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 正直に告白しますが,私は,これまで日弁連をみくびっていました。
 弁護士会は,いろいろと意見を言うけれども,しょせん一つの見解に過ぎないという程度の認識でした。
 最高裁判決の方が,(法的効力や社会的影響は言うまでもないですが)内容も質的にも勝っていると思っていました。

 しかし,今回,認識を改めなければならないと,痛感しました。

 これは,どうひいき目に見ても,

       日弁連意見書 > 最高裁判決

ですわ。
 質・量・深さ・格調・調査の綿密さ・明快さ,どれを取っても,日弁連意見書の方がずっと上です。
 失礼ながら,最高裁判決は駄文であると思えます。

 問題は,君が代強制問題に関する件です。
 実は日弁連でも,つい2週間前にこの問題について意見書を発表していたのです(→こちらです。全文は後掲します。)
 最高裁判決は,時を置かず,これに反駁するような結論を示したわけですが,藤田少数意見が示した見識は,これに通ずるものがあります。

 兵庫県にも,この日弁連意見書の作成や決議に携わった弁護士が何人かいますが,この意見書をまとめるまでに,激論に激論を重ねたとのことです。
 もちろん,検討メンバーには,君が代斉唱推進派の弁護士もいましたし,「右翼」と言われる弁護士もいました。彼らの意見も踏まえ,削ったり,方針を改めたり,侃々諤々の議論を尽くした結果がコレです。
(ちなみに,右翼代表のごとき西村慎吾議員も日弁連会員。最高裁判決で,全体主義・統一主義的な意見を付した那須裁判官も日弁連の重職を務めた経歴があります。日弁連は,世間が思っているようなサヨク団体ではありません。

 少なくとも,十分な民主的議論を経た上の労作ですから,最高裁判決よりも,ずっと深いものがあるのも当然でしょう。

 最高裁判決が出て悶々としている方々は,時間があったら意見書をご覧になってみて下さい。スッキリしますよ。
(ただし,超長文なのでお気を付け下さい。スッキリする前にぐったりするかも。引用するのに苦労した。)

 「判決が出たのに,こんなのいまさら読んでどうするの」という意見もあるかも知れません。
 しかし「原点に立ち戻る」という効能があります。悩んだときには一から考える!です。

クリックして下さいクリックして下さいクリックして下さい
以下,日弁連の意見書を引用します。
PDFの全文はこちらです。

公立の学校現場における「日の丸」・「君が代」の強制問題に関する意見書

2007(平成19)年2月16日
日本弁護士連合会

(目次)
第1 意見の趣旨
第2 意見の理由
1 はじめに
2 「日の丸」・「君が代」の強制問題をめぐる背景事情
(1)「日の丸」・「君が代」の歴史的意義について
(2)日本国憲法下における「日の丸」・「君が代」について
(3)学習指導要領について
(4)国旗・国歌法について
(5)「日の丸」・「君が代」に対する国民の考え方の多様性について
3 学校現場における「日の丸」・「君が代」の強制問題の状況
(1)学校現場における「日の丸」・「君が代」の強制問題の経緯について
(2)都立の学校現場における「日の丸」・「君が代」の強制問題の状況について
(3)公立の学校現場における「日の丸」・「君が代」の強制問題に関する当連合会及び各弁護士会に対する人権救済申立事件の状況について
4 学習指導要領の「日の丸」・「君が代」条項と「日の丸」・「君が代」の強制問題
(1)はじめに
(2)学習指導要領の法規範性について
(3)学習指導要領の「日の丸」・「君が代」条項について
5 思想・良心の自由と「日の丸」・「君が代」
(1)思想・良心の自由について
(2)思想・良心の自由と「日の丸」・「君が代」について
6 子どもの権利と「日の丸」・「君が代」の強制問題
(1)子どもの権利と思想・良心の自由について
(2)子どもの思想・良心の自由と「日の丸」・「君が代」の強制問題について
(3)子どもの意見表明権と「日の丸」・「君が代」の強制問題について
7 教職員の思想・良心の自由及び責務と「日の丸」・「君が代」の強制問題
(1)教職員の思想・良心の自由について
(2)教職員の責務ないし教育の自由について
(3)教育委員会の各公立学校校長に対する通達ないし指導を介した教
職員に対する不利益処分を伴う国旗・国歌の強制について
(4)教育委員会の通達ないし指導に基づく各公立学校校長の職務命令
による国旗・国歌の強制について
8 外国人・民族的少数者の人権と「日の丸」・「君が代」の強制問題
(1)多様な民族性を有する子ども・教職員の存在と思想・良心の自由
について
(2)出身国の国民的価値観や文化的・民族的背景に対する尊重の
必要性について
9 おわりに


第1 意見の趣旨
当連合会は,1999(平成11)年7月,「国旗及び国歌に関する法律案」国会提出に関する会長声明において,「日の丸」・「君が代」に対する国民の考え方の多様性について述べた上,「国旗・国歌が尊重されるのは,国民的心情によるものであるべきで,法制化によって強制の傾向が強まることは問題である」と指摘していたところである。
しかしながら,今日の公立の学校現場では,入学式,卒業式等の学校行事において,国歌斉唱時に国旗に向かって起立しなかったこと等を理由として,教職員に対し,懲戒処分等の不利益処分がされるという事態が生じている。
当連合会は,公立の学校現場において,教育上の指導の域を超え,不利益処分を伴う国旗・国歌の強制がされている現状に鑑み,教育は,自主的かつ創造的になされるべきであって,教育の内容及び方法に対する国家的介入については抑制的であるべきであるという憲法上の要請をふまえ,子どもの権利の保障や教職員の思想・良心の自由等の観点から,次のとおり意見を述べる。

1 各都道府県及び各市区町村教育委員会は,
(1)各公立学校校長に対する通達ないし指導を介し,入学式,卒業式等の学校行事において,不利益処分ないし不利益取扱いをもって,教職員や児童・生徒に対し,国旗に向かって起立すること,国歌を斉唱すること,国歌斉唱の際にピアノ伴奏をすることを強制しないこと。
(2)上記の通達を発している場合は,直ちに当該通達を廃止すること。
(3)入学式,卒業式等の学校行事において,教職員に対し,国旗に向かって起立しなかったり,国歌を斉唱しなかったり,国歌斉唱の際にピアノ伴奏をしなかったりしたことを理由として,いかなる不利益処分も行わないこと。
(4)教職員に対し,既に上記の不利益処分を行っている場合,直ちに当該不利益処分を取り消すこと。

2 文部科学大臣は,学習指導要領の「日の丸」・「君が代」条項に関し,同条項が,教職員に対し,入学式,卒業式等の学校行事において,国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務を負わせているとの教育委員会による解釈の下,公立の学校現場において,教育上の指導の域を超え,不利益処分を伴う国旗・国歌の強制がされている現状に鑑み,このような解釈がなされないよう同条項の見直しを検討すべきこと。


第2 意見の理由
1 はじめに
当連合会は,1999(平成11)年11月,創立50周年を迎えるにあたり,人権擁護活動を一層強化して,内外の期待に応えるために,これまでの活動の成果をふまえて,今後,重点的に取り組む課題を「人権のための行動宣言」として公表した。
この行動宣言は,同年8月に「国旗及び国歌に関する法律」(以下「国旗・国歌法」という。)が制定された直後に公表されたものであったが,社会秩序の維持などの名の下に,思想・信条の自由等の人権を侵害する動きが強まっているとして,国旗・国歌の法制化により,これを強制する傾向が強まることが懸念される旨を指摘していた。
しかしながら,今日の公立の学校現場では,このような傾向が著しく強くなっており,入学式,卒業式等の学校行事において,国歌斉唱時に国旗に向かって起立しなかったこと等を理由として,教職員に対し,懲戒処分等の不利益処分がされるという事態が生じている。
以下においては,公立の学校現場において,このように,「日の丸」・「君が代」が,教育上の指導の域を超え,不利益処分を伴って強制されている現状に鑑み,この問題(以下「『日の丸』・『君が代』の強制問題」という。)に関し,教育は,自主的かつ創造的になされるべきであって,教育の内容及び方法に対する国家的介入については抑制的であるべきであるという憲法上の要請を踏まえ,子どもの権利の保障や教職員の思想・良心の自由等の観点から述べる。

