「自己免疫疾患」というのは,ごく簡単に言うと,自分の体を守るために作られる抗体が,逆に自分自身の身体の組織を攻撃してしまうという病気です。
 たとえて言えば,オウンゴールみたいなもので,たいへん深刻な病気です。

 私は,昨日の反戦ビラ配りの最高裁判決に接して,私たちの日本国の民主主義が,今,自己免疫疾患の状態にあると確信をしました。

 民主主義は何のためにあるのでしょうか?
 その答えは簡単で,私たちの幸せのためです(=人権の保障)。
 そして,そのために,風通しの良い安心できる社会環境が必要で(=自由な情報流通),
 結果として,権力に歯止めをかける機能を持ちます(=権力抑制)。

 だから,日本国憲法は,民主主義を健全に保つために,
  「豊富な人権のメニュー」
  「最も重要な人権として表現の自由」
  「国民の参政権や,司法によるチェック機能」

といったツールを用意をしているわけです。

 しかし,この民主主義を守り,健全化するために用意したはずのツールが,民主主義自身を攻撃しているではありませんか。

 最近の目立った例だけを見てみましょう。
◆ 日教組の全国集会をプリンスホテルが拒絶した件は,「民間」の企業が,圧力をおそれて「自粛」の名の下に,集会の自由を封殺したものです。

◆ 映画「靖国」の上映中止も,民間の映画館が,内外の批判や圧力をおそれて「自粛」をしたものです。

◆ 「靖国」上映中止の引き金となったのは,「民主的な選挙」によって選出された一部の「国会議員らの言動」でした。

◆ ビラ配りに有罪判決を下し,表現の自由に萎縮的効果をもたらしたのは,裁判所にほかなりません
 
 結局,

◇民主主義の享受者たる「民」が,自己の保身のために,人権をないがしろにし,

◇民主的に選出された国会議員が,民主主義に不可欠な人権にいちゃもんをつけ,

◇民主主義を守る最後の砦である裁判所が,秩序のために,人権を犠牲にした


ということであって,全くサカサマの現象が立て続いているわけです。

 民主主義を守るために,「民」に与えた様々なツールが,今や,民主主義を崩壊させる手段となっているわけで,非常に重篤な疾患状態にあると言わざるを得ません。

 自己免疫疾患は,難治性の病気の典型です。

 しかし,現在の民主主義の状態は,私たちが自ら作り出した状態であり,病気ではないのですから,我に返って,本来のあり方を思い出せば,すぐに健全な状態に戻れるはずです。
 一刻も早く,本来の民主主義を取り戻せる日が来ることを祈りつつ。
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