
JR西は,もともと信頼が地に落ちているのだから,いわば不信の上塗りをしただけだ。
(=要は,JR西については,「ああ,やっぱりそうだったのか」と,情けなくも,理解できることだった)
信頼回復をすべきは,あれだけ時間と労力を掛けて完成させた「事故調査報告書」である。
名目はナンデモ良いので,直ちに,再調査に着手し,JR西が,(おそらく故意に)提出しなかった重要資料を再検討して,補充の報告書を提出すべきだ。


 そもそも論になるが,事故調査委員会(運輸安全委員会)の調査のあり方も再検討すべきだ。
調査の進め方を秘密重視にするから,JR西も,ヨコシマな覗き心を起こすわけだし,
オープンでないから,被害者も,世間も,JR西の「事故調査委員会に全面的に協力する」という能書きを信じるしかなかったのである。
国政や地方自治でも「情報開示」は,最も効果的な切り札である。
責任追及をする機関ではないのだから,もっと関係者,被害者,社会に広くオープンな形で,調査を行う体制に見直すべきではないか。


 そして,JR西は,「今回の漏洩問題」に限定した調査を行うようだが,意味がない。
今回の漏洩問題は,企業全体に染み着いている「自己中心主義」の,一つのあらわれに過ぎない。
今回のような事態に陥った原因は,
脱線事故の原因について,自らきちんと調査と究明と説明をしようとしなかったからである。
「自ら調査をしません!」などというつまらない建前を貫いたため,陰でコソコソと非違行為をやらざるを得なかったのだ。
今やるべきことは,「漏洩問題の調査」ではなく,「事故そのもの」の原因を自ら徹底調査することである。
それが,真の「コンプライアンス」(=現下の社会的要請に応えること)(≠単なる法令遵守)になるはずだ。


 JR西は,被害者に対して,「おわびと説明」をするという。
当然やるべき儀式かも知れないが,それ以上に何か意味があるのか。
これまで,JR西は,何度も何度もお詫びの機会を重ねている。
事故そのもの,役員天下り,不適切対応,二次被害,そして秘密漏洩・・・・・
キリがない。
おそらく,被害者の方々は,むなしさや疲れを深めるばかりなのではなかろうか。
被害者に対して行うべきことは,実のある「救済」であろう。
表向きは謝罪のパフォーマンスを行っているが,個々の被害者に対する賠償交渉等では,被害者の立場に立った十分な救済を行っているとは思えない場面が多々見られる。
今求められる被害者に対する対応は,「形や儀式」よりも,内容と意味のある「実行」であるはずだ。


 JR西は,山崎前社長の刑事裁判が,喉元に引っかかっていて,本音が言えないという面もあるだろう。
しかし,事故後における,JR西の最大の過ちは,自分に都合良く問題をゆがめてしまったことだ。
◆事故原因の問題は,自らきちんと対処するべきこと(←表では事故調まかせにするといいながら,裏では事故調に不当な働きかけをした)
◆事故の責任の問題は,潔く,司法に身を委ねること(←表では捜査中だからといって口をつぐみ,裏では責任を免れようとして資料の工作をしていた)
◆被害者対応の問題は,被害者の立場に立って対応すること(←表では誠心誠意などといいながら,実際には被害者の建言に耳を貸さず,裏ではJRが自分で勝手に立てた基準を押し付けている)

この,事故原因と責任の問題を混同し,被害者に向き合わず,保身に走った結果が今日である。
今やることは,シンプルに基本に戻って,やるべきことをやり,あるべきとおりにあるということではないか。
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 武本夕香子弁護士は,今,法曹界に吹き荒れている司法改革の荒波に向かって,
先頭に立って頑張っている第一人者です。

 司法改革について,日弁連が大きく舵を切ったのが,2000年11月1日の日弁連臨時総会でした。
 このときの総会は,前例のないほど,大荒れに荒れました。

 そのころ,私は,独立したばかりで,自分の事務所経営のことで頭がいっぱいでした。
 5年後,10年後の法曹界について,具体的なイメージを持つことさえできませんでした。

