週間ダイヤモンドのクレーマー特集には
   「泣かされる学校/壊れる教師たち」
というコーナーにも頁を割いている。
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 確かに,今や,学校はクレームのるつぼの様相を呈している。
 実に,実に,悲しいことだと思う。

 文部科学省の初等中等教育局が公表している,先生たちがうつ病などの精神性疾患により休職した人数の推移を,ためしにエクセルでグラフにしてみた。
 なんとまあ,ひどい惨状ではないか。

 その原因は,さまざまだろうが,
 本業の「教育」そのもので悩んでいるのではなく,クレーム対応で精神を消耗しているケースも多いはずであり,まことに残念でならない。

 学校がクレームのターゲットになってしまった原因について,小野田正利教授&週間ダイヤモンドの見解として,
◆中曽根政権下の臨教審が,学校の問題点を指摘して,学校・教師批判が巻き起こったこと

◆1995年に製造物責任法が施行されて消費者優位の風潮が確立したこと

◆バブル崩壊&構造改革の流れで,格差社会を招き,庶民の閉塞感が,権力への反発,そして公務員への批判につながったこと
などを挙げている。

 確かに,うなずける。

 ただ,もうちょっと,よ~く考えてみよう。
■学校の問題点を検討することもそれが改善につながれば結構なことであるし,

消費者主権(≒国民主権)の意識が高まることも,それ自体は結構なことである。

■それから,国民が,行き過ぎた構造改革や格差社会化にNOを突き付けるのも,それ自体,たいへん結構なことだろう。

 ならば,「たいへん結構なこと」が連なると,どうしておかしくなるのか?
 その矛先がどうして「教育」に向けられるのか?

 多くの人々が,「教育」を,「サービス業」だと勘違いしているからではないか。

 「教育」は,私たちの社会,私たちの未来,そして,私たち自身をかたち作る,とても大切な機会(場)である。
 憲法に照らして見てみれば,
   「教育」は,
     私たちの個人の尊厳を育み,
     私たちの立憲民主主義を支えるために,
絶対に欠かせない営みである。

 これ以上に「公(おおやけ)」の名がふさわしい業(わざ)があるだろうか。

 私は,この「教育」に携わっている「学校」や「教師」を大事にせず,民間サービスと同視してきたことが大きな過ちだったと思う。

 同じことは,「医療」にも言える。
 「病院」や「医師」を大事にしないで,サービス業のように位置付けたとき,しっぺ返しは私たちに来る。
 安全,公正,司法といった,ダイレクトに経済性のない分野もおんなじだろう。

 問題クレームの増大は,私たち自身の過ちが招いたガン細胞の増殖のようなものではないか。
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