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 現場で普通に仕事をしている弁護士の大多数は,橋下徹弁護士批判的だったり,嫌がっていると思います。
 それは,彼の物言いが,現場の弁護士の感覚とは違っていて,むしろ,世論に迎合的なマスコミ文化人的な雰囲気があるからだろうと思われます。

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 ところが,実を申しますと,私は,
彼なりの考えをもってそれを堂々と述べている姿勢や,
やや単純ではあるが分かりやすくて明快な意見を述べているところ
が気に入っていて,隠れファンだったのです。

 なんというんでしょう…,何となくモヤモヤした事柄について,スパッと割り切った発言をするので,気分がいいのです。
 きっと,自分にできないことを,彼がいとも簡単にやってくれているのがいいのかなと感じています(ただし,意見の方向性や内容は,私とかなり違うが…。)

 しかしながら,実際の弁護士の仕事の本質
       迷い や 悩み
連続というところにあります

 スッキリと割り切れないものを,どんなふうに折り合いを付けようかとグズグズと迷ったり,ドロドロした嫌なモノを鼻をつまみながらあえて素手で取り上げてみるとか,ダメなモノを何とかものにならないかと悩んだりするところに現実のしんどさがあります。

したがって,

   ○悪いヤツをやっつける!

   ○正義の味方だ!

   ○かわいそうな人の人権をまもる!


という世間の人々の抱いている単純イメージは,現場の弁護士からすると,かなりかけ離れたものになります。

 たとえば刑事事件。

 弁護士の仕事は,被告人の利益に資するように活動するところにあります。
 冤罪事件の弁護なんていうとカッコイイですが,99%以上は有罪者の弁護です。
 「なぜ悪い人の弁護をするんですか?」
 というお尋ねは何度聞いたか分からないほどですが,そこにこそ弁護士の仕事の本分があるわけです。

 もちろん,弁護士も人ですから,被害者に遭った方のことを思えば,弁護活動など気分の良いものではありません。自分が同じ立場だったら,と思うとやりきれない思いも感じます。
 また,依頼者である被告人と,激しく意見対立したり,被告人に腹を立てることもしばしばあります。 

 そんな割り切れない思いや悩みを抱きながらも,あえて被告人の立場に立って弁護するところにこそ,弁護士が弁護士たる理由があります。

 もし,そこを踏み外してしまうと,弁護・検察・裁判という,それぞれの役割は崩壊し,何のために弁護士が存在するのかという底知れぬ哲学的な迷いに陥ることになってしまいます。

 橋下弁護士も,問題になったTVを見る限り,そこはもちろん理解をしているようです。
 ただ,今回問題になった発言,

「ぜひね、全国の人ね、あの弁護団に対してもし許せないって思うんだったら、一斉に弁護士会に対して懲戒請求かけてもらいたいんですよ」

 「懲戒請求を1万,2万とか10万人とか、この番組見てる人が、一斉に弁護士会に行って懲戒請求かけてくださったらですね、弁護士会のほうとしても処分出さないわけにはいかないですよ」

というのは,ダメなモノは絶対的にダメと決めつけてバッサリ切り捨てた上の扇動ですから,もはや弁護士としての「悩み」や「迷い」から離れた発言と言わざるを得ず,弁護士としての地位を利用した単なる個人的な思いをぶちまけたもの,と受け取られても仕方がないと思います。

 橋下ファンの一視聴者として,お茶の間の大衆の一員として,橋下さんの堂々とした記者会見はなかなか立派に見えました,
    が,
 現場の一弁護士としては,とても共感できるものではありませんでした。

◇弁護士は立憲主義国家には欠かせない存在ですけれども,

◇弁護士は大衆の支持によって成り立つ存在ではないですから。  


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なお,直接,橋下さんの件とは関わらないのですが,光市事件に関連して,兵庫県弁護士会からは,こんな声明も出ています。
他の弁護士会からも,それぞれの思いを語った声明がいくつかでています。

兵庫県弁のものを引用しておきます。(→こちらよりPDF版が

   刑事弁護活動に対する違法な攻撃を許さない会長声明

 広島高等裁判所に現在係属中の殺人等被告事件(いわゆる光市事件)に関して、さきに日本弁護士連合会宛てに、被告人弁護団を脅迫する書面等が届けられた。また、報道によると、類似のものが、新聞各社にも送付されたとのことである。このような行為は、弁護活動を、暴力と脅迫によって否定しようとする違法・卑劣な攻撃であって、断じて許すことができない。

 この事件は、母親と幼い子どもの命が奪われた痛ましい事件であり、遺族の方の心情も察するに余りある。また、社会の関心も集まっている。
 しかしながら、被告人の弁護人依頼権その他の適正な手続を受ける権利は、社会の関心がどのようなものであるかにかかわらず、十分に保障されなければならない。

 憲法第37条3項は、「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる」と規定する。
 刑事被告人には、いかなる場合でも、弁護人を依頼する権利が保障され、十分な防御の機会が与えられなければならない。これは、憲法31条の適正な手続により刑事裁判を受けるために不可欠の権利を保障するものであり、その他の被告人の権利とともに十分に護られなければならない。このような被告人の権利を保障することは、ひいてはすべての国民の適正な裁判を受ける権利、適正な手続を受ける権利を保障することにつながる。これは、冤罪等の不当な処罰を防止するために人類が歴史を通じて確立してきた大原則である。この原則は、いかなる時代であっても、実現されなければならない。同時に、刑事被告人の権利・利益を擁護し、国家の刑罰権の適正な行使を求める弁護人らの弁護活動の自由も、十分に保障されなくてはならない。

 しかし、時として、被害の悲惨さなどに注目するあまり、刑事被告人の権利、及び、刑事弁護に対する誤解をまねき、弁護人の弁護活動に対する妨害や干渉、さらには暴力の行使も存在する。

 そのため、国連の「弁護士の役割に関する基本原則」は、第1条において、人権と基本的自由を連切に保障するため、「すべて人は、自己の権利を保護、確立し、刑事手続のあらゆる段階で自己を防御するために、自ら選任した弁護士の援助を受ける権利を有する」と定め、第16条において「政府は、弁護士が脅迫、妨害、困惑、あるいは不当な干渉を受けることなく、その専門的職務をすべて果たし得ること、自国内及び国外において、自由に移動し、依頼者と相談し得ること、確立された職務上の義務、基準、倫理に則った行為について、弁護士が、起訴、あるいは行政的、経済的その他の制裁を受けたり、そのような脅威にさらされないことを保障するものとする」と定めている。

 当会は、今回の脅迫行為に対し、強く抗議するともに、憲法の要請する弁護活動の自由を保障するため、刑事弁護にかかわるすべての弁護人が、このような脅迫行為に屈することなくその職責を全うできるよう最大限支援をしていくものである。

 また、広く市民に刑事被告人の憲法上の権利、及び刑事弁護の意義・重要性についての共通の理解を求めるため,不断の努力を行う決意であることをここに表明する。

2007年(平成19年)8月22日

                               兵庫県弁護士会 会長 道上明

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