 しかし,武本弁護士は,未だ弁護士になって数年しか経っていないにもかかわらず,
弁護士会の会長選挙に出馬し,この司法改革の方向性に異を唱えました。
 もちろん,当選するはずもなかったのですが,司法改革の流れのアプリオリな雰囲気に対し,強い印象を与えました。

 それから数年経ちました。

 当時,懸念された「問題」がズバズバと当たっています。
 というか,それ以上に,司法をめぐる様々な状況は,
   単に法曹だけでなく,
   ロースクール生や司法試験の受験生,
   裁判員に参加する国民の方々,
   さらには司法の利用者である市民の方々も巻き込んで,
深刻な問題となっています。

 武本弁護士は,昨年度の弁護士会の選挙に再び出馬しました(結果落選)。
 私は,諸般の事情から,対立陣営の側で選挙に臨んだのですが,この選挙に前後して,武本弁護士は多くの有益な発信をし,数々の問題提起をしてくれました。

takemotoyukako.jpg


 それらを,今般,アーカイブスにまとめたそうなので,紹介します(→こちらです)。
 できれば,平成12年当時の選挙の際に配布した資料等もアップしてもらいたいですね。

 ちなみに,武本弁護士は,事件の相手方としては頗る手強いので,相手になるのはいやなんですが,JR脱線事故の弁護団の一員であり,味方にすると,たいへん心強い存在です。
 ジャンヌ・ダルクというのは,ちょっと持ち上げすぎかもしれませんが(笑),司法改革の盲目的推進派にとっての手強さは同等以上でしょう。

 引き続いて,多くの発信を期待しています。
 JR西日本に対する批判は各方面から出ているとおりで,私も同感である。

 遺族,負傷者をはじめ,被害者の方々にあっては,つい先日(2009年8月22日と23日)に行われたJRの説明会をきっかけにして,
JR西の姿勢に,一定の評価を寄せつつあったところだけに,
「裏切られた」という思いは,ひときわ強いに違いない。
jrroueiyamazaki.jpg
 なさけないというか,あきれるばかりである。

(※これは,JRのHPに掲載されている山崎元社長の謝罪文→こちら

 今回の問題は,9月25日に前原国交大臣が記者発表したことにより発覚した。

 漏洩の疑いについては,神戸地検が山崎社長を起訴した2009年7月8日の時点で,
 関係筋は,おそらくある程度は,分かっていたのではないか。

 問題となった,平成9年1月のJRの総合安全推進委員会の資料(=函館線の脱線事故とATSの関係について記載されている)が,事故調の報告書で漏れていることは,検察庁の操作を通じて,運輸安全委員会も分かっていたと思われる。
 少なくとも,調査委員の山口浩一氏は,事情聴取を受けていたはずだ。

 にもかかわらず,これまで公表されなかったのは,
 JR組織に脈々と受け継がれているのと同質の,
 官僚の隠蔽体質の影響があったとも考えられる。

 読売新聞には,検察庁が,この週明けにも,捜査資料を被害者に対して開示することになることから,
 捜査資料を通じて,今回の漏洩問題が発覚するのに先んじて発表することにした
 という深読みの推測記事も出ているが,
 そういうこともあるのかも知れない。

 いずれにしても,今回の発表が,政権交代に伴う姿勢の転換によるものであるならば,
 やはり,一つ大きな意義があったと思う。
 当たり前のことを,当たり前にやっていただく政治を,今後も期待する。


 JR福知山線事故については,
   刑事事件としては,新しい場面を迎え,
   民事賠償の問題もいよいよ本格化する,
という新しいステージを迎えている。

 今回の問題の大きさは,先月末に行ったJR西の総括的な意見発表で,この問題を終わらせてはならない,ということを示していると思う。

 おそらくは,
   「もう一度,事故原因の究明に向き合え」
というタイミングを啓示する事件だったのだと思う。

 遺族らが
   「なぜ事故が起きたのか,JRが原因を自ら調査して説明して欲しい」
と,延々と訴え続けてきたことを想起し直すべきである。

 もし,もっと早くから,JR西が自ら行う事故原因の究明に乗り出していれば,今回のような,裏工作などは全く不要だったはず。
 JRは,「事故調査委員会に全面的に協力する」などと言い続けて,自らの究明作業を怠っていたので,「協力したのだから,ちょっとぐらい教えてよ」という,赤ちょうちんのギブ・アンド・テイクな安直行為に陥ったのだ。

