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 「日本を愛すること自体,何が悪いのか」という意見をよく聞きます。
 先日も,親友からや,コメント欄で,そんな指摘がありました。

 日本人である以上,日本が好きで当たり前で,そのこと自体は別に議論するまでもないでしょう。
 もちろん,私も日本という国が大好きです。


ただし,「愛国心」と言った場合,

 「愛」「国」という言葉に,問題が隠れています。


1 「愛」の持つ副作用については,以前に何度も書いたことがあります。
  →「教育基本法改正~愛は暴力に変わる」
  また,ご覧いただければ幸いです。


2 「国」という言葉もクセモノです。
  「国」という言葉は,とてもあいまいで,多義的です。
  大辞林によると「国」の意味は次のとおりとのことです。
(1)一つの政府に治められている地域。国家。国土。
    「―を治める」
(2)地域。地方。
    「北の―」
(3)(地方自治体に対して)中央政府。
    「―から県に管轄が移る」
(4)古代から近世に至る日本の行政単位の一。
(5)自分の生まれ育った所。故郷。郷里。
    「何年ぶりかで―に帰る」
(6)任国。領国。知行所。
(7)任国を治めること。国務。
(8)(天に対して)地。大地。
(9)国の統治者。天皇の位。また、その政務。
(10)国(4)ごとにおかれた地方行政府。
(11)国府。
 このうち,強調した分が問題です。
 私が,愛しているのは,青い色の「国」です。
 他方,政府や統治者を愛することはできません。
 だから,赤い色の「国」は愛を注ぐ対象とはなり得ません。

 政府が「愛国心」という場合,このあたりを意図的に混同して強制してくるので,問題なのです。


 ところで,新しい日本国憲法が制定された後,新しい国家を作ろうという動きが興りました。
 昭和28年,サントリーが音頭を取って全国民に呼び掛けて作った国民歌があります。
 「われら愛す」という歌です。
 この歌が発表されたとき,全国各地の超満員の聴衆が感動し,涙を流す人もいたそうです。

 ちょっと引用しておきます。
われら愛す
                      作詞  芳賀 秀次郎
                      作曲  西崎 嘉太郎

1 われら愛す
  胸せまる あつきおもひに
  この国を
  われら愛す
      しらぬ火筑紫のうみべ
      みすずかる信濃のやまべ
  われら愛す
  涙あふれて
      この国の空の青さよ
      この国の水の青さよ

2 われら歌ふ
  かなしみの ふかければこそ
  この国の
  とほき青春
      詩ありき雲白かりき
      愛ありきひと直かりき
  わられ歌ふ
  をさなごのごと
      この国のたかきロマンを
      この国のひとのまことを

3 わられ進む
  かがやける 明日を信じて
  たじろがず
  われら進む
      空に満つ平和の祈り
      地にひびく自由の誓ひ
  われら進む
  かたくうでくみ
      日本のきよき未来よ
      かぐわしき夜明けの風よ
 どうですか?
20070707121748.gif これだったら,「愛国心」という言葉があふれていたとしても,違和感は感じないのではないでしょうか。
 それは,「国」が,「政府」や「君主」ではなく,「自分の生まれ育った故郷」という意味であることが明らかだからです。
 これなら,君が代(=天皇とのむすびつきが否定できない)のようなややこしい問題は起こらなかったでしょう。

 さて,この歌は大々的にキャンペーンされて広がったそうですが,
 昭和28年9月からNHKの放送終了時に「君が代」が演奏されるようになり,
 昭和30年に,文部省の学習指導要領が改訂され,祝日には,国旗掲揚し「君が代」を斉唱するのが望ましいという方針が打ち出され,
 次第に消えていったということです。
かもがわ出版「われら愛す~憲法の心を歌った“幻の国家”」より)
(※2005.02.22朝日新聞にも記事が掲載されていたそうです。)

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