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 災害復興に関する問題について昨年中に書いた論文があります。
  「被災者のこころのケアと弁護士」
というお題です。

 私の先輩に滝本雅彦弁護士という方がいました。
 滝本弁護士は一昨年の2月に,兵庫県弁護士会の会長の在任中に亡くなられたました。
 三回忌にあたる今年,滝本弁護士の追悼文集を発行しようということになりました。
 この文集の,私の担当分としてテーマが割り当てられ,寄稿したものです。

 ところで,滝本さんは,震災当時の副会長で,真っ先に弁護士会に駆け付けて陣頭指揮を執ったということで,“男を上げた”方です(←この言い方は良くないか?)
 私もずいぶんお世話になりました。
 よく飲食を奢ってもらい,「弁護士というものはなあ~」と若い私らに元気に説教をいただいた方です。
 亡くなる直前の平成17年1月17日には,震災10年目として,入院中の病院から弁護士会に駆け付け「10年前を語る」の会に出てきて下さって,当時の様子を語ってくれました。
 今思えば遺言でした。

 私が震災問題にかかわる上で,欠かせない先輩のお一人です。
 そういえば,
   「福音歌手森祐理さんと,滝本雅彦会長の新春対談」
   (→HPはこちら
   (→なお実は私もファンである森祐理さんのHPはこちら
のテープ起こしや編集をしたのも思い出されます。

 冒頭で紹介した論文ですが,せっかく書きましたので,ここにアップをさせていただくことにしました。
 もっとも,と~っても長い文章で,ちょっと読み直す気にもなりません。
 ですから,よほどヒマのある方か,あるいは,よほど興味のある方以外は,特にお目通しいただかなくて結構ですよ。
被災者のこころのケアと弁護士

1 はじめに
(1) 弁護士は「こころのケア」に無縁か

 阪神・淡路大震災を契機に「こころのケア」という言葉が知られるようになった。これは文字どおり「こころ」の問題であるから,その分野の専門領域は,一般的には,精神保健医療や心理学などが中心を占めるものと理解されている。
 確かに,その精神医療や心理の分野における震災以降の研究の深化と,豊富かつ有意義な実践は,たいへんめざましいものがある。
 では,弁護士は「こころのケア」に無縁であろうか。決してそんなことはない。
 弁護士も,ひとりひとりの生の被災者と接して活動を展開する以上,必然的に,その「こころ」に少なからず触れることになる。だから,被災者支援や,被災事案への関与にあたって,こころの問題を避けて通ることはできない。
 ところが,法律の専門家であっても,医療や心理の専門家ではないという認識からか,弁護士が,普段の活動において「こころのケア」を意識して行動することは少ない。そのため,弁護士と「こころのケア」の関係をテーマに論じた文献も見当たらない。

(2) 滝本弁護士の行動
 1995年(平成7年)1月17日の早朝,滝本雅彦副会長(当時)は,無事に帰宅できるかどうか分からないという決死の覚悟をした上で自宅を出た。さながら地獄絵図の様相を呈していた被災中心街を通り抜けて,単身,神戸弁護士会館(当時)への道程を急いだ。
 そのとき,滝本弁護士が胸に抱いていた思いは,「これほどの地震だと被災地は無法状態に陥るかも知れない」,「関東大震災下で起きた虐殺などの人権侵害が繰り返されてはならない」,「たとえ弁護士会館が崩壊していたとしても,一刻も早く,その瓦礫の上に弁護士会の旗を立てよう」,「そして被災地の市民に『人権の砦』が健在であり,『法の支配』が生きているということを知らせなければならない」というものだったという。
 私は,この思いを裏付けているのは単なる使命感や責任感だけではないだろうと理解している。すなわち,そこには,まさに被災者を勇気づけ,「こころ」の支えを提供しようという,弁護士としての「こころのケア」を実践しようとする行動原理があったものと考えられるのである。

