自殺対策基本法
という法律がある。
昨年10月から施行されている法律だ。
しかし,この法律が,今の社会に活かされているとは誰も考えていないだろう。
第1条の「法律の目的」は,次のように規定している。
第1条 この法律は、近年、我が国において自殺による死亡者数が高い水準で推移していることにかんがみ、自殺対策に関し、基本理念を定め、及び国、地方公共団体等の責務を明らかにするとともに、自殺対策の基本となる事項を定めること等により、自殺対策を総合的に推進して、自殺の防止を図り、あわせて自殺者の親族等に対する支援の充実を図り、もって国民が健康で生きがいを持って暮らすことのできる社会の実現に寄与することを目的とする。国や地方自治体が,「健康で生きがいを持って暮らす社会の実現」を図ることが自殺現象につながる,としている。
なかなか立派な心がけだ。
しかし,本当にそう思って諸政策を実施しているとは,とうてい思えない。
第2条の「基本理念」には,次のような規定もある。
第二条 自殺対策は、自殺が個人的な問題としてのみとらえられるべきものではなく、その背景に様々な社会的な要因があることを踏まえ、社会的な取組として実施されなければならない。この理念が指摘する事柄に異論を唱える人は少ないだろう。
しかし,そういう意識を持って社会活動を行っている人がどれだけいるだろうか。
(少なくとも,私自身は,自分がちゃんとできているとは思わない。)
私たちの国が,自殺大国から,幸せを共有できる国に成熟するまで,まだまだ長い道のりが必要だと思う。
自殺のことを考えると,どうしても心が重たくなってしまう。
しかし,笑いと涙でしっかりと基本が学べる本がある。
今日は,それを紹介したい。

「幽霊人命救助隊」
高野和明/著(文春文庫)
「幽霊人命救助隊」の題名のとおり,半分はSF小説だが,その内容は徹底したリアリズムに基づいている。
「家庭不和」 , 「孤独」 , 「学校いじめ」 , 「過労」 , 「男女の愛憎」 , 「中小企業の経営難」 , 「多重債務」 , 「うつ病」
などなど,我が国の自殺の背景にある事柄を見事に網羅している。
そして,それが社会の中でどのような位置づけにあるかも,具体的に浮き彫りにしている。
さらに見事なのは,これらの課題に対する解決策というかマニュアルを説得的に提示しているところだ。
たとえば,
◆うつ病が疑われる場合は医者に行くこと
◆ちょっとした人間関係に目を向けること
◆家族間の相互理解を深めること
◆自己肯定の気持ちを口にすること
◆経済的救済に関する正しい法律知識を持つこと
◆多重債務は弁護士に相談すること
等々
これらを,ときに笑える軽いタッチと,ときに泣ける感動シーンを織り交ぜながら書かれた良書であり,お薦めである。
自殺対策基本法の条文の文字面だけをつらつらと眺めるよりも,ずっと役に立つと確信する。
いつもブログ拝見しています。本エントリーでおっしゃる事はもっともですが、少し気になったので若輩ながら補足いたします。
「自殺対策基本法」は政府主導で制定されたものではなく、多くの自死遺族・遺児と、支援団体が地道な署名活動を行い、議員立法で制定されました。
条文を読むと確かにキレイ事というか「誰もそんなこと自覚できないだろ」と理想論に見える部分もあるかも知れませんが、この法律には遺族・遺児たちの思いが詰まっています。
「家族が亡くなったのは弱かったからじゃない、自己責任じゃなく社会の反映なんだ」ということを理解したもらいたい、との切なる願いから制定された法律であることを、お心にとめて頂ければ幸いです。
さちきちさんのコメントをいただいて,私の無知を恥じ入り,自殺対策基本法の成立過程について,少々,勉強させていただきました。
「自殺対策支援センター ライフリンク」
http://www.lifelink.or.jp/hp/syomei.html
のホームページに,この法律の成立過程がわかりやすく紹介されています。
ここで代表の清水さんが,
「『国会もまだまだ捨てたものじゃない』。私はいま、そう強く実感しています。」
「人間って捨てたもんじゃないです。みなさんが暮らすこの社会も捨てたもんじゃないです。」
とおっしゃっている言葉に,この法律を作るための努力の重みも感じられます。
法律の条文は,憲法に則した内容で,実に正しいことを謳っています。
だからこそ,本文中にも述べたが,この法律に沿った施策が,あまり進んでいない現実に,あらためてもどかしさを感じます。
政府主導で制定されたものでないとしても,法律が制定された以上,政府はしっかりと施行しないといけません。
さちきちさんのご指摘のとおり「この法律には遺族・遺児たちの思いが詰まっています。」という背景を忘れないようにします。
自殺企図というのはなんとも奇妙な感覚で、体の芯に縄がくくりつけられて引っ張られる感じで、ほとんど本能的欲求に近い感覚があるものです(自殺したくてたまらない、という感じ)。そしてそれはかなり衝動的なものであり、誘惑に近いものです。
私自身、以前、人生の失敗で自殺の衝動にかられたことがありました。その時、ホテルの10階に泊まっていたので、窓辺に寄っていって窓を開けようとしましたが、さすがその辺は考えられていて、少ししか開きませんでした。その時、少し我に返って、とりあえず窓辺に寄ったりしないようにして、部屋の真ん中でじっとしていました。それでも、自殺の誘惑にかられ続け、それに耐えるので必死でした。ちょっとした隙に飛び降りられるところ無いかな、とウロウロしては自制する、そんな状況が数時間続きました。「もうダメかもな」と思っていた時、ふと親のことを思い出しました。ダイニングで一人取り残され死人のようにうなだれ座っている親の姿のイメージが浮かび、「それは絶対にダメだ!私が死ぬことは親まで死なせてしまうことになる!絶対に生きなければダメだ!」と大泣きしてしまいました。その時、自殺の誘惑は無くなりました。
自殺を止めることができるか否かは、ほとんどその人次第のところがあって、運良く自殺未遂を発見された場合は、強制入院させて治療するしかないように思います。
ただ、うつ病になりやすい性格の人というのは自殺の誘惑にかられる可能性が高いので、その性格を少しでも変えていくことで防止はできるかもしれません。が、そのような人はその性格で行動しているがため、うまくいっている場合が多いので、なかなか難しいところです。
よくわからない話になりましたが・・・。
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