2 「日の丸」・「君が代」の強制問題をめぐる背景事情
(1)「日の丸」・「君が代」の歴史的意義について
① 「日の丸」・「君が代」
1)「日の丸」
「日の丸」が我が国を表わすために公式に用いられるようになったのは,日本船を外国船と識別する必要が生じた幕末期以降のことである。
明治政府は,1870(明治3)年に太政官布告をもって「郵船商船規則」を制定し,日本籍の郵船・商船が掲揚すべき「御国旗」として「日の丸」の様式を定め,同年,「日の丸」は,陸海軍の「国旗章」に転用された。
2)「君が代」
「君が代」は,古今和歌集に収載されている「我君は千代に八千代にさヽれ石の巌となりて苔のむすまて」という祝い歌を原型とするといわれており,ここに「君」とは,主人,友人等を指すものであるとされていた。
しかし,1880(明治13)年,宮内省において曲付けされ,同年の明治天皇の誕生日(いわゆる「天長節」)で初めて演奏された。この時点で,「君が代」における「君」は,天皇を指すものとされるようになった。
② 大日本帝国憲法下における「日の丸」・「君が代」
1)大日本帝国憲法において,天皇は,元首として統治権を総覧し(第2条),大日本帝国を統治するものとされており(第1条),天皇主権が定められていた。
2)「日の丸」は,大日本帝国憲法下において,陸海軍の「国旗章」に転用された以降,大日本帝国を象徴する機能を果たすようになった。
「君が代」については,1937(昭和12)年の国定教科書である「尋常小学校修身書・巻4」において,「『君が代』の歌は,『我が天皇陛下のお治めになる此の御代は,千年も万年も,いや,いつまでもいつまでも続いてお栄えになるように。』といふ意味で,まことにおめでたい歌であります。私たち臣民が『君が代』を歌ふときには,天皇陛下の万歳を祝ひ奉り,皇室の御栄を祈り奉る心で一っぱいになります。」と説かれていた。
また,同教科書の「教師用」では,その目的を,「国歌『君が代』の趣旨を教へて,尊皇愛国の精神を養はせるのを,本課の目的とする。」としていた。
3)政府は,「君が代」に関し,「古歌君が代が明治時代に国歌として扱われるようになってからは大日本帝国憲法の精神を踏まえ,君が代の『君』は,日本を統治する天皇の意味で用いられました。」と説明している(1999(平成11)年7月21日衆議院内閣委員会における小
渕内閣総理大臣答弁)。
4)以上のとおり,「日の丸」と「君が代」は,出自は異なるものの,日本が,大日本帝国憲法下において,天皇が元首であり,統治権を総攬するという天皇主権の国家体制を確立した後,大日本帝国及び天皇主権の象徴として用いられていた。
(2)日本国憲法下における「日の丸」・「君が代」について
① 日本国憲法の制定により,天皇の地位は,主権の存する国民の総意に基づくものとなり,日本国の象徴であり,日本国民統合の象徴となった(1条)。
② 「日の丸」は,戦後,GHQ(連合国軍総司令部)からの許可を取得した上で掲揚されていたが,学習指導要領に記述されるなどの経緯の下,事実上国旗として位置づけられてきた。
「君が代」についても,同様に,戦後,学習指導要領に記述されるなどの経緯の下,事実上国歌として位置づけられてきたが,他方,国民の間には,日本国憲法の国民主権などの基本原理と相容れないのではないかという意見も根強くあった。
③ 政府は,「君が代」に関し,1999(平成11)年6月11日の国旗・国歌法案の閣議決定において,「君が代」の「君」とは,「日本国及び日本国民統合の象徴である天皇」を意味するとの統一見解を示し,さらに,「終戦後,日本国憲法が制定され,天皇の地位も戦前とは変わったことから,日本国憲法下においては,国歌『君が代』の『君』は日本国及び日本国民統合の象徴であり,その地位が主権の存する日本国民の総意に基づく天皇のことを指しており,『君が代』は,日本国民の総意に基づき,天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国のことであり,『君が代』の歌詞も,そうした我が国の末永い繁栄と平和を祈念したものと解するのが適当であると考えている」旨の見解を明らかにしている(1999(平成11)年7月21日衆議院内閣委員会における小渕内閣総理大臣答弁)。
(3)学習指導要領について
① 学習指導要領の意義
学習指導要領は,アメリカのコース・オブ・スタディの訳語であり,法令上の「教科課程」ないし「教育課程」の基準を示すものとして一般に理解されている。
戦前には,これに当たるものとして「教授要目」があり,文部省訓令で「・・・すべし」という命令の表現が採られていた。教育勅語を教育目標とした戦前において,命令により教育の内容や方法を画一的にするためであった。
戦後,教育現場において,教育実践の方法について参考となるべき指導書が必要であるという教職員からの要求もあり,1947(昭和22)年,学習指導要領一般編・同各教科編(試案)が発行された。
もっとも,この試案には,教育課程を構成する場合の「基本的な示唆を与える指導書」として,「そのことを詳細に実行することを求めているものでもない」と明記されており,このように,学習指導要領は,あくまで指導助言文書としての教育課程基準であった。
しかし,1958(昭和33)年の改訂の際,文部省告示という形式で公示された以降,文部省は,学習指導要領が法的拘束力を有することを強調するようになり,現在に至っている。
② 学習指導要領の「日の丸」・「君が代」条項
学習指導要領の「日の丸」・「君が代」条項は,1958(昭和33)年の改訂の際,「国民の祝日などにおいて儀式などを行う場合には,児童・生徒に対してこれらの祝日などの意義を理解させるとともに,国旗を掲揚し,君が代を斉唱させることが望ましい」として規定されたことに始まる。
その後,同条項は,1977(昭和52)年の改訂により,「君が代」が国歌と改められ,さらに,1989(平成元)年の改訂により,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする」という内容となり,現在に至っている。
(4)国旗・国歌法について
① 国旗・国歌法の制定・施行
1999(平成11)年8月13日,「国旗及び国歌に関する法律」が制定・施行された。
同法は,「国旗は,日章旗と」し,「国歌は,君が代とする。」と規定している(1条1項,2条1項)。
② 国旗・国歌法の制定過程における議論
1)政府は,国旗・国歌法の制定過程において,「国旗・国歌法案は,『国旗は,日章旗とする。』,『国歌は,君が代とする。』という極めてシンプルなものであり,この法律自体から生ずる効果としては,国民が掲揚の義務を課されたり,斉唱の義務を課されたりするということは一切ない」とし(1999(平成11)年7月21日衆議院内閣委員会における大森内閣法制局長官答弁),「政府としては,今回の法制化に
当たり,国旗の掲揚等に関し義務づけを行うことは考えておらず,したがって,国民の生活に何らの影響や変化が生ずることとはならないと考えている」との見解を示していた(同年6月29日衆議院本会議における小渕内閣総理大臣答弁)。
2)また,教職員の職務上の責務との関係については,「本法案は,国旗,国歌の根拠について,慣習であるものを成文法として明確に位置づけるものであり,これによって,国旗・国歌の指導に関わる教員の職務上の責務について変更を加えるものではない」と述べていた(1999(平成11)年8月2日参議院国旗及び国歌に関する特別委員会における有馬文部大臣答弁)。
さらに,学校行事における起立や斉唱との関係については,「それぞれ,人によって,式典等において,起立する自由もあれば,また,起立しない自由もあろうかと思うし,また,斉唱する自由もあれば,斉唱しない自由もあろうかと思うわけで,この法制化はそれを画一的にしようというわけではない」との見解を示していた(1999(平成11)年7月21日国会内閣委員会文教委員会連合審査会における野中内閣官房長官答弁)。
(5)「日の丸」・「君が代」に対する国民の考え方の多様性について
現在,「日の丸」・「君が代」は,国民の間に相当程度浸透しているが,他方で,大日本帝国憲法下においては,大日本帝国及び天皇主権を象徴する機能を有していたことから,今日においても,過去の軍国主義を想起させるとの意見や,日本国憲法の国民主権とは相容れないとの見解もあり,国民の中には,「日の丸」に敬意を示すことや,「君が代」を歌うこと自体が,自らの思想・良心の自由に抵触し,抵抗があると考える者が少なからず存在している。
当連合会は,1999(平成11)年7月14日,「国旗及び国歌に関する法律案」国会提出に関する会長声明において,「『日の丸』・『君が代』は,国民の間にある程度浸透していることは事実である。しかし,過去のいまわしい戦争を想起させ,また被害を受けた諸国民に対する配慮の面からも,国際協調を基本とする現行憲法にふさわしくないと指摘する声も少なくない」と述べている。
近時の裁判例には,国旗・国歌法が制定された現在においても,「日の丸」・「君が代」は,政治的・宗教的に見て,未だ価値中立的な存在となるまでには至っていないとするものもあり(東京地方裁判所2006(平成18)年9月21日判決参照),このように,国民の間には,なお,「日の丸」・「君が代」に対する多様な考え方が存在している状況にある。
3 学校現場における「日の丸」・「君が代」の強制問題の状況
(1)学校現場における「日の丸」・「君が代」の強制問題の経緯について
① 学習指導要領の「日の丸」・「君が代」条項は,1958(昭和33)年の改訂において初めて規定されたが,当初は,「望ましい」という表現に止まっていたこともあり,学校現場において,国旗の掲揚や「君が代」の斉唱に対する指導は今日程強いものではなかった。
② その後,1977(昭和52)年の学習指導要領の改訂により,「君が代」が国歌と改められたことを契機として,この指導は次第に強化されていった。
そして,文部省初等中等教育局長が,1985(昭和60)年8月2
8日,各都道府県・各指定都市教育委員会教育長に対し,「公立小・中・高等学校における特別活動の実施状況に関する調査について」(文初小第162号)と題する通知(「いわゆる徹底通知」)を発し,「入学式及び卒業式において,国旗の掲揚や国歌の斉唱を行わない学校があるので,その適切な取り扱いについて徹底すること」を指導した結果,国旗の掲揚・国歌の斉唱の徹底が図られることになった。
これを受け,北九州市では,1986(昭和61)年,北九州市教育
委員会が,国歌斉唱時において,「児童生徒及び教師全員が起立して
正しく心を込めて歌う」ことなどを含む指導を行い,これに従わなかった教職員に対し,訓告処分,さらには,懲戒処分という不利益処分を行うような事態が生じた。
③ その後,1989(平成元)年には,学習指導要領の「日の丸」・「君が代」条項が,「指導するものとする」という表現に改訂され,これにより,全国各地の入学式,卒業式等の学校行事における国旗の掲揚・国歌の斉唱の実施率が急激に高まることになった。
④ さらに,1999(平成11)年には,広島県立世羅高等学校校長が
卒業式の前日に自殺したことなどを契機として,国旗・国歌法が制定
・施行されるに至った。
これ以降,例えば,広島県では,広島県教育委員会が,2001(平成13)年3月の卒業式において,事前の校長からの指導に従わず,国歌斉唱時に起立しなかったとして,138名の教職員に対し,訓告処分を行い,さらに,同年4月の入学式において,同様の理由により,同教育委員会から,77名の教職員が,懲戒処分という不利益処分を受けるという事態が生じている。
⑤ このように,今日の公立の学校現場では,教育委員会が,入学式,卒業式等の学校行事において,国旗に向かっての起立や,国歌の斉唱を例外なく実施するよう強い指導を行うとともに,これに従わなかった教職員に対し,懲戒処分などの不利益処分がされるという事態が生じており,教育上の指導の域を超え,不利益処分をもって国旗・国歌を強制していると評価し得る状況が見られるに至っている。
(2)都立の学校現場における「日の丸」・「君が代」の強制問題の状況について
とりわけ,東京都では,2003(平成15)年10月23日,東京都教育委員会(以下「都教委」という。)が,各都立学校校長に対し,「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」(以下「10.23通達」という。)を発したことを契機として,2006(平成18)年5月までの間,延べ345名の教職員に対し,職務命令に違反したことを理由とする懲戒処分等がされるに至っていることから,その具体的な状況を検討することとする。
① 10.23通達の概要
10.23通達は,都立学校の入学式,卒業式等の学校行事における国旗掲揚や国歌斉唱の具体的方法等について,詳細に指示するものであり,その実施方法等については,学校や教職員の裁量を認める余地のほとんどない内容になっているほか,教職員が同通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は,服務上の責任を問われることを前提とするものである。
その内容は,次のとおりである。
「1 学習指導要領に基づき,入学式,卒業式等を適正に実施すること
2 入学式,卒業式等の実施に当たっては,別紙『入学式,卒業式等に
おける国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針』のとおり行うものと
すること
3 国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり,教職員が本通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は,服務上の責任に問われることを,教職員に周知すること」
別紙
「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針」
1 国旗の掲揚について