(3) 本稿の目的
 本稿では,この滝本弁護士のひとつの実践に象徴される,弁護士の活動による被災者の「こころのケア」について考察をしてみたい。
 もとより私自身は,精神医療や心理学の分野に全く不明であるため,その分野から見れば的外れな考えばかりであろうが,両分野の橋渡しや連携のきっかけになれば何よりである。

2 心の傷と専門的ケア
(1) 震災で喪失するもの

 阪神・淡路大震災により喪われたものは,非常に多くの事項にわたる。それは,決して人命や財産の喪失にとどまらない。
 たとえば,人命が失われることにより,家族などの近親者はもとより知人・友人・関係者に及ぼすショックや悲嘆は言葉で表すことができないほど深刻なものとなる。負傷者の中には傷が完治した者もあるが,震災の恐怖によって生じた心の傷は,身体的負傷が癒えても長期間にわたって残存することが知られている。また,人が居なくなってコミュニティが崩壊することによって,孤独感等の増強による二次的被害が発生した例も多く報告されている。
 大規模自然災害により失われるものは,人命,家族,健康,人と人のつながり,財産,住宅,職業,生きがい,文化,生活インフラ,社会システム,生活そのもの,つつましい幸せ,夢や希望など挙げればキリがないけれども,それら喪失の総体が「災害」であるとすれば,災害とはひとつの社会現象であると理解することもできよう。

(2) こころの傷の具体例
 地震そのもの,または,これらの喪失によってこころのケアを要する事態となった例をいくつか挙げてみる。
(ア) まず,家族等の愛する人を喪ったケースでは,遺された遺族の喪失感ははかりしれない。当然のことながら各人毎にこころの傷の程度や質は異なる。
 比較的高齢の親を喪ったときは「過去を失う」,配偶者などを喪ったときは「今を失う」,未成年の子などを喪ったときは「未来を失う」などと言い表されることがあり,遺族にあらわれる心的な症状は実に様々である。
 ただし,遺された家族には「どうして自分だけがおめおめと生き残ってしまったのだろうか」,「あのとき自分が一言声をかけていれば命が助かったのではないか」という罪悪感のような心的変化が生じることが多く見られた。
 また,遺族の場合,時が経っても,現実を受け入れられるようにはなるものの,事を忘れられるという種類の心的外傷ではない。
(イ) 自ら負傷をしたケースでは,身体的負傷そのものについては,これを治していこうとする限りにおいて傷と直面し前向きに取り組める姿勢も見られる。
 しかし,他方で,自分の生命を危機的状況に晒した恐怖体験は,心に強烈にプリントされ,これに向き合うことには,非常に大きなストレスを余儀なくされることになる。
 時間が経つに連れて消失する場合もあるが,逆に,遷延化・慢性化して,何かをきっかけにフラッシュバックする場合がある。そうなると,身体的負傷が治癒しても,社会生活を送る上で多大な障害が残る。
(ウ) コミュニティや生活基盤を喪失したケースでは,それ自体あるいは二次的被害として,心的外傷を惹起させる例がある。
 住居地から遠く離れた仮設住宅での生活を余儀なくされた結果,孤独死に至る例が,阪神・淡路大震災では大量発生した。その実数については公式資料が見当たらないが,少なくとも二百数十例(神戸大学医学部の上野易弘教授の調査では孤独死は1999年5月時点で253人に及ぶという)に及ぶ。特筆すべきは,男性では高齢者層ではなく,中年層が大多数であり,アルコール依存症と併発しているケースが多くを占めるという実態である。こういう例には,こころのケアが行き届いていないことによる社会的遺棄現象としての側面がある。
(エ) さらに,専門家の心的傷害も特徴的である。
 よく知られているのが消防士のトラウマである。人命救助に特段の使命感・責任感を自負している消防士が,被災後の被害現場に駆け付けても,消化用水の供給が無く,目の前で焼死した被災者を救助することさえできなかったという無力感・罪悪感が,彼らのこころを深く蝕んだ。
 被災地に駆け付けたボランティアが,現地で罵倒されたり紛争に巻き込まれたり,あるいは被災者の死亡等のショッキングな事態に遭遇したりして,心的外傷を負うという例もあった。
(オ) そのほか,弁護士の活動を通じて接した例としては,社会システムの不合理や法体系の不備により救済の手が及ばないケースにおいて,不条理を甘受する中で精神的苦痛が増強するようなケースがある。
 たとえば,マンションの再建をめぐって住民感対立が深刻化してうつ状態に陥るとか,都市計画決定や区画整理事業等の不合理,あるいは,被災度認定の不公平や災害援助金支給手続きの不条理などにより憤懣が高まって精神のバランスを失する場合もある。
 さらに,被災による心的疲労に私的紛争による疲弊が加わって心的なダメージを受けるケースは数知れない。

