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なんとか無理して時間をひねり出して、
 映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」を観てきました(→公式サイトはこちら応援ブログはこちら

20070613003134.jpg 私は、この映画が封切される前に、「この映画は戦争美化しているのではないか」と批判したことがありますが
(→「石原慎太郎脚本・総指揮の戦争美化映画」/こちらです)、
このコメントは撤回しようと思います。
 この映画は、戦争の悲惨さや、悲しみなどをリアルに描写しようと努めているので、「戦争美化」というのは言い過ぎだと思ったからです。

 一方で、他の方々のブログなどの感想をお聞きすると、
    とにかく涙が出て止まらなかった
という人が多いようです。
 しかし、私は1滴も涙が出ませんでした(ちなみに、私は、最近は、子どもと一緒に観るドラえもんやクレヨンしんちゃんでも落涙してしまうのが現状ですので、必ずしも感性が乏しいわけではない。)。

 なぜ涙が出なかったか?それは,無性に腹が立ってきたからです。

 この映画を観ながら、腹が立ち胸苦しい嫌悪感を感じたのは、
    「自分で死ぬこと」を極端に美化している
というところです。 

 特に3点だけ気になって仕方がないシーンがありました(一部ネタバレご容赦をば)。

 1 死ぬことの「美しさ」を強調する演出がふんだんになされている
  (→だから、私は生理的に嫌悪感を感じてしまったのでしょう)

 2 特攻隊の青年将校らが、心から「靖国神社で会おう」と誓い合う
  (→マインドコントロールされた若者の姿が、気の毒で、歯痒くてならなかった)
  (→高橋哲哉さんの「靖国問題」を読めば私の歯痒さが分かります)


 3 特攻を命じた大西瀧治郎海軍中将が最後に責任を取って切腹する
  (→責任者が自殺して問題点をうやむやにするのは絶対に許せない!怒!)


◆死は「悲しい」もの(マイナスイメージ)であって、「美しい」もの(プラスイメージ)ではない!
(なお、安倍氏の著書「美しい国」にも、死を「美しい」とするコメントあり)

◆だから、(病気の場合は別として)自分で死を選ぶことは正しくない!

◆まして,国家のために、自決するというのは、あってはならない!
(なお、靖国神社は、本来、悲しいはずの死の感情を美徳に転じさせる装置)

◆さらに、責任者が「責任を取るために」などと言って、現実から逃げて自殺するなどというのは、もってのほかで、絶対に許されざること。
 
 

 なお、この映画の総指揮者である石原慎太郎氏は、松岡農水大臣が自殺した際、
 「松岡大臣は死をもって罪を償った。彼もサムライだった。」
などというおかしなコメントしていましたが、そういう発想でこの映画を製作したのであるなら、この映画は、スタンス自体がおかしかったのだろうと言わざるを得ません。

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