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 新しい農水大臣は,社会の空気を読んで速やかに辞任した。
 さすがに何度も失敗を重ね,迅速な対応の必要性だけは学んだようだ。
 辞任は当然の結末だし,任命者の責任も当然に問われるべきだ。

 ただ,ちょっと十年ぐらい前を振り返ってみれば,おそらくこの程度の不正であれば,見過ごされたことだろう。
 昔は「秘書がやったことだ」という弁解もよく耳にしたが,そんな言い訳も十分に通用していた。
 今だったら,社会的にはとても許されない

 この国や社会が,急速に「法令遵守」に進んでいるのを感じる。
 一見,それはとても良いことのように聞こえる。
 しかし,コンプライアンスの本当の意味を理解せずに,やみくもに形式的な「法令遵守」を振り回すのはとても危険だ。
 この社会の雰囲気には,注意を要する。 

    ■不正かどうかを,形式的に簡単に決めつける
    ■悪いとなると,社会全体で一斉に袋叩きする
    ■それが一気に国民ヒステリーに高まる


という社会的な動きが,パターン化しつつあるとしたら問題だ。
(先の朝青龍の問題にも似たものを感じるが。)

 そのようなヒステリックな大衆エネルギーが,一市民である私たちに同じように向けられるとしたらどうだろうか。
 とても怖いことである。

 法令遵守の美名の下で「共謀罪」「国家機密」「テロ対策」などという看板を掲げて,私たちの日常生活に,同じような矢が向けられつつあることも知っておくべきだ。

 痛めつけられた政治屋たちが,息苦しく締め付けられた自分たちへの仕打ちを,今度は,私たち国民の日常生活へも,同じように押し付けてくる可能性は大である。


 政治資金規正法で1円単位の領収書を必要だと改正されるのは良いが,その後,私たちの生活・活動にも,同じ水準の規制を求められたらかなわない

 ここは,憲法に立ち戻ろう
 国務大臣には,特権もあるが,その反面,高度の責任が要求されている(憲法73条,99条など)。
 公務員として,国民から,罷免される地位にあり(憲法15条1項),全体の奉仕者であらねばならない(憲法15条2項)。

 権力者と,国民は,全く立場が違う
 権力者は,憲法という縄で縛られており,国民の信頼を失ったらそれで終わりである
 その憲法の精神が,ようやく社会に浸透し,それが実現されるようになり,速やかな不適格大臣の辞任につながっていると見るのが正しいだろう。

 決して,単純に一個人として不正の責任を取ったという理解に流れないようにすべきだ。

 おそらく,政治屋の多くは自分たちの置かれた立場が,一般国民や企業とは,性質的に違うのだ,ということを理解していないと思われる。
 彼らは,一般国民と違うのは,せいぜい,政治力学の関係上,進退を決する時がある,という程度の認識だろう。 
 しかし,憲法上,「国会議員だからこそ」「国務大臣だからこそ」特に問われる責任があるのだ,ということを,しっかりと認識しておいてもらう必要があるだろう。

 自分たちへの締め付けと,国民への締め付けでは,全く意味も性質も異なるのである。
 私たち国民も,そのことをよく理解しておかないといけない。



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