(3) 心的ダメージの分類
 ここで心的ダメージについて,概念整理をしておきたい(以下参考文献,岩井圭司「被災地とその後-阪神・淡路大震災の33ヶ月」)。
(ア) よく「トラウマ」という用語が用いられるが,これは日本語訳では「心的外傷」の意味であり,簡単に意訳すると「生活上のある体験を原因とする重いこころ傷」であるとされる。
 国際的に通有しているアメリカの精神医学会「精神障害の診断統計マニュアル第4版」(いわゆるDSM-Ⅳ)によれば,「危うく死ぬ,または重傷を負うような出来事,あるいは,自分または他人の身体の保全に迫る危険を,体験したり目撃したり直面すること」と定義されている。医療実務的には「そのような体験を受けたならば誰でも大きな苦痛,それも死の恐怖を感じるような体験」があった場合の心的外傷という意味である。
 犯罪被害者論に詳しい小西聖子教授は,個人としての対処能力を超えるような大きな打撃を受けたときにできる精神的な傷であると言い換えているが,阪神・淡路大震災を経験した被災者は,これら定義にほぼ当てはまるような体験をしており,その心的ダメージは,トラウマが基礎になっていると理解して差し支えないと思われる。
(イ) このトラウマを受けた人に起こってくる特徴的な精神症候群として「外傷後ストレス障害」(いわゆるPTSD/Posttraumatic stress disorder)がある。
 先のDSM-Ⅳの診断基準によれば,トラウマに起因して「再体験」「過覚醒」「回避」といった三大症状があらわれ,それが1ヶ月以上持続して社会職業的な機能低下をもたらした場合,PTSDと診断されるとされる。
 ここにいう「再体験」とは,思い出したくないのにそのことばかり考えてしまったり,繰り返し外傷場面を夢に見たりするような症状である。
 「過覚醒」とは,気分が高ぶって落ち着かなくなったり,イライラと過敏になったり,寝付きが悪くなる症状である。
 「回避」とは,トラウマに関連する場所や状況を避けてしまい,そのため生活領域が著しく縮小されたり,感情表現が制限されるなどの症状である。
(ウ) なお,社会職業的な機能低下が見られない場合は,病気とまではいえないので,「外傷後ストレス反応」(PTSR)と呼ばれることがあるが,これも広義のPTSDには含まれる。
(エ) ただし,実際に被災者が訴える症状は上記の範疇にとどまらない。
 震災後約2年にわたって「こころのケアセンター」に来訪した被災者の訴えた症状は,1位「不安」,2位「対人関係上の悩み」,3位「睡眠障害」,4位「抑うつ」,5位「身体症状」,6位「アルコール依存」,7位「行動上の問題」,8位「幻覚症状」の順である。
 そして被災状況との関連では,家屋喪失例では睡眠障害が,人的喪失例では抑うつ感を訴える例が多いという関連性も見出されている。
(オ) 注目すべきは,感情麻痺傾向や感情の解離傾向から,心的症状のあらわれを妨げているため「潜在的PTSD」が拡がっているという点である。
 弁護士の下に訪れた相談者が,対面しているときには一見何ともなさそうに見えても,被災状況から実は心的外傷を負っている可能性があることに留意する必要があることを示している。
(カ) もともとこのPTSDという概念は,生命の危機に瀕していたベトナム帰還兵が帰国後の母国で冷遇されたことによりダメージが増強したことから,注目され,広く認知された症状である。そういう経緯から,PTSDの促進因子として「孤立無援感」があることもよく知られている。
 この点,阪神・淡路大震災では,被災直後は全国的に注目し,こぞって報道がなされ,多くの支援を得ていた。また,被災者同士も助け合いの精神により“被災地ユートピア”と称される善意の輪が拡がっていた。
 ところが,同じ年の3月に発生した地下鉄サリン事件を契機に一気に被災地に対する全国的関心が冷え込み,半年,1年と経つにつれ,被災者間の復興格差も顕著となり,「残された被災者」には,この「孤立無援感」が時を経過するごとに増大するという現象が生じた。
 このことから,潜在的PTSDが,1年以上を経て発症に至ったということがあるようである。
(キ) さらに,消防士などの救助者には「非常事態ストレス」(CIS/Critical Incident Stress)が見られた。
 CISは,自らも死の恐怖を感じながら活動したり,凄惨な状況での活動,同僚の殉死,救援を十分に遂行できなかったなどのケースで生じることが多いようであるが,この症状は,消防のみならず,警察,自衛隊,ボランティア団体までに見られるケースである。
(ク) このように,被災者に見られる心的外傷のあらわれ方は,とても様々であり,トラウマ,PTSDという概念で包括し切れない面もあるということが分かる。
 また,心の傷は,1995年(平成7年)1月17日午前5時46分という瞬間に発生したものだけでなく,その後の長い避難・復興の営みの中でも発生しうるものであるということにも留意する必要がある。