入学式,卒業式等における国旗の取扱いは,次のとおりとする。
(1) 国旗は,式典会場の舞台壇上正面に掲揚する。
(2) 国旗とともに都旗を併せて掲揚する。この場合,国旗にあっては舞台壇上正面に向かって左,都旗にあっては右に掲揚する。
(3) 屋外における国旗の掲揚については,掲揚塔,校門,玄関等,国旗の掲揚状況が児童・生徒,保護者その他来校者が十分認知できる場所に掲揚する。
(4) 国旗を掲揚する時間は,式典当日の児童・生徒の始業時刻から終業時刻とする。
2 国歌の斉唱について
入学式,卒業式等における国歌の取扱いは,次のとおりとする。
(1) 式次第には,「国歌斉唱」と記載する。
(2) 国歌斉唱に当たっては,式典の司会者が,「国歌斉唱」と発声し,起立を促す。
(3) 式典会場において,教職員は,会場の指定された席で国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する。
(4) 国歌斉唱はピアノ伴奏等により行う。
3 会場設営等について
入学式,卒業式等における会場設営等は,次のとおりとする。
(1) 卒業式を体育館で実施する場合には,舞台壇上に演台を置き,卒業証書を授与する。
(2) 卒業式をその他の会場で行う場合には,会場の正面に演台を置き,卒業証書を授与する。
(3) 入学式,卒業式等における式典会場は,児童・生徒が正面を向いて着席するように設営する。
(4) 入学式,卒業式等における教職員の服装は,厳粛かつ清新な雰囲気の中で行われる式典にふさわしいものとする。
② 10.23通達の発令後の状況
1)都教委は,10.23通達の発令と同時に,2年間の業績評定が下位評定であること,戒告以上の懲戒処分を2回以上受けたことなどの要
件に該当する教育管理職(校長,副校長及び教頭)については,研修の実施,降任の勧告等の措置を講ずるとの「適格性に課題のある教育管理職の取扱いに関する要綱」を発表するとともに,その後,都立学校の校長らに対し,再三にわたり,同通達に基づき,教職員に対し,入学式,卒業式等の式典において,国家斉唱時に起立して国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることについての職務命令を発するよう指導している。
2)また,都教委は,都立学校の校長らに対し,入学式,卒業式等の学校行事における国歌斉唱の実施方法,教職員に対する職務命令の発令方法,教職員の不起立等の現認方法,都教委への報告方法等について,詳細な指示を行っており,都立学校では,10.23通達以降,校長から,教職員に対し,入学式,卒業式等の学校行事において,国歌斉唱の際,国旗に向かって起立し,国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることについて,口頭及び書面による職務命令が発せられている。
3)都教委は,都立学校の入学式,卒業式等の学校行事において,それぞれ複数の職員を派遣し,「国歌斉唱」の式次第への記載の有無,「国歌斉唱」・「起立」との号令の有無,国歌斉唱時の教職員,生徒及び保護者の起立,不起立の状況等を監視しており,国歌斉唱時に起立しなかった教職員,ピアノ伴奏をしなかった教職員がいた都立学校では,校長及び教頭が,都教委の指示に従って,当該教職員に対し,起立を促すなどしたうえ,不起立ないしピアノ伴奏拒否の事実確認をするとともに,教職員が上記の職務命令に従わなかった場合,これを服務事故として都教委に報告している。
4)そして,都教委は,式典会場に入場しなかった教職員,国歌斉唱時に起立しなかった教職員,国歌斉唱時のピアノ伴奏を拒否した教職員らに対し,懲戒処分を行ったり,定年退職後の再雇用職員として勤務することを希望し,既に合格通知をうけていた教職員や,引き続き再雇用職員として勤務することを希望し,既に合格通知を受けていた教職員に対し,職務命令違反及び信用失墜行為にあたるとして,合格を取り消す旨の決定をしている。
都教委は,10.23通達発令後,国歌斉唱時に不起立等をした教職員に対し,1回目は戒告,2回目は1か月間の給料の10分の1を減じる,3回目は6か月間の給料の10分の1を減じる,4回目は停職1か月という基準によって懲戒処分を行うとともに,対象となる教職員に対し,服務事故再発防止研修を実施している。
その結果,東京都では,2003(平成15)年度において,179名が戒告処分を受け,また,2004(平成16)年度においては,18名が減給処分,96名が戒告処分をそれぞれ受けたほか,さらに,2005(平成17)年度においては,4名が停職処分を,13名が減給処分を,28名が戒告処分をそれぞれ受けるに至っている。
5)このような状況において,「日の丸」・「君が代」への抵抗感や,教育上の理念などから,国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱することや,ピアノ伴奏をすることはできないという教職員は,懲
戒処分等の不利益処分の強制の下,不利益処分を甘受した上で,職務命令を拒否するか,自己の信念に反して職務命令に従うかの二者択一の選択を余儀なくされており,その中には,葛藤・苦悩を強いられる結果として,著しい精神的苦痛を訴える者もいる。
これらの教職員の面接を行った精神科医によれば,自己の思想・良心に反する「日の丸」・「君が代」を強制されていることが,子どもに対して権利・自由の意義を教えるという教職員としての立場と矛盾し,人格の分裂をもたらす結果として,教職員の中には,極度のストレス障害の状態に陥っている者もおり,①消化器系の症状,胸部の圧迫感,心臓の不快感,頭重感,頭痛,肩や腰の痛み,手の震え,不眠・悪夢・夜驚等の身体化された症状を発症させるほか,②感情の不安定,自責感,③抑うつ症状,意欲の低下,④自己像の変化・自己否定感・同僚や生徒と交流することが出来なくなるといった症状が現れていると報告されている。
(3)公立の学校現場における「日の丸」・「君が代」の強制問題に関する当連合会及び各弁護士会に対する人権救済申立事件の状況について
このような現状を受け,当連合会及び各弁護士会には,公立の学校現場における「日の丸」・「君が代」の強制問題に関し,人権救済を求める申立てが相次いでいる。
これらの申立てに対し,当連合会及び各弁護士会が行った処置の概要は,以下のとおりである。
① 当連合会が行った処置の概要
日本弁護士連合会2001(平成13)年1月26日要望(埼玉県立
A高等学校校長・埼玉県教育委員会宛)
埼玉県立A高等学校の校長が,同校の入学式及び卒業式に「日の丸」を掲揚し,「君が代」を斉唱することについて,同校の生徒らの意見表明の機会を認めず,生徒らの意見表明に対して誠実に応答し,説明しなかったことは,生徒らの意見表明権の侵害に当たり,また,同県教育委員会等が入学式への出席を強制するかのような文書を保護者等に送ったことは,生徒及び保護者らの思想・良心の自由の侵害であるとして,同校校長及び同県教育委員会に対し,今後同様の行為を行わないよう要望した。
② 各弁護士会が行った処置の概要
1)福岡県弁護士会2000(平成12)年6月28日警告(北九州市教
育委員会宛)
1998(平成10)年3月の卒業式,同年4月の入学式における「君が代」の斉唱の際,北九州市の公立学校の教員である申立人らが,着席したことを理由として減給・戒告の懲戒処分を行ったことは,憲法上保障された思想・良心の自由ないし内面的信仰の自由を侵害するものとして,これらの懲戒処分の再考を求めるとともに,「君が代」の斉唱時の
起立を強制する運用を改めるよう警告した。
2)広島弁護士会2000(平成12)年10月18日警告(東広島市立B中学校校長宛)
2000(平成12)年3月の卒業式における「君が代」の斉唱の際,着席した東広島市立B中学校の生徒である申立人らに対して担任が事情聴取を行ったことは,生徒の思想・良心の自由,意見表明権を侵害するものであるとして,二度とこのような措置を執ることのないよう警告した。
3)札幌弁護士会2002(平成14)年2月14日勧告(北海道立C高等学校校長宛)
2002(平成14)年3月に予定されていた卒業式において,「君
が代」の斉唱を実施するに当たり,校長が生徒との意見交換を打ち切った上で実施することを決定し,これを告知したことは,北海道立C高等学校の生徒である申立人らに保障される学校行事に関する意見表明権・参加権を侵害する行為であり,子どもの権利条約12条に違反する行為であるとして,卒業式の運営に当たり,申立人ら生徒をその決定過程の重要な参加メンバーとして,生徒らの意見を真摯に受け止め,今後もさらに十分な説明と協議を行い,納得を得られるよう最大限の努力を続けることを勧告した。
4)大阪弁護士会2002(平成14)年3月28日勧告(高槻市教育委員会宛)
2000(平成12)年3月の卒業式における「君が代」斉唱の際,歌いたくないので退席すると発言して国歌斉唱が終了するまでの間退席したことについて,文書訓告を行い,その事実を記者クラブにおいて公表したことは,高槻市立D中学校の教員である申立人の思想・良心の自由,表現の自由などの人権を侵害するおそれがあり,ひいては生徒や教職員に「君が代」の斉唱を強制する効果をもたらすものとして,今後,「君が代」の斉唱の実施や指導に当たっては,管理者,教職員,生徒,保護者らが,それぞれの思想良心の自由を尊重しつつ,円滑な式典が挙行できるよう,十分な話し合いや調整を行える環境づくりを図ることに力を入れ,一方的な方法により,「君が代」の斉唱を生徒,教職員に強制し,その思想・良心の自由を侵害することのないよう慎重な取り扱い・指導をすることを勧告した。
5)第二東京弁護士会2004(平成16)年2月18日勧告(国立市立E中学校校長・前校長宛)
相手方らが,「君が代」のピアノ伴奏を思想・良心の自由を守るために行いたくないとする国立市立E中学校の音楽専科教員に対し,その理由を知った上でなお職務命令を出して強制したことについては,違憲の疑いが極めて高いとして,今後,このような強制をしないよう,また,職員会議での教職員の意見を十分聴取した上でできる限り理解と納得を得るよう努力することを勧告した。
6)横浜弁護士会2004(平成16)年9月10日勧告(神奈川県立F高等学校元校長宛)
相手方が,神奈川県教育委員会の「国旗・国歌に関する調査について(依頼)」に対する回答書に,「2年生男子生徒に過激な発言をする生徒がおり,説得に時間を要した」などと記載したことは,「日の丸」の掲揚,「君が代」の斉唱についての神奈川県立F高等学校の元生徒である申立人の意見表明や態度,すなわち,申立人の思想・良心の内容について,「過激な発言」等と否定的に評価して報告したものであり,思想・良心の自由,子どもの権利条約12条の定める子どもの意見表明の権利を不当に侵害する行為であることから,改めて上記の記載の問題点について検討し,その結果を申立人に説明するよう勧告した。
7)大阪弁護士会2005(平成17)年2月18日要望(四条畷市教育委員会宛)
相手方が管下の学校に対し,毎年,国歌斉唱,国旗掲揚に関する通知を出している状況下で,中学校の職員会議の際に,校長が教職員の意見表明を一切封じていることは,職員会議における教職員の意見表明が,教職員の教授の自由,表現の自由,思想・良心の自由の一内容として保障されるべき重要な意味を持っていることから,人権侵害にあたる可能性が高いとして,管下の小中学校の校長に対し,職員会議においては,教職員の話に十分耳を傾け,いやしくも軽々にその発言を一切封じることのないよう適切に指導監督することを要望した。
8)大阪弁護士会2005(平成17)年3月10日勧告(高槻市立G中学校校長宛)
生徒の思想・良心の自由を実質的に保障するためには,入学式・卒業式における「君が代」の斉唱の際,斉唱や起立が強制されるものではなく歌わない自由・起立しない自由を有することを事前に説明する等して十分に指導する慎重な配慮が望まれるところ,相手方による事前説明は実施されず,生徒の思想・良心の自由に関する配慮が不十分であったとして,このような事前説明を実施する等,生徒の思想・良心の自由を尊重して十分に配慮されるよう勧告した。
9)第二東京弁護士会2005(平成17)年3月16日勧告(東京都教育委員会宛)
相手方が,申立人に対し,入学式の国歌斉唱時におけるピアノ伴奏を命じる学校長の職務命令を拒否したことをもって戒告処分のような不利益処分を行うことは,公権力をもって申立人の思想・良心の自由を侵害するものであるとして,「君が代」のピアノ伴奏を拒否したことを理由として不利益処分をしないよう勧告した。
10)東京弁護士会2005(平成17)年3月29日勧告・要望(国立市立H小学校校長・国立市教育委員会・I新聞社宛)
相手方校長が,2000(平成12)年3月の卒業式実施報告書において,「日の丸」の掲揚に反対する児童らが集団で校長に詰め寄り「日の丸」の降納・土下座による謝罪をさせたと読み取れる記載をしたことは,事前の説明なく「日の丸」の掲揚をした理由等を求めた児童らの意見表明権の行使につき歪曲して記載するものであるところ,上記の記載をした相手方校長及び上記の報告書の作成に関する相手方校長への指導助言に遺漏があった相手方教育委員会に対し,今後二度とかかる行為を行わないよう又はかかる事態を将来しないこと等の勧告を,上記の報告書をもとに記事を掲載した相手方新聞社に対し,今後学校の入学式・卒業式に関連する報道を行う場合は子どもの人権に十分配慮した慎重な取扱がなされること等の要望をした。
11)東京弁護士会2006(平成18)年2月28日警告(中野区立J小学校校長・教頭宛)
相手方らが,中野区立J小学校のPTA会長である申立人による2004(平成16)年4月の入学式における挨拶に端を発し,学校評議委員会の場で申立人に対して辞任を迫るという形で介入し,最終的に会長職の辞表までを書かせるに至った行為は,申立人の自己決定権を侵害し,また,意見表明の自由を侵害するものであるので,今後二度とこのような人権侵害行為に及ぶことのないよう警告した。