 遺族らが求めている「事故検証委員会」の発足が急がれる。
 JR福知山線脱線事故において,航空・鉄道事故調査委員会がまとめた
   「鉄道事故調査報告書」
は,膨大な報告書である。
 そこには,冒頭,次のような宣言が記載されている。
jikotyohoukoku.jpg
 本報告書の調査は、本件鉄道事故に関し、航空・鉄道事故調査委員会設置法に基づき、航空・鉄道事故調査委員会により、鉄道事故の原因を究明し、事故の防止に寄与することを目的として行われたものであり、事故の責任を問うために行われたものではない

航空・鉄道事故調査委員会 委員長 後藤昇弘

 今回,事故調査委員の一人である山口浩一氏が,JR西日本の山崎社長に報告書の内容を漏らし,事故原因の枢要の一つであるATSについて,内容の修正を働きかけたことが分かった。

 もとより言語道断なのであるが,
とりわけ,事故調査報告書の冒頭のミッションに反していることは許しがたい。

 この調査は,
   「鉄道事故の原因を究明し、事故の防止に寄与する」
という目的があるからこそ,被害者をはじめとする関係者,ひいては社会全体の信頼性が担保されていたのである。

 しかるに,国鉄出身者である山口浩一氏のコメントは,
   「安全対策に必死で取り組んでいた彼(前社長)を助けたい一心だった」
というものであった。
 つまり,「事故の原因の究明」ではなく,
   「知人であるJR社長の山崎さんを,個人的に助けたい」
ということであって,
   客観性を捨て,主観的感情を優先する
という発想で臨んだというのである。

 人を裁いたり,責任を問うたりするときは,「情」の介入も許されるであろう。
 しかし,鉄道事故調査委員会には,
   「事故の責任を問うためには行わない」
という約束がある。
 したがって,委員は,このような人間的な「情の縛り」から解放されているのである。
 にもかかわらず,
    知 < 情
とした山口委員の感覚の中に,専門家としてのミッション(=誰のために,何のために行うのか,という命題)が欠如していることが情けない。

航空・鉄道事故調査委員会設置法は,次のように規定していた。
(目的)第1条
  この法律は、航空事故及び鉄道事故の原因を究明するための調査を適確に行わせるとともに、これらの事故の兆候について必要な調査を行わせるため航空・鉄道事故調査委員会を設置し、もつて航空事故及び鉄道事故の防止に寄与することを目的とする。

 そして,委員については,次のように規定する。
(委員長及び委員の任命)第6条
委員長及び委員は、委員会の所掌事務の遂行につき科学的かつ公正な判断を行うことができると認められる者のうちから、両議院の同意を得て、国土交通大臣が任命する。

 もちろん,当たり前のこととして,次のような規定もある。
(服務) 第10条
委員長及び委員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職務を退いた後も、同様とする。


 現在,この法律は,運輸安全委員会設置法に改正されているが、内容はほぼ同じである。

 報道によると,規制に罰則がない等と指摘し,あたかも委員に対する規制を強めるような見直しも考えるべきとの意見もあるように見受けられる。

 私は,法規制が不十分だとは思わない。

 ヘンに,委員の調査活動を法律でがんじがらめにすると,せっかく被害者や社会や開かれた方向性に向かっているのに,これに逆行するおそれもある。

 悪いのは法の規制ではなく,
 この山口委員のように,
   そもそも,基本的なミッションを分かっていない
のが問題なのである。

 鉄道事故調査委員会は,誰のために,何のために,存在しているのかをあらためて肝に銘じていただきたい。

 「専門性」というメッキ(≒御用学者)にごまかされることなく,
 「科学性」(=御用学者の対極にある,因習にしばられない客観的視点の持ち主)
を重視した委員の選任を行っていただきたい。
 航空・鉄道事故調査委員会が,JR福知山線脱線事故の鉄道事故調査報告書(最終報告書)をまとめたのが,平成19年6月28日である。
 既に2年の月日が経過しているが,今回の一連の不祥事(委員による秘密漏洩問題)で,大きな問題が判明した。