(4) こころのケアの取り組み
 これをフォローするための取り組みを若干整理しておく(以下参考文献,加藤寛「『こころのケア』の4年間-残されている問題」)。
(ア) そもそも阪神・淡路大震災までは,災害により衝撃や悲嘆に打ちのめされた被災者の心理的問題に対する社会的対応について,特にこれを呼称する言葉はなかった。この震災を通じて,このような心理的問題への対処を総称して「こころのケア」という言葉が広まったのである。
(イ) 被災者に対しては,弁護士による法律相談活動を筆頭に,さまざまな相談活動が行われていた。
 その中に,被災者の心的問題について,精神科医,臨床心理士,ケースワーカー等の専門家やボランティアが,支援活動としての相談活動を行っていた。これらの支援活動の継続が必要だという社会的要請が高まり,1995年(平成7年)6月に,行政施策として「こころのケアセンター」が発足した。
 この事業は,兵庫県精神保健協会が中心となり,阪神・淡路大震災復興基金を財源として行われた5年間の期間限定機関であったが,その後の社会需要に応じて,恒久的な機関として根付くことになった。
(ウ) こころのケアセンターでは,精神科医が中心となったが,被災者自身が精神疾患であると自覚してセンターを往訪することは考えにくいことから,被災者の気持ちに配慮した画期的なスタンスをとった。すなわち,基本的活動方針として,①できる限り被災者の居る場所に出て行き,②専門性をあまり強調せず,③他の援助者との連携を重視し,④直接の被災者だけでなく他の援助者をも支援する,という指針である。
 このスタンスが奏功したこともあって,同センターの活動は,阪神地区の被災者にスムーズに浸透し,こころのケアに多大な貢献実績を残した。
(エ) また,各種のボランティア団体が果たした役割もはかり知れないほど大きいものであった。
 ボランティア活動は,相互扶助の精神を具現化している活動でもあり,かつ,人間のやさしさや善意を無条件で表現する活動もでもあったから,被災者らに心理的に与えた好影響は非常に大きいものであった。
 その成果を具体的に数値化した資料は見当たらないけれども,震災の年は“ボランティア元年”などとも言われ,社会的有用性が広く認知され,特別非営利活動法人の新設につながっている。

