上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 福沢諭吉は1万円札にも登場し、多くの国民に好意的に受け取られています。
20070623062115.jpg
 しかし、お札に登場する人物は、いつの時代も、どこの国でも、国家にとって歓迎すべき言動をした人物、国家が崇拝すべき人物です。 
 市民の立場からすると、必ずしも好人物と言えない側面もあります

 たとえば、樋口一葉は、労働者に対する蔑視や、士族や華族を崇拝する身分差別的思想があったと言う説もあります。
 たとえば、野口英世は、「偉くなるのが敵討ちだ」とか「名誉のためなら危ない橋でも渡る」などと言ったという説もあります。

 上昇志向や、差別意識、競争至上主義的な発想は、為政者に通ずるところがあります。

 逆に、民主主義の発展に功績の大きかった人物は、必ずしもお札になっていません

 ですから、紙幣を手にするとき、盲目的に「偉い人だ」と受け止めないよう、ちょっと気をつけなければいけません。
(とはいえ、その「刷り込み効果」には多大なものがありますね。)

 そういえば、安倍晋三氏は、今年の年頭の首相所信表明で福沢諭吉の言葉を引用していました
 福沢諭吉は、確かにその時代に合致した発言をしていたかも知れませんが、現代的に見ると、「いかがなものか」と思う発言が多数あります。

 というよりも、現在の与党の目指している方向が、明治維新の後の富国強兵主義であることからすると、福沢諭吉の教えの通りに進めたいということなのかも知れません。
 時代逆行もはなはだしいです。 

 誰でも知っている「学問のすすめ」は、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」から始まっていて、西洋的な平等主義が主張されているように誤解されています。
 これは、確かに自然権的な平等権を指摘しているともいえますが、その後に続く文章を見ると、むしろ、競争至上主義、自己責任論、選民思想(弱者切捨て思想)にあふれています。
◆今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるものあり、貴人もあり、下人もあり
◆賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとに由って出来るもの
◆むつかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、やすき仕事をする者を身分軽き人という
◆医学、学者、政府の役人、または大なる商売をする町人、多の奉公人を召使う大百姓などは、身分重くして貴き者というべし。
◆無学なる者は貧人となり下人となるなり。


 福沢諭吉が、富国強兵、植民地主義(帝国主義)の最右翼の論者であったことは、よく知られています。
 私の手元にある日本史の教科書には、福沢諭吉の「脱亜論」(中国、朝鮮に対する侵略政策)が、しっかり資料として出ています。
 以下は福沢諭吉の主宰する「時事新報」の抜粋です。
◆世界各国の相対峙するは禽獣相食まんとするの勢にして、食むものは文明の国人にして食まるるものは不文の国とあれば、我日本国は其食む者の列に加はりて文明国人と共に良餌を求めんか
(≒世界は弱肉強食の世の中だ。食べる側は文明国。食べられる側は後進国。日本は食べる側に加わって、世界列強とともに良い餌を食べよう)
◆西洋の文明国と進退を共にし、其支那朝鮮に接するの法も隣国なるが故にとて特別の会釈に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に従て処分すべきのみ。
(≒西洋文明国と一緒になろう。中国や朝鮮に対しても、隣国の礼を尽くす必要はなく、西洋列国と同じように処分すればよい)
◆悪友を親しむ者は共に悪名を免かるべからず。我れは心において亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり。
いやはや、すごいことを言っていますね。

 そして、靖国問題です。
 靖国神社を利用して、愛国心の高揚や、国のために死ねる国民を作り出そうというシステムを最初に提唱したのは、福沢諭吉でした。
 これもやはり時事新報の中に「戦死者の大祭典を挙行す可し」(1895年)というのがあり、これを受けて、戦前の靖国システムが構築されたということです。
◆戦争に備えて死を恐れずに戦う兵士の精神を養うために、可能な限りの栄光を戦死者とその遺族に与えて「戦場に斃るるの幸福なるを感ぜしめざる可らず」(≒戦死することが幸福であると感じさせるようにしなければならない)
◆そのための方策として、「帝国の首都東京に全国戦死者の遺族を招待して、明治天皇自らが祭主となって死者の功績を褒め讃え、その魂を顕彰する勅語を下すこと」こそが、戦死者とその遺族に最大の栄誉を与え、戦死することを幸福と感じさせることになる
 詳しくは高橋哲哉さんの「靖国問題」の第1章を読んで下さい。


ここで福沢諭吉を批判してもしょうがありません。

何がポイントか?

要するに、福沢諭吉を崇拝をしている為政者は、戦前の富国強兵・競争主義・列強帝国政策を理想(願望)とし、これを踏襲したいと思っている、ということに気付くべきだ、ということです。


***ランキング参加中***応援クリックお願いします応援クリックお願いします応援クリックお願いします
          
Secret

TrackBackURL
→http://tukui.blog55.fc2.com/tb.php/376-272f7d50
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。