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 浜松駅に臨時停車して,かれこれ20分ってところかな。

 名古屋駅と三河安城駅の線路脇で火災が発生し,今も消火中なんだって。

 消火活動が始まってから,だいぶ経つけど,運転の再開の見込み無し。

 急用ができて,東京からトンボ帰りUターンしたところなんだけど・・・・

 N700系新幹線の中にカンヅメです。

 まあ,安全第一だから,万全を期して欲しいよね。



 脱線事故が起きてから,こういうトラブルでイライラしなくなりました。

 公共交通機関の役割は,「安全に,廉価で,行き先に運ぶこと」だもんね。

 「時間通りに運行すること」は,サービスの一つに過ぎないってこと。

 まあ,焦ったところで,どうにもならないもんね。

 それも「私的」じゃなく,自分で勝手にできない「公共」のことだから。

 そう考えるようにしたら,ちょっと割り切れるようになりました。



 事務員さんに電話したら,開口一番「先生は,ホントによく巻き込まれますね」と言われた。

 たしかに,そう言われると,そんな気がする。

20061007030608.jpg これは,平成18年に,北海道から帰る途中,台風の影響で立ち往生して,羽田空港の地べたで,一夜をあかしたときの写真。

 このときも,どうしようもなかったもんな。

 新幹線の立ち往生も,これで何度目かしら。


 この前は事故だったし。



 あっ,出発した!!!

 浜名湖を横目に,新幹線は,まるで何事もなかったかのように,猛スピードで西に進む。
 何事もなかったかのように冷静な乗客のみなさんも,成熟した公共精神の持ち主で,実に立派だ。
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 震災で後遺症を負い,障がい者となった人を
   震災障がい者
と呼ぶようになったが,その言葉が知られるようになってから,まだ1年も経っていない。


 今週末に,日本災害復興学会の大会が,神戸大学で開かれる。
 (詳しくは→こちら
sinnsaisyogai.jpg

 メインのシンポのテーマは,
   「震災15年 残された課題 震災障がい者」と銘打つ。

 しかし,この言い方は,必ずしも正確ではない。

 震災障がい者の方々の問題については,
   「課題が残されていた」
のではなくって,
   「忘れていたがゆえに課題になってしまった」
ということである。

 身体や心に傷を負い,苦しみながら15年間過ごしてきた方々の抱える問題は重く,
 これを,15年もの間,何もせずに放置をしてきた私たち社会の責任も重い。

 
 兵庫県や,神戸市は,今年度からこの問題に取り組み始めた。
 ようやく,今から,実態調査が始まるのである。

 今朝の神戸新聞の1面トップも,自治体による震災障がい者の調査対象が,身体の障がいだけでなく,精神や知力の障がいも含めることになったという記事だ。
 今の感覚だと当たり前のことだが,当時は,これを忘れていたのだ。

 「愛」の反対語は「無関心」(マザーテレサ)
 「支援」の反対語は「忘却」なのかも知れない。


 関西学院災害復興制度研究所の法制度部会でも,本年度から,この問題に取り組み始めた。
 週末のシンポの場でも,今後の研究の決意について,発言をさせていただく予定だ。


 なお,この問題が,国レベルでも真摯に取り組むこととされたきっかけがある。
 平成22年3月29日の参議院の災害対策特別委員会の議論である。
 以下,一部抜粋して,引用させていただく。
      ↓
この1週間,あっちこっちに出張三昧でした。

火曜日は鳥取県(鳥取西部地震から10年)
水曜日は東京(罹災法改正の研究会)
金曜日は福島県(JR東日本の研修施設見学)
土曜日は岩手県(日弁連人権大会後の会派旅行)

ということで,とにかく忙しかったのですけれど,行く先々の楽しみは,とにかくラーメン。

しかし,最近は,年を重ねたせいか,幅が広くなったためか,もう少しウインドを拡げて,ご当地の麺類を食することが多くなりました。

振り返ってみると,今週は,フツーのラーメンは一杯も食べてないですね。

まず,鳥取県の日野町では,そばをたべました。
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JR伯備線の「根雨駅」から,ちょっと行ったところにあるそば屋さん。
10年前の地震で,田が枯れたため,蕎麦を育てて,手打ちで出すようになったそうです。
細くて,蕎麦の薫り豊かな蕎麦でした。

東京では,いつもお決まりで,東京駅の八重洲口を出てちょっとのところに,
立ち食い蕎麦の「小諸そば」があります。
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ここはチェーン店ですが,良心的な立ち食い蕎麦ですよね。関西にはない!

