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 いわゆる沖縄ノート集団自決訴訟は,被告となった大江健三郎さんらの勝訴の判決となった。
 私の感覚からすれば,当たり前の結果である。

 ただ,この裁判の意義を考えてみると,本当の意味で「訴えられている人」が誰なのかを,再認識しておく必要があるだろう。
 私は,当事者である旧日本軍の元少佐らの行動が問擬されているだけはないと思う。
 社会的に見れば,この裁判で「訴えられている人」は,「教科用図書検定調査審議会・日本史小委員会」の委員たちではないだろうか。

 教科書検定でも,この裁判でも,「日本軍の自決命令」の有無が議論されてきた。

 この点,裁判所も「命令」という事実の有無については言及を避けたけれども,
    「集団自決については日本軍が深くかかわったものと認められる」
という,核心部分について,はっきりと認定をした。

 この裁判所の判示部分は,
  “事実の些細な表現方法に拘泥するあまりに,大きな流れや,真の本質を見失うような議論はやめなさい”
と諭しているように思えるのである。

 他方で,裁判所は,判決中で,次のような事実を,はっきりと認定している。
◆渡嘉敷島では防衛隊員が身重の妻等の安否を気遣い数回部隊を離れたために通謀のおそれありとして処刑された

◆米軍に庇護された2少年と,投降勧告に来た伊江島の男女6人が処刑された
 これら9人の不条理な死という歴史的事実こそ,一人ひとりの国民生活に与える脅威としては大きいのではないか。
 また,軍の「狂気」を端的にあらわしている確実な史実と言えるのではないか。

ooesosyo.jpg この判決要旨を見ると,歴史教科書に,こういった事実を記載して後世に伝えていく必要がある,と示唆しているように思える。

 この裁判に関する詳しいことは,
「大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会」のHP
のご一読をお勧めする。
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