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 片山善博総務大臣が,
 政府の
   「被災者生活支援特別対策本部」
の本部長代理に就任されました。

 松本龍本部長(防災担当大臣)は,必ずしもこの分野に通暁していないので,実質的にはリーダーとして陣頭指揮に当たるものと思われます。

 私は,大いに期待を寄せています。

 片山副本部長は,
  「被災者の絶望を少しでも希望に変えることが災害対策の要諦だ。この非常時に各省が全力をあげて取り組むよう努力をしてほしい」
と挨拶されたとのことです。

 鳥取県知事のころも,
 その後の研究者のころも,
  「災害復興のミッションとは,絶望している人に少しでも希望を見出してもらうこと」
とおしゃっていました
(「災害復興とそのミッション」(クリエイツかもがわ)P23~24頁)

 一貫してブレることのない片山さんの考えと,
 片山さんの主導力にこそ,
 私たちが政府に抱いている絶望を転化させる希望を見出したいと思います。
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東日本大震災

 私の弁護士としての支援活動は,この葦名ゆき先生が投稿された文章からスタートしたいと思います。

 葦名先生は,以前,相馬ひまわり基金法律事務所に赴任されていた弁護士です。

 葦名先生の投稿は,被災から5日後の3月16日付けの福島民報に掲載され,元気と涙が伝わったそうです。

 かなりダイジェストされているようですので,原文をいただきました(葦名先生ありがとうございました。)。


「相馬、頑張れ、頑張れ、頑張れ。」

たった三日前のことなのに、世界が変わってしまいました。人生でこんなに「夢であってほしい」と思ったことはありません。


この3日間、相馬のことばかり考えて過ごしています。


観光地ではなかったけれど、私にとってあれほど美しい海はなかった。

忙しくて心が枯れそうになったとき、よく海辺にドライブに行って、ぼおっと海を眺めていたものです。
太陽の光を受けてキラキラ光る青い海、寄せて返す波の音、潮の香り、海辺で潮干狩りをして遊ぶ小さな子どもたちのきゃっきゃっと笑う声。


そして、市民の方々は、決して裕福ではなかったけれど、ささやかな毎日を一生懸命生きていました。
漁師さん同士の絆はとても強くて、都会にはない人情がありました。
大きなお祭り相馬野馬追では、市民が、観光客そっちのけで戦国武将になりきって熱中していることに驚き、本当のお祭りが生きていることを実感しました。


親切で人なつこくて、気っぷが良い性の人が多くて、冬になると、「御礼」とはみかみながら、漁師さんが受付に蟹を山積みにされていったり、遅くまで灯りがついていると、「先生の身体が壊れちゃう」といって夕食を差し入れて下さったりしました。


相馬にゆかりのある栃東関が勝つと、花火が鳴り響き、依頼者の方と「今場所は花火が多いね」とわくわく待っていたら、まさかの優勝。

凱旋した栃東関を迎えた相馬市体育館が、今は、家を失った人の避難場所になっています。


住めば住むほど好きになるこの土地に、法の支配を確立したい、と本気で思っていたけれど、津波が法の支配の大前提である大事な命と穏やかな毎日を根こそぎ流していきました。


あの海とあの海に生活の糧を得て一生懸命生きていた人たちの笑顔が失われてしまったことを受け入れられません。


私が悲しんでいても仕方がないことは良く分かっています。

それに私よりももっともっと百万倍億万倍ももつらいのが、実際に苦しんでいる人たちであることも痛いほど分かっています。
何もかも失い、未来を描けない。


弁護士は絶望の淵にいる人に希望を語る仕事だけれど、この絶望の深さは、なくなってしまった美しい海よりも深い。

何一つ被害を受けていない私だからこそ支援できる方法があるはずだと心を切り替えなくてはいけません。

この状況下で、弁護士として、個人としてできることを全力で考えていきます。


復興を心から祈っています。

相馬、頑張れ、頑張れ、頑張れ。

3月15日の中日新聞の朝刊に出た記事です。
タイトルや,文章の一部が修正されていましたが,原文は以下のとおりです。

 東日本大震災の惨状に涙が止まらない。
 阪神淡路大震災を経験した被災地の弁護士として,各地の被災者の方々に心からお見舞いを申し上げたい。

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 私は,これまで災害に伴う法律問題に接してきたが,法は人を救うために存在するはずであるのに,制度の不備等が被災者に別の苦しみを与えることがある。
 今回の災害では,絶対にそのようなことがあってはならない。

