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 来る3月24日,神戸で,書籍『災害復興ガイド』(→詳しくはこちら)の出版を記念するシンポジウムが予定されています。
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 目下のところ時の人となっている浅野史郎さんも立派な知事でした。
 しかし,浅野さんと同等,いや,それ以上に,素晴らしい活躍と功績を残された片山善博鳥取県知事の記念講演があります。
 片山さんは4月に引退を表明しているので,きっと知事としての最後の講演となるでしょう。
 片山さんの講演は,とても面白く,胸がすくような思いがすること間違いなく,みなさんに諸手を挙げてお勧めします。

 ところが,実は,私も,その後の基調講演を担当することになっていまして,ここのところ,片山さんの後で何を話したらよいかずっと悩んでいて,頭が痛いです。

 お題は,
   「災害復興制度を考える」
ということです。
 この点については,災害復興基本法の制定をめざして,阪神・淡路まちづくり支援機構や,関西学院大学復興制度研究所などで,あれこれと多方面にわたって研究がなされています。
 しかし,私自身は,研究という面では下っ端の立場なので,このような大きなテーマが与えられると,正直,面食らってしまいます。
 何を話したらよいだろう・・・・。

 そのかたわら,憲法のことをあれこれ考えていたところ,数日前,ふと,一つのことに気が付きました。
 私たちの憲法は,災害復興基本法そのものなのではないか,と。

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※ここから下は,講演のためのメモのようなもので,未だ整理されておらず,たいへん分かりにくいと思います。ご容赦下さい。

 「災害復興基本法」は,災害からの復興のために必要な事柄を,きちんと法律で定めて,その理念と実質を整備しておこうということです。

 その法律には,何を盛り込んだらよいか,ということを考えてきたのですが,これまでの議論を大づかみしてまとめると,
  ◆被災者ひとりひとりの生活の復興
  ◆被災者の生きがいの確保
  ◆災害弱者といわれる層に対する十分な保障と対策
  ◆地域のコミュニティの尊重
  ◆経済,産業,インフラ,文化の再建
  ◆都市の構築
  ◆財政措置
といったところでしょうか。

そして,これらの要素は,既に憲法に盛り込まれて明文化されています。
すなわち,
  ◆個人の尊重
  ◆幸福追求権
  ◆生活部面の向上,増進
  ◆集会,職業選択,表現の自由
  ◆私有財産の公共のための使用
  ◆財政措置
などです。

 考えてみれば,憲法は,戦争災害による焦土から立ち直るために「あるべき日本の復興の姿」を描いて作られた法律です。
 日本という国全体の,復興の基本理念を謳った法なのですから,災害復興基本法としての機能が期待されていたわけです。
 憲法は,戦後に出来た最初の「災害復興基本法」と思うのです。


 憲法が施行された昭和22年5月3日の直後である,昭和22年10月18日に制定された「災害救助法」も,当時の国会論議を見る限り,憲法の理念にそった議論がなされています。
 昭和22年9月26日の衆議院厚生委員会の議事録によれば,次のような議員の発言を経た上で,災害救助法が,全員一致で採択されています。
○本案は思いがけない災害に遭うて、あるいは貴い生命を失い、あるいは傷つき、またはかけがえのない財産を失つて、生死の境の土壇場に追い込まれた氣の毒な人々を皆が互いに力を合わせて救助しよう、その生命財産を保護し、社會の秩序の保全をはかろうとする目的であります
○本法案が新憲法の精神に違反するものでないと考えられるのであります。
○憲法第22条によつて國民の權利は常に公共の福祉のためにこれを利用するの責任を負うの1項あり、かつまた13条,29条等を見ましても、常に個人の自由と權利あるいは財産というものは、公共の福祉に適合するがごとくこれを認めてあるものであります
○だいたい法律はたくさんあるよりも少い方がよろしい。いくらでもつくって役人だけが知つておるような法律なら、ほんとうはない方がいい
 現在の,災害救助法という法律が,憲法という根本理念から遠く離れ,また,一部官僚しか知らない技術法律に成り下がり,被災者の救済よりも治安維持・形式的公平を維持するために汲々としている実情と,全く違った観点で論議されていたことが分かります。

 この災害救助法が,再び役に立つ法律となり得るためには,初心に返って,憲法に即した運用方法を見直さなければなりません


 ところで,阪神・淡路大震災のときに,個人の住宅の補修・再建に公費を当てることにつき,
   私有財産に公費を注ぎ込むことは憲法違反だ
などという妄言が流行り,私有財産制の原則から個人補償は否定されるなどという,お馬鹿な議論がなされました。
 実は,未だに,この考え方がまかり通っていて,被災者生活再建支援法という,とても良い法律が出来たのに,未だに直接の住宅費については支給が否定されています。

 これって,明らかに憲法解釈の誤りだと思います。

 まず,憲法が私有財産制度を保障していますが,これは,憲法29条に次のように定めているところによります。
1 財産権は、これを侵してはならない。
2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
 ここにあるように,私有財産は保障されていますが,公費を私有財産に注ぎ込んではいけない,などとどこにも書いてありません。
 むしろ,私有財産が公共目的で収用・制限されることに明記してあり,我が国の私有財産制には社会主義的側面があることが明白です。
 行政は吸い上げるだけ吸い上げて与えることはしない,などというのはおかしいでしょう。
 ギブアンドテイクが当たり前だという発想からすれば,私財形成への公費注入は禁止されていないというべきです。

 この点は,神戸大学のロースクールの入学試験で,財産権というのは自由権としての側面だけでなく,社会権として国家から受益を受ける側面もあるのだ,という出題がなされていることからも,憲法解釈として正しいというべきです(→神戸大学入試試験参照)。

 公の財産の支出,利用制限については,憲法89条に定められています。次のとおり。
公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。
 個人への公金支出は禁止されていません。
 靖国神社に献金するのは憲法違反になると言えますが,個人補償については,全く問題ないわけです。

 「自然災害の損害は自己責任が原則」
などという説明もよく耳にしますが,憲法には次のような条文(憲法16条)もあります。
第16条 何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。
 損害の救済というのは,損害の賠償ではありません。補償でもありません。
 文字通り「損害の救済」は,自然災害時の救済も含んだ概念であり,これを求めることは,国民の権利なのです。
 憲法16条は,請願権といって,民主主義がうまく機能していないときに使う人権なのですが,我が国の,未成熟で閉塞した民主主義の現状からすると,もう一度スポットを当てた方がよさそうな人権ですね。

 いずれにしても,個人補償は憲法違反だ,という説明はウソであり,むしろ,被災者救済のための個人補償は憲法の要請である,というのが正しいということになります。


 キリがなくなってきたので,一応,ここで区切りますが,言いたいことをまとめると次のとおりです。
  ◆理念法としての復興基本法は,憲法そのものである。

  ◆各種実施法を,機能させるためには,憲法に沿った解釈運用を徹底させるべきである。

  ◆現下の諸問題は,憲法が,曲解あるいは無視されているところに起因している。したがって大切なのは憲法教育である。

  ◆しかし,憲法自体が,今や風前の灯火である。まずは憲法の理念をまもること。

  ◆仮に壊憲の事態となったとしても,災害復興の問題に正面から取り組み,考えれば,結局,憲法の理念に再び行き着くであろう。

  ◆だから,災害復興問題を真剣に考えよう。


というところかなと思います。

講演まであと2週間。もう少し考えて,ネタを練り直します。
分かりにくい長文にお付き合いいただき,ありがとうございました。

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