 新聞報道(神戸新聞2009年9月26日付夕刊より)によると,以下のとおりである(→こちらより)
 JR西が事故調に提出した会議資料は7枚だったが、地検が今年5月、本社などを捜索した際、実際には9枚あることが分かり、2枚が未提出だったことを確認したという。
 関係者によると、2枚は、会議の参考資料でATSの性能や函館線の事故の説明が含まれていた
 この点は,まさに地検が山崎社長を起訴する判断に踏み切った枢要部分である。

 情報漏洩をした山口委員が,山崎社長の求めに応じて,事故調査報告書の記載に手を加えようとしたと思われる部分は,おそらく,以下の部分だろう。
 事故調査報告書の230ページの記載である。
 事故現場の右曲線については、現在の線形となったのが2.8.1 に記述したように平成8年12月であり、また2.21.6 に記述したように簡略な計算式により試算した転覆限界速度(本件列車1両目定員150名乗車時)104km/h をその手前の区間の最高速度120km/h が大きく超えていたことから、同曲線への曲線速照機能の整備は優先的に行うべきであったものと考えられる。
 また、もしP曲線速照機能が使用開始されていれば、本件列車のように本件曲線に制限速度を大幅に上回る速度で進入しそうな場合には、本件曲線の手前で最大Bが作動し、本事故の発生は回避できたものと推定される。


 しかし,この点に関するJR西日本の認識について,事故調査報告書は,次のように記載している。
 すなわち,229ページの記載は次のとおり。
平成15年9月9日の鉄道本部会議の資料、2.5.7.1 に記述した運転法規の補助教材の記述等から、同社には曲線区間における速度超過による事故の危険性の認識があった可能性が考えられる。
 しかし、2.20.2.1 に記述したように、同社が発足した昭和62年4月以降の曲線区間における速度超過による列車脱線事故等はJR貨物函館線の下り勾配区間における2件の死傷者のない列車脱線事故のみであったことから、安全推進部長が曲線区間における速度超過による脱線を具体的な危険要素とは認識していなかった旨口述している(2.13.8.4 参照)ように、同社がその危険性を曲線速照機能の整備を急ぐことが必要な緊急性のあるものと認識することは必ずしも容易ではなかったものと考えられる。
 つまり,曲線における脱線とATSの関係について,JRの社内資料があるのは,平成15年9月9日の分しかないと,いうのが一根拠とされている。
 しかし,実際には,平成8年12月に発生した函館線の脱線事故については,平成9年1月の社内会議資料で報告されており,ATSとの関連についても言及されていたのである。

 事故調査報告書の,最も重要と思われる部分について,肝心要の資料が,抜き取られていたのであるから,事故調査委員会の目的である「鉄道事故の原因を究明し、事故の防止に寄与すること」を真摯に追い求めようとするのであれば,少なくともこの点に限定してでもよいし,結論に影響を及ぼさないとしても,報告内容の見直しの作業を行うべきではなかろうか。

 それが,疑念や汚名が着せられつつある最終報告書の信頼性を回復する,有効な方法だと考える。
2009.09.24 樫野孝人さん
 樫野孝人さんと,ひょんなことから知り合いになった。

 樫野さんは,長田高校,神戸大学の先輩である。
 私の同級生も樫野さんの会社に勤めて映画のプロデュースなどをやっているそうだ。
 樫野さんのことは,ご自身のブログ(→こちら)や,HP(→こちら)にあるとおり。
 性格やお人柄も,よく分かる。
情熱仕掛人 かしの たかひと 「神戸は変わる。」www.kashino.net

 樫野さんは神戸市長選挙に出馬することを表明しているが,
 神戸市は,自民・公明・民主の相乗りで助役出身の市長が,なが~い間ずっと続いている。

 神戸ってまちは,なんとなく先進的なイメージがあるかも知れないが,
 全体的な雰囲気は保守的である。
 もし,先進的なイメージがあるとしたら,
 それは,右肩上がりの経済成長時代のイメージの残り香のようなもの。

 バブル崩壊後の右肩下がりのトレンドには,残念ながら乗り遅れ,
 震災のダメージは,復興の過程で,さらに深層化してしまった。
 新潟中越地震の復興と比べると,どうしても暗いイメージがつきまとう。
 
 この雰囲気を打破するには,何が必要か?

