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 昨日の尼崎JR脱線事故の被害者らが作る4・25ネットワークの例会で,JR西日本に対する賠償要求の枠組みの原案について,話し合われました。
 その骨子の姿勢は,
   判例や交通事故の一般的な基準にとらわれるべきではない
という点に端的にあらわれています。

 法律実務では,の賠償につき,その人の収入状況などを中心の要素にして金銭換算をしています。
 このに対して値段を付ける」という作業が,耐えられないプロセスなのです。
 しかし,その辛さを乗り越えて,正面から賠償問題に向き合い,考え方を示したという点で,注目すべき節目だと思うのです。
 昨日公表された考え方では,まず第一に,JR西日本が安全を全面的に支配する公共交通機関の責任者であるという点を強調しています。この点で,誰でもが加害者になり得る交通事故とは本質的に異なるというところが重要です。
 また,今回の事故は,不可抗力でもなんでもなく,JR西日本に全面的に原因と責任があるという点も,忘れてはならない点だということも指摘されています。

 これらを前提に,次のような基本的な考え方を示しています。
1 従来の賠償の枠組みに縛られず,あくまで協議を基本とする
2 かけがえのないに軽重は無く,に対する賠償額は一律とする
3 他方で,経済的な逸失分や,家族自身の生活支援等の個々の事情について,別途,賠償する
4 JRが社会的責任を果たし再発防止に繋がる賠償(例えば基金創設など)を行う
5 負傷者に対しても「人生の変質への賠償」を行う


 そもそも,現在,法律実務で用いられている「基準」というのは,昭和45年ころに策定されたものです。

 ですから,当時の平均寿である67歳までの就労可能性を前提としています。現代社会にマッチしていないのは明らかです。

 また,葬儀代や,付添費用,介護費用などについても相場の実費とは懸け離れています。

 そもそも,「交通事故」を前提としていますから,加害者と被害者の代替性があること,あるいは,大量に発生する事象を画一的・公平に処理できるようにしよう(≒損害保険会社が使い易いようにしよう),という配慮が前提になっています。ですから,前後に例のない様な事故に適用するには,もともと無理があるわけです。

 今回の脱線事故における賠償問題を通じて,この「実務基準」の原点に立ち戻って,根本の部分の見直しがなされることを期待し,かつ,実現に向けての方策を考えていきたいと思います。



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