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 昨年の12月25日の夜,山形県庄内町で,羽越線脱線転覆事故が起きました。
 5人が死亡し32人が負傷した大きな事故でした。

この事故のことは,
 ◇同じ年の4月25日に尼崎で脱線事故が起きてまだ間もない時期でしたし,
 ◇脱線した後の車両の様子も,気味が悪いほど似通っていた上,
 ◇同じ「25日」に起きたということもあって,

兵庫に住む私たちも,我が事のように胸を痛めた事故でした。

 今日で,1年目を迎えます。

yamagata1.jpg
 私は市民事務局かわにしの主催するつどいに参加していることが縁で,今年の6月の25日に山形県の現場に赴く機会を得ました。

 山形の羽越線沿いの現場付近は,季節が異なり夏の様相を呈していましたが,田畑の拡がる,ほとんどひとけのない,とても寂しい場所でした。

 現場には,慰霊場が設けられていました。

yamagata2.jpg

 私たちは,福知山線沿線の方々や,福知山線の被害者の方々,さらにその支援者や周囲の方々が,気持ちを込めて折った千羽鶴を,現地に届けました。
 福知山線列車事故の負傷者の小林祐子さんは「きっと当時は寒かったでしょう」と考えて,温カイロをお供えしていたのが印象的でした。


(※その後の取り組みや,この1年目に向けてタペストリーを送った経過などについては,市民事務局かわにしのブログをご覧下さい。)
06-12-25_19-32.jpg
 →列車事故全体のことはこちら

 →6月の件はこちら

 →12月の取り組みの件はこちら
    と,
  もうひとつこちら


 なお,こちらの写真は,山形の事故現場に届けられたタペストリーをNHKの記者さんが写して小林さんに届けたものです。  →




 さて,1年目を迎えて,新聞等を通じて被害者やご遺族のコメントを拝見しますと,何とも言えない重さと沈痛さが伝わってきます。

 福知山線の事故と比べると,山形の事故の場合は,被害者の居住地がバラバラで,お互いに全くつながりがない,と聞いています。
 同じ思いをしている方々が,その辛さや悲しみを,それぞれ各自が抱え込んだまま1年を過ごしたということであり,なんとかつながりを持つことができなかったのか,と思ったりします。


 この事故の原因は突風によるもので自然現象が寄与している可能性が高いとされていますが,原因はそれぞれ違ったとしても,
  「安全」
という課題に突き付けた問題は,主として自然現象が寄与しているとしても,必ずどこかに人為的な意識の部分で共通するものがあると思います。
 そのあたりを,事故調査委員会などがどんな風に捉えるのかが注目されます。

 この事故のことを決して忘れずにいよう,という思いは,同じ日本に暮らす鉄道利用者として,不可欠のことと考えます。
 社会として「どんな事故も他人事ではない」という姿勢がないと,同じ失敗が何度も繰り返されることになります。

 とにかく,いつまでも忘れずにいることが「他人事」にしないようにする第一歩だろうと思います。

 被害者のご冥福とご快癒をお祈りします。


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