福島では,新白河駅から徒歩ですぐのところにあるラーメン屋に行きました。
しかし,どうやらこの店のオススメは「からしタンメン」とのこと。
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大汗をかきながら,ヒーヒーフウフウ言いながら完食しました。

盛岡では,地元の弁護士さんに聞いたところ,うまいラーメンは札幌ラーメンか博多ラーメンだ,というので,ラーメンはあきらめて,
お奨めのジャジャめんを食べました。
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めんもウマイが,食後に生卵を皿に割り入れ,スープを注いでもらって,かき玉スープがサプライズでした。

明朝,盛岡駅の立ち食いソバ屋に行ったら,盛岡冷麺が売ってるではありませんか。
さすが盛岡。
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ごちそうさまでした。

メンは偉大です。

これまで私が食べてきた麺を全部つないだならば,きっと,日本一周ぐらいできるんじゃないかしら。
 今週末は日弁連の人権大会ということで,全国の弁護士が,会場の盛岡市に結集し,社会的な問題に取り組んでいました。

 そんな活動は,いつまで続けられるのでしょうかね?

 「一日一冊」という弁護士ブログがありました。

 判例誌だとか,法律雑誌だとかを,きちんと読んで,かなりためになるレポートをしてくれるお役立ちブログでした。
 どなたなのかは知りませんでしたが,きちんとした弁護士さんなんだなぁと思ってました。

 ところが,突然の,廃業宣言!!

 今は,そのブログもさよならメッセージをのこすだけです。
 →http://lawbook.cocolog-nifty.com/blog/

 直前のブログでは,「この業界のお先が真っ暗だから,弁護士を辞めることにした」と宣言しておられました。

 そういえば,人権大会の盛り上がりも低調になりつつあるような気がします。

 53回目を迎えた人権大会のその日に
 弁護士の将来の不安を,現実の形で,知ることになりました。


ちなみに,今回の人権大会で採択された宣言等は以下のとおりです。

 ■貧困の連鎖を断ち切り、すべての子どもの生きる権利、成長し発達する権利の実現を求める決議
 
 ■「高度情報通信ネットワーク社会」におけるプライバシー権保障システムの実現を求める決議

 ■不法投棄等による被害の根絶と資源循環関連法制の抜本的改正を求める決議

 ■今こそ核兵器の廃絶を求める宣言


 一日一冊さんのショッキングな報告の前では,高らかに謳いあげる宣言も,なんとなく空しさを感じます。
 中国の劉暁波さんにノーベル平和賞が決まりました。
 おめでとうございます!!

 劉暁波さんは,共産党一党主義における中国の民主化運動を進め,言論,宗教,集会,結社の自由などを求める「08憲章」を起草・発表しようとした活動などが評価されたとのことです。

 中国の非民主的で,人権軽視の国情からすると,劉さんの勇気ある活動は,大いに賞賛に値するものでしょう。



 どうやら,中国としては,ノーベル賞を決めたノルウェーに対し,内政干渉だと批判しているようです。

 しかし,それはとんでもない誤解です。大まちがい。

 だって,劉さんは,中国の定めた憲法どおり実践したに過ぎないのですから。


 あんなふうに人権軽視に見える中国であっても,憲法には真っ当なことが書いてあるのです。
 (翻訳は,無料翻訳ソフトの訳をベースに,私が手を加えたものなので,ちょっと自信がありません。乞う御容赦!)