 私は,基本に立ち戻って「民主主義」だと言いたい。
 民主主義とは何か?
 一言で言えば,
   「他人(市民)の意見に耳を傾けること」
である。
 独裁政治,愚衆政治,多数決絶対主義・・・・いずれも人の意見に耳を傾けないからダメなのだ。

 樫野さんは,本当に人の意見に率直に,真摯に耳を傾ける。
 民主主義を実践し,それを企業活動の成功に結びつけた希有な人である。

 かつて「神戸市株式会社」と呼ばれたモデル自治体を,
 民主主義の手法で,民事再生して,
   「新生神戸市」
とするには,人の意見に耳を傾ける能力に卓越した樫野さんの手腕が,最も期待できるところだと思う。
 9/20に,兵庫県立長田高校の学年全体の同窓会がありました。

 わたしたちは,40期生となるのですが,ちょうど40歳を迎える年なので,
 ジャストフォーティ&アラウンドフォーティーで,
 久しぶりにみんなで集まって,健闘を称えあい,ばーっと楽しもうという企画です。

 私は,こういうときにはなんとなく幹事をやる役回りで,楽しめない部分もあるのですが,今回は,
     同窓会業者
などというなんとも奇特な業種があることを知り,同窓会事務を外注しました。

 「同窓会の案内通知」,「名簿の作成」,「会場手配」,「当日の受付」,「写真の撮影」など,ひととおりのことをやってくれるのです。

 今回は,同窓会業者さんにお世話になり,たいへん助かりました。

 そのおかげかどうか分かりませんが,総勢160名(卒業生が480名ぐらいだから,ナント3分の1!)が集まり,ムチャクチャ盛り上がりました。
 (参加者数で売上げも増減するので,同窓会業者さんも,大いに儲かったに違いない!)

 同窓会っていいですよね。

 昔から仲良かった人と「ひさしぶり~」って声かけて,懐かしい話をするのはあたりまえで,

 学生時代は,ちょっと距離のあった人とも,「元気だった~」と,声掛け合ったり,

 実は初めてしゃべる人とも「ごぶさた~,はじめまして~」などと旧知の感覚で話が弾む。

 私は,0次会,1次会,2次会,3次会,4次会,5次会と,大いに疲れましたが,
 余韻に浸っています。

 同窓会業者が立ち上げてくれた掲示板も,同窓会開催後も,にぎわいを続けていて,6次会が延々と続いているような感じです。
 神戸地裁で,本日,裁判員裁判が始まりました。
 西日本では第1号になるそうで…。

 主任弁護人の西田雅年弁護士は,第1号事件ということで出動した切り札1号ですが,
 弁護士会きっての情報通で,毎朝ネット上の記事を含めあらゆる情報に最速アクセスし,
 社会の感覚を敏感につかんでおられます。

 どれだけ古い慣習や因習を脱ぎ捨てられるかが問われる裁判員制度で,
 これ以上ない人選でした。
 (とはいえ,さすがの西田先生も,この3日間は,ネットを見る時間も余裕もないことでしょう。おつかれさまです。)

 先日の青森の裁判員裁判では,求刑どおりの判決が出ました。
 これまでの例と比べると,重い刑になったという感覚です。

 今回の裁判は,逆に,いろいろ情状があるようで,
 青森と比べて,針が逆振れてしまうかどうかが,注目です。

 弁護士会では,会長声明が発されました。
 「3年後の見直しに向けて,検証を行う」
ということが一つのメッセージです。

 裁判員裁判そのものに対し,3年後には判決が下される,ということです。

 
兵庫県における裁判に制度第1号事件の公判開始にあたっての会長声明

 本日,裁判員が参加する初めての公判が神戸地方裁判所で始まりました。
 弁護士会は,従来から,市民の司法参加を主張していましたが,兵庫県においても,裁判員制度の初めての公判が始まったことは,大変重要な意義があります。

