上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 事務所は9日からですが,弁護士会は今日から始業です。
 今年は正月3ケ日も,当番弁護士の休日支援当番にあたっていたものですから,「さあ,今日から頑張ろう!」という刷新気分も起きませんけれども,ボチボチ始めたいと思います。

 さて,今日付のうさあさんのブログ(→「忙しいママのためのしんじつのえほん」)と,保坂展人のどこどこ日記で,アメリカの教育現場の話が紹介されていました。
 そこで,触発されましたので,アメリカの教育現場に導入されている,
   ゼロ・トレランス方式
について,ちょっとだけ触れておきたいと思います。

 この聞き慣れない「ゼロ・トレランス方式」というのは,直訳すると,「tolerance(寛容)」を0にする,すなわち「不寛容方式」ということだそうです。
 『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば,
◆生徒の自主性に任せる放任主義ではなく、不寛容を是とし細部まで罰則を定めそれに違反した場合は厳密に処分を行う方式。

◆アメリカでは1970年代から学級崩壊が深刻化し、学校構内での銃の持込みや発砲事件、薬物汚染、飲酒、暴力、いじめ、性行為、学力低下や教師への反抗などの諸問題を生じた。
 その建て直しのための生徒指導上の様々な施策が行われてきたが、その中で最も実効の上がった方法がゼロトレランス方式だった。

◆細部にわたり罰則を定め、違反した場合は速やかに例外なく厳密に罰を与えることで生徒自身の持つ責任を自覚させ、改善が見られない場合はオルタナティブスクール(問題児を集める教育施設)への転校や退学処分を科し善良な生徒の教育環境を保護。

◆また「駄目なものは駄目」と教えることで、規則そのものや教師に対し尊敬の念を持たせ、ひいては国家や伝統に対する敬意や勧善懲悪の教えを学ばせた。

 私たちが、世界でもっとも自由な国だと信じているアメリカで、このような管理主義的な教育が徹底されていたというのも驚きですが、もうひとつ、驚くことがあります。
 実は、文部科学省では、すでにこのゼロ・トレランス方式の採用に向けてがんばっていたのです。
 平成18年1月31日付の文部科学省初等中等教育局児童生徒課の
   『生徒指導メールマガジン』 第16号
では、巻頭言で次のようにぶちあげています(長いので太字部分だけをお読みいただければ結構です。註;太字・改行は津久井による。)
 巻頭言:「ゼロトレランス方式」について(児童生徒課長坪田眞明)

 各都道府県・指定市教育委員会の生徒指導関係者の方々には、日頃から生徒指導の充実についてご尽力をいただいており、この場を借りて深く感謝申し上げます。
 ところで、文部科学省では、昨年中盤から相次いだ児童生徒による重大な問題行動等への対応の充実を図るために、「新・児童生徒の問題行動対策重点プログラム」(以下「新プログラム」という。)をとりまとめ、昨年9月27日に公表したところです。
 新プログラムは、昨年の長崎県佐世保市での小6女児同級生殺害事件に対応して作成した「児童生徒の問題行動対策重点プログラム」をフォローアップし、家庭教育の支援等を加えるなどして見直しを図ったもので、一連の事件を含む児童生徒の問題行動等に係る当面の重点的対応策を提示しています。

 その後も、児童生徒の問題行動は、新プログラムが想定したような重大深刻な問題行動が跡を絶たないばかりか、全体的な減少傾向の中にあって暴力行為、いじめ等が相当な規模で発生しており、特に小学校の暴力行為については2年連続で過去最高を更新するなど、予断を許さない状況にあります。
 新プログラムにおいては、生徒指導の組織体制の整備、有害情報対策・情報モラル教育の充実、社会性を育成する教育等の充実、家庭教育への支援の一層の充実の四点の柱を当面の重点課題として位置付けています。都道府県等の皆様には、一昨年来、生徒指導の充実に向けて大変なご努力を払っていただいたところですが、新プログラムの趣旨等をご理解いただいた上で、同様に重要な課題となっている児童生徒の安全の確保の問題と併せて、一層の取組をお願いします。

 ところで、新プログラムでは、学校の生徒指導の組織体制の整備の中で、「「ゼロトレランス(毅然とした対応)方式」のような生徒指導の取組みを調査・研究する」という施策を提示しています。
 この「ゼロトレランス方式」とは、クリントン政権以来、米国の学校現場に導入されている教育理念及び教育実践を表現したもので、学校規律の違反行為に対するペナルティーの適用を基準化し、これを厳格に適用することで学校規律の維持を図ろうとする考え方であり、軽微な違反行為を放置すればより重大な違反行為に発展するという「破れ窓理論」による説明も見られます。