4 学習指導要領の「日の丸」・「君が代」条項と「日の丸」・「君が代」の強制問題
(1)はじめに
前記のとおり,今日の公立の学校現場では,教育委員会が,校長に対する通達を発出したり,入学式,卒業式等の学校行事において,国旗に向かっての起立や,国歌の斉唱を例外なく実施するよう強い指導を行うとともに,これに従わなかった教職員に対し,懲戒処分などの不利益処分がされるという事態が生じている。
これらの教育委員会の通達ないし指導は,10.23通達に示されているとおり,学習指導要領の「日の丸」・「君が代」条項に基づいているとされることから,以下においては,同条項と「日の丸」・「君が代」の強制問題について検討する。
(2)学習指導要領の法規範性について
① 学習指導要領の法的な位置づけ
学校教育法は,小学校,中学校及び高等学校並びに盲学校,聾学校及び
養護学校の教科等に関する事項は文部科学大臣が定めるものとし(同法20条,38条,43条,73条),同法施行規則は,各学校につき,各教育課程については同施行規則に定めるもののほか,それぞれの学習指導要領によるものとしている(同法施行規則25条,54条の2,57条の2,73条の10)。
学習指導要領の法規範性は,教育が,「不当な支配に服することなく」,行われるべきであるという教育基本法の規定(改正前の10条・改正後の16条)に照らし,また,教育は,自主的かつ創造的になされるべきであって,教育の内容及び方法に対する国家的介入については抑制的であるべきであるという憲法上の要請をふまえ,検討されるべきである。
② 学習指導要領の法規範性に関する最高裁判例
学習指導要領の法規範性に関する代表的な判例として,1958(昭和33)年告示の中学校学習指導要領に関する最高裁判所1976(昭和51)年5月21日大法廷判決(刑集30巻5号615頁。以下「旭川学力テスト事件最高裁大法廷判決」という。)が挙げられる。
同判決は,国の教育行政機関が法律の授権に基づいて義務教育に属する普通教育の内容及び方法について遵守すべき規準を設定する場合には,教育の自主性尊重の見地のほか,教育に関する地方自治の原則をも考慮すると,教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準を定めるに止められるべきものと解しなければならないと判示した上,当時の中学校学習指導要領につき,「ある程度細目にわたり,かつ,詳細に過ぎ,また,必ずしも法的拘束力をもつて地方公共団体を制約し,又は教師を強制するのに適切でなく,また,はたしてそのように制約し,ないしは強制する趣旨であるかどうか疑わしいものが幾分含まれているとしても,右指導要領の下における教師による創造的かつ弾力的な教育の余地や,地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地が十分に残されており,全体としてはなお全国的な大綱的基準としての性格をもつものと認められるし,また,その内容においても,教師に対し一方的な一定の理論ないしは観念を生徒に教え込むことを強制するような点は全く含まれていない」として,上記の目的のために必要かつ合理的な基準の設定として是認できるとした。
(3)学習指導要領の「日の丸」・「君が代」条項について
① 教育行政機関による教育の内容及び方法に関する基準の設定の範囲改正前の教育基本法10条は,国が教育の内容及び方法に関与する一定の権能を前提としつつも,教育行政の目標を教育の目的の遂行に必要な諸条件の整備確立に置き,その整備確立のための措置を講ずるに当たり,教育の自主性の尊重の見地から,これに対する「不当な支配」とならないようにすべきとの限定を付したものと解される。
教育行政機関が,法律の授権に基づいて普通教育の内容・方法について遵守すべき基準を設定する場合には,教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のため,必要かつ合理的と認められる大綱的な基準に止められるべきである(旭川学力テスト事件最高裁大法廷判決参照)。
そうとすれば,教育行政機関が設定した基準が,大綱的基準を逸脱し,内容的にも教職員に対し一方的な一定の理論や観念を生徒に教え込むことを強制するようなものである場合には,改正前の教育基本法10条1項所定の「不当な支配」に該当し,ひいては,国家による教育の内容及び方法に対する介入は抑制的であるべきという憲法上の要請に反するものとして,その法規範性は否定されるべきものと解される。
なお,改正前の教育基本法10条の規定は,改正後の同法16条の規定では文言が一部変更されたが,このような文言の変更によっても,「教育は,不当な支配に服することなく」の部分の解釈に当たっては,旭川学力テスト事件最高裁大法廷判決の趣旨は変わらないと解されている(2006(平成18)年11月24日及び同年12月5日参議院教育基本法特別委員会における政府答弁)。
② 学習指導要領の「日の丸」・「君が代」条項と教職員に対する不利益処分を伴う「日の丸」・「君が代」の強制について
1)そこで,学習指導要領の「日の丸」・「君が代」条項を検討するに,同条項は,前記のとおり,「入学式,卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする」と規定しているところ,学習指導要領は,特別活動の「学校行事」のうち,「儀式的行事」の項目において,「学校生活に有意義
な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展
開への動機付けとなるような活動を行うこと」と規定している。
仮に,入学式,卒業式等の学校行事にこのような意義があるとしても,同条項が,1989(平成元)年の改訂により,「望ましい」という表現から「指導するものとする」という義務的な表現になっており,学校ないし教職員の裁量の余地を残していないとも解し得ること,また,国旗・国歌法の制定以降,公立学校の教育現場においては,同条項に基づく通達ないし指導を介し,教職員に対し,不利益処分をもって,国旗・国歌を強制していると評価し得る状況が見られるに至っていることからすれば,同条項は,大綱的基準を逸脱し,内容的にも教職員に対し一方的な一定の理論や観念を生徒に教え込むことを強制するようなものとなっているとも考えられるのであって,同条項に法規範性が認められるかについては,なお,疑問の余地がある。
なお,この点につき,北海道の公立中学校の教職員に対する戒告処分の審査請求事件に関する人事委員会の裁決例として,「学習指導要領の定めが…大綱的基準といえるためには,教員がそれに基づき実際の教育を行うにあたって,児童生徒の成長,発達の程度や個性に応じて柔軟な指導を行うことが可能であり,かつ,そのための自由な創意と工夫や地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地が十分に残されていると認められる場合でなければならない」とした上,学習指導要領の「日の丸・君が代」条項につき,「国旗・国歌を尊重する態度を育てるための指導方法の細目を定めるもので,児童生徒の教育に当たる教員がこれと異なる方法による指導の余地はなく,また,地方の特殊事情等に応じた個別化の余地も認められないものとなっている」として,その法規範性を否定したものがある(北海道人事委員会2006(平成18)年10月20日付裁決)。
2)もっとも,学習指導要領の「日の丸・君が代」条項の法規範性を肯定するとしても,その法規範性は,少なくとも,教育の自主性尊重の見
地のほか,教育に関する地方自治の原則をも考慮し,教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準を定めるものであり,かつ,教職員に対し一方的な理論や観念を生徒に教え込むことを強制しないとの解釈の下で認められるものである。
したがって,同条項が,教職員に対し,児童・生徒の成長・発達の程度や個性に応じて柔軟に対応するため,創意工夫を行う裁量の余地を認めることなく,国旗掲揚・国歌斉唱の具体的方法やその実施方法等を指示したり,教職員や児童・生徒に対し,国旗に向かっての起立や国歌の斉唱を強制したりすることを許すものと解することは,同条項の法規範性を肯定したとしても,困難であるといわざるを得ない。
公立の学校現場においては,同条項が,教職員に対し,入学式,卒業式等の式典において,国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務を負わせているとの教育委員会による解釈の下,教育上の指導の域を超え,不利益処分を伴う国旗・国歌の強制がされている実情にあるが,以上に述べたところからすれば,このような学習指導要領の解釈とこれに基づく運用は,旭川学力テスト事件最高裁大法廷判決の趣旨に照らしても,誤りであるといわざるを得ない。