 裁判員制度は,市民が刑事裁判に参加して,裁判官と共に,被告人が有罪か否かを判断し,有罪の場合は,刑の重さまで決める制度です。
 このような市民の司法参加は,市民の健全な社会常識を裁判に反映させ,司法に民主主義を実現するものです。
 さまざまな経験や知識を持った市民が,その常識に照らして「有罪とするのに疑問の余地はない。」と確信できないときは,被告人は無罪とされます。
 このような「疑わしきは罰せず」という原則を貫いてこそ,無実の市民を誤って処罰する冤罪を防ぎ,かけがえのない自由と権利を守ることができます。

 裁判に制度は,始まったばかりであり,実施状況を検証し,よりよい刑事裁判を実現するために,3年後の見直しが予定されています。
 そこで,当会も弁護士・弁護人の立場から,裁判員制度の実施状況の検証を行う予定ですが,その前提として,裁判官と裁判員の評議がどのように行われたのかを明らかにするために,裁判員の守秘義務を緩和することが必要です。
 また,裁判員が被告人の自白の任意性・信用性を判断できるよう,捜査当局が取り調べの全過程を録画することが不可欠であり,当会は,取り調べの全過程の録画を強く求めます。 

 当会は,兵庫県における裁判員制度第1号事件の公判が開始された意義ある日を迎え,この制度がよりよいものになるよう,そのあり方を検証し,その制度改革と運用改善がなされるよう努めていく決意を表明するものです。

             2009年(平成21年)9月7日
             兵庫県弁護士会 会長 春名一典
 9月4日に愛媛県松山市で,
   日弁連 第5回 災害復興に関する全国協議会
が開催された。

  災害発生時に
  弁護士に何ができるか
  弁護士は何をすべきか
というテーマで,全国から弁護士が集まって,あれこれ協議するわけだが,
何と,もう5年目を迎えたのである。
 マイナーな分野であるが,コツコツやるのも大事なことで,継続は力なりである。
  
 今年は,愛媛大学防災情報研究センターの鳥居謙一先生から,
 四国における災害と,BCP(事業継続計画)の極意についてお話をいただいた。

 面白かったのは,
 「四国防災八十八話」
である。(→こちら)
88kasyo.jpg

 「八十八話」というのは,もちろん,
 四国のお遍路さんが,四国にある88か所の弘法大師ゆかりの札所を回る四国八十八箇所にちなんだネーミングだが,
 防災に関する88のお話を,
 紙芝居や,絵本にしているのである。

 実話が中心なので,とても勉強にもなる。
 四国では,NHKで番組化されていたそうだ。

 特にオモシロイと思ったのは73話「土下座の説得」。
 平成16年9月の台風21号で,
 崖崩れが予想される地域で避難勧告が発令されたのに,
 ワシの家はワシが守るといってテコでも動かなかった老人に,
 土下座で説得して避難させたところ,
 その後,その家が土石流に飲み込まれたという話。

 ありそうだよな~と思った。
 耐震基準を満たしていない家に住み続けている「アナタ」も,実は同じです。

 ところで,今回の松山開催で何から何までご尽力をいただいたのは,愛媛弁護士会
    野垣康之先生
である。

 野垣先生は,愛媛では消費者問題の第一人者であるが,
 実は,兵庫県弁護士会にいたときに被災経験をした被災者弁護士だ。
 あと数時間ずれていたら,阪急伊丹駅舎の下敷きになっていたとのこと。
 
 九死に一生を得た命をフル活用されようとしているためか,
 災害時の法律について,いくつかの解説書も執筆され,
 今日も,明日も,様々な分野で黙々とご活躍中である。

 野垣先生はじめ,ご家族・事務局の方々どうもありがとうございました。
 わかっちゃいるけどできないこと,っていくつもあります。
 弁護士の本業の一つに「法律相談」がありますが,
 悩める相談者の立場からすると,
 まずは「しっかり話を聞いてもらいたい」っていうことなんですよね。

20080315165624.jpg 9月3日は,鳥取県米子市に行きました。
 神戸大学法律相談部が開催する年に1度の
  「学生移動法律相談」
にOBとして顔を出してきました。

 学生に法律相談をしてどうするの?
 というプロ的な,上から目線の意見もあるかも知れませんけど,
 なんの,なんの,
 学生法律相談は,毎回,大繁盛。

 9月3日には,50件近い相談者が来訪しました。

 私らが相談に入ってしまうと,ついつい先読みして,
   「そういうことなら,こういうことです。」
   「そこはもう分かってますから結構です。」
   「答えはズバリこれこれです。」
などとやってしまうのですが,これでは双方向の「相談」にはなりません。
一方通行のアドバイザーで終わってしまいます。

