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長岡・小千谷・川口町などが被害の中心であった新潟県中越地震(平成16年10月23日発生)から、明日で、2年目となります。

昨日の各地・各団体からの報告を聞いていると、被災地の「復興」は、まさにこれから本番だ、という思いが伝わってきました。

ところが、私は、風化温度差を感じずにいられませんでした。
この“風化”と“温度差”は、私たちも、阪神大震災以降、何度も味わってきたものだけに。
 たった2年で風化が感じられると言うのはなぜでしょう?

 多様な情報が次々にあふれ、社会のスピードが速く、マスコミが移り気であることなども、確かに一因だろうと思います。
 ただ、私は、そういうところよりも、「自分のこととして捉える」という意識の低下が、根本的な原因ではないかと思います。
 被災地に暮らす人々は、文字通り「我がこと」ですから、今も必死に災害・復興と向き合っています。
 そうでない人も、災害直後はそういう気持ちを持っていた。しかし、今やすっかり「ひとごと」になっている。
 この「わがこと」と「ひとごと」の格差が広がることが「風化」というんじゃないですかね。

 それから、温度差というのは、どこに感じたか、です。
 これは、もっぱら、新潟市を中心とする下越の方々と、中越の方々との間の温度差です。
 他府県民からすると、同じ新潟県内なのだから、新潟市内の人たちも強い関心を持っているのではないかと思いましたが、さにあらず。
 中越の復興のために、足しげく通って、支援活動の中心を担っている人々は、東京や、阪神地区の方々が多いようです。

 これは、どうしてなんでしょうか?
 やっぱり、同じように、「自分のこととして捉える」という意識がうすい、というところが原因なんでしょうね。
 阪神大震災の被災者にとって中越地震は「他人事」には思えません。また、東京の一部の方々は、明日来るかもしれない首都災害を憂いていて近い将来の自分の問題として向き合い、他人事と捉えていないのでしょう。

 「我が事」と思うか、「他人事」と思うか、そのことだけで大きく物事の捉え方が変わります。
 じゃあ、我が事として捉えるためには何が必要かというと、
   想像力(イマジネーション)
だろうと思います。

 想像力の欠如は、いろんな難しい問題(多重債務、平和、軍事、社会保障、治安、少年問題などなど)における大きな原因になっていると思いますが、その点については、また機会をあらめることにします。
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