第三十三条 凡具有中华人民共和国国籍的人都是中华人民共和国公民。
      中华人民共和国公民在法律面前一律平等。
      国家尊重和保障人权。

      ↓
第33条 中華人民共和国に国籍のある者は全て中華人民共和国の公民である。
    中華人民共和国の公民は,法律の前にすべて平等である。
    国家は人権を尊重・保障する。

 ね。中国の国家の基本法でも,人権尊重が明記されているのですよ。

 さらに,

第三十五条 中华人民共和国公民有言论、出版、集会、结社、游行、示威的自由。
      ↓
 第35条 中華人民共和国の公民は,言論,出版,集会,結社,行進,デモの自由を有する。


 劉さんは,憲法どおりの行動を取っただけのことです。


 本来であれば,中国国家が,憲法実践を行った劉さんを褒めてあげるべきところ,
 中国が憲法を忘却してサボっているので,ノーベル賞が代わりにしてくれただけのことです。

 中国は,騒いだり,怒ったり,隠したりする必要は全くないのです。



 こうしてみると,自国の憲法に忠実な実践をすることこそが,ノーベル平和賞への近道だということでしょう。

 日本も,憲法9条を実践さえすれば,ノーベル平和賞など,決して夢ではないですよ。 
 人の責任ばかりを追及して,自分の責任は知らんぷり,っていうのを「無責任」といいます。

 今や,日本の社会は「無責任時代」のど真ん中でしょう。

 何かひとつ事が起きると,ワァーッとヒステリックに“国民総責任追及モード”になるもんね。



 その無責任時代を象徴するのが,マスメディア。

 事実を伝えるのが「報道」ですけど,

 ろくに事実も伝えず,無責任に大衆を扇動する「放送」というのは,大きく違います。



 特捜検事報道も,小沢検察審査会報道も,尖閣諸島報道も,
特にTVの番組ってひどいと思いませんか。


 「放送」って,「送り放し」って書くんですね。

 ポピュリズムを促進して市民を愚衆化させる「放送」の無責任さに注意が必要です。

 2000年10月6日午後1時30分に鳥取県西部地震が発生しました。
 今日で10年目を迎えます。

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 これは,そのときに壊れた時計だそうです。

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 それから,地震30分後の被災の中心だった日野町の「根雨」の駅前の写真です。

 鳥取の地震では,当時の片山善博知事(現総務大臣)が,地震で壊れた住宅に最大300万円の公費を投入する決断をして,災害復興史における大きなターニングポイントになりました。

 阪神大震災で,被災者がぐっとこらえた悔し涙が,嬉し涙に転じた機会でもありました。

 昨日(から今日にかけて),鳥取県でシンポがありました。
 行ってきたので,ちょっとだけ報告します。

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 まずは,被災の中心だった鳥取県日野町の日野小学校の小学6年生が,地震について調査したり,地震計を置いてきっちり測定しているなどの発表がありました。

 6年生といえば12歳。
 10年前はものごころもついていなかったはず。
 なのに,しっかり地震に向き合っていました。
 さすが,鳥取県!
 今でも,私たちの1歩も2歩も先に行っています。

 その後,被災地交流集会と題して,車座トークがありました。
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 私も発言をしました。
 「被災者生活再建支援法」などと銘打っているけれども,
 今の法律は,「被災住宅再建支援法」に過ぎないのであって,
 真の「生活再建」の支援法になっていない!
と指摘しました。
そうしましたら,能登半島地震の被災者の方が大きくうなずいていました。
 なんでも,能登では,住宅の半壊か全壊かの認定をめぐって,地域の人の絆に取り返しのつかないヒビが入ったとのこと。
 住宅再建の制度が,人の絆を壊すなどということは,あってはならないことです。

 鳥取地震における県の住宅再建補助制度は,地域コミュニティを守ることが目的でした。
 まだ,「被災者生活再建支援法」は,鳥取地震の域まで到達していない,ということでしょう。
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 検察審査会が小沢氏の強制起訴の議決に及んだのは,
     三権分立に対する国民のフラストレーション
の一つのあらわれですよね。


