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 4月13日に,「改憲手続きを簡略化するとともに,改憲準備を進める作業方法を定めた法律案」(→単なる国民投票の手続きを定める法律とはいえない。)が,衆議院を通過する見通しになったというニュースが届きました。
(→こちらです
nakayama.jpg 「民主党との調整を断念した」というのが理由なので,このまま行くと,ムチャクチャな悪法のまんま,ろくな修正や見直しもせず,強行突破するということになります。

 原法案のまま突入するという行為は,危ないと分かっていながら,シンドラー製のエレベーターに乗ってボンバルディア機で渡航しようとするようなもので,何を考えているのかさっぱりわからず,私の理解の域を超えています。

 物事を考える上で,一つの視点として,
   目的と手段
を整理するという切り口があります。
 
 改憲の是非を問うのが「目的」で,投票法は「手段」に過ぎません。
 ところが,投票法案という「手段」そのものが,改憲という「目的」そのものとオーバーラップしているから,おかしいのです。

  良い国と人々の幸せを培うことが目的で,その手段が憲法
  憲法が目的だとすると,これを実施する手段が個々の法律
  法律内容の実現を目的とすると,これを実施する手段が行政(内閣)

これは誰でも簡単に理解できますよね。

  憲法という目的を達するために,国会や内閣という手段を置いた。
  国民主権という目的を達するために,選挙や国会という手段を作った。
  内閣を民主的にコントロールする目的で,議院内閣制という手段を採用した。
  国会審議の充実という目的を達するために,委員会という手段を置いた。

ところが,現在の審議の内容を見るとそうなっていませんよね。

  目的は,「内閣の指導力を高揚する」「選挙で勝つ」「法律を通すことそのもの」「為政者の意図にあった憲法につくりかえる」であり,
  そのための手段として,「国会審議を簡略化する」「手続きは強行する」「民主的コントロールを排除する」「現行憲法を無視する」という手立てを講じています。

 「目的と手段」あるいは「主体と客体」という視点から,序列をイメージしてみると,こんな感じでしょうか。

  国民の人権>憲法>国会>法律>内閣>具体的施策

ところが,今のところ完全に逆転していますよね。

  首相の思惑>内閣>改憲簡略法>国会>壊憲>国民束縛

 こういうのを本末転倒というのでしょう。
 たいへんなことになっています。

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