上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
今年は,年初に予想だにしなかった問題に深く関わることになりました。
それは,教育基本法の問題です。

 もともと私は,弁護士会の子どもの権利委員会に所属していました。なので,中教審の意見が取りまとめられた平成15年にも,
  「愛するものは自分で決める」
という市民向けの構成劇とシンポを開催するという程度のかかわりをしたことはありました。
 ただ,「教育基本法」という法律をまじまじと読んで考える機会など,全くありませんでした。

 しかし,今年は身近なところでも,教育をめぐる問題は,本当に大きくクローズアップされました。
   ・教育基本法の「改正」
   ・いじめと自殺
   ・未履修問題と校長自殺
 等々
     →なお,昨日,私の母校の長田高校の先生らが全国に先駆けて処分されました
      (→記事のHPはこちら

 私の立場上,教基法改正問題との関わりは免れなかったとはいえども,これほど深く考えさせられることになろうとは思いませんでした。

 もともと教育基本法という法律は,とても良い法律だったのですが,法律に沿った教育が実践されたのは,
  1947年~1956年
ぐらいまでの10年間だけでした。
 その後,今年2006年までの50年間は,教育基本法の理念に背く教育行政が行われてきたのですけれども,その総括が,今年クローズアップされた一連の現象だったのだろうと思います。
 今年1年を振り返る前提に、1956年に何が起きたのかを振り返ってみます。

 まず,1955年に憲法改正を目標にした保守合同の自民党が結成されました。
     ↓
 翌年の1956年に初代鳩山一郎首相が,憲法改正を達成するために,3分の2の議席確保を目指して,参議院選挙を行いました。
     ↓
 これに対し,日教組の先生方が「教え子を再び戦場に送るな」をスローガンに運動を展開しました
     ↓
 その結果自民党は敗北し,日教組を目の敵にすることになりました
     ↓
 自民党は,1956年中の国会で,内閣憲法調査会設置法を制定して,憲法改正に向けて強く進み始めました
     ↓
 同時に教育三法を制定しました(いずれも通称)
   ・臨教審設置法
   ・教科書検定法
   ・地方教育行政法
     ↓
 1958年に学習指導要領「道徳教育の徹底,基礎学力の向上」をめざして全面改定され,文部省は,指導要領に法的拘束力があると主張をし始めました


このような大きな方針の転換が行われた結果,
   ・行政(国)主導の教育が行われるようになり,
   ・憲法で言う「ひとりひとりを大切にする教育」が失われ,
   ・学習指導要領が,あたかも法律のような拘束力を持ち,

そして、ひとりひとりを軽んじるいじめ問題が起きたり,命を軽んじて自殺が起こったり,履修不足のような規則で縛り付ける息苦しい現実が訪れたりしたのだろうと考えています。

この50年前の歴史と同じ事が,今年,この国で再び起こったように思われます。
衆議院で与党が絶対多数を占めて,参議院ではそうなっていない,というところまでそっくりです。
そういう意味で,今年は,教育にとって,50年ぶりに訪れた大きな危機の年だったといえるかも知れません。

逆に言うと,この50年間は,改悪された制度に抵抗しながら何とか良い教育を実現しようと「もがいた」50年だったと言えるでしょう。
ならば、これからは,「もがく」だけでなく,再び良い方向に「進める」転機になればよいと思います。


クリックして下さい

クリックして下さい
Secret

TrackBackURL
→http://tukui.blog55.fc2.com/tb.php/192-d0a75461
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。