3 弁護士活動が被災者の「こころ」に与えた影響
(1) 弁護士の活動の特色

 上記のような被災地の状況の下で,弁護士または弁護士会が行った活動が,いかに被災地の「こころ」に影響を与えたのか,が本稿の最大のテーマである。
 一般に,司法手続きは必ずしも当事者の心理に配慮された仕組みにはなっていない。むしろ,たとえば犯罪被害者等にとって司法の場は二次被害の現場であるとさえ言われ,改善施策が今日的課題とされている。
 しかし,弁護士の活動は,裁判所のみにおいて行われるものではなく,むしろ市民と司法との直接的な接点を持つところに他の法曹と異なる特徴がある。また,そこにこそ,被災者の心理的問題への支援のきっかけがあるといえる。
 以下,阪神・淡路大震災における弁護士(会)の活動を,被災者への心理的影響の観点から整理をしてみたい。

(2) 法律相談活動
 まず,最初に挙げられるべき有意義な取り組みは,何と言っても法律相談活動である。
 神戸弁護士会は,被災後わずか1週間目の1995年(平成7年)1月25日に緊急会員集会を開き,現地での法律相談活動を行うことを決定した。このときの議論は,通常,法律相談を行っている弁護士会館が避難所となっている中,どうやって法律相談を実施したらよいだろうかという点にあった。このとき,一会員から「法律相談は机と椅子さえあればできる。被災者は会館までとても来訪できる状況にない。私たちの各自の住まいの近所で相談を行えばよいではないか。」との意見が出て,参集した会員は大いに賛同し,翌日から,地域の区役所などのスペースを借りて相談活動を展開したのである。
 法律相談活動は,神戸弁護士会主催のもののみならず,大阪弁護士会をはじめとする近隣弁護士会,近畿弁護士会連合会の各主催のもののほか,各種民間団体主催,阪神・淡路まちづくり支援機構のようなNPO団体主催,有志主催のさらには各弁護士が各自のボランティア活動として展開したものも含め,数多く実施された。弁護士が相談に応じた件数は,1995年(平成7年)分だけで10万件もの多数にのぼると推計されている。
 この法律相談活動を通じて被災者らに対して与えた心理的な影響としては,いくつものポイントが指摘できる。
(ア) まず第1に挙げられるのは,際限ない不安からの解放である。
 被災により沢山のものを喪失した被災者は途方に暮れるしかなかったが,その中で現実の生活を前にして心中を帰来する不安は,数限りなく質的にも深刻なものが多かった。たとえば,借家人が家を追われることになるのか,借地に家を再建することができるのか,といった相談は基本的な生活基盤にかかわる大問題である。
 そこに,的確かつ迅速なアドバイスを弁護士が与える。そのことによって,被災者は深刻な不安から解放された。
(イ) 第2に挙げられるのは,前向きな姿勢への促しである。
 被災者は,解決の指針について知識や経験を持っていない。そのため,現在の被災状況や紛争処理を目の前にしても,思考をぐるぐるさせるばかりで次のステップに進むことができない。ときに無意味に関係者との対立を生むことさえある。
 しかし,弁護士による法律相談により解決の指針が定まり,次に何をすればよいか認識でき,生活再建に向けて前向きな行動を取ることができた。
 神戸地方裁判所は,関東大震災の例にならって,紛争の激増を予定して,物的施設と人員体制を緊急に充実させる措置をとった。ところが,実際には裁判所に持ち込まれる紛争の件数は減少し,1995年度(平成7年度),1996年度(平成8年度)とも,震災前年の1994年度(平成6年度)の新受件数を下回ったという驚くべき状況が見られた。
 紛争に費やすエネルギーを,自らの復興への活動に当てることができたという指摘もなされている。
(ウ) 第3に挙げられるのは,専門家の存在による安心感である。
 司法は市民から遠い存在であるとしばしば批判される。1995年(平成7年)当時は,現在と比べても格段の敷居の高さがあった。そんな中で,弁護士が,被災者の生活圏内に直に足を運び,たいへん市民に身近な存在として,具体的な相談活動にあたったのである。
 相談料を無料にしたこともアクセス障害に寄与したといえる。
 また,大量の相談を実施することにより,正しい情報が広くかつ急速に被災者の間に浸透した。被災者同士が同じ情報を共有できているということも生活上の安心感を高める効果があった。
 弁護士会で行ったアンケート結果にも,市民のニーズに良く応えてくれたというプラス評価が大半であり,このような活動を繰り返すことによって「いざというときは,いつでも弁護士にアクセスできる」という状況を強烈にアピールすることができた。
 そのことによって,被災者のこころに与えた安心感は,絶大であった。
(エ) 第4に,被災者への共感の提供である。
 相談にあたった弁護士は,みな普段のネクタイスーツ姿ではなく,バッチもつけず,いわゆる“被災者ルック”で相談にあたった。汗まみれ,ほこりまみれで相談する姿には,相談担当者も同じ被災者であるということを無言のうちに伝えた。
 実際,弁護士といえども,同じ地震を体験した被災者であり,「被災者の気持ちを分かってくれる」という基本的な信頼関係を無条件に提供できた。それが,アドバイス自体に対する信頼感の基礎となったことはもとより,被害者への癒しの効果があったものと思われる。

