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私があちこちで開催される9条の会に出掛けて配るレジュメには,この,
  「焼き場に立つ少年」
の写真を,そっと載せておくようにしていました。

 この写真は「写真が語る20世紀 目撃者」(朝日新聞社/1999年)に掲載されたものですが,オダネル氏自身が,次のようなコメントを添えていました。
 これを読んで,あらためて写真を見たとき,何とも言えないこみ上げるものがあったのです。
1945年9月―佐世保から長崎に入った私は

小高い丘の上から下を眺めていました。

10歳くらいの少年が歩いて来るのが目にとまりました。

おんぶひもをたすきにかけて、

幼子を背中にしょっています。

重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという

強い意志が感じられます。

しかも足は裸足です。

少年は焼き場のふちに、

5分か10分も立っていたでしょうか。

おもむろに白いマスクの男たちが少年に近づき、

ゆっくりとおんぶ紐を解き始めました。

この時私は、背中の幼子がすでに死んでいるのに

初めて気づいたのです。

まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。

それからまばゆいほどの炎がさっと舞い立ちました。

真っ赤な夕日のような炎は、

直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。

その時です、炎を食い入るように見つめる少年の唇に

血がにじんでいるのに気がついたのは。

少年があまりきつく唇を噛みしめているため、

唇の血は流れることもなく、

ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。

夕日のような炎が静まると、

少年はくるりときびすを返し、

沈黙のまま焼き場を去っていきました。

佐世保から長崎に入った私は、

小高い丘の上から下を眺めていました。・・・

背筋が凍るような光景でした。
 この写真を長崎で撮影し,解説文を書いたジョー・オドンネル(オダネル)氏が,今年、長崎原爆の日の翌日(8月10日)に亡くなりました。

 オダネル氏も,晩年,放射能による健康被害で苦しんだそうです。

 私たちは,この壮絶な苦しみ・悲しみを忘れてはならず,
 また,
 実際を知らない私たちは,最大限の想像力を動員して少年の思いをイマジネートしないといけないのでしょう。

yakiba.jpg この詩を横井久美子さんが朗読し,
峠三吉氏の「にんげんをかえせ」を横井さんが歌った
 CDが,原爆症認定集団訴訟全国弁護団らから,頒布されています。
 (→入手はこちらをどうぞ

 オダネル氏の逝去の日に「はだしのゲン」が放映されました。

 焼き場に立つ少年と重なるものがありました。


 この奇遇に,また過去の日への思いを新たにしました。

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