5 思想・良心の自由と「日の丸」・「君が代」
(1)思想・良心の自由について
① 総説
憲法19条は,「思想及び良心の自由は,これを侵してはならない」として,思想・良心の自由を保障している。
思想・良心の自由は,内面的な精神活動の自由の中でも,もっとも根本
的なものである。
もっとも,諸外国の憲法においては,内心の自由が当然絶対的に保障されるべきものであり,また,表現の自由を保障すれば十分であると考えられていたことから,信仰の自由や表現の自由とは別に,特に思想・良心の自由を保障する例は少ない。
しかし,我が国においては,大日本帝国憲法下において,治安維持法の運用に見られたように,特定の思想を反国家的なものとして弾圧を加え,内心の自由そのものを侵害する事例が頻繁に見られたことから,日本国憲法は,このような思想・良心に対する侵害を二度と許さないことを明示するため,精神的自由に関する規定の冒頭において,特に,思想・良心の自由の保障を規定したものである(芦部信喜「憲法学Ⅲ人権各論(1)」[増補版]98ページ以下参照)。
② 意義
1)「思想」と「良心」
「思想」と「良心」については,思想は人間精神の論理的側面,良心はその倫理的側面と相対的に区別することも可能であるが,「思想」と「良心」を一体として捉え,およそ人の内心の作用を広く保障したもの
と解するのが通説である。
2)内心説と信条説
思想と良心を一体的なものと捉えるとしても,「思想及び良心」の自由として憲法上保障される対象については,それを一定の信条,主義,世界観等であると狭義に解する信条説と,内心の活動一般であると広義に解する内心説の対立がある。両説を形式的に対立させて捉えることには問題点も指摘されている。
この点,内心説からは,思想・良心の自由は成人のみではなく,子どもに対しても保障されているところ,思想・良心を狭く限定すると,成育途上で信条,主義,世界観などが定まっていない子どもの思想・良心が保障対象から排除される可能性があるとの説得力のある指摘もなされており(土屋英雄『思想の自由と信教の自由・憲法解釈および判例法理』(尚学社)12頁参照),近時は広く解する説が多数説である。
3)思想・良心の外部的表出
ア 思想・良心の自由は,その内容の保障に不可欠な限りにおいて,思
想・良心の一定の外部的表出をもその保障対象として含んでいる。
この場合,自己の思想・良心を自発的・能動的に外部へ表現化する行動は,憲法21条の表現の自由の保障対象となるが,他方,外部からの一定の作用,働きかけ(命令,要求,勧誘,推奨など)によって,自己の思想・良心の領域が侵害されようとしている場合に,防衛的,受動的に執る拒否の外部的行為は,自己の思想・良心の自由の保障に不可欠な思想・良心の外部的表出として,憲法19条の保障対象になると解される。
イ これに対し,外部的に行為を表出することは,個人の内心領域における精神活動とは必ずしも関係がないとして,思想・良心の自由の保障対象とはならないという見解もある。
しかし,日本国憲法が,大日本帝国憲法下において,治安維持法が特定の思想を弾圧する手段として運用されてきたことなどの反省をふまえ,特に,信仰の自由等とは別に,思想・良心の自由の保障を規定した趣旨からすれば,その保障はできる限り広い範囲に及ぶものと解すべきである。
そもそも,個人の内心領域の精神活動は,外部的行為と密接に関係しているものであって,これを切り離して考えることは困難かつ不自然であるところ,とりわけ,自己の思想・良心を保持・防衛するため,防衛的,受動的に執る拒否の外部的行為は,内心の思想・良心と不可分一体のものというべきである。
このような外部的行為を思想・良心の自由の保障対象から除外するならば,憲法が思想・良心の自由の保障を規定した趣旨を著しく損うことになるものといわざるを得ない。
ウ 以上のとおりであるから,自己の思想・良心を保持するために受動的に執る拒否の外部的行為は,思想・良心の自由の保障に不可欠な思想・良心の外部的表出として,憲法上の保護を受ける思想・良心の自由に含まれるものである。
③ 効果
思想・良心は,それが内心の領域に止まる限りは,これを制約することは許されない。思想・良心の自由の効果としては,具体的に次の内容が
まれる。
1)思想・良心を理由とする不利益取扱いの禁止
憲法19条は,政府が特定の思想・良心を理由にして不利益を課すことを禁止している。
また,政府が特定の思想・良心を支持することを強制し,それに違反した場合に不利益を課すことも同条違反の問題を生じる。
2)沈黙の自由
各人に対して,いかなる思想・良心を有しているか,または有していないかを告白または表現するよう強制することは禁止される。この点に関し,各人の意思とは無関係にその思想・良心について調査したり,何らかの方法・手段で直接・間接に推知したりすることも許されない。
3)国家による特定の思想の強制等の禁止
憲法19条は,政府が特定の思想・良心を禁止することを禁じている。また,政府が,一定の思想・良心を公定の思想・良心ないしイデオロ ギーとして,促進・助成することも禁止される。同様に,自己の思想・良心に反する思想・良心を強制されたり,それがあたかも自分の思想・良心であるかのように扱われることも禁止される。
(2)思想・良心の自由と「日の丸」・「君が代」について
そこで,思想・良心の自由と「日の丸」・「君が代」について見るに,前記のとおり,国旗・国歌法が制定された現在においても,国民の間には,なお,「日の丸」・「君が代」に対する多様な考え方が存在しており,その歴史的経緯に照らし,「日の丸」に敬意を示すことや,「君が代」を歌うこと自体が,自らの思想・良心の自由に抵触し,抵抗があると考える者が少なからず存在している。
「日の丸」・「君が代」についてのこうした考え方は,各自の信条,主義,世界観等に関するものというべきであり,このような考え方も,憲法19条にいう「思想及び良心」に含まれるものとして,憲法上の保護を受けるものと解される。
以下においては,このような思想・良心の自由の意義・効果を前提として,公立の学校現場の現状を踏まえながら,子どもの権利の保障や教職員の思想・良心の自由等の観点から,具体的に述べることとする。

