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 先物取引被害全国研究会という弁護士の集団がある。
 数百人は所属しているだろう。

 全国各地で開催される毎年2回の研究会(学会みたいなもの)には2~300人が参加するかなり活発な研究会だ。
 日弁連の消費者問題対策委員会とも連携が深い。

 私も末端会員の1人であるが,この研究会でどれだけ多く触発され,良い刺激を受け,志を鍛えられたか分からない。
 ライフワークの一つだと思っているところだ。


 津谷裕貴先生は,この先物全国研のリーダーだった。

 私たち実働メンバーにとっては,
   憧憬すべき「先人」であり,
   自慢の「顔役」であり,
   親しみ深い「兄貴」であった。


 津谷先生が突然に世を去って1週間。


 未だに津谷先生のことに触れると,不意に呆然となり,頭の整理がおぼつかなくなる。
 気持ちの動揺が続いているのであろう。

 親しい親交があったというと不遜になるが,全国研で会えば気軽に声をかけてくれ,つまらないことでも電話して聞けば,私の長電話に付き合って下さった。
 つい先日も,宴席で津谷先生の物マネをさせていただいたのだが,津谷先生のおおらかで寛容なお人柄と,普段からユーモラスで人間味あふれる言動をしていたからこそ,できたことだった(なお,スベったのは私の芸の未熟さ故)。

 多くの仲間が,それぞれに津谷先生とのエピソードを語り,無念を惜しんでいるが,
そこに共通しているのは,津谷先生がいかに愛されていた人だったかということである。

 津谷先生の豊かな人格と,優れた見識については,朝日新聞の秋田版に連載していた「あきた時評」のレギュラーコメンテーターとして書か溜められたものがあるので,ここで紹介をしておきたい
あきた時評は,こちら → http://mytown.asahi.com/akita/newslist.php?d_id=0500049 )

 今,新聞等で見かける津谷先生の話題は,「殺人事件」としての報道や,警察の責任という文脈で語られているものがほとんどだ。
 しかし,私は,そういう記事の中で,津谷先生の名前を見たくない。
 津谷先生のことは,先生が活動してきた足跡として語られるべきだと思う。
 それだけ多くの貴重な足跡があり,私たちはそれを絶対に忘れてはならない。
 その足跡が目指していた先を,さらに踏み進め,津谷先生が目指していた目標に向かって頑張らないといけない。
 それこそが,津谷先生の無念を晴らし,喜んでいただけることに違いない。

 津谷先生の足跡として,3つだけ挙げておく。

 ■先物取引被害を不法行為で救済する最高裁判決
      → 裁判闘争の基礎を築く

 ■悪徳商品先物取引業者の撲滅活動
      → 彼らは今や虫の息

 ■不招請勧誘の禁止
      → 新たな切り札として活用


 詳しくは,以下のとおり。
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2010.11.04 どうして
つい2時間ほど前に,日弁連消費者問題対策委員会委員長の津谷裕貴先生が亡くなられたとの悲報に接した。

言葉がない。

どうして?

今日は悪質な先物オプション業者の尋問の当日。
気持ちの整理がつかない。

数多くの消費者弁護士の先頭に立って闘ってきた津谷先生の志を思うと…。
私たちの闘志の拠りどころだったのに。

ただ放心のまま…,続報を待つ。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/101104/crm1011040735004-n1.htm
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101104-OYT1T00192.htm
http://www.asahi.com/national/update/1104/TKY201011040004.html
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