しかし,さすが,後輩諸君の学生のみなさんは,
相談者のお話にしっかりと耳を傾け、
一緒に悩んで,答えを出す努力をします。

相談の原点は「聞く」にあり,
ということで,
私もちょくちょく神戸大学法律相談部の出張相談に顔を出させていただいているところです。
IMAGE_178.jpg
鳥取県知事だった片山善博さんからもらった名刺には,
ゲゲゲの鬼太郎
が大きくプリントされていた。

「なんとなく風貌が似てるぞ! 知事さんのイメージキャラクターか?」
と思って尋ねてみたところ,
どうやらそういうことではなくて,

ゲゲゲの鬼太郎の作者の水木しげるさんが,
鳥取県境港市のご出身であることから,

鬼太郎をモチーフにユニークなまちづくりを進めていて
「水木しげるロード」などという商店街もある,
ということを県を挙げてアピールする趣旨だということだった。


IMAGE_170.jpg
そもそも,水木しげるさんの「水木」の名は,
神戸市兵庫区水木通に住んでいたころ,この地名にちなんでつけられたもの。

戦後に紙芝居屋さんをしているころの通り名だそうである。

水木通と言えば,阪神淡路大震災の激震地の一つ。

水木さんは,神戸や震災にもご縁のあるアーティストである,
と一方的に親しみを感じていた。


また,水木しげるさんの戦争体験(戦争に従軍して左腕を失っている)
に基づいて,2007年の夏にNHKスペシャルで放映されたドラマ
『鬼太郎が見た玉砕 〜水木しげるの戦争〜』
には,長田高校の同級生の娘さんが,水木さんの娘の子役で出演しているということで,
たまたま,しっかり見させてもらい(→HPはこちら
私の中で,
水木しげる~水木通~神戸の震災~悲惨~戦争~妖怪
というイメージ連鎖が出来上がっていた。

鳥取県西部に来た以上,絶対に行くべし!
ということで,
「水木しげるロード」
をのぞいてきた。
IMAGE_172.jpgIMAGE_165.jpg

いやあ,すばらしいというか,徹底的に鬼太郎にこだわったまちづくりに,
すごみのようなものさえ感じた。

JRの境港駅から,続く商店街には,120体の妖怪のブロンズ像が並ぶ。
商店街の案内図も,店の名前ではなく,妖怪の名前を並べて紹介している。
お店も,鬼太郎やら,ネコ娘やら,土産店以外も鬼太郎つながりのネーミングにあふれ,
道路脇に立ち並ぶ街灯の電球は,目玉の親父,という凝り様だ。
「妖怪神社」などというものもある。
IMAGE_175.jpgIMAGE_167.jpg

IMAGE_179.jpgお昼は,米子駅の食堂で,神戸大学の学生さんたちとご一緒したが,
私が注文したのは,当然,
「鬼太郎ラーメン定食」である。

まちが伝えたいことがこれほどはっきり分かり,
人物とまちがこれほど深く融合しているところはない。
いやはや,感動。
  民主党政権が発足するにあたって「期待」が高まっているようですが,
 国民としては,選挙で一票を投じた後も,まだまだやるべきことがあります。

 望む施策を単なる「期待」にとどめることなく,
 それを声にして具体的に要求していく必要があります。


  ところで,法律の条文で示されるメニューは,
 大事なことから順番に並べるのが常道です。

 これは憲法であっても同じこと。
 憲法の人権メニューは,バラエティ豊富に揃っていますが,次の順番に並んでいます。
 つまり,この順番で,大切な権利と位置付けられているということです。

   「幸福追求権」(個人の尊重/13条)
      ↓
   「平等権」(法の下の平等/14条)
      ↓
   「参政権」(公務員任命罷免権/15条)


 では,次の人権メニューの順番は何でしょう?
 参政権の次に期待される人権ってなんでしょう?


