上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
新年早々,不景気なお話ですが,破産について一言。
なお,ここで破産といっても,私の業務分野である個人や会社の破産ことではなく,自治体のことです。

 夕張市は,財政破綻し,この4月から財政再建団体になります。

 人口の40%が65歳以上ということで全国の市で一番の高齢化率なのだそうです。
 そういう意味では,私たちが暮らすそれぞれの街よりも一歩先の時代に進んでいるともいえそうです。

 私も,財政再建団体になるとどうなるのかよく分かりません。
 ウィキペディア(Wikipedia)によれば,「地方財政再建促進特別措置法(再建法)に基づき、赤字額が標準財政規模の5%(都道府県)または20%(市区町村)を超えた破綻状態にあり、総務大臣に申請して指定を受けた地方自治体のこと」を言うそうです。
 結局のところ,国の管理下に置かれ,“地方自治”を失い,市民がいろいろ経済的困窮を強いられる制度のようです。

 個人や会社の破産(=原則として返済不要)や,民事再生(=原則として債務の大幅カット)とは異なり,地方債を完済(=借金は全部返す)というところが,苦しいところのようです。

 まず,おどろいたことは,かの有名な小泉チルドレンのパフォーマンス隊のひとり杉村太蔵氏が「夕張再生プロジェクト」の座長に指名されたということです(→newsはこちら
 倒産処理を日々の業務としている弁護士の一人としては,「倒産処理を甘く見るな!」と言いたいです。
 そりゃあ,私も杉村さんの実力は知りませんが,筑波大学体育専門学群中退で前職は派遣社員と聞きます。
 倒産処理は,法律のるつぼと言われる難しい領域で,知識と経験がモノを言う分野ですが,単に近くの旭川市出身というだけで,やり遂げられるのでしょうか?
 政府の人選感覚に疑問を感じます。 
 そういえば,新聞紙上では,政府の人事については,今度は松岡農水相の疑惑が浮上しているようです(→newsはこちら)。
 次々に退任劇が起きますが,真面目にやるなら,もう少し人選を考えた方がいいのではないかと思います。

 夕張市の破綻に関しては,神戸新聞に連載している中井久夫先生(神戸大学名誉教授・精神科医で兵庫県こころのケアセンターのセンター長)が連載している「清陰星雨」の平成18年12月30日朝刊の号にも,このことが取り上げていました。
 ・政府は地元に「甘えるな」というが,これはそもそも住民の責任か?
 ・住民は,借金の原因となった過大投資によって,利益を得たのか?
 ・炭坑街に仕立て上げ,収益を持ち去り,炭坑を切り捨てたのは誰か?
 ・良いときだけ連帯し,苦しくなると切り捨てるのはおかしくないか?
 ・震災時にボランティアが集まった連帯感覚が必要ではないか?
 ・あのとき,「神戸の復興は自己責任だ」といわれたらどうだったか?
 ・再建処理は,敗戦責任を,戦争時に生まれていない子孫に押し付けるのと同じではないか?

 復興の心のあり方を見てきた中井先生だけに,なかなか鋭い切り口だと思いました。


 中井久夫先生がいうように,自治体が破綻するという事態は,実は対岸の火事ではありません。
 たとえば,神戸市を筆頭に,震災に遭った自治体は軒並み苦しい財政を余儀なくされています。
 どこの自治体でも,ひとたび大地震が起きれば,直ちに財政破綻を来すことでしょう。

 そして,いざというときに頼りにしたい「国」も財政破綻寸前です
 年末に,国民一人当たりの借金額は,約650万円という記事が出ていました(→newsはこちら)。
 これについては,リアルタイム財政赤字カウンターという面白いHPがあり(→HPはこちら),そちらによれば,840万円ぐらいになるようです。
 小さいマンションなら1戸買えますよね。

 これから急速に高齢化が進み,旧来の産業が衰退し,稼ぎ手となる人口も減っていきます。
 そんな中で,近いうちに,夕張市のように破綻していく自治体も増えていくことでしょう。
 これを支えなければならない「国」自体も火の車という状況です。

 どうしたらいいでしょうか?
 私は,北欧型の福祉国家的な進み方(税金は高いが施策は充実している)が一つのヒントかなと,つらつら考えたりしています。

 さて,こういう厳しい年頭にあたり,安倍首相は,1日に年頭あいさつをしたようです。
 「新しい時代にふさわしい憲法を、今こそ私たちの手で書き上げていくべきだ。その前提となる憲法の改正手続きに関する(国民投票)法案について、本年の通常国会で成立を期す」
 「憲法改正について国民的な議論が高まることを期待している」
とのことです。

 こんな経済的な緊急事態を迎えているときに,ちょっと景気が上向きになったからといって,経済施策をほっぽり出して,精神的主柱となる憲法をごちゃごちゃいじっている場合ではないでしょう!と思います。

 国民的議論を高めることは大変結構なことですが,
   「大切なモノを失わせる」
というドラスティックな方法を迫って,議論を煽り立てるのは,およそ健全ではないと感じます。

雑感でした。


クリックして下さい

クリックして下さい
くつろぐランキング
Secret

TrackBackURL
→http://tukui.blog55.fc2.com/tb.php/200-869b9052
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。