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「復興支援ネットワーク 能登&中越沖」というグループがある。
ここが主催して,12月9日(日)~10日(月)にかけて,
  能登半島地震現地調査
を行うことになった。
私は,都合があって9日(日)の1日だけ参加し,再び能登の被災地を訪れた。

今回の参加メンバーは,震災研の出口俊一事務局長,神戸大の塩崎賢明教授,被災地NGO恊働センター代表の村井雅清さん,兵庫県の建築士の黒田達雄さん,堺市役所区の佐野祐美子さん,ジャーナリストの渡辺直子さん,兵庫県弁護士会の私の計7名であった。

私がレポートできるのは1日目だけなので,全体像が分かっていないが,軽く要点のみを書き残しておこう。

1 行程あれこれ

(1) 9日早朝に大阪駅からサンダーバードに乗って出発。

(2) 能登に向かう車中では,
   ・昨日の西宮北口のまちづくりの話(→別記事),
   ・映画「能登の花ヨメ」の話(→別記事),
   ・村井さんが企画中の能登ボランティアの写真集の話(→別記事),
   ・関西の学生ボランティアによる足湯隊の話(→いずれ別記事)
   ・支援法改正の裏話(→オモテの話は別記事多数),
   ・焼鯖寿司やタバコの話(→別記事ナシ)
などで盛り上がった。

(3) 終点和倉温泉に到着後,レンタカーに乗って穴水町へ。
 ところどころに震災の傷跡を残す能登有料道路では「がんばっています!能登半島」の看板を目にする。

20071209131108.jpg(4) 穴水町では,再建した「幸寿し」(→別記事)に挨拶した後,仮設住宅に訪問して住民の皆さんと“じんのび”と懇談。
 続いて,穴水商工会に出向いて,①能登いやさかフォーラムの方々,②穴水町商工会の方々,③映画「能登の花ヨメ」の白羽弥仁監督と,次々に懇談。

(5) いろんな収穫を得た後,すっかり真っ暗になった能登路を北上し,輪島市へ。
 宿泊先の漆塗旅館「米久」に到着し,漆塗りの大部屋に通され,温泉でしっかり温まった後,輪島市役所総務部長(復興諸施策の最前線の方)と,夜更けまで“じんのび”と懇談。輪島の復興の光と影の部分をしっかり聴取。

(6) なお,途中から参加の佐野さんは,京都駅で,片山善博さん(元鳥取県知事)とバッタリ出会ったそうで「みなさんによろしく」との言伝をお土産に。
 日付が変わろうとする頃に就寝し,これにて1日目を終了
(私は早朝にレンタカーで一人金沢から帰神。2日目は,輪島市の仮設住宅,門前町のまちづくり協議会,石川県庁の方々との懇談,という予定だ。)

つづきは以下のとおり....
2 穴水仮設住宅で気付いたこと
◇元々同じ地域で暮らしている方々が集まっているのでコミュニティ健在。
◇集会場の位置も,仮設住宅の中心にあって,憩いの場として機能している。
◇足湯隊をはじめとするボランティアとの交流も,とてもうまくいっている。
◇手作りの「ホットちゃん」(タオルを洋服みたいにしたもの)がほのぼの刈羽村の仮設住宅にも贈ったそうだ。山古志の仮設とも交流がある由。
 スリランカからの寄せ書きも天井に貼ってあった。
 被災した者どうしの「つながり」は,とても貴重だ。
20071209142307.jpg20071209142154.jpg20071209140340.jpg20071209142056.jpg

◇ただ「穴水」というネームバリューの低い地域であることを心配される。
 輪島と違って取り残されないか・・・という懸念。
◇支援法が改正され,私などは,大きな成果に満足していた。
 しかし,地元のみなさんは,一度「制度に裏切られた」経過もあり,本当に支援金が支給されるのかどうか,未だに心配。
 行政による説明会を早く実施し,「お金」より先に一刻も早く「安心」を支給すべき。
◇「こころのケアハウス」という町の施設があるが,鍵がかかっていて,ほとんど使われることがない。使う人の立場に立った配慮がないからだ。
 せっかく作ったのにもったいない限りだ。
◇仮設住宅は結露がひどい。内壁もスチールがむき出しだからだ。住民の方々は発泡スチロールを貼り付けるなどして工夫している。しかし,住む場所なのだから合板ボードなどを貼るべきだろう。
◇阪神淡路大震災以降の教訓が活かされている部分もあるが,未だに課題が残っている部分も多数ある。
◇早く家に帰れる日が来て欲しいとみんな口を揃える。

3 いやさかフォーラムの方々のお話
◇いろんなNPO,ボランティア,プランナー,活動家の方々が集まっている。
◇被災した能登半島を盛り上げるための活動のプラットホームとなるため「いやさかフォーラム」を来年2月2日に設立予定。
◇震災1年目の3月25日に,支援してくれたみなさんに手書きの手紙を送る「お手紙プロジェクト」など,能登らしさを活かした取り組みを検討中。
◇そこに居住する「市民」だけでなく,この地とかかわりをもつ「交流市民」も含めた「“交流市民”役場」のようなイメージを考えている。
◇震災を通じて,この地域の人々の「強さ」を感じた。この地を「限界集落」などと呼ぶ知識人もいるが,それは都会から見た片面的な理解だ。
 震災の日に,地域に住んでいた人たちは,本当に強かった。
◇地震は,「第1回穴水牡蠣祭り」(穴水の「まいもん」(=美味いもの)名物の一つが牡蠣!)の直前で,倒壊建物も発生したが,ちゃんとお客に牡蠣を売った!
◇しかし,半年ぐらい経って震災の影響はボディーブローのように効いてくる。
 まさにこれからだ。
◇行政の復興プランは,ハード面ばかりに目を向け,ソフト面には目を向けない。
 それは違う。復興の支援する“活動”を支援することが真の役割だろう。
◇行政は「災害ボランティア」は認めているが,「復興支援ボランティア」にはそっぽを向く。これもおかしい。
◇七尾市では,以前,道路拡幅事業によって,まちが分断され,従前は生きていたまちの交流が,失われてしまった。この教訓を忘れてはならない。