6 子どもの権利と「日の丸」・「君が代」の強制問題
(1)子どもの権利と思想・良心の自由について
① 子どもの思想・良心の特別の配慮の必要性
子どもは,いうまでもなく,憲法の保障する基本的人権の享有主体である。したがって,子どもは,憲法19条の規定する思想・良心の自由の保障を受ける。
また,子どもは,人格ないしこれと不可分の関係にある思想・良心を形成する途上にあり,子どもの基本的人権が十分に保障されることが,成人としての自由かつ主体的な人格形成の条件となることを考慮すると,子どもの思想・良心の自由を検討するに当たっては,思想・良心の形成という側面も重視しなければならない。
他方で,子どもは,成長,発達する存在であり,適切な援助がなされなければ,その基本的人権を十全に享有・行使することができないことから,その保障には特別の配慮が必要となる。
とりわけ,子どもの精神的領域や思想・良心の形成に重大な影響を及ぼすことが不可避である学校の教育現場においては,教育の受け手であり,学び手である子どもの思想・良心の自由の保障に関して特別の配慮が求められる。
② 子どもの学習権との関係について
子どもの思想・良心の自由は,憲法26条が規定する教育を受ける権利の背後にある子どもの学習権と密接な関係を有している。
すなわち,国民各自は,一個の人間として,また,一市民として,成長,発達し,自己の人格を完成,実現するために必要な学習をする固有の権利を有しており,特に,自ら学習することのできない子どもは,その学習要求を充足し,自由かつ独立の人格として成長する教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有している。
したがって,個人の基本的自由を認め,その人格の独立を国政上尊重すべきものとしている憲法の下において,このような子どもの成長を妨げるような国家的介入は,憲法26条,同法13条の規定からも許されない(旭川学力テスト事件最高裁大法廷判決同旨)。
③ 子どもの権利条約との関係について
子どもの権利条約は,14条において,「締約国は,思想,良心及び宗教の自由についての児童の権利を尊重する」と規定しつつ,特に,その2項において,「親の指示権」の尊重を求めている。
同条約は,前文において,子どもが,「人格の完全なかつ調和のとれた発達のため」,「社会において個人として生活するため十分な準備が整えられるべき」とした上,3条に定める「子どもの最善の利益」の確保の原則と関係者の誠実応答義務を包含した子どもの「意見表明権」の保障とにより(12条),子どもの成熟の度合いに応じた権利の自律的行使の確保を要請している。
また,「子どもの権利行使に当たっての親・保護者の指導の権利・義務の尊重」(5条),「親・保護者の子どもの養育・発達についての第一義的責任とこれに対する援助」(18条),教育についての子どもの権利(28条),「教育の目的」(29条)を規定して,基本的人権の行使に際して確保されるべき適切な援助と成長・発達の条件を保障している。
このように,子どもの権利条約上も,子どもが思想・良心を形成しながら,成長・発達することを保障するため,国家による教育に対する介入は,抑制的であるべきことが求められている。
(2)子どもの思想・良心の自由と「日の丸」・「君が代」の強制問題について
① 子どもの思想・良心を理由とする不利益取扱い禁止
1)以上を前提として,子どもの思想・良心の自由と「日の丸」・「君が代」の強制問題について検討するに,まず,児童・生徒が,国旗に向かって起立しなかったり,国歌を斉唱しなかったりしたことを理由として,退学・停学・自宅謹慎などの学校懲戒処分を行ったり,欠席としての取扱い,指導要録・調査報告書等への記載などの教務上の不利益措置を課すことは,子どもの思想・良心を理由とする不利益取扱いとして許されない(前記3(3)②6)横浜弁護士会2004(平成16)年9月10日勧告参照)。
2)また,学校懲戒処分や教務上の不利益措置に止まらず,卒業式に参加するかしないかの選択を強いたり,注意処分を与えたり,いじめを受けるおそれがある状況に置くなどの事実上の不利益をもたらすことも,子どもの思想・良心の自由に対する不利益取扱いによる強制となり得るものとして,同様に許されない。
この点,近時の各弁護士会に対する人権救済申立事件において,公立中学校の卒業証書の元号表記を思想・良心の自由に基づき拒否した事案につき,教育的指導の名の下,元号表記の拒否を撤回して卒業証書を受け取るか,卒業証書の授与を受けるために壇上に上がることを止めるかの選択を強いられたことが,思想・良心の自由の侵害であるとして勧告したものがある(東京弁護士会2006(平成18)年4月17日勧告参照)。
② 沈黙の自由,思想・良心の外部的表出と「日の丸」・「君が代」
次に,入学式,卒業式等の学校行事において,国歌の斉唱の際に着席した生徒に対し,事情の聴取を行うことは,思想調査としての内容・効果を有し,沈黙の自由に反するものである(前記3(3)②2)広島弁護士会2000(平成12)年10月18日警告参照)。
また,学校現場において,国歌の斉唱を指導する際,少なくとも,「君が代」を歌うこと自体に抵抗があると申告する児童・生徒に対してまで,その斉唱を求めることは,思想・良心の外部的表出の保障に反するものとして,許されない。
③ 国家による特定の思想の強制等の禁止と「日の丸」・「君が代」
1)学校教育における教育的措置ないし指導と子どもの思想・良心の形成の自由
教育は,受け手であり,学び手である子どもの精神的領域や思想・良心に必然的に影響を及ぼすものであるから,国家が,子どもの思想・良心に何らの影響も及ぼしてはならないと考えるならば,公教育自体が成り立たないことは確かである。
しかし,他方で,子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入,例えば一方的な理論や観念を子どもに教え込むような内容の教育を施すことが,憲法26条,13条の規定から許されないことは,前記のとおりである。
この点は,子どもの思想・良心の自由,特に,思想・良心の形成との関係で重要な意義を有するところ,一方的な一定の理論や観念を教え込む教育が行われるところでは,思想・良心の形成が自由かつ豊かになされるものとはいえないことからも裏付けられる。
2)国旗・国歌の教育的措置ないし指導と子どもの思想・良心の形成に対する配慮の必要性
入学式,卒業式等の学校行事において,教育的措置ないし指導の一環として,国旗の掲揚・国歌の斉唱を実施するに当たっては,学校は,子どもの思想・良心の形成に配慮し,その成長・発達の段階を踏まえながら,一方的な理論や観念を教え込むことのないよう配慮しなければなら
ない。
そして,このような配慮を行うに当たっては,国旗・国歌法が制定された現在においても,国民の間には,なお,「日の丸」・「君が代」に対する多様な考え方が存在しており,その歴史的経緯に照らし,国民の中には,「日の丸」に敬意を示すことや,「君が代」を歌うこと自体が,自らの思想・良心の自由に抵触し,抵抗があると考える者が少なからず存在していることに留意する必要がある。
具体的には,入学式,卒業式等の学校行事における国歌斉唱の際,国旗に向かって起立することや国歌を斉唱することが強制ではないこと等を事前に説明することなども考えられる(このような事前説明を求めるものとして,前記3(3)②8)大阪弁護士会2005(平成17)年3月10日勧告がある)。
(3)子どもの意見表明権と「日の丸」・「君が代」の強制問題について
学校教育活動において,国旗の掲揚・国歌の斉唱を実施するに当たり,教科指導としての音楽,特別活動としての入学式,卒業式等の予行も含む学校行事において,学校からの説明に対し,児童・生徒からの意見表明がされる場合がある。
このような意見表明権の行使は,子どもの成長・発達を支える基本的な子どもの権利であるところ(子どもの権利条約12条),教職員は,子どもの意見表明の機会を十分に保障すべきであり,その前提として,子どもの発達の段階に応じた十分な情報の提供と学習の機会を与えなければならない。
また,教職員は,子どもの意見を十分に聞き,生徒の意見が異なる場合には,子どもと誠実に話し合い,教職員の意見を十分に説明し,子どもの納得を得られるよう最大限の努力をすることが要請される。
したがって,児童・生徒の意見表明に対し,何ら応答せず,あるいは一方的に実施の意思を伝えた上,その受入れを迫るような応答は,子どもの権利に対応する誠実応答義務・説明義務を果たしているとは言えず,子どもの意見表明権を侵害するものとして許されない(子どもの権利条約12条)(前記3(3)①日本弁護士連合会2001(平成13)年1月26日要望,同②3)札幌弁護士会2002(平成14)年2月14日勧告,同②10)東京弁護士会2005(平成17)年3月29日勧告・要望参照)。