 たいへん地味な人権ではありますが,
   「請願権」(16条)
です。
憲法16条 何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。

 「請願権」は,政治に対し,いろいろな施策を要求する権利です。
 受益権といわれる種類の権利です。

  請願権は,歴史的には,近代人権宣言などにも見られる古くからある権利の一つです。
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 民意を国政に反映させる方法として,あの明治憲法下でも保障されていました。
(大日本帝国憲法第30条「日本臣民は相当の敬礼を守り別に定むる所の規程に従ひ請願を為すことを得」)

 確かに,条文の体裁としては,請願する行為を保障するだけで,希望や苦情を国政に届けたからといって直ちに国が具体的責務を負うものではありません。

 しかし,参政権と同じように国政に注文を付ける機能を持つ点で重要な権利であることに変わりありません。
 参政権と請願権をセットにして能動的権利と呼ぶこともあります。

 実際,憲法が公布された昭和21年11月3日から
施行された昭和22年5月3日までの間の半年間の帝国議会では(→こちらから検索可能),
衆議院,貴族院に,それぞれ「請願委員会」などが置かれていた上,
数多くの請願が国会に上程され,
まさに,請願の花盛りの様相を呈していました。

 憲法黎明期に,請願権が数多く行使されたということは,
 政治だけでなく,国民も一生懸命に取り組んでいたということであり,
 新しい時代を物語るエピソードです。

 現代社会では,国民の国政参加の道が多様化していることから,請願権の意義が薄れているという指摘があります。
 あるいは,民主主義の成熟や,政党制度の定着により,請願の必要が低下したという指摘もあります。

 しかし,実質的な政権交代が現憲法下ではじめてのことであることを考えると,
 基本に立ち戻って,請願権をしっかり行使することこそ,
 今,新しい時代を迎えるタイミングに,
 憲法が国民に求めていることだと考えられます。


 幸い,現代は,昔ながらの足を運んでの陳情だけでなく,
 それぞれの議員たちが,メール等での意見の受付をしているほか,
 重要施策には,パブリックコメントの募集も行われており,
 請願権を行使するツールもたくさんあります。
 やろうと思えば,いくらでもできる!

 参政権の次は,請願権です。


 9月1日といえば防災の日。
 関東大震災(死者・行方不明者14万2800人)が発生した1923年9月1日を忘れない,ということで設けられた重要な日です。

 ですが,9月1日って,関東大震災だけでなく,いろんなことが起きた日なのですよね。

 近いところから言うと,昨年の9月1日は,福田首相が突然の辞任表明。
 あれから1年経ったんですね。
 この大災害は,1年経って自公政権に被害を現実化させたってところでしょうか。

IMAGE_162.jpg 自然災害としては,浅間山噴火もこの日に多いようで。
 えらい昔ですが1783年の噴火も,近いところで2004年の噴火も9月1日。
 なにか自然の摂理というか,えもいわれぬ周期があるのでしょうか。

 事故としては,2001年の歌舞伎町ビル火災事故(死亡者44人)が9月1日でした。
 防災訓練を行うべきこの日に,これを怠ったために大惨事が起きたわけで,
 消防体制の不備はもとより,消防法制の不備も問われました。
 この事故を契機に,消防法は大改正されています。
 直接原因は放火と思われますが,未だに真相は不明です。
 (→9月1日は「防火安全の日」)

 平和の面でも重要な日です。
 第2次世界大戦の開戦日は,諸説ありますが,
 ドイツがポーランドに侵攻したのが1939年9月1日。
 この日が,第二次世界大戦の口火を切った日となります。
 リメンバーWorld War II ! (→9月1日は「アンチ戦争の日」)

 こうしてみると,9月1日は,マイナスの出来事が多い日のように思えます。

 しかしながら,今朝の天気は快晴で,空は青く澄み渡っています。
 (写真は,うちの事務所からみる六甲山系と,今朝の青空です。)
 あれこれと悲しい出来事が起こったその日も,空は青く晴れていたのかも知れません。

 さて,本日9月1日発足の消費者庁ですが,
 野田担当相は小選挙区落選の上,
 目玉の広告塔だった住田裕子先生も,消費者委員長を辞退する由。
 こちらについては,多難のきっかけではなく,本来の目的をしっかり果たしてもらいたいものです。
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