学習指導要領を改定して,脱「ゆとり教育」とするそうだ。

お世辞にも上手く機能したとはいえない「ゆとり教育」を見直すことには私も賛成するが,なぜ根付かなかったのかを検証しないで,やみくもに「学力向上」を強調するのは,愚策の上塗りになるのではないかと憂慮する。

私なりに,ざっくりと2つだけ思うところを述べると,

  ◆教育環境を整備していないこと
    (→ 教育費をケチってはならない!)

  ◆教育権と学習権を保障していないこと
    (→ 現場(生徒の教師)の主体性を認めよ!)


が問題だと思う。
少なくとも,中教審には,その点に言及してもらいたい。

まずは,今日の読売新聞(関西)の一面トップから引用しておこう(強調部分は津久井による。)。
「言語力」育成、脱「ゆとり」も
   …中教審が指導要領改定へ


 今年度中に改定が予定される小中高校の学習指導要領について、中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)は16日、基本方針を「ゆとり教育」から「確かな学力の向上」に転換した上で、自分の考えを文章や言葉で表現する「言語力」を全教科で育成していく方針を固めた。

 国際学力調査で低下していることが明らかになった文章表現力や思考力を向上させる狙いがある。中教審は今後、各教科ごとに言語力の具体的な育成方策をまとめる方針だ。

 学習指導要領は、小中高校の授業で行う内容や時間数などを定めた国の基準で、ほぼ10年に1回改定される。現行の指導要領は、学校5日制の完全実施など、学習内容を大幅に削減した「ゆとり教育」が柱で、小中学校は2002年度から、高校は03年度から施行されていた。

 しかし、学力低下が指摘されているため、新たな指導要領では、「ゆとり教育」からの脱却を明確に示すことにした。(中略)

 経済協力開発機構(OECD)が2003年に行った国際学習到達度調査(PISA)では、文章表現力や思考力を測る「読解力」の順位が、日本は8位から14位に下落した

 中教審は、こうした力が欠けていることが、人間関係の構築が苦手な子供を増やし、いじめやニートなどの問題の遠因となっていると分析。言語力の習得を通じ、子供のコミュニケーション能力を向上させることも目指したいとしている。

(1) ゆとり教育について,何がダメだったのか?
私は,第一に,
   「授業時数が減ったのだからお金も減らそう!」
   「お金がないから,人(教員)も増やさない!」
   「お金がない分,精神(=心)でカバーしよう!」

という,まるで戦時の窮乏下のような発想が,教育を貧困にしている大きな原因だと思う。
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 これは,文部科学省の公表しているデータだが(こちらより引用),「ゆとり」を良い口実にして,教育費をどんどん減じているのがよくわかる。

 少子化の傾向もあるだろうが,公教育費は減少しているが,私教育費(塾などの費用)は増加しており,国のケチりは明らかだ。

 どうして,中央教育審議会も,教育再生会議も「本気で教育を良くしたいなら,もっとお金をかけようよ!」と声高に言わないのか,すごーく不思議だ。

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(2) もうひとつは,何か。
 「ゆとり教育」は,個性と自主性を重んじるところに大きなポイントがあった。

 小学校の学習指導要領の総則には
「学校の教育活動を進めるに当たっては,各学校において,児童に生きる力をはぐくむことを目指し,創意工夫を生かし特色ある教育活動を展開する中で,自ら学び自ら考える力の育成を図るとともに,基礎的・基本的な内容の確実な定着を図り,個性を生かす教育の充実に努めなければならない」
とある。

 つまり,
  「個々の学校毎に」
  「個々の創意工夫を尊重し」
  「教師と生徒の自主性を重んじて」
  「個性を生かす」

とされていたのである。
 しかるに,誰もが知っているように,現実には,国の統一的な中央集権的な教育が徹底され,個性や自主性などは,完全に吹き飛んでいた。

 この
   「建前」と「現実」のねじれ現象
が「ゆとり教育」の失敗の一因であり,また,教育現場の混乱を招いているのである。
 このことも,どういうわけか,中教審も教育再生会議も触れず,むしろ,中央集権的な流れを強めようとしている。
 より悪くさせるつもりなのだろうか?

 今回の学習指導要領の見直しの動機は,学力低下にあり,その指標となったのが,
    OECDの国際学習到達度調査(PISA)の結果
だという。

 そうであれば,PISAでダントツの成果をおさめたフィンランドの教育のあり方に学ぶべきではないか(→参考の過去エントリーは,こちらとこちらとこちら

 すなわち,
    教師・学校の教育権
            と
    子ども自身の学習権
を正面から認めて,国や行政は,それをサポートすることだ。

  主体=行政(国・自治体) 客体=現場(教師・生徒)
         を
  主体=現場(教師・生徒) 客体=行政(国・自治体)
に転換する発想と,それを徹底する施策が必要だということである。

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