7 教職員の思想・良心の自由及び責務と「日の丸」・「君が代」の強制問題
(1)教職員の思想・良心の自由について
① 教職員の思想・良心の自由と「日の丸」・「君が代」
国旗・国歌法が制定された現在においても,「日の丸」・「君が代」の歴史的経緯に照らし,国民の中には,「日の丸」に敬意を示すことや,「君が代」を歌うこと自体が,自らの思想・良心の自由に抵触し,抵抗があると考える者が少なからず存在しているところ,このような考え方も,憲法19条の「思想及び良心」に含まれるものとして,憲法上の保護を受けるものと解されることは,前記のとおりである。
そして,このような考え方を有する教職員に対し,懲戒処分等の不利益処分をもって,国旗に向かって起立したり,国歌を斉唱したり,国歌斉唱時にピアノ伴奏をしたりするよう命じることは,結局,不利益処分をもって,自己の思想・良心に反する外部的行為を強制するものということができるから,教職員の思想・良心の自由に対する制約となるものと解される。
② 教職員の思想・良心の自由に対する制約の基準
このように,教職員は,国旗・国歌に対して自らが有する思想・良心に基づき,国旗に向かって起立しない自由や,国歌を斉唱しない自由を有するものであるが,他方で,このような行為は,起立の拒否や斉唱の拒否という形で外部的に表れるものであることから,公共の福祉又は教職員としての職務に基づく制約の基準が問題となる。
この点,地方公務員は,全体の奉仕者であり(憲法15条2項),公共の利益のために勤務し,かつ,職務の遂行に当たっては,全力を挙げて専念する義務があるところ(地方公務員法30条),思想・良心の自由も,公共の福祉の見地から,公務員の職務の公共性に由来する内在的制約を受けるとして,公教育に携わる教職員は,学校教育法等の法規の定めるところによって教育を行うことが義務づけられているというべきであり,その限りでは,自ずから思想・良心の自由も制約されることがあり得るという見解もある。
しかし,「全体の奉仕者」とは,天皇や一定の階級,政党等の一部の国民の利益に奉仕するものではないという,国民主権の憲法下での公務員の抽象的な指導理念を述べたものにすぎず,公務員の職務の性質と無関係に,一律全面的に公務員の憲法上の自由を制限する根拠となるものではない(芦部信喜編『憲法Ⅱ人権(1)』(有斐閣)117頁等参照)。
そして,制約の対象となっている憲法上の自由が,思想・良心の自由という精神的自由権であることからすれば,その制約は,他者の人権を侵害するなど公共の福祉に反する場合に限り,又は,教職員としての職務に鑑み,必要かつ最小限度のものに限られると解すべきである。
(2)教職員の責務ないし教育の自由について
子どもは,その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有しているところ,教職員は,親ないし保護者からの信託の下,このような子どもの学習権を充足する責務を有しているが,教育が教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じてその個性に応じて行わなければならないという本質的要請に照らすならば,上記の責務を履行するために必要不可欠なものとして,教育の具体的内容及び方法に関し,子どもの成長・発達の段階に応じた裁量が認められなければならない。
また,学問の自由は,学問研究の結果を教授する自由も含むものと解されるところ,知識の伝授と能力の開発を主とする普通教育の場においても,例えば,教職員が公権力によって特定の意見のみを教授することを強制されないという意味において,一定の範囲における自由が保障されるものということができる(旭川学力テスト事件最高裁大法廷判決同旨)。
このような意味において,教職員は,教育の自由の保障を受けるものであり,このことは,その内容が教育における国際的基準となっているILO・ユネスコ「教員の地位に関する勧告」(1966年)において,教育専門職としての教職員に認められる職業上の自由の内容として,子どもの成長・発達を促すに当たっては,その専門的知見に裏付けられた判断が尊重されるべき旨が述べられていることに合致するものである。
(3)教育委員会の各公立学校校長に対する通達ないし指導を介した教職員に対する不利益処分を伴う国旗・国歌の強制について
以上を前提として,今日の学校現場において,教育委員会の各公立学校校長に対する通達ないし指導を介し,教職員に対する不利益処分を伴う国旗・国歌の強制がされている現状について検討する。
① 教育行政機関が,法律の授権に基づいて普通教育の内容・方法について
遵守すべき基準を設定する場合においては,教育の自主性の尊重の見地のほか,教育に関する地方自治の原則をも考慮すると,教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のため,必要かつ合理的と認められる大綱的な基準に止められるべきであることは前記のとおりである。
したがって,教育委員会の各公立学校校長に対する通達ないし指導が,上記の大綱的基準を逸脱し,内容的にも教職員に対し一方的な一定の理論や観念を生徒に教え込むことを強制するようなものである場合には,学習指導要領の場合と同様に,教育基本法の規定する「不当な支配」(改正前の10条・改正後の16条)に該当し,ひいては,教育は,自主的かつ創造的になされるべきであって,国家による教育の内容及び方法に対する介入は抑制的であるべきという憲法上の要請に反するものとして,その法的拘束力は否定されるべきである。
② しかるところ,前記のとおり,公立の学校現場では,教育委員会が,校長に対する通達を発出したり,入学式,卒業式等の学校行事において,国旗に向かっての起立や,国歌の斉唱を例外なく実施するよう強い指導を行うとともに,これに従わなかった教職員に対し,懲戒処分などの不利益処分がされるという事態が生じている。
このような通達の中には,10・23通達のように,国旗掲揚や国歌斉唱の具体的方法等について詳細に指示し,その実施方法等について,学校ないし教職員の裁量を認める余地がほとんどない内容になっているものも見られるに至っている。
これらの通達ないし指導は,教育行政上の手続を履践しているとしても,教育上の指導の域を超えているものであって,上記の大綱的基準を逸脱しているといわざるを得ず,また,内容的にも,教育の自主性を侵害し,教職員に対し,一方的な一定の観念を生徒に教え込むことを強制するものと評価せざるを得ない。
したがって,教育基本法の規定する「不当な支配」(改正前の10条・改正後の16条)の禁止に反し,ひいては,教育は,自主的かつ創造的になされるべきであって,国家による教育の内容及び方法に対する介入は抑制的であるべきという憲法上の要請にも反するものとして,その法的拘束力は否定されるものと解される。
③ よって,上記の通達ないし指導を介した教職員に対する不利益処分を伴う国旗・国歌の強制は,教職員の思想・良心の自由に対し,公共の福祉の観点から許容される必要かつ最小限度の範囲を超えた制約を課するものであり,また,子どもの学習権に対応した教職員の責務ないし教育の自由という観点からも,許されないものというべきである(前記3(3)②1)福岡県弁護士会2000(平成12)年6月28日警告,同②9)第二東京弁護士会2005(平成17)年3月16日勧告参照)。
(4)教育委員会の通達ないし指導に基づく各公立学校校長の職務命令による国旗・国歌の強制について
各公立学校校長は,「校務をつかさどり,所属職員を監督する」ものとされており(学校教育法28条3項,51条,76条),所属職員に対して職務命令を行うことができるとされる一方,教諭は,児童・生徒の「教育をつかさどる」ものとされている(同法28条6項,51条,76条)。
そこで,教育委員会の通達ないし指導に基づく各公立学校校長の職務命令による国旗・国歌の強制について検討する。
① 子どもの教育が,その充足を図り得る立場にある者の責務に属するものとして行われるべきであることからすれば,教職員も,子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような介入,例えば,自己の思想・良心の自由ないし教育の自由を理由として,特定の理論や観念を一方的に教え込むことは許されない。
また,教職員は,一般に,入学式,卒業式等の学校行事が円滑に進行するよう努力すべき義務を有しているものであり,国旗の掲揚や,国歌の斉唱を積極的に妨害し,学校行事を混乱させてその進行を妨げるような行為に及んだりすることは,その教職員としての職務という観点からも,許されるものではないことも確かである。
② しかし,教職員が,入学式,卒業式等の学校行事における国歌斉唱の際,国旗に向かって起立しなかったり,斉唱をしなかったりしたとしても,そのこと自体は,児童・生徒に対し,国旗や国歌を批判的に捉えている教職員が存在することを認識させるに止まり,このような見解を一方的に教え込むものでないことはいうまでもない。
また,教職員が,入学式,卒業式等の学校行事における国歌斉唱の際,国旗に向かって起立しなかったり,斉唱をしなかったりしたとしても,そのこと自体をもって,学校行事の厳粛ないし円滑な実施を殊更に阻害したものということは到底できない。
③ したがって,教育委員会の通達ないし指導に基づく各公立学校校長の職務命令により,教職員に対し,このような行為を強制することは,教職員の思想・良心の自由及び子どもの学習権に対応した教職員の責務ないし教育の自由という観点から,許されないものというべきである(前記3(3)②5)第二東京弁護士会2004(平成16)年2月18日勧告参照)。