 検審の議決要旨は,

   検察官に対する及び腰な態度と,

   (政治の中枢にいる)小沢氏の説明の不合理性


を,厳し~く糾弾していますけれども,その最後の締めのところで

   「国民の責任において,公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけよう」

と,スパッと言い切っているところが,実に潔いです。

はい,「国民の責任において」,というところがキモです。



 三権分立は,上の図横浜市選挙管理委員会のHPより引用)のように権力を3分割して,お互いに牽制しあって,パワーのバランスを取りましょうという,近代国家の原理です。


 何のために三権分立をするかっていうと,
    国民の自由を確保し,
    民主主義を正常に機能させるため,
にほかなりません。


 ところが,日本の場合は,

    立法と行政が,ベッタリくっついて,抑制原理は,すっかり機能不全

    司法は,よくいえば「孤高」ですが,「司法消極主義」の名の下で,三権分立の一翼を担っているという意識は,ほとんど持ち合わせていない,

ものですから,結果として,国民の民主主義の発展に寄与していないんですよね。


 小沢さんが,立法府(=議論の場)を数の原理で押し切り,行政を迷走させ,司法を軽視するものだから,国民の目には,三権分立が,すっかりさび付いている感を与えたのだと思います。


 上の図のとおり,中心にいる国民が,三権それぞれに喝を入れる仕組みがあります。
 その一つが検察審査会です。
 国民の手で,三権分立をしっかり機能させよう,というのが,
      「国民の責任において,公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけよう」
ってことなんでしょう。


 だから,今回の検審の判断の矛先は,小沢さんだけではなく,私たち司法にも向けられているということですよ。
 2010年10月2日,村井雅清さんが満60歳になった。

 村井さんは,

   阪神大震災を契機に生まれた『被災地NGO恊働センター』の代表であり,

   世界中で活躍する『CODE海外災害援助市民センター』の事務局長である。


 この日,村井さんの還暦講演会があった。

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 講演の内容は,後日,書籍化されるということなので,乞うご期待である。



 村井さんについて,3点だけ語ろう。

 実践知
  理屈や能書きじゃない。
  まずは現場,そして実践。
  しかも,自分の目線ではない。
  相手の立場に立って行動し,そして考える。
  そうすると,本当の「知」が得られる。
  だから,村井さんのお話は常に具体的だし,とても知性にあふれている。


 “不良”ボランティア
  「不良」というのは,必ずしもワルのことではない。
  不良とは,既存の因習やルールに縛られないこと。
  平時のルールは,災害時や緊急事態が起きると,たちまち不条理に変わってしまう。
  為政者に都合の良い治安化ルールは,弱者にとっては,単に苦痛を強いる縛りに過ぎない。
  災害時のボランティアには「やさしいこころ」が大切だ。
  それさえあれば何も躊躇することはない。
  「なんでもありや」というのは,村井語録の一つだが,不良ボランティアの金言だ。


 最後のひとりまで
  個人の尊重を何よりも大切にしようとする考え方だ。
  言うは易く行うは難きことゆえ,“理想論だ”と一蹴する向きもある。
  しかし,この世の中で,“現実に”それをやっている。
  震災をきっかけに生まれた「足湯隊」の真骨頂は,一人ひとりの「つぶやき」を拾い集めること。
  「最後のひとりまで」は, ボランティア活動の核心である。
  それは,近代社会が行き着いた実践知でもあり,日本国憲法13条の精神でもある。




 今,私が少々ボランティア的な活動に足を突っ込んでいるとしたら,その師の一人は村井さんにほかならない。

(どうでもいいことですが,2010年10月2日というのは,上から読んでも,下から読んでも「2010102」という回文DAYでした。)
 髪の毛がうすくなってきたのは,数年前から自覚がありました。
 気にしないようにしていますけれども,やはり気になってしまいます。

 先日,厳しい現実を突きつけられました。

 床屋に行くと「梳(す)いておいて下さい」と注文するのですが,
 この前も同じように注文したところ,
 床屋さんがチョキチョキやりながら,おもむろに
 「お客さん,梳かなくても大丈夫ですよ」
と言うのです。

 毛量の減少が,自覚・認識している状況を上回る状態になり,他人から冷静に指摘されたのがショックでした。
 昔,コマーシャルで「抜け始めて分かる,髪は,なが~い友達」という意味深いコピーがありましたが,友を失った事実を知らされた瞬間でした。

 髪の毛くん,40年間ありがとう!
 お願いだから,もうしばらく付き合ってね。
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