 「ゼロトレランス方式」については、我が国では、これまで、「銃が蔓延し契約観念の発達した米国社会独自の理念」とか「教育的意義より政治的意図が強いポリシー」とする見解や、直訳では「寛容度ゼロ」となることから、「規律違反=放校」という厳罰主義・管理徹底主義の言い換えにすぎないなどの評価をされることが多かったわけですが、その後の米国における成果等を踏まえると、施策の名称はともかく、その根底にある「(処罰)基準の明確化とその公正な運用」という理念そのものは、学校規律という身近で基本的な規範の維持を指導・浸透させる過程で、児童生徒の規範意識(一定の規範に従って行動するという意識)を育成するという観点から、我が国の生徒指導の在り方を考える上でも参考とすべき点が少なくないものと考えています。

 一方、我が国の生徒指導に関する考え方においては、問題行動(非行)等に対する具体的対応は、これを生徒指導の「消極面」として捉え、こうした「消極面」よりは、「積極面」としての児童生徒の健全育成活動やカウンセリング機能を活用した生徒指導の意義を強調しつつ、「一人一人の個性の伸長を図りながら、同時に社会的な資質や能力・態度を育成し、さらに将来において社会的に自己実現できるような資質・態度を形成していくための指導・援助であり、個々の生徒の自己指導能力の育成を目指す」(生徒指導資料第20集)ものとされています。
 このような生徒指導の考え方は、生徒指導の分野で取り扱う対象として、不登校のような「非社会的」な問題行動が生徒指導上の大きな課題となってきたこと等とも無関係ではないように思われますが、児童生徒の人格の育成を目指すという教育の基本理念・基本的目標からして、そのような生徒指導の考え方自体は至当であると考えます。
 ただ、生徒指導の「消極面」と「積極面」とは、どちらか一方で足りるとか二律背反的なものとして捉えるべきものでなく、双方共に追求し実践されなければならないものであることは、再度認識する必要があると考えています。

 また、「消極面」といわれる問題行動への個別的対応としての生徒指導については、学校における生徒指導の現場において,教職員それぞれの判断と対応に頼って運用されてきたのが実情であり、その具体的対応方針や基準の在り方について、必ずしも十分な検討が行われてこなかったという経緯も否定しがたいところです。
 経験豊富な教員の大量退職を迎え世代交代が進む中で、問題行動に毅然として対応し、生活指導等を通じて学校規律を回復させ、子どもの規範意識の育成に資するという生徒指導の側面について、その今後の在り方等を様々な観点から検討していくことは大変意義深いものと考えています。

 さらに、我が国においても、名目はともかく実質的には「ゼロトレランス方式」に相当する取組を導入・実践し効果を上げている学校が既にあることも忘れてはならない事実です。
 そうした実践事例についても幅広く調査を進め、我が国の実情に合った、いわば日本型「ゼロトレランス」なるものを提唱し得るとすれば、今回の調査研究が有意義なものとなると考えます。

 このような我が国での実践事例の調査等を含め、今後の生徒指導の在り方を考える上で参考となる点については、現在、国立教育政策研究所生徒指導研究センターにおいて、有識者による調査・研究を進めていただいており、当該調査・研究の参考とすべく、先般、センター及び児童生徒課との連名による調査も実施したところですが、都道府県等教育委員会の皆様方には、是非、本調査・研究の趣旨をご理解いただき、建設的な意見等を寄せていただきたいと思っています。

 「不寛容方式」を「毅然とした対応方式」というようなやわらかく翻訳をしていますが、いずれにしても、こういう方針を、昨年の1月には打ち立てていた(さらに一昨年の9月にさかのぼる)というところに注目したいと思います。
 改正教育基本法は、このゼロ・トレランス方式を導入するのに、とても都合のよいスタイルになっています。
 教基法改正論議のときには,この意図はあまり表に出ませんでしたけれども,考えていることは明らかでしょうね。

 アメリカも日本も、
   アメリカはまず実践からはじめる
     と
   日本はまず形(=教基法)から入る

という違いはありますが、目指している方向は全く同じのようです。

 もうひとつびっくりしたのは、この方式をすでに実践をしている学校があるということです。
 岡山学芸館高校では、ゼロ・トレランス方式の生徒指導によって「『義務』と『責任』を理解し、目覚ましい成果を挙げています」とのことです。
(→HPはこちら

 もちろん,これには弊害があります。
 アメリカで指摘されている弊害としては,
   ・異常に停学、退学、逮捕が増えている
   ・警察による暴行、過剰干渉が増加
   ・ステレオタイプな「犯罪予備軍」が犯罪においやられた
   ・学習性無力感,うつが増加
などが指摘されているようです。
 そりゃあそうだろうと思います。
 この点については,杉田荘治さんのHPに詳しいです。
 また,yoshi_tedukaさんのHPもポイントを突いています。

 私としては,憲法上の「個人の尊重」を全く考慮していないことから,とても支持できない考え方です。
 私は,この点,文部科学省のシナリオ通りに進めない「教育再生会議」に,あえて期待をしたいと思っています。

クリックして下さいクリックして下さいクリックして下さい
Secret

TrackBackURL
→http://tukui.blog55.fc2.com/tb.php/201-2e283cd6
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。