(3) 弁護士会としての諸活動
 次に,弁護士会による一連の発信活動も,被災者に対するこころのケアに寄与したものと考えられる。
(ア) まず,滝本弁護士が発災後ただちに弁護士会に駆け付け,初日から最前線で指揮を振るった。
 会館に押し寄せていた近隣の避難住民を受け入れ,会館内を一時的に避難所として解放した。一切シャットアウトした検察庁や,一定の制限を科した裁判所とは好対照である。約5ヶ月にわたり避難所の利用が続いたが,会と避難住民との間では最後まで良好な関係が維持された。
 この会館の避難所化については,いざというときは弁護士会は市民のために頼れる存在となるということをアピールできたという点がよく強調されるが,むしろ,行き場を失った人々に対して物心ともに安心して避難できるようにしたことは,何よりも被災者の心の支えになったということを強調すべきである。
(イ) 次に,法律相談活動を始めた後,市の情報紙面やサンテレビの被災者情報を通じて積極的に法律相談の存在を広報したことも,被災者らにとっては,いつでも困ったときは弁護士に相談すればよい,という安心感を与え,無用な不安を取り除く効果があったと思われる。
(ウ) さらに,法律相談のほかにも臨時の市民法律講座を何度か開催した。この講座はあくまで市民の視点で,市民の心配していることを中心に解説するコンセプトであったことから,話を聞いてホッとしたという感想も多く寄せられた。
(エ) また,近弁連が中心になって仲裁センターが設けられたが,紛争の解決にあたって単に法律論だけでなく,双方の当事者の心情にも配慮して仲裁を行うという点で,相互に心にしこりを残さない解決が図られた。
(オ) 何よりも重要なのは,人権委員会等の調査活動である。
 神戸弁護士会の人権委員会では,仮設住宅を人権の観点から検証する取り組みを行った。担当委員は,遠隔地にある仮設住宅を数多く訪問し,被災者の生の声に接しながら丹念に調査を行った。仮設住宅に居住する多くは高齢者であったが,調査といいながらも実際には居住する社会的弱者の声に耳を傾け,その思いに共感して,公に発言を行ったのであり,被災者の声を大きく代弁する形となった。
 また,近弁連では,高齢者,子ども,外国人など,いわゆる災害弱者にスポットを当てて,その置かれている窮状について検討を行った。この調査,検討,発表の過程でも,「声なき声」を代弁する行動を行った。これらは,弁護士会の活動が,まさに「被災者のこころの叫び」を汲み取る活動であり,直接的なこころのケアであったと評価できる。

(4) 一般業務と震災扶助
 さらに,日々の代理人としての業務においても,上記と同じようなこころのケアに資する効果はあったと思われる。弁護士の活動は,依頼者の思いを理解し,それを法的主張という形で代弁するのであるが,被災問題に関して言えば,被災者だけでなく弁護士も未体験の事件ばかりであり,まさに依頼者(被災者)と共に二人三脚で取り組むという実践の積み重ねであった。そういう場合,依頼者と弁護士の信頼関係は普段以上に確固たるものとなるのであるが,確固たる信頼関係の構築は,まさに依頼者(被災者)に安心感を与える効果をもたらすことと同義である。
 また,震災関連事件では震災扶助がたくさん利用された。震災扶助事件は償還免除が原則だったことから,被災者の経済的負担が大いに軽減された。このことは,被災者の安心感にもつながったと思われる。

