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 浜岡原発の耐震性をめぐる訴訟で,原告の請求が棄却された。

 私も,原発問題は,先日の新潟県中越沖地震で,柏崎刈羽原発の一連の事故が起こったことから,にわかに関心を持ちはじめたばかりの問題なので,この訴訟の全貌も分かっていないから,判決を的確に批判することができない。
 もっとも,今回の判決は,柏崎刈羽原発の問題は,審理終了後の出来事ということで,ま~ったく何も考慮していないようなので,私たちの関心事(=新潟中越沖地震で明るみに出た,原発の耐震性への疑問)とは噛み合わないみたいだ。
 なので,新聞を読むときは,あくまでも柏崎刈羽原発の約3000件のトラブルが起こっていないことを前提に,今回の判決が書かれていることに注意しなければならない。


 それでも,この長い判決文の最後の約10行(正確にはラスト12行)を見てみるだけでも,
    ずるい逃げ方をしている
    勇気のない判決

であることは,容易に見て取ることができる。
(判決全文は,→こちらへ
 ちょっと目を凝らしてみれば,裁判官も,しょせんは「ひとりの気の弱い人間」であることがよくわかるはずだ。
 原子炉施設における深層防護(多重防護) の思想や保守的な判断(安全の側への判断) を前提として, PDCAサイクルを実践することはもちろんであるが, とりわけ,事業者及び原子炉施設を維持・運転する人の規範意識や安全確保に対する強固な意志, 専門的な知識と的確な判断に基づく適正迅速な行動等が重要である。どんなに幾重の対策を講じ重厚な設備にしようとも, これを扱う人のミスによってこれらが瓦解に帰し, 重大な事故へと発展することがある。こうした人の問題についても,被告はこれを撲滅することを目指して対策を講じ,改善の努力をしてきており, 直ちに本件原子炉施設の安全確保を危惧させる状況にはない。
 原告らの主張を検討しても,本件原子炉施設の運転によって原告らの生命,身体が侵害される具体的危険があるとは認められない。

 延々と長々と耐震基準の客観的・科学的検討をして「安全だ」と言い切っていながら,最後の最後で,「もし事故が起こったら,それは『人のミス』や『人の問題』だ」と言って逃げちゃっているわけである。
 つまり,万が一,大事故が起こっても,
     「自分たちの下した判断が間違っていた」
というのではなく,それは,
     「事業者(人)の意識や行動が原因なのだ」
と,あらかじめ他人のせいにしちゃおうとして,逃げちゃっているのである。
 だから,「ずるい」し,「勇気がない」のである。

 人がミスを犯すのは当たり前のことであり,地震等の災害時には,人が誤りを犯しやすいことも誰でも知っている。
 そんなときでも,事故が起こらないようにするのが多重防護の発想である。
 こんなありがちな具体的なケースを想定することなく,「具体的危険がない」(=「抽象的危険があっても,そんなの関係ねえ」ということ)と言って逃げてしまうのは,原発運転停止という社会的影響の大きい判断を下す勇気がなかったからではないかと穿って考えてしまう。

※この判決の締め括りの判示は,自社のシステムの不備の問題を棚に上げて,「暴走をした運転士が悪い」と,「人のミス」を誇大視していたJR西日本の主張を連想させる。
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