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最近は,春や秋を感じることがない。
長く暑い季節が過ぎたが,気持ちの良い気候をほとんど感じる間もなく,すっかり寒くなってしまった。
着るモノも秋物とか春物などは出番がない。
もともと日本は四季の季節感がウリであり,特に春や秋の候に日本の「らしさ」があった。
しかし,その「ちょうど良さ」が失われつつあるということだ。

この傾向は,社会において,もっと顕著である。
何か事件が起こると,「良い」か「悪い」かどちらかだ。
目立った人が出てくると,「賞賛する」か「バッシングする」のどちらかだ。
物事を決めるときも,すぐに「賛成」か「反対」を決めたがる。
「0」か「1」で全ての事項を決定するデジタル時代にふさわしいのだろうか。

多くの人々は,法律というのは,この「正」「否」を分けるシステムの典型のように思われているかも知れない。
確かに,「有罪」・「無罪」とか,「勝訴」・「敗訴」を決めるのが裁判だから,そういう二者択一の一面もあるだろう。
しかし,実際はそうではない。
法律というのは,一応の目安に過ぎないのであって,「白」と「黒」の間のグレーな部分をどのように調整するかというところに本質的な機能がある。
法律事務は,何とも言えないあいまいな物事を,いかに上手にまとめて解決するかというところに醍醐味がある。
いわば,「夏的」「冬的」な解決を図るのではなく,バランスの取れた「春的」「秋的」に仕上げるのところが日本の司法の誇れる点だ。

さて,立法府ではどうだろう。
小選挙区制となって,民主党が大躍進して,一気に二大政党制に向かいつつある。
「自民党」か「民主党」か,二者択一を迫られる時代となっている。
以前は,中選挙区制で,政党もいろいろあって,政策も多種多様だった。選択肢もたくさんあった。
しかし,今は,事実上,良かれ悪しかれどちらかを選択しなければならないのが実情だ。
春的,秋的なものを好む日本人の社会に,マッチしていないのではないか,とつくづく思う。
政治の方向を左右に色分けして「決める」のではなく,多様な要素がほどよく混ざった形に「まとめあげていく」形にならないものか。
酷暑と厳冬のどちらかを選べ,というのはまっぴら御免だ。
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