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akanegumo.jpg 8月12日は、日航機墜落事故が起きた日であり、忘れてはならない一日である。

 乗客には関西の方も多く、私の妻がお世話になった方も幼子を残して亡くなっており、気持ちの上でも、忘れることのできない日である。

(これは、遺族が悲しみや思い出を綴って毎年発刊していた文集「茜雲」の20年目の総集編である。→)

 広島・長崎の原爆の日、大阪大空襲の日、終戦の日と並んで、暑い夏の日には、どうしてこうも命の重みを感じさせられる日が続くのだろう。

 8月12日には、慰霊・追悼のために、墜落の現場となった御巣高山に登山するのが例となっているが、今年は、JR福知山線脱線事故のご遺族と明石歩道橋事故のご遺族も一緒に御巣高山に登った。

 異なる事故の遺族同士がつながり合い、交流の中で支えあうことによって得られるものは、非常に大きいものがあると感じる。

 これは東京新聞2007年8月12日朝刊の引用である
『再発防止』思い同じ 日航機墜落灯籠流し 尼崎事故遺族が初参加

 「日航もJR西日本も元は国をバックにした大企業。大事故を起こしても倒産しないというおごりが同じ」-。日航ジャンボ機墜落事故から22年を迎える12日を前に11日夕、群馬県上野村で行われた灯籠(とうろう)流しには、一昨年の尼崎JR脱線事故などの遺族が初参加、鎮魂と事故再発防止の思いを分かち合った。

 脱線事故で長女を失った大阪市の藤崎光子さん(67)は「事故から2年でもショックが消えないが、日航機事故の遺族もこの思いに今でも苦しんでいるのでは」と思いやった。

 同じ事故で長男を亡くした大阪府阪南市の石橋位子(たかこ)さん(62)は「JRも日航も同じような事故やトラブルの繰り返し。息子は自衛隊員だったが、日航機事故で救難活動などに当たった隊員のように、息子もこれから事故などの現場で活躍するはずだったのに」と悔しさをにじませた。

 2001年、兵庫県で起きた明石歩道橋事故で二男を奪われた神戸市の下村誠治さん(49)は「家族を不条理に亡くした遺族同士は会うだけで心のケアになる。事故原因の追及など日航機事故の遺族の活動は、大事故の遺族にとって手本」と言葉をかみしめた。
 以前にも、事故の当事者こそが、最も事故に強い関心を持ち、真の安全を確保する方策に迫ることができる、ということを書いたことがある。

 そのとき紹介したHP
   事故遺族 ~安心安全な社会をめざして~
をあらためて紹介しよう。

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 世間の人々は「遺族・被害者は感情的に物事を考えているのではないか」と誤解しているかもしれない。
 しかし、それはかなり間違いが含まれている。
 当事者の思いを想像してみれば、それは無分別な「感情的」という種類のものとは全く異なる。
 むしろ、一般の人々よりもずっと客観的に事故を見つめ、再発防止を願っていることがよく分かるだろう。

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