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 以前、今年の8月10日に亡くなったジョー・オダネルさんのことを取り上げました。
 ジョー・オダネルさんは、ホワイトハウスの公式カメラマン(米軍軍曹・アメリカ空爆調査団)で、「焼き場に立つ少年」の写真などで知られています。
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 (この写真は、横井久美子さんのCDのジャケットです。→こちらより

 オダネル氏は、原爆投下直後の長崎・広島に入り、数ヶ月の間、調査活動を行いました。
 被爆地の放射能に晒された影響もあって、彼は、晩年、原爆症で苦しんだとのことです。

 オダネル氏は、3年ほど前に長崎・広島に来訪しました。
 この少年を探すためです。
 その際のドキュメントは、TBSで番組化され、その作品は、数々の受賞を得ているようです。
(→こちらのページに紹介されています。

 わたしは、憲法の講演などに呼ばれたときは、この写真のことを紹介します。
 先日、教科書に出ているという話を耳にしました。
 ある先輩弁護士が一生懸命探し回って、その教科書を入手しました。

 わたしの知っているインタビュー記事は、ほんの一部に過ぎないということを知りました。
 その教科書は、
    学校図書株式会社発行の 「中学校国語2」(中学2年生のための教科書)
でした。

 そこに書かれている「目撃者の眼」という文章の内容は、次の記事で引用させていただきますが(12月16日付記事)、特にわたしが感じ入ったのは、この教科書に付属している
   「国語科  年間指導計画」
      の中の
   「学習の目標と評価について」
というところです。
 つまり、この教材をどんな風に使って欲しいのかという教科書の出版社の意図がはっきりと書いてあるのです(→こちらから

 まず、「学習目標」については、

一枚の報道写真とその写真を撮ったカメラマンの文章を通して、映像について関心を持つ
  →戦争に関する認識を深める。
     →写真から受けた印象を言葉にして、写真と共に発表し交流する

とあります。
 次に、「学習内容」については

戦争について調べ、さまざまな形で発表する。
  →印象に残った写真のコピーにタイトルや説明などを書き込んで、写真展や写真集の形で発表する

とあります。
 さらに、高めるべき「関心」については

日ごろから新聞やテレビなどの報道に興味を持って接し、この単元の調べ学習や写真の学習に意欲を持って取り組もうとしている。

とあります。
 そして、「話す・聞く・読む」力としては、

写真や詩に触れることを通じて、当時の人々のことや現在の自分たちのことをさまざまに感じ、想像し、思うことができる。

とされています。

 これこそ教育ではないでしょうか。

 道徳心とか、徳育だとか言いますが、そんな抽象的で概念的なことを画一的に目的化することはナンセンスです。
 そうではなくて、教育の目指すものは、もっと具体的であるべきでしょう。
 たとえば、このように通常の国語の授業の中で、教科書をきちんと正面から学ぶことで深めていくことができるのではないでしょうか。
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