(5) まとめ
 以上のほかにも,個別の支援ケースはたくさん存在した。それらをいちいち取り上げて分析することは,ここでは省略する。
 以上のケースを取り上げて共通点を見い出すとすれば,やはり被災者に対する不安を取り除き安心感を与えるという効果である。そうすると,弁護士活動によるこころのケアの本質は,不安除去や安心感の提供というところにあるものといえる。
 そして,阪神・淡路大震災において特筆すべき点は,弁護士自身も被災者だったということから,無条件の「共感」の供与というところがとりわけ大きかったと言えるだろう。

(6) 限界と注意点
 もっとも,弁護士としては,先に述べたトラウマ,PTSDなどの事例に直接的に向き合ったケースは決して多くなかった。やはりこれは,トラウマやPTSDを,直接的に法律問題にあてはめて解決するという手段やスキルを弁護士が持っていないからにほかならない。
 逆に,弁護士の態度や言動によって,心が傷けられるような事例も少なからずあったと思われる。これは,いわゆる二次的被災と称されるケースである。私には,そのケースを収集する手段はなく,その実数や実体も不明であるが,それほど大きな問題として取り上げられていないところからみると,問題が深刻化するようなことはなかったということかも知れない。
 いずれにせよ,こころのケアの分野については,周辺部分には十分な対処ができたと評価できるものの,中核部分に対する対処についてはまだまだ取り組み半ばということが言える。

4 今後の課題
(1) その他の視点

 被災者に対するこころのケアについては,そのほかにも高齢者のこころのケア,子どものこころのケア,コミュニティ崩壊による孤独者に対するこころのケアなど,それぞれの立場や属性毎に検討がなされているが,本稿ではこれ以上の検討はさて置くこととする。

(2) 弁護士によるこころのケア
 これまでざっと見たように,弁護士が被災地の市民に与えた心理的な影響は少なくないといえる。それを「こころのケア」と称するかどうかは定義の問題であり,現実に不安感を取り除き,安心感を与えたという事実は,今後の弁護士の被災者に対する対応において良い先例になったことは間違いない。
 そういう意味で,法律相談という業務が果たす有意義な機能について,異なる切り口からあらためて再認識をしておく必要がある。
 また,被災地の弁護士会が,被災地の中にあって高らかに声を上げ,様々な発信活動や調査活動を行うことも,被災者のこころを癒す効果があることも確認しておくべきであろう。
 「こころのケア」の先駆的存在であるこころのケアセンターの取り組みでは,自ら進んで現場に赴くことを活動方針にしていた。神戸弁護士会が果たした役割も,この点において共通するところがある。したがって,上記の一連の弁護士活動は,自ら進んで被災者の前に出て行くという姿勢が重要であったということも,大切な教訓とすべきである。

(3) 今後の課題~専門家との連携
 一方,弁護士の活動は,「こころのケア」の分野では,あくまで周辺領域での関与にとどまることもきちんと弁えておく必要がある。だからといって,被災者の心的問題から距離を置くというのは誤りであろう。
 こころのケアセンターの活動方針には,他の援助者との連携を積極的に図ること,また,援助者への支援を図ること,ということも中軸に置かれている。この点は,弁護士としてもそのまま受け入れて良い方針と思われる。すなわち,被災者が心に傷を負っている場合には,弁護士はそのケアから目を背けるのではなく,適切な専門家や援助者との間をつなぎ連携を図る,あるいはこころのケアに従事する援助者を後方から支援する役割を果たすというところで,弁護士の存在意義が再確認されるのではなかろうか。
 この点においても,まだまだ認識が不十分である。また,被災者のこころのケアにおける専門家との連携のあり方については青写真さえできていない。その意義の重要性を考えると,積極的に取り組みたい課題の一つであるといえよう。              以 上


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