8 外国人・民族的少数者の人権と「日の丸」・「君が代」の強制問題
(1)多様な民族性を有する子ども・教職員の存在と思想・良心の自由について
① 現在,全国各地の公立学校には,外国人・民族的少数者の子どもが多数在籍しており,また,日本国籍を有しない常勤の講師や,日本国籍を有する民族的少数者の教職員も勤務している。
そして,基本的人権は,権利の性質上外国人に対する適用を除外すべき合理的な理由がある場合を除き,外国人にも等しく保障されるべきところ,憲法19条が保障する思想・良心の自由は,外国人にも当然に保障される。
したがって,「日の丸」に敬意を示すことや,「君が代」を歌うこと自体に抵抗があるという考え方を有する外国人・民族的少数者の子ども・教職員に対し,不利益処分ないし不利益取扱いをもって,国旗・国歌を強制することは,これらの者の思想・良心の自由を侵害することになる。
② この点は,「日の丸」・「君が代」の歴史的経緯に鑑み,特に,大日本帝国による植民地支配下において,いわゆる臣民化教育を受けた近隣諸国を出身国とする外国人・民族的少数者の場合に顕著となる。
例えば,在日コリアン(韓国籍・朝鮮籍・日本籍を含む)の場合,植民地下の朝鮮において,日本語を国語とする教育が強要され,「私どもは大日本帝国臣民であります。私どもは心を合わせて天皇陛下に忠義を尽くします」と唱えることを強制されたという歴史的経緯がある。
したがって,これらの者にとって,「日の丸」・「君が代」は,植民地支配下における臣民化教育の象徴となるものであって,このような者に対し,不利益処分ないし不利益取扱いをもって,国旗・国歌を強制することは,その思想・良心の自由を殊更に侵害するおそれがある。
(2)出身国の国民的価値観や文化的・民族的背景に対する尊重の必要性について
① 経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約13条1項は,「締約国は,教育がすべての者に対し,自由な社会に効果的に参加すること,諸国民の間の人種的,種族的又は宗教的集団の間の理解,寛容及び友好を促進すること…に同意する」と規定し,子どもの権利条約29条も,子どもの教育が指向すべきこととして,「c 子どもの父母,子どもの文化的同一性,言語及び価値観,子どもの居住国及び出身国の国民的価値観並びに自己の文明と異なる文明に対する尊重を育成すること。d すべての人民の間の,種族的,国民的及び宗教的集団の間の並びに原住民である者の間の理解,平和,寛容,両性の平等及び友好の精神に従い,自由な社会における責任ある生活のために子どもに準備させること。」と規定している。
これらの規定に照らせば,多様な国民的価値観や文化的・民族的背景を有する子どもの教育に関しては,その価値観や背景を理解するとともに,寛容の精神を醸成することが必要である。
② そもそも,子どもの教育は,教職員と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ,その個性に応じて行わなければならないという本質的要請を伴うところ,子どもの個性には,その出身国の国民的価値観や文化的・民族的背景も含まれる。
そうとすれば,入学式,卒業式等の学校行事において,不利益処分ないし不利益取扱いをもって,国旗・国歌が強制されることは,外国人・民族的少数者の子ども・教職員に対し,疎外感を強いることになり,ひいては,子どもたちが,思想・良心の自由を尊重し,多元的な価値を認め合う民主主義社会の担い手となるという教育の目的にも適合しないおそれがあり,教育の本質的要請にも反することになるものである。

9 おわりに
今日の公立の学校現場において,教育委員会が,校長に対する通達を発出したり,入学式,卒業式等の学校行事において,国旗に向かっての起立や,国歌の斉唱を例外なく実施するよう強い指導を行うとともに,これに従わなかった教職員に対し,懲戒処分などの不利益処分がされるという事態が生じていることは,すでに述べてきたとおりである。
このように,公立の学校現場においては,教育上の指導の域を超え,不利益処分を伴う国旗・国歌の強制がされている現状にあるところ,折しも,教育に中立性・不偏不党性を求めるとともに,教育の自主性・自立性を尊重すべきことを表明していた改正前の10条の規定の改変を含む教育基本法の改正によって,教育行政の名の下,国家が教育の内容及び方法に対し憲法の許容する限界を超えて介入することが強く懸念されている。
当連合会は,このような現状に鑑み,学校が,教職員と子どもとの間の直接の人格的な接触を通じ,教職員の自由な創意と工夫の下,子どもの個性に応じた教育が行われる場であり続けることを期待し,基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする法律専門家としての立場から,各都道府県及び各市区町村教育委員会並びに文部科学省に対し,意見の趣旨記載のとおり,意見を述べるものである。
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