 また,阪神淡路大震災のときに十数本の特別措置法が制定されたが,恒久化されずにその場限りの立法となったため,今回の災害に直ちに適用されないものもある。
 私有地上の廃棄物の撤去は公的費用で行うのが当然だが,そのような制度もない。
 法制度を新たに設けることは,被災者に対する心強い支援にほかならない。
 これまでの災害の経験や教訓を活かした制度は,躊躇することなく早急に適用すべきである。

 しかし,今回の災害は想定をはるかに超えた巨大災害である。
 既存の法制度で太刀打ちできないことも明らかである。

 災害対策基本法は,そのほとんどを防災と応急措置を内容とするもので,復旧・復興に関する規程は乏しい。
 その不備は,これまで繰り返し指摘されてきたが,今こそ新たな制度を創設し,被災地,被災者の再起に資するよう早急に取り組まなければならない。

 ただし,これだけ広域の災害では国の力だけでなんとかなるものでもない。
 隣国中国の四川地震では対口支援といって,被災したそれぞれの州を他の特定の州が支援する取り組みがなされた。
 姉妹都市提携を災害時の助け合いで発揮するようなイメージである。
 日本でも,たとえば,宮城県は大阪府が支援するとか,陸前高田市は名古屋市が支援するとか,特定の自治体が頑張る仕組みを考えてみたらどうか。
 災害対策基本法でも地方公共団体相互の協力について努力規程がある。

 こういった温かい心の通った智恵を制度化することが重要である。

 一方で財源の問題もあるだろう。

 たとえば被災者生活再建支援法は基金をもって支援金を充てることとしているが,今回の災害でかなりの支出をすることになることは確実であるし,復旧・復興にかかる費用も相当である。
 仮設住宅や避難生活を支える災害救助法も,財源の問題があって,適用場面の制限があるため万能とは言えない。
 しかし,やらなければならない使命は明白なのだから,財源不足を理由に支援を躊躇するのは誤りである。
 必要な支援は勇気をもって実施し,これを裏付ける財源は,手元財源だけでなく,義援金等の民間資金,復興宝くじ,ふるさと納税の応用,臨時目的税の創設など,あらゆる手段を講じて確保するのが道理である。

 こうしたことも,勇気ある立法の意思がなければなし得ない。

 温かい心をもった支援制度であり,今回の災害が日本国民共通の国難であるという共通認識さえできれば,乗り越えられないはずはない。

 阪神淡路大震災の被災地で得られた教訓は数々あり,地元の関西学院大学では,昨年,これを条文化した「災害復興基本法案」も公表した。
小さい文字 もっとも重要なことは,人間の命と被災者自身の自立としている。
 現在,懸命の救助活動が続いており,被災地以外の者も,救助活動を精一杯応援したい。
 さらにその後は,被災者の方々が再び自立する状況になるまで見守る必要がある。

 災害は決して他人事ではない。
 私たちにできることは,被災者の方々の目線でモノを考えることであり,もし何か足らない法制度があると気付いたならば,躊躇することなく創設するよう後押ししていくことである。

経歴等
昭和44年5月3日生(41歳)
弁護士 元兵庫県弁護士会副会長,日本弁護士連合会災害復興支援委員会副委員長,阪神・淡路まちづくり支援機構事務局長
著書「災害復興とそのミッション」(片山善博氏と共著),「災害対策マニュアル」(共著)他
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