4 穴水町商工会の方々のお話
◇穴水町では,4139戸のうち420戸が全半壊(約1割)。
 ところが,179店舗のうち63店舗が全半壊(約4割)。
 既に3件が廃業を決めた。商店のダメージが非常に大きい。
◇穴水の被災割合は,他の自治体よりも格段に大きい。そういう意味で最大の被災地なのだが,どういうわけか全国的には目が向けられない・・・。
◇毎週金曜日に「復興サロン」を開催して既に16回の会合を持っている。
 これからは,力の注ぎどころをハードから,ソフト面へに向けていきたい。
◇駅前の更地になった宅地を貫く「復興シンボル・ロード」を計画中。従前かは6mに拡幅する予定だったが,8mに広げるらしい。
◇穴水には,“真名井川”と“小又川”という2つの川があり,護岸は石積みでとても美しく,震災前から,この川を中心にしたまちづくりを目指していた。
◇川の護岸にろうそくの火を灯す「カフェ・ローエル」(“ローエル”というのはアメリカの著名な天文学者で120年前に「穴水にて」というエッセイを遺す。)というイベントをやっていた。この川に回遊船を浮かべようというアイディアもあった。
◇ところが,地震で石積みの護岸が崩れ,行政は“現状復旧の原則”に則って,コンクリートブロックによる復旧工事を進めようとしている。なんとかならないだろうか。
◇(神戸からの意見)近江八幡の河川も,柳川掘割物語も,小樽運河も,どれも住民のまちづくり活動が実を結んだ成果。
 「川を活かしたまちづくり」をめざすのであれば,ここが正念場。
 コンセプトをはっきり打ち出し,いろんなアイディアを出し,活動を結集すべき。
 神戸からも応援しよう。

5 白羽弥仁監督のお話
◇「能登の花ヨメ」(主演は田中美里さん)は,震災前から構想があったが,震災を受けてかなり内容を改めた。
◇ロケの中心は穴水町。是非,この映画を復興活動の一つに使って欲しい。
◇映画は,来年2月頃完成予定。被災日3月25日前後に,輪島と金沢で先行上演。
 全国での上演は,来秋以降になりそうだ。
◇多くの地元の人たちがエキストラに出演した。
 集会で「今年は祭りができない」というセリフのシーンで,エキストラに出た地元のおばちゃんが本当に涙していた。
◇逆説的に言えば,穴水町のウリは「何もない」ということ。
 都会で疲れた人々が,本当に心から「じんのび」(=のんびりという趣旨の方言)とするとき
に訪れたい地だ。
 そこを強調したらいい。
◇都会の人がどんなものを求めているか,ニーズと利便を考えよう。
◇白羽監督は神戸の出身。村井さんの写真集とセットで,神戸でも「能登の花ヨメ」をアピールしよう。

6 輪島市役所谷口部長のお話(骨子)
◇支援法の改正は良かった。しかし,五月雨式に支援制度が提示されたので,地元の人たちを元気づけるものにならなかったかもしれない。
 もっと早く支援の制度を明示できたら,自力再建をする人が増えただろう。
◇それでも公営住宅希望者が74戸だったものが,支援法改正で,47戸に減った。
 もっと早く提示すべきだ。
◇被災者の再建意欲を高めることが大切。
 「大事なことは早く決めること」この点,鳥取県は成功している。
◇災害復興支援をするときに,補助率的な発想は(たとえば,実支出したら1/2を助成するという仕組み)は,見直されるべきだろう。お金のない人に対する支援にはならない。
◇利子補給制度も,とても分かりにくいし,県の制度と国の制度のそれぞれの役割がとても不明確で,被災者の立場に立っていない。
◇現在あるいろいろな支援の仕組みは,結局,銀行などの金融機関にお金が流れる仕組みになっている。
 それは違うのではないか。
◇仮設住宅建設に諸費用込みで500万円かかっている。これを個々の被災者の住宅再建に使えば,安くて,早くて,ニーズに合った再建ができるだろう。
 たとえ15坪でもいいから,自分の土地に帰れるようにするのが正解。
 広い家が必要なら,土地はあるのだから,後から増築すればよい。
◇復興基金も準備されているが,その活用の仕方については,もっと知恵を絞るべきところが多い。
◇今,このタイミングで耐震補強をアピールすべきだと思うが,国・県の枠組みがフレキシブルになっていないので難しいところだ。
◆(感想)谷口さんのお話を聞くと,「行政のミッション」「災害復興のミッション」を的確に捉えておられることがよく分かる。
 お話の内容が多岐にわたるので,紹介するのはごく一部に過ぎないが,とてもスッキリした聴後感が残った。
 谷口さんは行政マンとしてプロであるが,一級建築士という意味でもプロであり,こういう人が被災現場の最前線に携わっていることが,能登半島地震の一つの幸運と言える。
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